第3話三月五日リエンツィ主催アマチュア限定大会③

「はぁ~思ってた通りの試合運びね」


 モニター越しに観戦していたアミリアは落胆していた。自分が思っていた以上の陳腐な展開とありきたりな試合運びに。

 期待は大してしていなかったが、悪い意味で更に裏切られるなんて予感はしたが実現するのは御免なのに実現しているのが癪に障った。


「やはり期待通りにはいきませんな。お茶でも飲んで気を和らげますか?」


 見かねた執事が気を利かせてそう尋ねる。


「ええ、お願い。ホント酷い物よ。まるで出来の悪い説明書を見せられてる気分」


「はは、確かにその通りですね。ですがまだこれからですし、これからの展開に期待してみてはどうですか?」


「期待なんて出来ないけどね……こんなのが後二戦か三戦するなんてゾッとする」


 お茶が出来る間、執事に愚痴を垂れるアミリア。既にこの二人には求めている怪物ではないと分かっているからだ。

 一応自分の提案したルールが一つの逆転劇を起こすのを期待しているが、肝心の銀髪の男の体たらくにそれは無理難題だと思っており熱も冷めていた。


「ではこの試合はもう止めて、他を見ますか?」


「う~ん、時間のムダには間違いないけど他の試合もあまり期待出来ないし……この一戦だけ見ていくわ」


「かしこまりました、ではこのままで。それと気休めのローズヒップが出来上がりましたのでお召し上がりを」


「ありがとう。あと一応手札を確認したいから、手札にモニターを合わせられる?」


「かしこまりました。少々お待ちを……銀髪の男の手札ですが、手が広範囲に被る持ち方をしていて見辛いですので、別回線に切り替えますので少々お待ちを」


 老骨から魔力を放出し、モニターを切り替える執事。アミリアは執事の入れてくれたローズヒップティーの高貴で気高い香りと味を舌鼓している。


「ああこの香り、嫌なことが頭の芯から消えてしまいそう。ちょっとすっぱい感じがするけど、ハイビスカスも合わせたの?」


「左様でございます。お疲れだと思いましたので」


「いつも気が利くわね。ありがたいわ」


「そう言って頂けて光栄でございます。準備が整いましたのでご確認を、まずは星の多い男から映します」


「ええ、お願い」


 マイゼルの手札がモニターに表示される。それを見るアミリアと執事。そして見てすぐアミリアはため息を吐いた。


「銀髪も相当なポンコツだけどこいつもヒドイ物ね。何この手札? こんな手になるような構築して勝ってたなんて……情けない」


「確かに酷い手ですな……ですがこのカードの偏り、もしや……」


「何か感じたブランク?」


「経験から来る予感と言う名の馬鹿な考え、と言った所です。お気にせずに」


 この執事――ブランク・ドーマンはかつて<Magician`s Legacy>の黎明期からプレイする古参プレイヤーでもあり、かつてはリエンツィ専属プロの頂点にも君臨したほどの手練れだ。現在は引退し、執事兼アミリアの知恵袋としてその職務を全うしている。故にアミリアよりも展開や戦略に関してはシビアな現場目線で見ていく。

