第6話三月五日リエンツィ主催アマチュア限定大会⑤
既に最終戦も終盤に差し掛かっている。現在マイゼルはライフ10手札4枚。一方の銀髪の男ことナナキはライフ7手札4枚。
場にはマイゼルにはエネルゲン赤4緑3とクリーチャー『大月の輪熊』が1体。
対してナナキにはエネルゲン青3白3黒2とクリーチャー『折光の壁』が張られている。
現在ナナキのメインフェイズでドローフェイズでドローしたクリーチャーをプレイする所だ。
「『引っ込み思案の吸血鬼』をプレイします。SS:B」
マイゼルには対応策がなく、これを通す。アタックに関しても対応策が無い為体力差は無くなるだろう。
「バトルフェイズ移行、アタックです」
「……通しだ」
マイゼルは苦しんでいた。思いがけない苦戦に。
ここまでの引きは悪く、逆に相手には優良な手が多く来ていたのでデッキパワー以前の勝負になっていたからだ。
更にマイゼルには初戦同様の爆弾が付きまとっていた。依然勝負所で仕掛けるブラフが通る事と、初戦同様手札が身動きできないことだ。そしてその手はこれも同じく、なかなか引けないでいる。
(なんでこうも偏るんだよ……クソッ)
「『引っ込み思案の吸血鬼』を手札に戻して、ターンエンドです」
「俺のターン。ドローフェイズドロー」
ドローしたカードを眺めるマイゼル。違う。これではない。今マイゼルが求める手ではない。
欲しいのは、初戦同様、現在の手をゴミ手から鬼手に進化させるカードだ。今引いたカードでは駄目。
「エネルゲン(赤)セット……緑2マナと1マナで『怒れたグリズビー』プレイだ。SS:B」
『怒れたグリズビー』 コスト ①+緑緑
パワー4タフネス4 タイプ 熊
『怒れたグリズビー』はブロックに参加出来ない。
SS:B コモン
高パワーだがナナキが展開する『折光の壁』を突破することは叶わない。とはいえ攻勢には出れる。しかし相手の『引っ込み思案の吸血鬼』のパワーは3。つまり『大月の輪熊』だけではダメージレースで敗北する。
今後の引き次第、窮地と言える。
「通しです」
「バトルフェイズ移行、2体でアタック」
「『折光の壁』で『怒れたグリズビー』をブロックします」
マイゼルの思った通り『怒れたグリズビー』の攻撃は当然通らない。『大月の輪熊』の2点が通る。
「ターンエンド」
「では自分のターンですね。アンタップフェイズ、ドローフェイズ」
この時、マイゼルはいつも通りナナキのデッキを見つめていた。先のチョンボもあり、また同じヘマをしない様に見張る為だ。その為今まで手札とドローのすり替えが気付けずにいた。
だがある音を耳が拾った。カードが地に落ちるかさ付いた響き。
しかしそれはデッキから漏れ出た音ではない。ではどこから? 辺りを軽く見渡す。
発生源は直に分かった。自分の目の前、ナナキが手札を落とし、何枚かを場に晒していたのだ。
「ああ、ヤバい」
慌てて手札を片すナナキ。しかし手遅れ。マイゼルは確かに確認できた。2枚だけだが、確かにエネルゲン(青)2枚を確認していた。
(フン、馬鹿な奴め)
「では気を取り直して、ドロー」
気を取り直してと言いながらその動きはぎこちない。動揺した人間のそれだった。
更に今まで指でうまく隠していたが今回は手札の枚数、ドローする手の動き。どちらもが正面から見て違和感を感じられる。
違和感を感じ凝視する。ゆっくりとしたナナキのドロー。注意よく観察すればよりおかしさが際立つ。
ナナキのドロー方法は中指と人差し指で手元に引き寄せ親指で挟む物だが、親指を出した時に確かに見える。カードの裏面が。そして引き寄せたカードをその仕込んだカードをほほ同時に押し引きする瞬間を確かに見る。
もしやと思い、ナナキを手札を頭の中で確認するマイゼル。数え終わった時違和感の全貌を把握した。
意識が手札とデッキの両方に行っていたから分かった。ナナキのとり替えのその場面。そしてそのすり替えがイカサマとして告発出来るかは怪しいが仕組みが理解できた。
