第330話 罰ゲーム
◇
「と、見せかけて実はどこも行ってない奴な」
俺とルナリアは城から逃げ出すと見せかけて、その足で領地内にある戦車格納庫へとやって来ていた。
ここにはタナトスとメタトロンが保管されている他に、ルナリアの私室も作られ、彼女の研究所としても機能していた。
膝をつく形でメタトロンとタナトスが並び、その脇に整備中の小型戦車が見える。わからない人が見たらロボットが二機と戦車が一両あるくらいにしか思わないが、戦力的に見たら中規模の要塞ぐらいならこの二機だけで落とせる、結構やべぇシロモノである。
まさかスト〇ップ浴場のすぐ近くに起源聖霊二機がスタンバイしているなど誰も思わんだろう。まぁここにこの二機があることは秘密なので使えんのだが。
[ハロー、ようこそ]
騎士甲冑を模した天使型アーマーナイツ、メタトロンのアイカメラがチカチカと輝き、コアから音声が響く。
「決戦兵器みたいなロボがフランクに話しかけてくるんじゃないよ」
[それはメカ差別というやつでしょうか?]
「ウチにはただでさえめんどくさいロボットがいるんだからな」
[面倒なロボットと言うのは実に興味深いですね。ロボットとは元々人間が便利になる為に作られたものであって、面倒になると言うのは本末転倒です]
「確かに言われてみればそうだ。というかそれを言えば一番めんどくさいのはそっちの中二病ロボの方だけどな」
俺はチラリと髑髏フェイスをした死神型アーマーナイツ、タナトスを見やる。
[深淵の……呼び声が……聞こえ……ない…………]
[この子今寝てるので]
ロボットって寝るんだな。
俺にはもうロボットの定義がわからなくなってきたよ。
メタトロンは俺の背中に隠れるようにしていたルナリアを目ざとく見つけると、弾んだ声を上げる。
[おやおやマスター、部屋に男を呼び込むようになるとはやりますね]
「カメラドローンを飛ばして覗きに来たら即スクラップにしますから」
[そのような無粋なことはしませんとも。それではごゆっくり、ええ是非とも朝までごゆっくり]
クスクスと笑い声を漏らすメタトロン。実家に初めて男連れて来た時のおかんみたいな反応だ。
ルナリアは恥ずかし気に「はいはい早く行きますよ」と、俺の背中を押して格納庫隣にある私室へと押し込む。
「ここでいいんですか? 街に遊びに行くとか」
「私引きこもりなんでここでいいです」
「お家デートって奴ですか? 俺今小金持ちなんで何かおごりますよ」
「小物臭半端ないですよ。欲しいものは既に経費としてディーさんに伝えてありますから」
「いや、こうプレゼント的な、女子が喜ぶような何かを」
「あなたにそんな気の利いたことできるんですか?」
「無理ですね」
「でしょう?」
彼女の私室へと入ると、中を見て「うわっ……」と素の声が漏れた。
部屋を埋め尽くす雑多な本、いくつものコードが繋がった謎の機械、デスクの上に乗るパソコンっぽいモニター、壁に張り付けられたライティングボードには呪文のような数式が走り書きされたまま残されている。
内装は私室というより工学系の研究室という感じで、女子の部屋とは思えない。
この色気のなさが彼女らしいと言えばらしいが。
「ターミ〇ーターでも造ってたんですかあなた……」
俺は機械で出来た腕を見て顔を引きつらせる。
「ジャンクで組んだ、ただの玩具なんで気にしないでください」
「
「それエーリカさんにも同じこと言えるんですか? それよりこっち来てください」
ルナリアに促され奥へ入ると、カーテンで仕切られた先にベッドと大きな壁掛けモニターがあった。どうやらここが彼女のプライベートルームのようだが、研究スペースと違いビジネスホテルのような簡素さで遊びが全くない。
多分ここは彼女にとって休む以外の目的がないのだろう。
ルナリアはいつもの白衣と軍服の上着を脱いで、楽な格好になると、ベッドに飛び乗った。
「ほら、早く来てください」
彼女はペチペチとベッドを叩く。
「えっ、いきなりベッドに誘うって大胆すぎませんか? まぁやぶさかではありませんが」
カチャカチャとベルトを外してズボンを脱ごうとすると、タンっと軽い音を立てて俺の真横を銃弾がかすめていく。
「何勘違いしてるんですか、脳みそDウイルスに食い破られてるんじゃないですか?」
拳銃を持ったルナリアはにっこりとほほ笑むと、硝煙の上がる銃口にふっと息を吹きかけた。
「ちょっとふざけただけじゃないですか」
「8割くらい本気なくせに。そこ、モニターを正面にしてベッドの真ん中で楽にしてください」
「はぁ……」
俺は言われるままにベッドの真ん中で脚を放り出して座る。
するとルナリアはひょこひょこと俺の股の間に座ると、そのままもたれかかり体重を預けてきた。
「おっ……」
「この態勢よくオリオンさんやってますよね」
「あいつすぐ膝の上に乗っかって来ますから」
「あれ、実はすごく羨ましくて内心妬いてたんですよ」
「言ってくれればいつだってやりますよ」
「今日は私が独り占めします」
そう言って彼女は俺に背を預けたままモニターの電源を入れると、ゲームコントローラーらしきものを握る。
しばらくして画面に映し出されたのは、俺のスマホに入っていたテロリスのタイトルロゴだ。
「あなたのスマホからデータをぶっこぬいて移植しました。これ解析したら通信対戦? というもので複数人でプレイできるみたいですね」
「そういえばそんな機能がありました」