 そのブランクがマイゼルの手札を見て、ある予感を感じていた。だがこの時はまだにわかには信じられなかった為、アミリアに公言するのを躊躇い、口にするのをやめる。


「さて、次は銀髪の男に切り替えます」


「ええ、お願い」


 モニターを切り替え、銀髪の男の手札を確認する二人。その手札は思っていたよりまとまった、しっかりした手札である。


「へぇー以外ね、特に戦術なんて考えてない回し方に見えたけど、ちゃんと奥の手残してるじゃない」


「左様ですな。ん?はてこのカードは?」


「また何か予感したの?」


「いや、今回はちょっとした疑問ですかな……さて再び場面を切り替えます」


「お願いね」


  この時はまだ小さな疑問だった。だがやがてこの疑問こそブランクの心を凍てつかせる戦略の片鱗。

 そう既に第三者にも気づかれず、常軌を逸した銀髪の男の戦略は廻っていた。





「俺のターン、ドローフェイズドロー」


 現在ライフはマイゼル14点、銀髪の男16点。

 手札は今のドローでマイゼル4枚、銀髪の男5枚。5枚の内、1枚は『引っ込み思案の吸血鬼』でこれはマイゼルも把握している。

 だがマイゼルは合計値パワー6のクリーチャーを場に張っている。優位はマイゼル側であった。


「エネルゲン(緑)セット、バトルフェイズに移行。2体でアタックだ」


「うーん……ここは対応はしません、解決です」


 一時の優位はこの一発で消え去る。体力差は4点もの開きがつく。後二回フルアタックを通せば勝負が決する。


「流石に痛いな……」


 ここまで頑なにダメージを敬遠していたが手が詰まり受けた一撃。その数値が生み出す開きに銀髪の男は弱音にも似たぼやきが漏れる。


「ターンエンド」


「自分のターンですね。アンタップフェイズ、ドローフェイズドロー」


 パワー比だけでなくライフに置いても劣勢になり、いよいよ焦り始める銀髪の男

このドローには期待が掛かる。


「うわぁ……引いて来たエネルゲン(白)セットで3マナ支払い『引っ込み思案の吸血鬼』プレイです……」


 が……駄目。

 流れに乗らない。まるで一時の右往左往に呆れて、デッキが反応して呪いを浴びせに来たようなゴミ引き。

 仕方なくセットはしたがこの後が決まらない。そう攻めに出るか守りに入るかだ。

 攻めに入れば体力差は11対10でにじり寄る事は出来る。

 しかしそれはほんの一瞬。次のアタックでダメージを受ければそんなのはあっさり吹き飛ぶ。

 とは言え仮に殴られても、後一回は耐えられる。その後の引きに期待するのも一つの手だ。

 だがそれは絶対ではない、最悪それがまたゴミ引きならそれで決着もありうる。

だがここで『引っ込み思案の吸血鬼』をブロックに回せば、延命が出来る。


 故に長考。時間に身を委ね、考えをまとめると言う言い訳を心の中に言いつけて、消去案で手を決める。

 相手の心理をより深く、より明確に探る長考と違い、今回は安全策か博打かの「どっちの方がいいかな?」程度の問題。おまけにブロック参加したとしても『引っ込み思案の吸血鬼』はどちらをブロックしても戦線から離脱する。攻撃の手は現状これ一枚なのでブロックはより劣勢になる可能性が高い。

 そして仮に強気に走っても、次のマイゼルのターンにパワー4以上のクリーチャーを展開されれば敗北にもなる。

 つまり既に敗北は濃厚、そんな中での長考など弱気をアピールするも同意、愚手でしかない。

 そしてこういう時、人間が取るパターンは大体決まっている。


「ターンエンドです」


 安全策に走る。何故なら仮に戦力が途絶えても二回引くチャンスがあるからだ。

その2枚で逆転の手を待つ、その方がより確率的にもベターだし効率的だと思うからだ。

 だがそれは結局1枚が2枚になっただけ、しかもその2枚はあくまでチャンスであって確実ではない。

 この後マイゼル側がクリーチャーを展開しパワー値を伸ばして、更に『海岸線の怪鳥群』同様、火力で処理されれば結果は同じだ。確率と言う甘い言葉で自分を許しているに過ぎない。敵の先を見ていない動き。

 だからこそどちらでも良かったのだ。考えるだけ不利益になる本当に無駄で無意味な長考。


 その弱気を見てマイゼルは確信する。既に勝敗は決したと。敵には明確な戦意が見えない。保身に走っている。


(馬鹿が、そんなあたふたする位なら手を残しとけばいい物を……弱気な回し方をするから逃げちまったんだよ、ツキが、だからゴミ引きなんだよ)


 心の中で罵倒するマイゼル。

 だがツキという根拠もないオカルトで罵倒する辺り、この男もやはり凡なのだろう。

 ましてやそんな引きだのツキだので他人のプレイングを批判するのは自分が引きとツキで勝ってきたと言っている物だ。


(俺は違う。俺は強く行く)


