第5話狂気の前兆
厚みのある丈夫な木製の扉から乾いた響きが流れる。扉を叩く音だ。アミリアの居る寝室全体に響き渡る。
「待っていました。どうぞ、お入りなさい」
「失礼致します」
扉を開き、参加者名簿を取りに行ったブランクが軽い会釈を済ませ、足早に部屋に入る。息も上がっている。老体なのに大急ぎで取りに行ったか戻ったか、どちらかの証だ。やや猫背気味になって息を整える為大きく息を吐き、首を上げ声を上げる。その声には焦りの様な物も混じっていた。
「お、お嬢様大変です。奴は……奴はとんでもない何処からの出です」
どうやら後者のようだ。銀髪の男について何かが分かり、急いでその事実を知らせる為に走って来たのだろう。
よく見れば名簿のほうも走った際に起きる風圧が強かったのかやや折れ曲がっている。バインダーに挟みもしないで管理すればこうもなろう。
「落ち着いてブランク。ご苦労様です。早速名簿を」
「こ、こちらに。#66です」
持っていた名簿をアミリアに差し出すブランク。
「ありがとう」
ブランクから手渡された名簿をパラパラとめくっていくアミリア。ただアミリアも急いでその事実を確かめたいのか焦りすぎ、ページを何度も行ったり来たりする。
「66、66っと」
急くのをやめ、ページ数をしっかり確認して、1枚づつめくっていく。そしてお目当ての#66に到達する。
「えっとどれどれ、名前が【ナナキ・ブレリアン】って、ブレリアンって……」
「はい。間違いなくブレリアン・ファミリーの者です。ですので恐らく偽名かと……」
ブレリアン・ファミリーはリエンツィ全域にその勢力を持つ反社会勢力、つまりマフィアだ。
彼らの主な収入源は非合法の賭場の経営や非合法品の密輸入、他国への麻薬の販売などなどのマフィアのお決まりのような商業である。
特に麻薬の販売に関してはリエンツィが国土の割に近代化が遅れ、手がついていない未開拓地域が数多く存在するのもあり、栽培農地を多数に持つため〈ヴィルヘムザクセン〉においてナンバーワンシェアと言っても過言ではない。
「まさか、そんな奴が私が主催する大会に紛れるなんて……受付の管理は一体どうなっているの!!」
「私もその事を問うたのですが……対応した受付の者の胸ポケットが……膨らんでおりました……」
「賄賂か……情けない」
自国の公務に携わる者達が金に転び職務を放棄した事と、そんな責任感無い者に育てた自国の詰めの甘さにただ恥じるアミリア。
そして裏社会の住人が相手と分かりその企みも浮き彫りになった。
狙いは間違いなく王族との接点を持つことだ。この大会に勝ち上がればプロの登竜門とも言われる大会に出場できる。プロになって接点を持つもよし。最悪そこでか今ここでこちらの公務の者を人質として手に入れるか、もしくは大会其の物をジャックして大金をせしめるか、どちらにしてもロクな考えではない。
「今すぐ試合を中止して、奴を摘み出して参ります」
鬼気迫る表情で声を上げるブランク。彼も責任を感じていたのだろう。同じ公務に携わる者の失態に。
「……ブレリアン・ファミリーは確か【3ターン】が支流でしたね」
「え、ええ。恐らくあのブラフから見て、ここ最近、身元もよく分からない凄腕のディーラーが奴らの賭場で活躍していると聞いております。恐らく奴のことかと」
【3ターン】はその名の通り3ターン内で勝負を執り行うギャンブルである。
ディーラーとプレイヤーのサシ勝負で、必ずディーラーが先行、ブレイヤーは3ターン以内に一回でも攻撃を通せば勝利になる。
正しバトルフェイズは一回限り、4ターン目はなく、3ターン終了後はその瞬間プレイヤーの敗北となる。
またドローに置いてもディーラーに手渡したデッキから引いてもらう形になる。
更にドローやバトルフェイズ、更にメインフェイズの度に参加料の支払いが発生する。中々に割高。
しかしデッキ構築を許されている為、博打の中では比較的自由度が高い。その為人気は高い。その高い自由度においての凄腕と言うのだから実力は折り紙付きというものだ。
「……綺麗な顔ね」
「ええ。その容姿も相まって強さの割に人気も大変あると言う話です」
アミリアが眺めていたのは名簿に張られていた銀髪の男のカラー写真だった。それに見惚れているかの様にただ眺める。
モニター越しでは良くて目元しか見れなかったが、こうやってしっかり見ると本当に美しい者だった。
声質やたまに見れる手の大きさで「男」と言っていたが極めて中性的な顔で、ちょっと男っぽい女性と表現しても差し支えない程だ。
更に目元は大人びた鋭さだが、雪の様に白い肌には何のしわもくすみもない、童顔にも見える若々しさがある。
そこに清んだ蒼い瞳に白銀の整ったショートヘアがついてくるのだから見惚れるのも頷ける。
本来強すぎるディーラーはプレイヤーから煙たがれる。勝てないからだ。それでいて人気のある者は何かしら人を引き付ける要素が無くてはならない。
きっとアミリアは同様、その容姿に引きつられた者がいるのだろう。それこそ男女問わず。
「……構いません」
「お、お嬢様……」
「構いません。あのままやらせなさい」
「お、お嬢様それは……」
想定外の回答に驚きを隠せないマイゼル。いくら実力を買っていても、反社会勢力の者と関わりを持つと言う愚を選ぶなどあり得ないと思っていた。しかしアミリアはその愚を選ぼうとしている。
止めなくてはならない。その責任感からか思わず声が威圧的かつ高圧的な物になる。
「なりませんお嬢様!! それは恥すべき行為。ましてや国の
啖呵を切る様に吠え立てるブランク。一介の執事がそれ程に剣幕立つのは正に危機であり、我が身を捧げても阻止せねばならないと言う信念無くしては起き得ない。
だか、だが……届かない。
「いいではないですか……元より我らは怪物を求めていました。今……今それが舞い降りたのです」
アミリアの声には背筋が凍るような不気味さを帯びている。たかが15、6の少女が発していい声ではない。
「お嬢様、それは堕落の道です。決してなりません、その道の先には滅びしかあり得ないのです」
それでもマイゼルは引かない。引くわけには行かない。
ここで引くことは、この国を滅ぼすと同意であるからだ。
「お嬢様お気を確かに!?」
「……ねぇブランク【アカシック・セイタン・ブロック】の物語を知っていますか?」
「ええ、事象確率の特異観測点を獲得する為に世界に虚空を放った魔王エグザミィルに対して我々リエンツィの先祖達が専攻していた
「そう……でもね現実は酷い物よ。物語ではうまく行くけど、実際は勇者なんて現れてくれなかったのよ」
「お、お嬢様今何と!?」
「だから……この際もう……いいじゃないですか。それが例え公共の敵でも悪魔でも……それこそいっそ魔王でも……それで、それで国が救えるなら……」
「お、お嬢様……貴方は……」
その言葉を発したアミリアに対してブランクはもう何も言えなかった。彼女の眼は瞳孔が開いている。せっかくの美貌が台無しになるほどに。
なのに宿っていた。確かに光が。しかしその光は人が持ってはならぬ光――狂気が宿っていたのだ。
そして笑っている。その笑みは少女の笑みではない。欲に塗れ溺れ狂う者、狂人の笑いだ。見ただけでこちらがトチ狂いそうになる。
もう手遅れだと悟った。何故ならアミリアは既に人の顔ではなくそれこそカードのイラストや神話や物語に登場する人に害をなし、虐げ、喰らう者。
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