(こいつ、今まで引いたカードと手札をすり替えていたのか)
「今引いたエネルゲン(青)をセットします」
(引いてきた? なるほど、つまりこいつ今まで口三味線を囀っていたのかい)
セット後、素早くすり替えたカードを手札に加えるが既に遅い。ネタは割れてしまった。
(今奴が引いたカードは手札から一番右のカード、つまり残りはさっきのエネルゲン1枚と『引っ込み思案の吸血鬼』と残りが何かになる)
考えを巡らせている間にもナナキはカードを選び、場に出す。その一番右のカードを。
「更に手札から白と1マナで『騎士の教え』をプレイします。SS:B」
『騎士の教え』 コスト①+白
結界術(この魔術はプレイ後、エグジスタンス状態になる)
あなたのコントロールするクリーチャーはブロック参加時にターン終了まで+1+1の修正を得る。
『騎士の教え』を生贄に捧げる。対象のクリーチャー1体はターン終了時まで+1+1の修正を得る。
SS:B アンコモン
魔術でありながらエグジスタンス状態に移行し、場に残り続ける結界術。
結界術はクリーチャー同様、自身のメインフェイズでのみプレイ可能である。
「更に手札から「引っ込み思案の吸血鬼』と青+1マナで『虹色ツグミ』をプレイします。共にSS:B」
『虹色ツグミ』 コスト①+青
パワー1タフネス1 タイプ鳥
飛行
『虹色ツグミ』をタップする:あなたがコントロールするエネルゲン1枚はターン終了時まであなたの望んだ色が出る。
SS:B コモン
多色デッキに安定性をもたらす青のお家芸、色変え能力持ち。
本来序盤に出したいクリーチャーだが、今回はかなりデッキ奥に埋もれていた為後半に展開される。
(残りの手札はエネルゲン1枚と何かか……)
「通しだ」
「バトルフェイズ移行、2体でアタックです」
対応策は無い為当然通る。残りライフは3と危険域に入る。次のドローがゴミ引きならばマイゼルはその時点で敗北になる。後がない。
「『引っ込み思案の吸血鬼』を手札に戻し、ターンエンドです」
「俺のターン、アンタップフェイズ、ドローフェイズドロー」
この状況を打開する手を期待するマイゼル。そしてそれは、実る。
「来た!?エネルゲン(黒)をセットだ」
彼が求めて止まなかったカード、それはエネルゲン(黒)。彼のデッキは2色構成ではなく実は3色構成であり、そして今まで黒のカードは引けたがエネルゲンが引けないでいた。その為この1枚でため込んだプレイ出来ないゴミ手が一気に怪物手に変貌を遂げる。
「更に黒マナと3マナで『デギオン・メイルシュトローム』をプレイ。SS:D」
『デギオン・メイルシュトローム』 コスト③+黒
対戦相手の全てのクリーチャーはターン終了まで-1-1の修正を受ける。
あなたがコントロールする全てのクリーチャーはターン終了まで+2-1の修正を受ける。
SS:D アンコモン
自軍のクリーチャーは強化され、逆に敵軍は弱体化される過激なカード。この1枚の効力は極めて高い。これ1枚でエンドゲームに持ってこれる。
「通しです」
対抗策はないのでこれを通すナナキ。
「ですが『騎士の教え』を生贄に捧げます。対象は『虹色ツグミ』です」
「対抗はしない解決だ」
現状打てる手である『虹色ツグミ』の延命を行うナナキ。今はこれしか出来ない。仮に『折光の壁』を対象にしても次の『怒れたグリズビー』のアタックに対して破壊されるからだ。
「バトルフェイズ移行、2体でアタックだ」
「『折光の壁』で『怒れたグリズビー』をブロックします」
「解決だ。『大月の輪熊』のダメージは通る」
このアタックで遂にライフは1となる。風前の灯だ。
次にマイゼルのドロー次第で攻撃を防げてもバーンなら成す術無く敗北する。
「ターンエンド」
「はぁ~何とかなった。自分のターン、アンタップフェイズ、ドローフェイズドロー」
だがナナキの手にはパワー3の『引っ込み思案の吸血鬼』が潜んでいる。
プレイして殴り通れば勝利になる。