 銀髪の男を反面教師として捉え、そう心掛けるマイゼル。自分の優勢があっての信条、優位から来る強気の姿勢。

 このターンで勝負を決することも可能、火力を引くもよし、クリーチャーを引くもよし、その引き次第で決せられる。故に強気の姿勢で引き込もうとしている。


「俺のターン、ドローフェイズドロー……エネルゲン(赤)セット、アタックフェイズ」


「う~ん、どうするべきか……」


「『ルーン肌のクロコダイル』でアタックだ」


 しかし肝心の自分の引きに問題が生じた途端、自分も安全策に走る。この動きには強気の姿勢なんて存在しない。セオリーに従っただけ。

 この場合、2体でアタックした場合『大月の輪熊』がブロックされれば相打ち。アドバンテージが1対1の等価交換になる。

 だがその場合マイゼルはパワー値が4に下がり、相手のクリーチャーが展開されれば壁もいなくなる。

 しかし相手の戦力を削げる。むしろこっちの方が、優勢の場面では等価交換以上の結果を生み出す場合もある。強気ならこうするべき、だがそれはしなかった。

 ここはブロックされても打ち取られない『ルーン肌のクロコダイル』単品で攻撃するのが安全かつ確実な手、それがセオリー。そう考えマイゼルはセオリーを言い訳に安全策に走った。引きの悪さで既に姿勢に揺らぎが起きていたのだ。

 確かに相手に対して備えるのは立派な戦略である。しかし本人は解っていない。その動きは強く行くと決めた信条に偽りが籠っていることに。


「4点かぁ……ここは通しで」


 ダメージチェックが入り体力差は14対6となる。いよいよ追い詰められる銀髪の男。


「ターンエンド」


「自分のターンです、アンタップフェィズ、ドローフェイズ」


 相手のパワー値が自身のライフに並んだ為、ここでの引きは重要になる。

戦局を左右するこの引き、期待は今までの比ではない。


「ドロー……やった、引けた、よかった~白+2マナで『折光おりびかりの壁』をプレイします。SS:B」


『折光の壁』 コスト②+白 

パワー0タフネス5 タイプ壁

壁は攻撃に参加出来ない。

SS:B コモン


 高タフネスを誇る壁クリーチャー。

『ルーン肌のクロコダイル』のパワーですら討ち取られない強固な守りだ。

これで容易く突破は出来なくなる。


 だがこれは先の決断的には裏目の引き。

引きが同じなら結果論ながら殴っていればライフ差は11対4になっていてその上で壁が張れた。どちらが勝利に近づくかは一目瞭然。

 そんな事はいざ知らず、引きに助けられて安堵したのか?「やった」「よかった」と漏らしている。それを見てマイゼルは心の中で罵倒する。


「アタックフェイズ移行、『引っ込み思案の吸血鬼』でアタックです」


「通しだ」


 体力はこれで11対6。仮に先のターン殴っていれば8対6になっていたのだが、再び攻勢に出れたのは確かだ。


「『引っ込み思案の吸血鬼』を手札に戻し、ターンエンドです」


「俺のターン、ドローフェイズドロー。よし3マナ+赤赤で『怨恨抱くサラマンダー』プレイ、SS:B」


『怨恨抱くサラマンダー』 コスト③+赤赤

パワー4タフネス1 タイプサラマンダー

飛行(飛行は飛行を持つクリーチャーでなければブロックされない)

SS:B コモン


 飛行持ちのパワー4のクリーチャー。このクリーチャーは赤マナ2つが必要な為、色マナによるコストはやや重い。

 これに場の2体の火力を合わせれば合計10点、仮にどれか一体を止めても敗北になる。

 流石にこれには耐えられない。銀髪の男はここで動く。


「通しですが、残りの3マナを支払い『惨殺』をプレイします。SS:C」


『惨殺』 コスト ②+黒

対象のクリーチャーを一体破壊する。

SS:C コモン


 所謂除去呪文。この場合相手メインフェイズ中に打つのが絶対条件。

 バトルフェイズに打った場合、ダメージチェックの際スペルスピードの早いクリーチャー群の攻撃が先に解決され、その後除去となる為手遅れなのだ。

 無論、相手は除去を受けた後、次のクリーチャーを展開すれば攻撃の手は緩まないが、マイゼルには後続が存在しない為、この場は凌ぐ形になる。


(まだあんな手を隠していたか……チッ焦り過ぎた)


「対抗策はない、通しだ」


「はぁ~良かった」


「だがアタックフェイズ移行、2体でアタックだ」


「『折光の壁』で『ルーン肌のクロコダイル』をブロックします」


「解決だ、『大月の輪熊』の2点は通る」


 この攻撃によりライフは4点。『大月の輪熊』のアタックを2回許せば勝敗が決まる。


「ターンエンド」


「自分のターンですね、アンタップフェイズ、ドローフェイズドロー」


(後4点か、後続が続かないのは不安だが何とかなるだろう)


