ペットな後輩、飼い主センパイ
久佐馬野景
僕とセンパイと先輩とセンパイ
何故、僕はこの学校に進んだのだろう。
時々というか、しょっちゅうそう思う。
考えられる理由はやはり、この青川南(あおかわみなみ)高校が僕の家から一番近いからだというものだろう。学力もちょうど合格ラインだったし、条件がうまい具合に揃っていた。
だが、この高校に進もうと思った僕と同じ学年の人間は皆、あることが気にかかっていたはずだ。
一年前の五月に、この学校で人が死んでいる。
一人や二人なら、大して気にはならないだろう。だがこの場合は、三十八人が同時に、同じ教室で、それも授業中(授業は自習で、教師はいなかったらしいが)に死んでいる。類を見ない大事件に、このことは連日報道された。だが世間に発表される情報は極めて少なく、様々な憶測が飛び交った。ネット上では「青川三十八人殺し」などという何処かで見たことのある通称が、他殺だと決まった訳でもないのに付けられる始末。最終的には集団食中毒ということになったが、納得しない者も多い。
さらに僕の場合は、奇妙なことが起こっている。
僕の兄貴は、その事件が起こったクラスに在籍していた。事件当日も学校に向かい、教室にいたそうだが、兄貴は生き残った。
それは喜ぶべきことで、実際両親は兄貴の無事を喜んだのだが、事件から一箇月と経たない内に兄貴は行方不明になり、翌週に水死体となって発見された。
生き残ったくせに、すぐさま後を追うように死んだ訳である。
釈然としない。
そのせいで両親は大層悲しんだし、僕も結構なショックを受けた。
そして僕は何故かこの高校を受験し、合格したのである。
兄貴が死んだ時に在学していた高校に進んだ訳だが、志望校を変えようと思ったこともある。それなのに、何故か僕はこの高校を第一志望にして受験に臨んだ。
因縁というヤツだろうか。引き寄せられてしまったのだろうか。
兄貴の死の真相を掴もうなどとは毛頭思っていないし、兄貴の無念を晴らそうなどという考えも持ち合わせていない。
結局僕は、釈然としないままこの高校に通っている。
僕は一年生なのだが、放課後は三年生の教室に行くことが多い。
これは三年生に兄貴の古くからの友達だった
中学の時に他校に知り合いがおらず、同じ中学からこの高校に進学した生徒が女子ばかりの僕にとって、一年生の教室は何というか居心地が悪い。
桐谷センパイは口が悪いしいい加減でどうしようもない人だが、桐谷センパイの彼女(本人達は否定しているが僕は間違いなく付き合っていると思っている)の
今日も僕は三年生の教室で、二人と無駄な話をして笑い合っていた。ただ、この三人の中で兄貴の話は一度もしたことがない。僕は絶対に話すのは厭だったし、二人もそのことを避けているようだった。
「ていうか翔(しょう)、お前毎日こっちに来てていいのか? 部活も入らずに三年生の教室に入り浸ってるようじゃ同じ学年で引かれねえ?」
桐谷センパイが気怠そうに訊く。結構がっちりとした身体つきに細い目。傍から見れば近寄りがたい雰囲気を発している。
それは僕も常々思っていたが、出来るだけ考えないようにしていた。三年生が卒業すれば、僕の話し相手はいなくなる。同じ学年でも友達を作っておかなければ、これからの学校生活が危うくなるかもしれない。
「匠、そんな訊き方は翔君に悪いよ」
川島先輩が桐谷センパイをたしなめる。綺麗に整った顔に真っ直ぐに伸びた長い黒髪が美しい。桐谷センパイには勿体ないような人だ。
しかし僕には桐谷センパイの言葉が強烈に突き刺さり、川島先輩のフォローはあまり意味をなさなかった。
「でも――お二人さんもクラスじゃ浮いてるでしょ」
