第4話三月五日リエンツィ主催アマチュア限定大会④
「ターンエンド」
マイゼルは攻め込めずにいた。相手の銀髪の男の手は勝負を決する鬼手。手を出せばこちらがやられる。
だが対策はある。あるカードを1枚引くかもしくはこのゴミ手を生かすカードを引くかだ。
前者が来た場合は更にもう1枚カードがいる。時間がかかる。
だが後者はこのゴミ手が一気に絢爛豪華な怪物手に化ける。
欲しいのは後者だった。確率的にも後者の方が来やすい。
「自分のターンですね。ドローフェイズドロー……引いてきたエネルゲン(白)をセット、エンドです」
幸い銀髪の男の手もまだ重いらしい。だが油断は出来ない。
マナエネルゲンが十分になれば、銀髪の男のバトルフェイズで決しに来るかもしれない。そう言う意味では早くこの停滞した流れをマイゼルは切り抜けたかった。
「俺のターン。ドローフェイズドロー」
この時引き入れたのは前者の1枚だった。
(良い引きだ。だが使い方をミスれないな……あれが引ければ更にいいのだが……)
「ターンエンド」
すぐには使わず機を待つ。
「自分のターンですね、ドローフェイズドロー」
問題はこのターンだ。このターンで仕掛けて来るならマイゼルも動きざる得ない。
しかしその場合勝利は絶対ではない。もう1枚欲しい。その1枚で確実な勝利になるからだ。
「エネルゲン(青)をセット、ターンエンドです」
銀髪の男に動きはなかった。
「俺のターン。ドローフェイズドロー」
このドローはマイゼルにとって今までで最大の期待を込めていた。既に手札は6枚。最大手札枚数は6がリミットのルールなので7枚以降の確保は許されないのでディスカードフェイズに移行する。その名の通りターン終了後に手札を1枚捨てるフェイズだ。
無論それは何のメリットもない。手の内をばらし、更に無駄にカードを損失。目も当てられない。
故にこの場面の引きにおいてゴミ引きは許されない。
(来い、来るんだ。後1枚、後1枚……)
気合の入ったドロー。その結果を恐る恐る確認する。
そして、口角が思わず吊り上がった。
「カードはプレイせずバトルフェイズ移行!?」
「メインフェイズでの対応はしません、受けます」
「『ルーン肌のクロコダイル』と『大月の輪熊』の2体でアタック」
「対応して『三世帰り』と『水流衝』をプレイします。『三世帰り』は『ルーン肌のクロコダイル』を『水流衝』は『大月の輪熊』を対象にします。共にSS:Bです」
『水流衝』 コスト青
対象の攻撃参加しているクリーチャーを一体そのオーナーの手札に戻す
SS:B コモン
(やはりバウンスを構えていたか、だが問題ない、むしろ好都合)
「対応して『緊急招集』プレイ、SS:A」
『緊急招集』 コスト赤赤
このカードはあなたのバトルフェイズでしかプレイ出来ない。
あなたはこのバトルフェイズに限り、SS:Aの処理速度でクリーチャー呪文を一体唱えてもよい。
SS:A アンコモン
この場合先に解決するのは『緊急招集』の為、後続を展開する事が出来る。マイゼルは『緊急招集』を引いたターンに使わなかったのは理由があった。
一つは後続のクリーチャーでは4点を一撃で削るのが出来なかった。 もう一つは相手の返しを恐れていたから。このカードにはある欠点がある為、その欠点を補えるカートが必要なのだが、今それは手元にない。
その為反撃を許してしまう、待ちざる得ない。そこでより強力な手が欲しかった。一撃で相手を確実に仕留める手、切り札が。
そしてこのターン、それは舞い降りていた。
「更に『緊急招集』の効果でこのターン、SS:Aのスピードでクリーチャーをプレイ。『ルーン肌のクロコダイル』と『大月の輪熊』を生贄に捧げ、いでよ俺の切り札『炎刃翼のサラマンダー』よ」
通せば勝ちとも言われた、マイゼル最強のカード。銀髪の男が手放した1枚はその復讐の為と言わん限りのタイミングで馳せ参じる。
「……通しです……そんなぁ~」