 マイゼルは後続を温存させ、何時でもクリーチャーを展開できる状態にしたかった。相手がコントロール寄りの構築な為、除去やバウンズを警戒しての策だ。

 だが手は思いのほか悪く、先の目論見はうまくいかなかった。その為勝負を焦り、一気に決めにかかったのだ。が、結果は失敗に終わる。

 この時マイゼルは一つの決意を張らせ、その決意を言い聞かせていた。


「青マナでドローした『知識提供』をプレイします」

 

『知識提供』 コスト青

『知識提供』をプレイする為に、あなたはあなたの手札にあるカードを1枚、デッキの一番下に置かなくてはならない。

全てのプレイヤーはカードを1枚引く。

その後あなたはカードを2枚引く。

このカードはあなたのメインフェイズでしかプレイできない。

SS:D アンコモン

 

 極めて軽いドロー呪文。実は『炎刃翼のサラマンダー』より優先してピックしたカードである。強力な効果の為、その分制約も強い。

 追加コストは軽く見えて、手札が『知識提供』のみの時は使用できない無視できないデメリットを有する。そして相手にもドローが入る、場合によってはこれが致命になりかねない。

 また手札アドバンテージは『知識提供』使用で-1枚、追加コストで-1枚の為、実際は相手と同じ、むしろメインフェイズでマナ使用をする分、アドバンテージは相手優位になるのだ。

 されど一度に3枚もカードが手に入るのはやはり強力。


「解決だ、対抗する理由がない」


 手札にツヤがないマイゼルにとってもこのカードの恩恵はうれしい。


「では追加コストとしてカードをボトムにしまいます」


「確認した、ドローさせてもらう」


「はい、では自分も1枚ドローします、その後2枚引かせて貰います」


 これで『引っ込み思案の吸血鬼』を合わせて6枚と豊潤になる。


「早速引いてきたエネルゲン(青)をセット、更に『引っ込み思案の吸血鬼』と白+①マナで『治安の先兵』をプレイします。共にSS:Bです」


『治安の先兵』 コスト①+白

パワー2タフネス1  タイプ人間 ナイト

SS:B コモン


 このドローで戦力を充実させる銀髪の男。『治安の先兵』は『大月の輪熊』を打ち取れる為、かなり固い守りになる。


「アタックフェイズ移行、『引っ込み思案の吸血鬼』でアタックします」


「対抗はしない」


 このアタックで残りライフ8点のマイゼル。若干ながら雲行きが怪しくなる。


「『引っ込み思案の吸血鬼』を手札に戻してターンエンドです」


「俺のターン、アンタップフェイズ、ドローフェイズドロー」


(ちっ変に偏りやがる……)


「……ターンエンドだ」


「自分のターンですね、アンタップフェイズ、ドローフェイズドロー」


 徐々に優劣が変化していった。その兆しを感じ取る銀髪の男。


「今引いた『聖なる秘薬』を白+1マナを使いプレイです。SS:C」


『聖なる秘薬』 コスト①+白

あなたは3点のライフを得る

キャントリップ(このカードが解決された時あなたはカードを1枚引く)

SS:C コモン


 キャントリップという息切れ防止能力を持った呪文。その分効果は微弱、一時凌ぎ程度だ。


「通しだ」


 これで体力は6点に戻る。


「更にカードをドロー、これは……よーし!!アタックフェイズ『引っ込み思案の吸血鬼』でアタックです!!」


 キャントリップ効果のドローが良かったのか?アタック宣言に力が籠っている。


(あの覇気、いいカードを引いたな) 


「解決だ」


 体力差は遂に1点までにじり寄せた銀髪の男。後はどちらが先に致命打を決められるかの終盤戦に突入する。


「手札に『引っ込み思案の吸血鬼』を戻してエンドです」


「俺のターン、ドローフェイズ、ドロー」


 流石に体力差も吹き飛び、場も均衡状態に近く、焦りを感じ始めるマイゼル。

このドローは嫌でも期待する。戦局を再び覆す一枚を欲していた。


「エネルゲン(緑)セット……ターンエンド」


「自分のターンですね、アンタップフェイズ、ドローフェイズドロー。よしよし引きもいい感じだ。青+1マナで『清閑海鳥』をプレイします。SS:B」


『清閑海鳥』 コスト①+青

パワー1タフネス1 タイプ 鳥

飛行(飛行は飛行を持つクリーチャーでなければブロックされない)

