第329話 風呂(トルネードスライダー)

 ヘックス避難キャンプから帰還して数日――


 俺は外れなかった手錠を魔軍に外してもらい、なんとか自由を確保することが出来ていた。

 手錠が外れるまでにルナリアさんの風呂を覗いたり、添い寝イベントもあったので外さなくてもいいかななんて思っていたが、ウチの女性陣がそろそろ外さないと手首落とすぞと脅しをかけてきたので外さざるをえなかった。

 そんなラブコメの手錠が外れると、本格的にトライデント温泉計画が実行に移されることとなった。

 ヘックスからしこたま目的としていた金属を受け取り、潤沢な資材を元手に大浴場の建設が始まる。

 領地中央に建設スペースが設定されると、安全ヘルメットを被ったカチャノフやG-13、風呂敷猫が領地内を忙しなく走り回り、時に魔軍の重機を使ったりして作業を進めていく。

 そして一週間程の建設期間を経て、遂に本日大浴場建設工事が終了したのだった。

 トライデントメンバーは領地中央に集められ、安全柵とシートに包まれた大浴場のお披露目を今か今かと待ちわびている。


「どんなのかワクワクしますね」

「きっと風情ある露天風呂になっているのではないでしょうか」


 ソフィーと銀河は目隠しで覆われた巨大な建物を見て想像を膨らませる。それは他のメンバーも同じで、大浴場を取り囲むウチの面子は、はよはよと期待に胸を躍らせていた。


「王様ほんとに大浴場を作っちゃうなんて凄いわ! これで観光客がいっぱい来るわね!」

「ん……む、まぁな」


 酒場の店主リカールは俺の尻をペチーンと叩くと腰をくねらせる。この大浴場はトライデントメンバーだけでなく領民たちも期待を寄せており、ここが機能すれば多くの来客が見込めるだろう。そうなれば収入もきっと多くなるだろうし、そろそろ貧乏チャリオットも卒業というところだ。

 しかし俺はなぜだが胸騒ぎがやまなかった。

 それと言うのもG-13とカチャノフの奴「あっしらとピラミッドメンバーだけで十分でやす。兄貴たちは楽しみに待っていてくだせぇ」とほとんど手伝わせてくれなかったのだ。俺は不安を感じながらも、建設期間中トライデント重工と書かれた安全シートを見守るしかなかった。

 しかも宣教師の一件もあり、オスカーたちヘックス民がお詫びとばかりに希少鉱石を含めた金属資源を大量にくれた。その為、予定の120%以上の資材が集まり――。


「自由に施工できるってところが怖すぎる」


 ウチのおバカさんたちが任せろと言っているのだ、不安しかない。ほんとに自由に工事させてよかったのだろうか……。


「一体どんなお風呂ができているのか楽しみだね」

「「ニャーン」」

「しかしよくこんだけ巨大なモノ造ったネ」

「ヘックスのおかげで建設費は当初の予定より遙かに安くですみましたが、お客さんが来てくれないとかなり厳しいことになります」


 ディーの奴が完成前から怖いことを言う。いつもなら大丈夫、なんとでもなると言うのだが……。

 俺は隣でエリザベスを抱いているオリオンを見やる。


「なぁオリオン」

「なんだ?」

「なんかピンクくないか?」

「そうだな、シートの隙間からなんかピンクの見えてるな。ピンクの風呂もあるんじゃない?」

「せやろか? あとなんか金も見えるな」

「豪華でいいよね」

「キュイー」


 喜ぶイカちゃん。

 嫌な予感がする。

 すると正装に着替えたカチャノフが皆の前に立ち、完成披露セレモニーを始める。


「お集まりいただきありがとうございやす。皆さんのおかげでとうとうトライデント大浴場が完成しやした。この大浴場でトライデントが更なる発展をしてくれることを切に望む次第でございやす。長々と話すのもなんですので、完成した施設を見ていただきやしょう!」


 カチャノフが合図を送ると、大浴場を隠していた工事用安全シートがストンと落ちた。それと同時に巨大な風呂が目の前に姿を現した。


「「「「お~~……おっ?」」」」

「…………やっぱりか」

 