「解決後、お前のプレイしたカードのチェックだが、宣言対象がいなくなったので立ち消えになる。いいな」
「はい……『三世帰り』と『水流衝』を墓地に送ります……」
このゲームのルールでは自身の宣言した対象がいなくなった場合、そのカードは空撃ち扱いになり、効果が発動する前に除去される、これが立ち消えである。
そしてマイゼルのプレイは生贄を使って、相手に空撃ちを誘発させるプレイングは通称
SS:Aでプレイ出来ても、この後のダメージチェックは『炎刃翼のサラマンダー』の本来持つSS:Bで処理される為、対応してバウンスされたらたまったもんじゃない。
引いてすぐに使わなかったのはこの為。しかし先に場の2体で攻撃を仕掛け、バウンスを誘発させてからプレイすれば相手の戦力を削げる。これがやりたかったのだ。
「そのままアタックだ」
「……手はありません、僕の負けです」
『炎刃翼のサラマンダー』の攻撃が通る。均衡した場は過ぎ去った。決したのだ。
だがこのゲームは先に2本先取した方が勝者になる。まだ半分勝利に近づいただけ、まだ油断は出来ない。
それなのにマイゼルは思わずガッツポーズを取ってしまう。確かに苦しい場面ではあったが、それは戴けない行為だ。
一方銀髪の男も頭を抱えて落胆していた。
「はぁ~勝てると思ったのに……」
ため息をついて落ち込む銀髪の男。しかしその間に持っていた手札を素早くデッキに隠し、手の内を隠す。
(へ、あんなに落ち込みやがって、バカなやつ)
落ち込む銀髪の男を見てマイゼルは心の中で見下す。その後互いに気を取り直し、デッキをシャッフルする。
その時シャッフル手前でマイゼルはデッキをボトムから1枚1枚念入りに確認していく。先ほどのもう1枚の手がいつ引けたのかが気になっていたのだ。
(こんな下に固まってやがる……クソが)
そのもう一手がデッキの下に固まっていた事を確認し、心の中で毒付く。そして勝利に導いた『炎刃翼のサラマンダー』を眺める。
その眼の奥には確かに信頼を与えていた。
◇
「そんな……こんなあっさり……」
アミリアは驚いた。確信を持った怪物があっさりとやられたザマに。敗北などあり得ないと思った。だがこの勝負つまずいている。
「まさか……やっぱり凡夫なのでは……」
敗北は不安に繋がる。無理もない。今日において最強の資質ある者は敗北を許されないのだから。
故にアミリアは銀髪の男の圧倒的な無双劇になると予想した。しかし結果は残酷にもアミリアが一番見たくなかったパワーカードによる圧倒だったのだから胸糞悪い。
「お嬢様、まだ敗北した訳ではありません」
「そうですが……やはり意外だったので……」
アミリアと違いブランクはこの敗北の価値を知っている。
得た物が違いすぎる。マイゼルは確かに勝利し優位にたった。だが自分がセオリーに従いやすいと言う情報を提示している。そしてそれはマイゼル本人も気づいていない。
そしてあのブラフが通った事によりマイゼルは奇策を行うと冷静になり、過去を遡って答えを出す人間と言うことも教えていた。
一方銀髪の男は徹底的に演技に徹した。意地も張らず、我も出さない。
そして演技の一つ一つが屈託がない。自然体そのものなのだ。手札を確認し、その奥の闇を垣間見たブランクにとってそれが何よりも末恐ろしい物であった。
(この一戦で人間性と言う情報に開きがついた……恐らくもう勝敗は……)
「ところでブランク、一つ頼みがあるのだけど」
「何なりとお申し付けください」
「あの銀髪の男の名前と経歴を知りたいの、受付に行って取ってきてくれないかしら?」
「かしこまりました」
「あら、さっきまで反対してたのに、嫌に素直ね」
「それはそれ、これはこれ、と言う奴ですね。少々お待ちください」
「ええ、お願いね」
ブランクもまた興味があった。はっきり言ってあの男がアミリアの下に付くとは思えなかったが、それでもあの男の技量を認めざる得なかったのだ。
そして予想していた。あの二人の決着。その予想に銀髪の男の敗北は既に、ありえない物になっていた。