SS:B コモン


「解決だ」


「更に『引っ込み思案の吸血鬼』をプレイします」


(揃えた)


「通しだ」


「ではバトルフェイズに移行、『引っ込み思案の吸血鬼』と『清閑海鳥』でアタックです」


「それは通さない。赤2マナ支払い『砲煙弾雨』プレイ。SS:B」


『砲煙弾雨』 コスト 赤赤

全てのクリーチャーに1点のダメージを与える。

SS:B コモン


 全体に火力を与える火力呪文。この場合タフネス2以上のクリーチャーで場を張っているマイゼルには無害に近い。

 だが銀髪の男のクリーチャー群は『折光の壁』を除き、全てタフネス1。しかも攻撃可能な戦力群すべてがだ。これは致命に等しい。


「抵抗しません。解決です。」


 しかし銀髪の男は落ち着いている。さっきとは違って至って冷静でいる。


(やはりさっきのカード、かなりの物らしいな)


「解決により『引っ込み思案の吸血鬼』『治安の先兵』『清閑海鳥』を破壊する」


 これにより攻撃の手がなくなった銀髪の男。壁も『折光の壁』1枚となり、敗北に傾く。


「ターンエンドです」


「俺のターン、アンタップフェイズ、ドローフェイズドロー」


 この時マイゼルは念願の後続のクリーチャーを手に入れる。すぐに仕留めにかかるのもありだが、向こうは壁1枚で自信ありげなカードがある。故にすぐに張らず、気を伺うことにした。


「カードはプレイせず、バトルフェイズ移行」


「ちょっと待ってください。移行前メインフェイズで二枚目の『惨殺』を黒マナと白2マナでプレイします」


「そうか、巻き戻そう。通しだ」


(奴の自信の源はこいつか……だが問題ない)


「対象は自軍の『折光の壁』です」


「何だと!?」


 貴重な除去手段をあろうことか自軍のクリーチャーに使う暴挙。

 これにはマイゼルも驚かずにはいられない。『惨殺』と『折光の壁』で現状のアタックをシャットアウト出来るからだ。

 だがすぐに冷静に戻る。そして考える。

 そう先の『怨恨抱くサラマンダー』を除去された時湧き出た決意とは「冷静な思考」。

 侮らず、しっかりと相手の思考を考えを把握した上で行動すると言う物。

 決意と言えば聞こえは良いが簡単に言えば「初心者でも見くびらない」と言う反省にも近い。と言うよりそもそもカードゲームにおける極一般的な考えに戻ったに過ぎない。


(この除去の意味する物……ディフェンシブフェイズか。まてよ、俺が強く行くと決めたターン、奴はこちらのアタックの際、何やら悩んでいたな)


 マイゼル流の冷静な思考の元、ターンを遡り、相手の一手一動を掘り返し考える。

恐らく相手の狙いはディフェンシブフェイズでの返し。それは明らかだ。相手の手札は3枚。その上で考えを張らせる。


(確か奴は『知識提供』で手札を蓄えている。除去、あるいはバウンスをここで蓄えていた可能性は高い。そしてさっきのキャントリップでフィニッシャーになりえるクリーチャーを引いていてそいつを隠しているのでは……)


 考えはより深く沈み、相手の傾向を分析した上で答えに近づく。故に長考。思考を巡らせ、過去を貪り、脳に相手の手札を投影する。

 投影した手札から相手になりきり、自分の場を照らし合わせ、そこから最善策、最良策を決める。

 その策を脳内でロールプレイング。その結果の上で反省点を模索。見つかればまた別の手札を投影して同じ流れを続けた。

 脳内で形成したそのフローチャートを何度も繰り返す。繰り返して――そして答えに辿り着く。


「ターンエンド」


 マイゼルは攻撃を拒否した。

 とどめを刺せるこの機会を棒に振る。無論それはマイゼルの建てた理によって動いた決断だった。


「自分のターンですね。アンタップフェイズ、ドローフェイズドロー」


 どうあれ銀髪の男はこのターンも凌いだ。特に安堵もない、かと言って落胆もない。間違いなくそれは自信の現れであった。


(特に反応なし、やはり手が来てるな)