当然マイゼルはそれを理解している。だが自信があった。その策は既に出来ているからだ。
「『引っ込み思案の吸血鬼』をプレイします」
「通しだが、召喚後メインフェイズで赤マナで『実りなき焼き畑』をプレイする。SS:A」
『実りなき焼き畑』 コスト赤
『実りなき焼き畑』をプレイする追加コストとしてあなたがコントロールするエネルゲン1枚を生贄に捧げる。
あなたがコントロールするタップ状態のエネルゲン1枚をアンタップする。
SS:A コモン
「俺はタップ状態の緑1枚を生贄に捧げ、エネルゲン(黒)をアンタップする」
マイゼルの手は黒で固まっていた。その補助、又は一時的マナ加速を行う魔術。エネルゲンの生贄が痛かったので今まで使わず、黒のエネルゲンが来るまで手に残していた正に奥の手だ。
「通しです」
「更に俺は黒と残りのマナで『死なば諸共』をプレイ。SS:C」
『死なば諸共』 コスト①+黒
『死なば諸共』をプレイする追加コストとしてあなたがコントロールするクリーチャー1体を生贄に捧げなければならない。
対象のクリーチャー1体を破壊する。それは再生できない。
SS:C コモン
「『大月の輪熊』を生贄に捧げ、効果を発動させる」
「対応しません。解決です」
「対象は『引っ込み思案の吸血鬼』だ」
効果が解決され、互いにクリーチャーを墓地に送る。アタッカーも失い、一気に窮地に立たされる。
「仕方ない。さっき引いた『聖なる秘薬』をプレイします」
一応の延命手段を確保していたので使用するナナキ。しかしそれでも心許無い。
「通しだ」
「回復後、キャントリップにより1枚ドローします。よし、バトルフェイズに移行します。『虹色ツグミ』でアタックです」
『虹色ツグミ』を攻撃参加させなければ、『怒れたグリズビー』をブロック出来る。それなのに攻撃という事はキャントリップの引きは悪くないようだ。
既に手札が枯れ、対抗策もないのでマイゼルの許可を聞くまでもなく1点が引かれる。
「ターンエンドです」
「俺のターン、アンタップフェイズ、ドローフェイズドロー」
ナナキのライフは4で場にはパワー4の『怒れたグリズビー』が出ている。攻撃が通れば決着がつく。その為ここは相手の対抗策を打破出来るカードが欲しい。
その願いを込めたマイゼルのドロー。しかし結果は願い虚しく敵わなかった。
ドローしたのは1戦目でマイゼルに勝利を導いた『緊急招集』。だが現在は展開できるクリーチャーを確保していないので、この引きはあまり好ましくはなかった。とは言え攻撃を通しさえすればいい。
「……」
しかしマイゼルは悩む。攻撃に行くべきか? 防御すべきか? その決断を決めあぐねている。
理由は勿論ナナキのキャントリップ。攻撃参加したと言う事はそれ相応のカードの可能性はある。だが先ほど三味線の種が分かった為ブラフの線が生れる。故に長考。時間に解決を求める。
そしてこの長考は1戦目で演技で行ったナナキのパターンと同じ、考えるだけ無駄な長考。その時マイゼルは心の中でナナキを馬鹿にしていた。
だがどうだ。いざ自分の場面になると愚と嘲笑いながら自分が行っている。しかもナナキと違い敵の油断を引き出す為ではなく本当に悩んでいるのだ。
この悩みはある意味で致命。マイゼル本人の源流を露わにさせる。
マイゼルは過去の軌跡から敵の戦術、戦略を予測して行動するタイプの人間。その為先の口三味線が通った。言うなればこれこそマイゼルの源流。根幹、心の根っこ。
そして源流と言うのは苦しい場面ほど強く流れる。この場面も同じく過去を遡り、敵の戦略を模索する。
プレイング、墓地、今まで使用してきたカードなど。最終戦終盤と言う事もありその量は膨大だ。それを自身の脳内フローチャートを利用して答えを探す。
しかし今回は以前と違い引っかかりがある。それは先のナナキのネタばらし。
(何故あの時種を明かしたのか? と言うより今までもやっていたのか? あれこそハッタリの演技なのでは?)