◇
予想は間違いではなかった。
二戦目は既に中盤戦を終え、既に終盤戦に差し掛かろうとしている。
現在マイゼル手札3枚ライフ7点、場には『怨恨抱くサラマンダー』が一体。
方や銀髪の男は手札5枚ライフ5点、場にはクリーチャーがいない。
マナエネルゲンはマイゼル緑3枚赤4枚、銀髪の男青3枚黒2枚白3枚。
そしてマイゼルのターン、彼は殴れば決着の場面である。
「ふふ、ターンエンドだ」
だがマイゼルは仕掛けない。銀髪の男の手札4枚を警戒している。そしてまた「お前の手には乗らん」と心の中で思っている。
まさしくデジャビュ。ブラフが成立していたのだ。それは当然である。マイゼルは口三味線をまだ掴めていない。そして銀髪の男を誤認している。
考えを変えていない。むしろ一本取った勝利がより自信を実らせていた。もう気づけない、気づこうともしない。
「では自分のターンですねドローフェイズドロー」
この勝負、既に銀髪の男には容易い物になっていた。既に敵は心の芯をさらけ出している。自分の理を絶対として、治す気もない。容易い相手だ。後はそれに付け入り、砕くだけだ。
「引いてきたエネルゲン(黒)セット、更に『惨殺』をプレイします」
「解決だ」
「対象は『怨恨抱くサラマンダー』です。破壊します」
対抗策が無い為マイゼルはこれを通す。
「更に『海岸線の怪鳥群』をプレイします」
「通しだ」
「アタックフェイズ移行、アタックです」
無論対策が無い為攻撃が通る。これで体力差が無くなる。
「俺のターン、ドローフェイズドロー」
後2回『海岸線の怪鳥群』の攻撃を受ければ敗北となるマイゼル。しかしこの時既に勝利を確信していた。
先の勝負と違い、今回はクリーチャーをしっかり確保した手の内、除去に対してもすぐに対応できる手に仕上げていた。
「エネルゲン(緑)をセット、『大月の輪熊』と『新緑のアナコンダ』をプレイする。共にSS:B」
『新緑のアナコンダ』 コスト①+緑
パワー2タフネス1 タイプ蛇
『新緑のアナコンダ』は青のクリーチャーにはブロックされない
(緑):再生(このクリーチャーは戦闘ダメージで破壊された時、再生コストを支払った場合タップ状態で場に戻してもよい)
SS:B コモン
再生持ちは戦闘では破壊されないと同意義の回避能力である。守りにも攻めにも強い優良な効果だ。
「通しです」
「バトルフェイズ移行、2体でアタックだ」
「対応して『瞬きの壁』をプレイします」
「通しだ」
「壁トークン2体で2体をブロックです」
「解決だ、ターンエンド」
このターンの攻撃を防ぎきる銀髪の男。次のターンのカード次第で決着が付けられる、演技と言えど期待が宿る。
「ふぅ~危なかった……では自分のターンですねアンタップフェイズ、ドローフェイズ……いいカードこいよ~ドロー」
この時マイゼルは余裕があった。『海岸線の怪鳥群』一体だけなら致死量に達しない。そして追加のクリーチャーが来ても対処出来たからだ。
「『清閑海鳥』をプレイしますSS:B」
「解決だ」
「アタックフェイズ移行、2体でアタックです」
「対応して赤2マナで『火炎舌の投擲』をプレイ。SS:B。対象は『海岸線の怪鳥群』だ」
『火炎舌の投擲』 コスト赤赤
対象のクリーチャーに4点のダメージを与える。
SS:B コモン
「解決です、でも『清閑海鳥』の攻撃は通ります。ターンエンドです」
ダメージが入りマイゼルのライフは4となる。追い詰められているようだが確固たる自信があった。現状の火力では倒し切れないが、予感を一つ感じていた。
デッキから強烈に発せられる意志にも似た波動。考えなくとも分かる。引ける。確信がある。今このドローにおいては来るカードは1枚しかない。
「俺のターン、アンタップフェイズ、ドローフェイズ……」
言うなればゾーン。この時マイゼルはそのゾーンに入っている。ドローがまるで自分の意志で決められる様な猛烈な引き。そして本人もそのゾーンに今自分が入っている。オカルトではあるがその感覚に曇りはない。