 それを確認したマイゼルは自分の出した答えが正解だと確信する……














「何なのよ……これ……」


 傍観者であるアミリアには理解できなかった。その異常な光景を。それは歴戦の猛者でもあるブランクすら同じだった。

 銀髪の男の仕掛けた奇策。それに対しての答えを知りたくなり、二人は手札を確認していたのだ。

 彼らは手札が見えている。だからこそ分からない。何故この結果になったのかが。


 何故ならばこの時、銀髪の男の手札は――3枚全てがマナエネルゲンだったからだ。


 実質手札ゼロ。自ら防壁を全て破壊し、丸裸の状態。

 そうこれは虚勢ブラフ。相手を心理的に追い込み、嘘とハッタリで難局を回避する脅しの力技。


 それは理解している。問題はこのブラフが何故通ったかだ。

 確かに『知識提供』の時に手札を補充したのは間違いない。キャントリップの時にブラフを仕掛けたのは確か。しかし何故この手札を予測、いやブラフだとマイゼルが思わなかったのが謎だった。


 謎はもう一つある。何故ブラフを仕掛けたのがわからない。

 あの場面、ブラフは必要なかった。何故なら攻撃の手は自らが潰した手で防げたからだ。不要の博打だ。これが理解できない。


「いくら相手がポンコツでも、こんな手を使うなんて……」


「いや、待てよそう言えばあの時……」


 ブランクは思い出した。自身が感じた違和感、疑問を。

 実は先ほどローズヒップティーを汲み終えた後、銀髪の男の手札を確認した時の疑問の正体もマナエネルゲンだった。

 その時はなぜ違和感を感じたのかが実は自分でもよく分からず、エネルゲン1枚に疑問を持ったそれ自体が心のどこかに引っかかっていた。

 だがそれで詰まる。それだけだ。このブラフの意味に到達していない。


[―――ドローフェイズ]


 モニターでは既に物事が進んでいる。銀髪の男が丁度ドローに入る場面だった。

 そしてその時、一瞬だけ、モニターが闇に覆われた。しかしそれはほんの一瞬だった。

 すぐに闇は晴れ手札が映る。そしてすぐに気づくその異変。


「あ、あれ、おかしい。なんで?」


「何故だ?何故――手札が足りない」


 そう、無くなっていたのだ。手札のマナエネルゲンが。

 3枚あったのは確か。しかし今は2枚しかない。残りの1枚はどこに行ったのか?されど探せど見つからない。


[そのまま引いて来たエネルゲン(青)をセットして、ターンエンドです]


 ターン終了の宣言をする銀髪の男の声がモニター越しから聞こえてくる。その声がなる前にモニター越しの手札にも変化があった。

 手札が増えていた。元の3枚に。だがそれはマナエネルゲンではなかった。バウンス呪文の『三世さんぜ帰り』だった。


『三世帰り』 コスト①+青

対象のエグジスタンス状態のカード1枚をそのオーナーの手札に戻す。

SS:B コモン


 先ほどまで存在しないカードが確かにある。これの意味する物とは? そんな物は決まっている。イカサマ、すり替えだ。


「まさかイカサマを!?」


「確かに一度モニターが乱れました。あれがあやつの手ならば、すり替えの証拠ですが……ご無礼を承知で言わせて頂きますが、おそらくそれはないかと……」


「何故そう思うのです?」


「……接戦すぎます」


「接戦……すぎる?」


「はい。相手の手を思い出して下さい。そして進みを思い出して下さい。奴の手は一度確認した時からほぼ代わり映えのない手、ゴミ手なのです」


「そう言えば……確かにクリーチャーも呪文もドローから引っ張ってきたカードしか使っていないわ」


「そう。なのにすり替えをしていてこの均衡。リスクリターンが合いません。それならもっと強烈なカードをすり替えて優々勝つべき。そしてリスクリターンで言えば先のブラフの時に、万が一に備えてそこですり替えるべきです。ここで行う理由にはならない」


「確かに、危ない橋を渡る場面を手違えている……」


「これは私の予想なのですが……巻き戻させてくれませんか?」


「ええ、それは構わないけど……」


 許可が下り、魔力を通じてモニターを一時停止、そして巻き戻す。


(手札は……やはりわからないな……この闇が奴の右手なら、デッキの方か?)