1戦目と違い、ナナキは2戦目の勝利、更にネタばらしと初心者では考えない結果を提示している。つまりその人間性は仮面である可能性がマイゼルの脳内に生まれる。それは今までのナナキの人間性や実力に関して完全に見積もりを誤っていることになる。
マイゼルも理解している。だからこそ動けない。敵は自分より格上かもしれない。だがそれは虚仮脅しの可能性も捨てきれない。
様々な考えがマイゼルの脳内に渦巻く。そして行き詰る。
答えが出ない。分からない。考えれば考えるほどに敵が見えなくなる。今までの情報が胡散臭くなってゆく。悩めども悩めども晴れない。寧ろそれが悩みを生む。
この瞬間ナナキの戦略は完成を見た。この無限回廊こそ到達点。
そしてこの戦略によってマイゼルに一匹の凶悪な魔物を孕ませた。その魔物は脳の中枢から心の動の要素である、闘志、熱意、欲を喰らい尽くす。
そして脳に戻り、思考の静の要素である、冷静、狡猾を喰らい、臆病のみを肥満化させてゆく。
もう止まらない。止められない。ゆっくりと沈んでいく。深淵に飲まれる本人が気付かぬままに。気づく訳がない。
その奈落は自分で作っているからだ。自身の思考の絞りカスを体中に流し、己の踏む地を土から泥に変えて作る底なしの沼。今彼はそこに沈んでいる。
這い上がろうとしても、動かせばより深くハマり、それに焦りまた土に思考を削って汗水を含ませてゆく。より泥はマイゼルの体をより絡めとり身動きを取らせない。そしてやがて泥に馴染み、助からないと悟ってゆく。
だがそれは死を意味する。だからこそ、この時こそ、冷静な思考で助かる手段を模索しなくてはならない。だがそれが出来ない。
既に彼の冷静な思考を司る器官は自身が生み出した疑心暗鬼と言う魔物に食い千切られている。到達できない。救いには絶対に。
「うっ……ぐぅぅぅんん……」
既に泥に沈んだマイゼル。彼にはもう戦う意思がない。遡ってしまったが故に敵の凄みを受け、勝てないと悟ったのだ。
だが諦めない。既に戦う為の要素は食われ、武器も食われた。心には弱気が蹂躙跋扈しているのにだ。
今マイゼルを突き動かししているのはたった一つの感情――未練。
元々彼はそこまで強いプレイヤーではない。言うなれば付け焼刃。だが築いてしまった。勝利を。星を。次の成功の道しるべを。
その全てをたった1回の敗北で捨てるには惜しい。だから諦めきれない。でも勝てる術がない。ならどうしたら助かる? どうすれば捨てないで済む? 結局悩む。そして付け焼刃だからこそ折れやすく、自分に刺さりやすく変に切れるから致命になる。これがマイゼルの全貌だ。
そしてこのハマりに入った者は本来の動きに流れる。
「……ターンエンド」
安全策。戦う意思ではなく、時間に救いを求めるプレイスタイル。
攻めなどない。ただ助かりたい。ただ救われたい。そんな考えとも言えない甘え。透けて見える。
そしてナナキは知っている。そういう人間の壊し方を熟知している。
既に魔獣の牙は獲物の喉元を捉えていた。
「では自分のターンですね。アンタップフェイズ、ドローフェイズドロー」
既に敵は戦意がない。甘めが専行した状態。後はそれを一押しして屍にさせるのみだ。
「引いてきた『知識提供』をプレイします。カウンター入ってなさそうだし、通しですよね?」
「……」
マイゼルは解決確認も『知識提供』の追加コストの確認もせず、さっさと自分のドローを済ませる。勿論違反行為だ。
「ちょっと、先に引かないでくださいよ。まぁ自分もチョンボやらかしてるし強く言えないか。このカードをボトムにしまい、カードを3枚ドローしますね」