「ドロー」
カードを引いた瞬間に分かった。それこそ心と心がリンクした様に。
引いたカード、それはマイゼルが絶大な信頼を寄せる切り札『炎刃翼のサラマンダー』に違いなかった。
(ククク……決まったな)
もうゾーンに入った自分に敵う者などいやしない。この苦しい場面での引きは神からの伝令なのだ。勝てと言う伝令。
肉体の全ての器官が細胞が呼吸する。神の息吹を取りこぼさんと。
今答えるべき。この引きは必ず勝利する為の流れなのだから。既にマイゼルは勝利した世界にいた。故に見落とす。相手の手札を、たった1枚を。
「2体のクリーチャーを生贄に捧げプレイ、いでよ『炎刃翼のサラマンダー』よ」
「通し……です」
銀髪の男が頭を抱える。傍観する物にはもう諦めしか見受けられない。決した。誰もがそう思うその瞬間。
「決着だ、アタックフェイズ移行、とどめだ」
「対応して『三世帰り』をプレイします。SS:B」
「え……」
最高の一瞬は本当に一瞬だった。すぐに現実に戻ってその光景を眺める。対応策はない。必要な生贄ももういない。敗北が確定した瞬間、それを目の当たりにする。
「解決でよろしいですか?」
「……」
「ちょっと、聞いてますか?」
「ああ……通しだ……」
「では解決ですね。手札に戻してください」
(こんな……こんなバカな……)
後悔、屈辱そして―――猛省。
最後の1枚を見なかったこと、警戒しなかったこと、そして流れに身を任せたこと。自分の愚を恥り、自らが自らの過去を責める。
過去の自分を責め立てる。拳を握りしめ眉間を潰す程に寄せ、全身を震えさせる。しかしそれはまったくもって無意味な行い。過去を責めて何になる? 罰して何になる? 過去の自分を責めても過去は戻らない。結果は変わらない。
今を見なくてはならないのだ。過去を見ても遅いのだ。過去を責めても何にもならない。
過去から得るべきは反省であり結果ではない。それをマイゼルは理解していない。
今を見なかったのが今の自分なのだ。今の自分を恥らなければならない。でもそれを受け入れない。過去を責めても仕方がないのにそれでもマイゼルは責め続けた。自分の気が済むまで。
「自分のターンですね。アンタップフェイズ、ドローフェイズドロー。引いてきた『引っ込み思案の吸血鬼』をプレイします。」
「……」
「バトルフェイズ移行、2体でアタックします」
手札が1枚だけで更に物がばれているのでマイゼルの抵抗はない。その為銀髪の男はマイゼルに許可待つまでもなく、そそくさと場を片付け、シャッフルを始める。
一方のマイゼルもようやっと気が張れたのか、ややふて腐れてはいたが、シャッフルを開始する。明らかな意気消沈。
それを見て銀髪の男が口を開く。
「そんなにガッカリしないでください。たまたま勝てただけですよ。奇跡みたいな物です」
「……」
「それに自分初心者なので正直一本取れただけでもう十分な所もあるんですよ。まぁでも初心者の自分にもあのプレイは無警戒過ぎたと思いますけどね」
「何だと!?」
「ちょっ…そんな怒らないでくださいよ。悪気はなくてあくまでもそう思っただけですから。それにまだ一戦残ってる、気を取り直して次頑張りましょうよ」
(こいつ、初心者の分際で……)
「そうそう何度も同じ結果にはなりませんから、そう……そうそう何度も……ね」
その発した言葉、わずかながら今までとは違う雰囲気が含まれていた。それを感じ取るマイゼル。舐められていると思い苛立つ。苛立ちは行動でも現れる。シャッフルがいつもと違って雑になっていた。
マイゼルは誤解をした。
その発言、挑発なのは確かだった。しかしその雰囲気はそれだけでは無いのだ。
その雰囲気こそ、今自分を喰らう者の瘴気―――魔獣の本性だったのだから……
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