嫌味を多分に含ませて言う。この二人が他の生徒と話しているところを見たことがない。だからお互い様だと、嫌味を言ってしまった。それで僕の現状がよくなることはないということくらい、わかっているのに。
「俺達はもう諦めてんだよ。一応こうして互いに話せる相手がいるから何とかなってるが、お前はそんな相手いねえだろ。一人でもいいから同じ学年に話せる相手作れ」
「何でセンパイにそんなこと言われなきゃならないんすか。俺の勝手でしょ」
そう言うと桐谷センパイは辛そうな顔をして押し黙った。川島先輩が不安そうに二人を見守る。
「麻子ー」
場違いに間延びした声が教室に響き、僕達三人が囲っている机に三年生と思わしき女性が割って入ってきた。
すらりと背が高い。一七〇は余裕で越しているだろう。僕は一六〇センチメートルもない低身長なので、余計に高く見える。髪は川島先輩と違い短く、目付きは鋭いというか悪いが、笑っているので相殺されている。
「何か用?」
川島先輩が訊くとその人は笑って答える。
「いや、たまには一緒に帰ろうかと思って。もしかして桐谷君と一緒にいたいから私邪魔?」
「そんなことないって。じゃあ匠、私
おう、と怠そうに桐谷センパイが手を上げる。
「ごめんね。邪魔しちゃって」
「だから俺達付き合ってねえって」
志穂と呼ばれた人の視線が、桐谷センパイから離れて僕で止まる。僕は目が合ったことで思わず視線を逸らす。
「麻子、誰この子? 一年生?」
川島先輩が答える前に、その人は僕のすぐ前にまで移動し、目をこれでもかと見開いていく。
そして突然、僕の顔を両手で掴んだ。
「やだ何この子ぉー! 可愛い可愛い! 飼いたーい!」
その人は僕の顔を両手でこね回す。呆気に取られて固まっている僕の意思など完全に無視して、今度は頭をくしゃくしゃに撫で回す。
「触らないでください!」
漸く正気に戻って手を払い除けると、目をキラキラさせて僕の顔を覗き込む。
僕は背も低いし、顔も小さくその顔のパーツも小さい。だからよく小動物的だとか言われるが、ここまであからさまに反応を示す人は初めてだ。
「何なんですか。気持ち悪い」
「いやー、私こういう可愛い子に弱いのよ。あんたは何ていうか別格だわー。名前は?」
素直に答えるのは癪だと思い口を噤んでいると、川島先輩が間に割って入った。
「翔君、彼女は私の友達の
「阿瀬?」
「うん。彼、阿瀬
「へー、そう」
特に感動する訳でもなく、あくまで無関心そうに言う。
「兄貴を知ってるんですか?」
「中学の時同じ塾だったのよ。そん時には一度も話さなかったけど、彼、ウチの学年じゃ有名だしね」
「志穂!」
川島先輩が諫めるように声を上げる。
「おっと失礼」
咳払いをすると、再び僕の方を熱のこもった目で見つめる。僕はたじろぎ、目を伏せた。
「ああもういちいち可愛いなーこの子。ねえ翔」
「いきなり呼び捨てですか」
「まあまあ気にしなさんな。あんた、彼女いるの?」
「……普通に考えて高校入って一箇月で彼女が出来ると思いますか?」
「いや。中学から続いてる子でもいるのかなーと思って」
「そんな相手いませんよ。もてなくて悪かったですね」
「まあ確かに、あんたはもてなさそうだわ」
「はっきり言いやがりますね」
鈴木センパイはあははと笑った。悪びれる様子は微塵もない。
「じゃあ私があんたにちょっかい出しても、怒る奴はいない訳だ」
「はあ? 何言ってんですか?」
「あんた可愛いからさ、何て言うの? 弄びたいのよ。という訳で、これからちょくちょくちょっかい出しに行くからな! 覚悟しとけ!」
「はあああああ?」
僕の悲鳴とも呻き声ともつかない声を聞いても、鈴木センパイは目を輝かせるだけだった。
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