「私と対戦して遊びましょう」
そう言ってルナリアは俺に二つ目のゲームコントローラーを手渡す。
さすがメカ好き、こんなものまで自作してしまうとは。
モニターに映るテロリスは軽快なBGMを鳴らしながらブロックを降らせてくる。
俺とルナリアはしばらくの間、密着したままゲームに熱中した。
――1時間後
「やっ、たっ……とあっ! キツイキツイ!」
「連鎖行きますよ!」
「ちょっと今無理ですって! もう少し手加減してください!」
「ダメです。日頃の恨みを込めて16連鎖からの全消しです!」
半分に区切られた俺の画面に灰色のおじゃまブロックが大量に落ちてきて、一瞬でゲームオーバーになった。やばい、この人強すぎる。
何度やっても負けてるけど、俺の膝の上で子供みたいにキャッキャとはしゃぐルナリアが見れてるのでいいだろう。こんな彼女が欲しい人生だった。
しばらくゲームを楽しむと、俺は休憩の為コントローラーを手放す。
「もう終わりですか?」
「ルナリアさん強すぎますよ。異次元レベルですよ」
「あなたの世界のゲームなんでしょ?」
彼女はクスクスと小悪魔的な笑みを浮かべる。ルナリアは俺の自称中級ゲーマーのプライドを軽くへし折ると、コンピュータと一人プレイを開始する。
座椅子化している俺は、彼女の腰に手を回しながら、その様子を眺める。
「あぁ右右、右です。凸をそうじゃなくて」
「うるさいですね、あなたは今私の椅子なんですから黙っててください」
「回転して回転して。あぁダメだ隙間が出来た」
「うるさいなぁ!」
と怒りつつもルナリアの声は弾んでいる。
これでは休日に部屋でダラダラゲームして過ごす、ダメカップルである。
まぁでも天才少女にもこういった無意味な時間というのは必要だろう。
「ねぇ
「はい……あっ」
珍しく名前で呼ばれて驚いた。
「すみません、今日呼んだのは本当は一言伝えたかったんです」
「何ですか?」
「……ヘックスで頭を下げてくれて本当にありがとうございます」
「あぁ、あんなこと別に」
「普通立場のある方が地に頭をつけて頼みごとをするなんてありえません。特に男の人はプライドが高いですし」
「俺のプライドなんてないに等しいってわかってるでしょ?」
やだなぁと言うと、彼女は首を振る。
「いえ、あれだけの人の前で頭を下げるなんて普通できません。その……誤解であれば訂正してほしいのですが、あそこまでしたのは…………私の為……で、あってますか? オリオンさんに聞いたら、あなたは普通あそこまでしないと言ってましたので」
「それは……まぁ。せっかく頑張ってワクチンを作ったのに、ルナリアさんが悪魔ってだけで受け入れられないのは間違ってますから」
「そう……ですか。だとしたらごめんなさい、私なんかの為に」
しゅんとしょげてしまうルナリア。なんというかこの人、俺の世界ならノーベルなんとか賞とかとりそうなくらい凄いことをやってのけるのに、自己評価が低すぎる。
多分世間知らずなところがあるのと、お姉さんが凄すぎるから自分のことを小さく見てしまうのだろう。
俺はルナリアの体を後ろからきゅっと抱く。
「あなたはヘックス住民全員の命を救ったんです。街の人も皆あなたに感謝していました。もっと自分のしたことに胸を張って下さい。あなたは偉いんですよ」
俺は彼女の頭をゆっくりと撫でる。すると側頭部のコウモリ羽が気持ちよさげにピクピクと震える。
「勇さん……」
「はい」
「…………好きですよ」
「ありがとうございます」
「…………手強いなぁ」
「ザコですよ」
「わたしに兄がいたらあなたみたいな人だったかもしれません」
「ルナリアさんの兄ならきっと優秀な人ですよ。俺みたいなんじゃない」
「あなたも大概自己評価低いんじゃないですか?」
「どうでしょう。でも、俺にルナリアさんの兄は務まりませんよ」
「それでいいんです。だって本物の兄だったら」
――恋できないじゃないですか
…………参ったな。この人ヒロイン力すげぇや。
「私のやって来たことを正しいと認めてくれた恩は、一生かけて返さないといけません」
「恩なんて大したもんじゃ」
「やっぱ自己評価低い」
二人でくすりと笑ってしまう。
「確かにそうかもしれません」
「自己評価低い者同士ですね」
「ええ、そうですね」
二人ほっこりとしていると、ドーンとゲーム画面から音が響く。どうやらよそ見のしすぎでゲームオーバーになったらしい。
「ねぇ勇さん、ゲームしましょうか」
「もう一戦しますか?」
俺がコントローラーを握ろうとすると、彼女は首を振る。
頬を朱色に染めた悪魔は、恥ずかし気にルールを教えてくれた。
「いえ、そうじゃなくて……。その、私がゲームで一回ミスする度に、私に罰を与えるゲームしていいですよ」
「罰……ゲィム……」
その言葉が意味することはわかる。座椅子化して密着するルナリアの背中、俺の腕は彼女の腰に回されいて、ほんの少し上に持ちあげれば言わずもがなだ。
俺はゴクリと生唾を飲み込む。バクバクと心臓が早鐘を打つ音が二重に聞こえる。
まっすぐモニターを見たまま視線を外さないが、ルナリアの心臓も破裂しそうなくらい鼓動を打っている。
「じゃあ始めますね……」
その後ルナリアは、イージーモードなのにひたすら凡ミスを繰り返し続けたのだった。
DrルナリアとDウイルス 了
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