 手札では何が起きているかわからない為、別回線に切り替え、その回線の映像をまき戻す。

 そして見つける。この謎の正体を。

そして理解した、その全て。そして――凍てつく。

 恐怖した。全てが理解した上で自分の理の範疇を圧倒したその策略に。

そして確信する。この男は常人の秤をはるかに超えた逸材――怪物だと。



「お嬢様見つけました。ここです」


 そう言ってモニターに自分の指で作った丸を付けるブランク。その丸、囲いの中で映る光景。横から見たデッキからカードを引く瞬間だ。

 そしてその手を囲って見せる部分には、カードが1枚手の平に忍び込まれていた。


「これはあいつの右手、無くなったカードはここね。やはりすり替えなんじゃ……」


「いえ、続きがあります。よく見ていて下さい。デッキからカードを引く場面です。再生します」


 そう言って映像を再生するブランク。そしてすぐに一時停止する。


「これは……持っていたカードの上にドローしたカードを重ねている。でもそれだけじゃない」


「ここからが本番です。そのまま右手に焦点を合わせて再生します。よく見ていて下さい」


[そのまま引いて来たエネルゲン(青)をセットして、ターンエンドです]


「……お分かり出来ましたか?」


「ええ、なんてことを……」


 モニターに映った光景、それは手の平に隠していたカードを場に出し、引いたカードを手の平に隠していた。考えていたすり替えとは違う光景だ。イカサマと言っていいのかも怪しい。

 つまり銀髪の男は本来手札にあったカードをまるで今引いたようにプレイしていたのだ。


「なんで、こんな無意味なことを……」


 アミリアは不思議で仕方ない。無理もない。

 この行為自体には何の意味もないからだ。すり替えでもないしイカサマとしては実がない。こんな事をしなくても手札に『三世帰り』は入っていたのだから。


「無意味ではありません。そしてイカサマにもなり得ない行為です。この行為自体はあくまで仕掛けの一つ。本質ではありません」


「本質?」


「思い出して下さい。奴はこの勝負の時、エネルゲンにせよ、呪文にせよ[引いてきた]や[手札から]と必ず言っておりました。ですが恐らくそれらは嘘。先の様な事をして実際はその逆の手札、あるいはドローしたカードからプレイしていたとしたら……」


「もしそうなら、その行為は」


「はい。奴が仕掛けていたのは『口三味線』になります」


 口三味線とは麻雀などではイカサマ扱いになる「嘘の情報を喋り、相手を騙す」行為である。

 例として麻雀の場合リーチした場面で当たり牌からその付近にかけて「そこは通るよ」と嘘をつき、逆に全く関係ない牌とその付近には「そこは危ないよ」と言って自分の当たり牌を出させやすくする物だ。

 このゲームだとカウンター呪文を持っているのに「手札事故ってる」と言って相手にカードを出させやすくして、有効な手を打ち消してやる、などがそれにあたる。

 

 だが麻雀と違いこのゲーム、いや大抵のTCGは口三味線がイカサマとして扱われない。

 これは心理戦を仕掛ける相手との一対一の戦いであり、虚も真も自分で考え自分で信じろの精神の元、そういうやり取りは不可欠として一種のブラフ行為として認められているからだ。

 無論やり過ぎるのは好ましくない。カジュアルの場合、友人とプレイして口三味線をフル活用して勝利しても待っているのは友情の破局のみ。

 そしてこの場面でも実際、問題がない。違反性が存在しない。結局エネルゲンをプレイしたことには変わりないからだ。


「でも、それに何の意味が……」


「意味はあります。この三味線で相手の思考にはことになるのです」


 自分がトップデッキからプレイしていると教えること、そしてエネルゲンやクリーチャーはデッキから引っ張って来ないと出せないと教えることにより相手に手の内を誤解させる事が本質。