とは言え自分も違反ギリギリな行為を多数行っているので強くは言わない。同じく『呪文提供』のドローを行うナナキ。
この『呪文提供』は更なる拘束。今マイゼルは沈んでいる。故に手札の枚数がそのまま更なる脅しの武器になる。そしてそれはより深いハマりに誘う。
「バトルフェイズに移行します。『虹色ツグミ』で攻撃です。えーと対抗しますか?」
「……」
「ちょっと、聞いてますか?対抗しますか?」
手札が1枚あるので一応確認をとるナナキ。無論これも敵を陥れる策。既にマイゼルは場を見ていない。諦めに近い。
ここで念押しをする事によって相手の具合を知ると同時に、相手に手札を警戒して要るというアピールになる。
このアピールは更にマイゼルを深みに晒す誘惑。チャンスをちらつかせる事により敵に迷いを流し込む。
「もー、シャンとしてくださいよ。しょうがないな。えーとどこだっけな」
一旦プレイを中断し、ナナキはズボンのポケットを弄り始める。
「あったあった」
しばらくしてポケットから手を出し、その時持ってきた目当ての物をテーブルに出す。
それはおよそ全体で13センチ程の小さな銀の円盤。その円盤の先端に小さなスイッチのような物がついていた。
そのスイッチを右親指でひと押しするナナキ。
「うーん、小さいからやっぱ押しにくいな。お、開いた開いた」
ナナキの声に合わせる様に円盤が貝柱が切れた二枚貝の様にパカっと気持ちいい音と共に開く。
開いた中には三本の針がゆっくりと動きながら各所に散った数字を指している。懐中時計だ。針はゆっくりと数字を指すために起動していた。その躍動は小さくとも確かに聞き取れる力強さがある。
「うーん、もうこんな時間か。あと何枠残ってるかなぁ……」
「……」
既に勝負は最終戦。一戦一戦にかかる時間も展開の遅さから、かなり時間を有している。
「もう結構な通過者いるし、これは勝っても次のラウンドには進めないかもなぁ」
辺りを見渡すナナキ。既に大会開始から2時間は経過している。これだけ時間が進めば通過者は当然出る。そして通過枠は人数に対して少なく設定している。アミリアが時間をかけてハイエナで勝ち進む者を生まない為に設けたシステムだ。
「……し」
「こんなに時間かかるなんて思ってなかったし……困ったなぁ」
「……しだ」
「まぁいいか、どうせ自分には勝てる保証なかったし」
「……しだ。通しだ!? 早くしろ!?」
「うわぁ!? びっくりした。もうそんなに言うなら早くそう言ってくださいよ。見て下さいよもうこんな時間ですよ……ターンエンドです」
ぼやきながらマイゼルの見える位置に時計を置き、終了宣言を行うナナキ。
「俺のターン……ドローフェイズ」
秒針が時を刻むのを眺めながらドローする為デッキに手を置くマイゼル。
(もう……こんなに……)
針が刺す時間がマイゼルをも突き刺す。未練があるこそ響く。時間の概念を告げる針の鼓動。
やがて焦りにつながる。そして先のナナキの警戒の思わせぶりが一瞬だけ闘志を蘇生させた。
「ドロー」
その蘇生にデッキも答えた。
「う、きっっきったぁぁぁ」
思わず奇声を発するマイゼル。無理もない。そのカードは1戦目にマイゼルを勝利に導いた最強の手駒にして切り札――『炎刃翼のサラマンダー』なのだから。
「ぐっうん……フヒィ。フヒヒヒヒヒ」
強烈なる神引きに自我すら吹き飛ぶ。どんなに歪であろうとそれが彼なりの信頼に答える形だろう。
(やった……やったぞ、勝てる。倒しうる)
マイゼルの心の動が再稼働する。弱気に荒らされた荒野に一輪の花が咲いたのだ。
そして蘇生したのは動だけではなかった。思考を司る静もまた蘇生する。
