第323話 言ってることがかわる上司は不安になる

「おぉ、梶王じゃねぇか!」

「久しぶり……でもないか?」


 仮設住宅を建設していたグランザムは、担いでいた木材を放り捨てると、俺の前までやって来た。

 相変わらず制汗スプレーのCMに出て来そうな暑苦しさと、彫刻のような筋肉をしている。


「そうだな。一月半くらいか? 今日来るって話は聞いてたぜ」

「今到着した。思ってたよりめちゃくちゃ活気があるな。とても避難地とは思えない」

「泣いてたって現状はかわんねぇからな。生きる為には行動しねぇと」

「逞しいな」

「あたりめぇだ、メソメソしてる男より前向いて歩く男の方がモテる」

「間違いない」

「後股間がデカい方が――」

「オスカーのとこに行きたいから案内してくれないか?」


 下ネタに走ろうとしたグランザムを遮って案内を促す。俺の隣にいるルナリアが、私そのネタわかりませんからと恥ずかし気にそっぽを向いていた。


「見た感じ避難キャンプって言うより、町っぽくなってるんじゃないか?」

「おう、ここからまた新しいヘックスができあがるから見とけ……って偉そうなことも言えねぇんだがな。実は三国同盟が支援を出してくれてんだよ。ウチを懐柔して、旧ヘックス領地の資源を我が物にしようっていう下心は透けて見えてるが、そのおかげで復興は進んでるぜ」

「三国同盟攻めてこなかったんだな。てっきりヘックスが滅びたのを幸いと思って領土戦争するかと思った」

「一応オレたちは聖十字に滅ぼされた可哀想な国ってのが世論だ。そんな可哀想な奴らを、またぶん殴ったら倫理的にまずいだろ?」

「確かに。死体蹴りする国は嫌われるもんな」

「まぁ実際は三国でにらみ合って動けないってのが本音かもしれんがな」


 先にヘックスに手を出したら、世論を味方につけた残りの二国に攻撃されるから、三国でヘックスの資源パイを見つめたままにらみ合ってるってことか。


「力で手に入れるんじゃなくて、三国全てがヘックスに恩を売って仲良くなる方向に切り替えたってわけだな」

「そういうこった」

「なるほどな。それだけバックアップを受けてるなら、俺たちの持ってきた物資はいらなかったかもな」

「そんなことねぇぜ、貰えるもんなら何でも大歓迎だ!」


 グランザムはワハハハとワイルドに笑う。

 二人で話していると、道端で遊んでいた避難民の少年がルナリアにぶつかった。


「痛ててて、ごめんなさい」

「いいですよ。ちゃんと前を向いていないと危ないですから、気をつけて遊んで下さい」


 ルナリアが優しく言う。するとやんちゃそうな少年はニヤリと悪い笑みを浮かべ、彼女のミニスカートをめくりあげた。

 露わになるルナリアのデルタストライプ。

 一瞬呆気にとられて固まると、彼女はすぐさまスカートを押さえ、なぜか少年ではなく俺を睨んだ。


「見ました?」

「ちょっと何言ってるかわからないです。あぁ今日は青と白がラッキーカラーかな(棒)」

「くぅっ……」

「あははははは、縞パンだ縞パン!」


 悪ガキが大笑いしながら逃げ去ろうとすると、グランザムがその首根っこを掴んだ。


「離せ、離せよグランザムぅ!」

「おいガキンチョ、この二人は監獄化したヘックスを解放したとっても偉い戦士と王なの」

「はっ? このブサイクがかよ!?」


 よし、このガキは殺そう。

 グランザムは顔で人を判断する小さな男になるな、男の価値はハートと股間のデカさで決まると諭すように言う。なんかいいこと言ってるみたいだけど、ただの下ネタしか言ってない。

 するとジタバタ暴れていた悪ガキは、どこに説得される要素があったのか、しゅんと大人しくなった。


「ごめんなさい。縞パンの姉ちゃん」

「縞パンはつけなくていいんですよ」


 ルナリアは笑顔だが、ちょっと怒っている。しかし少年は彼女の顔を見上げてカタカタと震えだした。

 正確には彼女の側頭部から伸びているコウモリ羽に気づいてからだ。


悪魔デーモン……ごめんなさい!!」


 突如顔色をかえた少年は、半泣きになりながら走り去っていった。


「なんだ? いきなり」

「あれだけ怯えられると少し凹みますね」


 その様子に、グランザムは顔をしかめながら謝罪する。


「すまねぇな、今悪魔関係で揉めてることがあってな……あのガキンチョ、あんたを悪魔種だと気づいてなかったみたいだ」

「何かあったのか?」

「まぁな……あんまり気にしないでくれ。それよりオスカーのコテージはあそこだ。お前が来るって聞いて昨日は眠れなかったそうだ」

「そんなに楽しみにされても困るな。しょぼい物資しか持ってきてないから恥ずかしいぞ」

「そんなのいいんだよ。お前の顔が見れるだけで、あいつは喜ぶ」


 本当にオスカーって奴は友情に熱い男なんだろうな。

 そんなカリスマがある男だからヘックスの民は安心してついていけるのだろう。

 俺とルナリアは復興作業が残っているグランザムと別れ、奥へと向かう。

 簡素なコテージの中へ入ると、オスカーが側近の男性と何やら熱く話し合いをしている最中だった。


「この重要な案件を忘れていただと!? 復興は時間が最優先だ。時が経てば経つほど民は疲弊し、労働力は落ちる。忘れていたなどというくだらない理由で、ここにいるヘックスの民全員の時間を無駄にしたのだぞ! 民を守る我々が負担になってどうする!」