 故に手札が魔術で固まっていると誤認を抱かせる。この誤認は、コントロールデッキを使う物にしてはこれ以上ない武器になる。その結果あのブラフが通るのだ。


「つまりあの時、相手が攻撃参加しなかったのもこれのおかげなのね」


「はい。相手の行動言動からその思考を読み取ろうとすればするほど、この三味線は有効です。相手の手を読んで対策を張るのは当然の戦術ですから」


 納得するアミリア。しかしすぐに別の疑問を抱く。

 確かに考えてみればおかしい。一々そんな不利益な情報を教えるなんて不自然だ。

 だがすぐに納得した。口三味線が疑われなかった訳が。


「ばれなかったのは、敬語、丁寧語ね」


「恐らくそうかと。ですます程度とは言え丁寧語を使う事によって丁重さと丁寧さを演出し、性格と言う誤解を抱かせて三味線を迷彩したとしか考えられません」


「私達もタネが分かるまで、ただ堅苦しくて生真面目な性格な人間だと誤解していた……」


「更に丁寧語は聞き手が話し手よりも上位であることを表す為に使われます。この場合星の多い相手は上位に該当します。更にチョンボに始まる数々の初心者行為、これは相手が銀髪の男は初心者で自分より下の位置にいると言う見くびりを引き出す為にも使用していたのかと」


「……そんなことが人の形で出来るなんて」


 銀髪の男の策略、それは「言葉」であった。

 三味線を使いそれを隠す為に使う丁寧語、偽りで言えど情報の献上と相手が上であると表すですます口調は、互いがその真意を隠し、互いがその効果を高める言葉の相乗効果シナジーを形成している。

 更に相手を見くびらせ、そしてその上で甘い考えに連れ込む。結果初心者特有のくだけの足りなさが加算し、更に相乗効果シナジーを形成する。

 また初心者をアピールする演技の一つチョンボ行為もまた、相手に「不器用」と言う偽の公開情報を与える事により意識をデッキに向かわせ手札から離す。これによりドローカードと手札のとり替えの時に、ドローの時はデッキが、プレイの時は場がそっくりそのまま迷彩に変わる。第三者であるブランク達ですら回線を変え、多角的に見ないと手札を確認出来ないほど、指で手札を隠している中、意識が散っていて正面からしか手札を確認できないマイゼルに、これは気づけない。


 そんな思考をマイゼルの様な凡人には理解できない。考えようともしない。

 故に沼にハマる。自分が間違っているとは微塵も感じないから動けない。動こうともしない。それが格上である自分の出した答えだからだ。


 マイゼルには星の数と言う形ある成功がある。

 だが時に成功は冷静を凌辱し自惚れを受精させる。そしてその思考に『慢心』を孕ませる。成功は結果であり結果は自信を実らせるからだ。

 むしろ「そんな甘い手に俺が落ちると思ったのか」とすら思っている。虚に踊らされていると知らずに……


[ターンエンド]


 今のはマイゼルのエンド宣言だ。マイゼルはこのターン、何もしなかった。ただドローを済ましただけ。

 既にマイゼルにとって銀髪の男の手は勝負を決める怪物手、しかしメインフェイズではフィニッシャーを出せばマナが枯れ、飛行がないからブロックに阻まれる。

フィニッシャーが今のターンで出なかったのは『ルーン肌のクロコダイル』に打ち取られるか、こちらの手札を警戒してのこと。

 だからこちらが相手にディフェンシブフェイズに移行させなければ良いわけでその間にこちらの手を艶やかにして置けば勝てると踏んでいたのだ。


 故に勝ち取る。本来来ることはなかったターンが、1ターン、2ターンと。

ブラフがゆっくりと確実に、奇知の実りにとり替わっていた。


 やがて虚の手札は時間を駆けマイゼルの思う真に、昇華しつつあった。


「お嬢様、おそらく奴は怪物以上の存在やもしれません。だが奴は危険すぎます」


「危険?」


「奴はコイントスの時は必要最小限の事しか述べていませんでした。しかし手札を確認し、プレイに入った途端、丁寧語を喋り始めた。つまり手札からいずれダメージレースで負けることを悟り、瞬時に策略を巡らせていたと思われます」


「確かにそうだけど、そんな芸当が出来る者こそ、我々が欲した怪物に相応しいではないですか」


「ですが危険すぎます。その策略を進める為に即座におごり、慢心、蔑み、そんな人間の恥すべき感情をあぶくの様に浮き上がらせる仮面を形成し、被り、欺き騙す者、そんな人間の本性は―――闇のみです」


「闇……」


「一片の澱みのない邪悪が流れる闇。心を知り尽くした心無い者です。人の心の枠で生きる我々の手綱では抑えきれません」


「……そうかもしれません……されど……」


 この時既にアミリアは魅入られていた。

銀髪の男の策略、それを遂行する技量に。

たとえそれがどんなに歪であっても、心の底から欲しいと……

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