煙たい

@Mogamimomona

第1話

私は煙草が大嫌い。


とても気持ちのいい朝、窓を開けて


新鮮な春の空気で部屋を包む。


「……ふぅ、いい気持ちだ」


今日も1日頑張ろう。庭の桜の木がまるで


私にそう語りかけているようだった。


「……ふぁ~あ……おはよう……」


かすかな煙草の香り。


眠そうな声。


彼はヘビースモーカーで、煙草嫌いの私とは


まるで正反対だった。


「お願いだから朝から煙草はやめてよね?

せっかく空気を入れ替えたのに……」


はいはい、と分かってるんだか分かってないんだ


か、はっきりしない口調で空返事をした。


「じゃあ、行ってくる」


「行ってらっしゃい。」


今日も何でもない1日が始まる筈だった。


しかし、それまでちっとも考えられなかった事が


現実に起こってしまった。


彼が交通事故で亡くなった。即死だった。


今朝、いつものように煙草を吸って


いつものように出掛けて行ったはずなのに


あまりにも残酷な事実を突きつけられ


なんと言っていいか分からなかった。


こんな事になるのなら、最期の挨拶くらい


きちんとしておきたかった。


今度2人で行こうと言っていたお花見にも


行きたかった。


不安定で沈んだ気持ちを抱えたまま


1人で家に帰った。


ドアを開けて、彼のへやへ入る。


「……あぁ、……煙たい……」


彼の部屋には、春の香りでもなく


山積みになった洗い立ての洗濯物の香りでもない


煙草の香りが、ほのかに立ち込めていた。

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