「も、申し訳ございません!」


 眼鏡を光らせた理知的なイケメンオスカーは、執務用のデスクを叩き、部下らしき人物を叱責する。

 どうやら部下が何か大事な案件を忘れてしまい、時間のロスが出たみたいだな。

 声をかけられる雰囲気じゃないなと空気を読んでいると、遅れて別の部下がコテージへと入って来た。


「失礼します! オスカー様、緊急の連絡があります!」


 部下はオスカーに書簡を手渡すと、彼はそれを見ながら打ち合わせを行う。


「……ゼイドラム王から支援態勢の変更について打診か……。これは至急会談を開かなくてはならないな……」

「ゼイドラム側からも、出来る限り早くお会いしたいとおっしゃられています」

「わかった、今すぐ私が向かおう」


 オスカーは時間がないと立ち上がると、椅子にかけられたコートを羽織って、コテージの外に出ようとする。そこでようやく俺の存在に気づいた。


「よぉオスカー。忙しそうだし出直そうか?」


 この様子では休む暇すらない状況だろう。今日のところは支援物資だけ引き渡して帰ろうかな。

 そう思うとコートを着たオスカーは、逆再生するようにひらりとコートを脱いで再び着席する。

 その様子を部下は怪訝そうな顔で見やる。


「オスカー様、ゼイドラム王との会談はいかが――」

「ゼイドラム王には夕方行くと伝えろ」

「えっ? ですが、早急に対応した方が良いと?」

「その話は後だ。今は梶王が来てくださっている」

「し、しかし、今はゼイドラム王の案件が最優先――」

「キエエエエイ!!」


 オスカーは奇声を上げ、両手をクロスして部下に飛びかかった。


「数時間遅れたくらいで死にはしない! 少しくらいゆとりを持つことを覚えろ。時を急ぎすぎてミスをしては元も子もないのだ!」

「は、はい!」


 部下はさっきと言ってることが違うと言いたげに、困惑しながらコテージを出て行った。

 オスカーは改めて俺を歓迎すると、握手をかわした。


「いいのか? 取り込んでるみたいだったが」

「なんのことだ? 君より優先する事象などないよ」

「そ、そうか?」

「それより支援物資を持ってきてくれたと聞いた、ヘックスの民を代表して感謝したい」

「いや、こっちこそすぐに来れなくて悪かったな。年の瀬は遊んでたもんでな」

「何を言う、我々は君たちに命を救われた身だ。これ以上施しを受ければ罰が当たるというものだ」

「救われたとかあんまり気にすんなよ」

「……君は本当に私の心を救うのが得意だな」


 オスカーが熱の篭った息を吐く。

 俺の隣にいるルナリアが「この人手遅れじゃないですか?」とよくわからないことを言う。


「まぁ何もないところだがゆっくりして欲しい。なんなら私のかわりにヘックス王となってほしい」

「そりゃダメだろ」


 オスカーの冗談に笑って返す。これくらいの冗談を言えるくらいには余裕があるってことだろうな。


(冗談ではないのだがな)


 眼鏡を光らせたオスカーが、小声で何か言ったような気がしたが、俺には聞こえなかった。



 俺はオスカーに持ってきた支援物資を一覧にした書類を手渡す。


「ウチも貧乏だからあんまり期待しないでくれよ」

「何を言う。こうして顔を見せてくれるだけでも十分にありがたいというのに、支援物資まで運んでくれて君には頭が上がらない。衣類に食料、医療物資……医療物資は本当にありがたい。薬も医者も全く足りていなくてね」

「役立ててくれれば嬉しいよ」

「それに……温泉の湯?」

「あぁ、ウチの領地で沸いた温泉の湯を持ってきた。ぬるくなっちまってるが、暖めればいい湯になると思う」

「温泉の湯というのは私は初めてだ」

「そうか、気分的なものだが普通の湯より温まるぞ」

「それは楽しみだ」

「この辺に簡易風呂作るから、完成したら一緒に入ろうぜ」


 俺が風呂に誘うと、オスカーは「えっ……」と一瞬戸惑った表情を浮かべ、頬を染めながら眼鏡を白く光らせた。


「だ、大胆すぎるだろう……一緒にお風呂だなんて……。それってもう……結婚と同じじゃないか……」

「何がどうしたらそういう結論になるんですか」


 ルナリアが呆れた声を上げる。するとオスカーは眉根を寄せ、キリッとした表情で彼女を見やる。


「……そこの女、確かルナリアとかいう魔軍の悪魔だったか? なぜ彼と密着している」


 オスカーは眼鏡のつるを持ち上げると、鋭い眼光でルナリアを見据える。


「あぁ、トラブルで手錠が外れなくなっちゃってな」

「ほぅ……悪魔、もしや彼と離れたくない為に、そのような嘘をついているんじゃないだろうな?」

「ついてません、本当に外れないんです! クリスさんと同じようなこと言わないで下さい!」

「私には貴様が彼のトイレや風呂の生活音を聞いて、卑猥な妄想に耽ろうとしているようにしか思えんな」

「そんなことしません!」

「顔が赤くなっているぞ。淫らな女だ、この悪魔め。くっ……羨ましい」


 最後の言葉はよく聞こえなかったが、オスカーのルナリアへの当たりの強さは一体何なのだろうか?

 っていうか普通、いろんな音を聞いて妄想するのは男側なのでは?

 謎の修羅場展開に陥っていると、コテージの扉が開きグランザムが姿を現した。








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