 全員が驚くのと同時に、最後に「ん?」と疑問符が浮かぶ。そう、俺たちが予想した大浴場と微妙に色と形が違うからだ。

 俺のイメージとしてはローマ帝国時代の大衆浴場的なものをイメージし、テルマエ〇マエ的な感じで湯船から阿部〇が出て来そうな雰囲気があるものかと思っていた。

 しかし実際出てきたものは。


「うぉーーすげーー! トルネードスライダーだぞ!」

「凄い凄い凄い!」


 オリオンとソフィーが螺旋式の巨大スライダーを見てテンションが爆上がりする。

 俺の目の前に広がるのはピンクの巨大スライダーが合体した風呂。いや、風呂というにはプールに近い。泳げるくらい広い浴場には既に湯がはられて白い湯気が上がっている。クリスたちが協力して作ったジャングル風呂ならぬ薬湯風呂もあって、風呂のバリエーションも豊かだ。その浴場の中心に一体の光り輝く像が見える。


 オリオン達がキャホーイと風呂に近づくと、その青銀の像を見て真顔になった。


「なにこれ……すんごいリアルな咲の像がある」

「しかも回転してますよ」

「これ……ミスリルじゃないの?」


 フレイアが像に使われている希少金属に気づく。

 俺はやはりやりおったかとカチャノフを見やると、奴は誇らしげに胸を張っていた。


「ここはトライデントの目玉になる場所でやすから、兄貴の像があるのは当然かと。皆さん入浴するときは兄貴の像に礼をしてから入って下さい」

「宗教か」

「ちなみに礼をしないと兄貴の像から水圧砲が発射されやす。これが目から発射されてレーザーみたいでカッコイイんすよ」

「宗教かて。とりあえずその迷惑な機能は今すぐ外せ。あとこの目が痛くなりそうなピンクはなんとかならないのか?」

「全部設計図通りでやすが?」

「設計図?」


 カチャノフは大浴場を作るときに皆で作った、僕たちが考えた最強の風呂設計図を持ってくる。


「…………お前まさかこの通りに作ったのか?」

「へい。劇場を作るってのはちょっと難しかったんですが、かわりにムーディーな音楽を収録した音の魔法石を用意してやす」

「あぁ、あのスピーカーみたいな奴か……」


 カチャノフが魔法石を発動させると、なんとも言えないムーディーな音楽が鳴り、怪しげなスポットライトが浴場を照らす。


「♪♪♪(怪しい音楽)」

「…………カチャノフ、俺は大浴場を作れと言ったんだ。誰がス〇リップ浴場を作れと言ったんだ」

「なんですかそれ?」


 俺が頭を抱えていると、バニーズたちがせっかく作ったんだし一番風呂しましょう! とバニースーツを脱ぎだす。

 カチャノフはブシュと鼻血を大量に噴出して意識を失った。


「待て、お前らが風呂に入ると完全にあっち系の風呂にしか見えなくなる!」


 おいバカやめろと言ったが、大浴場はバニー軍団、ホルスタウロス、他トライデントメンバーにより完全に占拠されてしまった。


「誰か規制を! 謎の光でも大量の湯気でもいい! 早く規制をかけろ!」


 ダメだ、このままではトライデントがいかがわしい夜の城とか言われてしまう。

 俺は苦肉の策で、風呂に入るときは水着の着用を義務付けたのだった。



 それから数日後、トライデント城、執務室内――

 俺は机の上にぶちまけられた大量の金貨を見て呻る。


「むぅ…………めちゃくちゃ……儲かったな」


 お風呂で領民の生活を管理しよう作戦はあまりうまくいかなかったのだが、ウチにある冒険者養成学園の生徒は大浴場を気に入ったようで、国外から様々な貴族たちが押し寄せることになっていた。

 それもそのはず、目を引くウォータースライダーだけでなく、薬湯風呂が人気で、あの風呂に入ると寿命が延びるという噂が出回ったのだ。

 具合の悪い人間が押し寄せ、皆風呂に入っては回復して出ていく。

 嘘だとは思うのだが、オリオンがヨボヨボの爺さんが風呂に入ったらムキムキのおっさんになったとか言っていた。

 中には金を払うから貧乏人どもは追い出せなどという素行の悪い貴族もいたが、そう言った人間には梶勇咲像の水圧砲をお見舞いしてやることにしている。


 俺がザクザクと散らばる金貨を眺めながら「あれ? 貧乏城じゃなくなったらウチのアイデンティティが消えんじゃないか?」と貧乏ロスを心配していると、執務室の扉をコンコンと誰かがノックする。