だが、その蘇生は即ち、マイゼルの源流に戻ることになる。
(……ぐぅぅぅ)
源流に戻る。それはつまりまたあの無限回廊。
しかも今回は更に悪化している。時計だ。時計という具現化された時間が弱い流れに振り回す。おまけに意地悪な事にこの時計は小さい。それ故数字の合間、つまり時間の角間が小さく見える。
無論、精密機械なので大小変わりなく正確に時間を刻む物。しかし視覚で見るとそれが早く感じてしまう。数字と数字の合間が少ないからだ。頭で理解してればなんてことはないが、その頭が半死人の為ついてこない。
だが急がなねばならない。未練がそう囁く。このまま冷静な思考とやらで考えていては次のチャンスが遠のく。急げとアラームを鳴らしたてる。
しかし冷静が一瞬戻ったからこそ見えてしまうフラッシュバック。2戦目の自身の見落としで敗北した試合。冷静に攻めていれば勝てたかもしれないあの試合。だからこそ相手の手札を見る。そして青ざめる。4枚もあるからだ。
もう頭の中はグシャグシャ。混沌なる思考の有象無象に踊らされている。もう答えは『炎刃翼のサラマンダー』を出すことは変わり無いのにだ。
だからこそナナキは最後の仕上げに入る。
「どうしたんですか?時間ないんですし早くプレイしたらどうです。お互いこのまま時間を費やしてももったいないですよ。やるならパッパッとやりましょうよ」
「ぐぅぅぅぅ」
「そうそう、その意気です。大丈夫ですよ。ゴミ手なんですよ。だから今あなたの策はきっと通る。だから早く終わらせましょう。最も、あなたのそのあたふたする姿を眺めているのも……可笑しくて悪くはないけどね」
ナナキの表情は恐ろしいほどの屈託ない笑顔だった。嘲笑うとか下卑とかそんな邪さが無い。その中性的な美顔をより照らす笑顔。美少年とも美少女とも言えるある種の美。
――それが許せない。マイゼルにはその屈託のなさが許せない。
殺意が湧くほど憎たらしい。その美が。その無垢が。自分を笑う様に背けて笑っているのが許せない。
決心がついた。殺す。殺してやらねば。この者に抹殺の裁きを下さねばならない。その憎悪が、マイゼルを押した。
「メインフェイズ黒と1マナで『蛆の群れ』をプレイ!? SS:B」
『蛆の群れ』 コスト ①+黒
パワー1タフネス1 タイプ ゾンビ
『蛆の群れ』が戦闘で破壊された時、全てのプレイヤーの場に黒のパワー0タフネス1の蛆虫トークンを場に出す。
その蛆虫トークンは黒のエネルゲンをコントロールしていない限りブロックに参加出来ない。
SS:B コモン
先の『知識提供』でドローしたカード。本来はディフェンシブフェイズ潰しで使用されるカードである。
しかし今回はただのクリーチャー要因でしかない。
「バトルフェイズ移行!?2体でアタック」
「対応して『瞬きの壁』をプレイします」
当然対応される。しかしそれも理解の上。本命は言うまでもなく1戦目と同じく『緊急招集』からの『炎刃翼のサラマンダー』のみ。
「通しだ。だが対応して赤赤で『緊急招集』をプレイだ」
「……通しです」
「よし!? 行け我が切り札『炎刃翼のサラマンダー』よ。この糞生意気なガキに引導をわたしてやれぇぇぇえ!?」
マイゼル最後の策。この大会で幾多の勝利を築いたこのシナジーによる召喚。
これが駄目ならもう打つ手はない。『虹色ツグミ』に殴り殺される。
無論防御に回す手もある。と言うよりそちらの方がある意味で安全策。だがマイゼルは止まらない。殺意が立っている。ナナキにそれを押されている。感情を処理できないが故に、攻める。相手が許せないから――
「くたばれ!? 『炎刃翼のサラマンダー』でアタックだ!!」