「誰だ!?」


 俺が叫ぶと、呆れ顔のルナリアが顔をだした。この人手錠が外れた後、俺を避けるようにしててあまり話す機会がなかったんだよな。


「なにちょっと小金持ちになったからってビクついてるんですか」

「この金は誰にも渡さへんで!」

「なんですかその喋り方。劇なら最後無一文になる噛ませ犬臭凄いですよ」

「冗談はさておき、どうかしましたか?」

「えっとですね、今なら払えると思いまして……これタナトスの装甲交換時にかかった費用です。他にも魔軍から請求書がたくさん来てます」

「俺は責任感の次に請求書と言う言葉が嫌いだ」

「まぁ安心してください、売上全部をむしり取るつもりはないですし、このまま大浴場を続けて行けば間違いなく黒字経営になります」

「そりゃ良かった」

「でもソフィーさんが大浴場わたしたちも使いたい、いつもお客さんいて全然使えない、王様なんとかして下さい! って怒ってました」

「あぁ、それは俺も思ってたんだよな。せっかくだし皆にも入ってもらえるものを――」

「なので既に城の中庭に浴場を建設してますから」


 なにそれ聞いてない。

 俺は慌てて執務室から城の中庭を見やる。するとそこには黄色い安全ヘルムを被ったカチャノフとエーリカが工事に当たっているのが見えた。


「あのさぁ、俺王なんだけど何で毎回事後報告なの?」

「オリオンさんが、あぁ大丈夫いけるいける。咲ならOK出すよって言ったから動いてるみたいですね」

「いやだすけどさぁ。ってかディーに許可とってるんだろうな。俺はいいけどディーさんがダメって言ったらダメだからな」


 まぁいいか、中庭に風呂が出来るってことは執務室から覗き放題じゃん。後でカチャノフにここから見えるように調整してくれと指示しておこう。

 用件はそれだけだろうかと思ったが、ルナリアは沈黙したままその場を動こうとしない。


「他にも何かあります?」

「あの……」

「はい」

「プライベートな話をしてもいいですか?」

「あぁ、全然どうぞどうぞ」

「………………」


 そう言いつつ、全く動きがない。

 どうしたのだろうか? 完全にフリーズしているように見えるが。

 時間にして5分ほど待つと、ルナリアは絞り出すようにして声を発する。


「…………デート……しませんか?」

「?」

「なんで言語がよくわからない外人みたいな顔してるんですか」

「いや、なぜまた突然デートと?」

「その……この前お世話になったので……」

「この前ってヘックスキャンプですか? あれは世話になったのはむしろ俺だと思うのですが」

「手錠とかかけちゃいましたし。その……」


 ゴニョゴニョとルナリアの言っていることが聞き取り辛い。

 しかしデートと言われて断る理由は微塵もない。


「じゃあ街にでも出かけますか」


 ナチュラルに公務をサボってデートに出かけようとすると、バーンっと執務室の扉が開かれ、俺の目の前を笑顔のディーが立ちふさがる。


「大浴場が成功したおかげで、新たな宿泊施設、飲食店の建設、浴場のメンテナンスに水道事業など関連業務のお話が山のようにたまっているんですよ。遊んでる暇があると思いますか?」


 俺は書類を山のように抱えたディーに、忍びがよくやる印を結ぶ時のカンチョーみたいなポーズをとる。


「御免!」


 地面に煙幕を焚くと、ルナリアを抱きかかえて窓から飛び降りる。


「待ってください! くっ! 逃げ出す手段がどんどん高度になっていく! 銀河、王に変な技を教えるのはやめろ!」


 悔し気に歯噛みするディーを尻目に、俺とルナリアはデートへと向かったのだった。






―――――――――――――――――――

もう一話だけ続くんじゃよ

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