「……ふーん」
ナナキの口調、並びに雰囲気が変わる。それは2戦目の終わりの時に見せた雰囲気と同一。そうつまり本性。
「ぺっぴり腰に臆してそのまま沈むと思ってたよ……」
「何を言っているんだ!? 対応するのかしないのかはっきりしろ!?」
怒鳴り立てるマイゼル。今彼は必死なのだ。通ってほしいから威圧的。
「まぁ……それはあんたの切り札とやらだから……目が覚めたのかもね……」
「いい加減にしろ!! どっちだ!?」
「ただ……残念だよ」
(えっ……)
その一言はマイゼルを期待と不安で全体を挟む。自分に対してなのか、それともナナキに対してなのか。それが気が気じゃない。
「な……なんだ、手はないのか、なら!!」
「待ちなよ、残念ってのは……目が覚めてその程度のあんたのことさ」
そう言ってナナキはゆっくりと右手を自身が展開したエネルゲンに手を置いていく。そしてアンタップ状態のエネルゲンをまず1枚ゆっくりとタップする……
――やめろ。
……2枚目。
―――やめてくれっ。
……3枚目。
―――頼む、やめてくれ……
……そして、4枚目。
――――やめろ……やめてくれ……
あまりに虚しいマイゼルの慟哭。それは届かない……
「対応して『静寂の伝令』をプレイ。SS:A」
タップ処理を済ませ手札から宣言と共にそのカードを弾くように場に出すナナキ。言うまでもなく対応は手札がないので出来ない。そしてこのダメージ敬遠はマイゼルの敗北を確定的にする。
「ふふ、どうです。今度はちゃんと、煮詰まってから使いましたよ」
初戦で心の中で嘲笑っていたのをまるで読み取っていたかのようなナナキの言い方。そして逆に嘲笑うような使い方。
呆然とするマイゼル。場に晒された『静寂の伝令』をただ見つめる。
イラストには白き兵士に弾圧され、身動きが取れずもがく市民が描かれている。 その姿はまさに今の己を映している様。そのイラストに移る市民のみじめさと自分の悔しさがリンクして、涙腺が緩んだ。
「ぐぅぅぅぐぞぉぉぉおおお」
それを眺めながら、そそくさとカードを片すナナキ。この時点で既にマイゼルの人間性に対しての興味は完全に削がれていた。
だがまだ彼には蜜が残っていた。その蜜を味わう為に更なる現実を突きつける。
「いやー危なかった。攻めてくれて助かりましたよ。デッキトップ見てみたら青ざめましたよ。なんたって後3回もエネルゲンしか引けなかったんですから」
「……えっ」
慌てて顔を上げその事実を確認するマイゼル。それは確かな事実。
それどころではない。見えている。残りの手札も見えている。しかもそれはまたもエネルゲン。
急に嫌な予感がして慌てて自分のデッキトップを確認していく。
そしてその事実は残酷にも程があった。
「1枚目『瞬間性パイロキネシス』……2枚目……『怨恨抱くサラマンダー』……なんだよ、なんなんだよこれ……」
そう……彼の後の引きは、序盤の引きの悪さ故に固まった有効なカードが占めていた。ちょっと考えれば辿り着く。後半になれば序盤の引きの悪い方が優位なカードを引けるなんて当たり前、当然の確率なのだから。
結局、マイゼルは自身の考えに振り回され、ナナキの挑発に乗り、自分から勝ちを捨てたのだ。彼は最後まで今を見れなかった。
「うわぁぁがぁぁぁぁああぁぁぁ」
絶望に打ちひしがれるマイゼルを眺め、笑うナナキ。味わっているのだ彼は。その獲物から漏れ出る甘味なる愉悦を。
こうして戦いは終わった。そして正体をさらけ出した。
1匹の……名、無き魔獣が――
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