第324話 白き闇

「オスカー、話し合い中すまねぇ。また奴らが来やがった」


 コテージに入って来たグランザムは、頭をかきながら顔をしかめていた。


「またか……」

「オレが追い出したから大丈夫だったが、奴らのしつこさには気が滅入るぜ」

「モンスターでも出たのか?」


 俺が尋ねると、グランザムは首を振ってため息を吐いた。


「宣教師だよ。こういう難民が集まるキャンプに奴らはやって来やがるんだ」

「宣教師って言うと、この辺だとアース神教とかか?」

「そんなちゃんとしたとこじゃねぇよ。新興宗教のピヨピヨ教団だ」

「俺は別に神をバカにするつもりは微塵もないが、そのふざけた名前はバカにするぞ」


 俺が顔をしかめると、オスカーが説明を引き継ぐ。


「奴らは不幸のある場所にやって来て必ずこう言う。心の傷や穴、それを埋めるのは神であるピヨピヨ様です。ピヨピヨ様を信じなさい、さすれば救われると」

「すまん、鳥系の神ってことはわかったが、ピヨピヨ様のところは神って言ってくれ。ヒヨコしか頭に浮かばなくなる」

「あいつらは心が弱っている人間が大好物なんだよ。本当に心の支えになるものなら信仰は自由だ。しかし、こういうところにやって来てまで信者を増やそうとする奴らは、大抵ロクなもんじゃねぇぜ」

「ヘックスは今復興の一番大変な時期だ。我々が目を光らせているからまだ取り入られていないが、宣教師は心が弱った人間を見つける為に何度もやって来るだろう」


 オスカーの説明にグランザムはヤレヤレと首を振る。


「もしキャンプの中で一人でも信者ができると、後は風邪みたいな勢いで増えていく 。重度の信者になると、その教団の操り人形になっちまうこともある」


 心の隙につけいるって奴か。


「そりゃモンスターよりタチが悪いな。でも、ここの住民は心が強そうだから、宗教に転ぶって感じじゃなかったけどな」

「ん~それが、その……先日から住民が何人か殺されててな……。不安が広がってんだよ」

「ほんとか?」


 俺が聞きかえすと、オスカーは頷く。


「それもかなり猟奇的なもので、殺されたものの遺体がキャンプ周辺の木にくくりつけられていた。四肢を千切られ、腹を裂かれ、臓物を使って首つりするみたいな感じでな……」

「とても人間がやったとは思えない所業には、必ずメッセージが残されてるんだよ。悪魔の生贄……って血文字でな」

「ホラーかよ。だから外であった子供はあんなに怯えてたのか」


 悪魔と聞いて俺はルナリアを見やると、彼女はほんの少しだけ寂し気な表情を浮かべる。

 ハーフデーモンであるルナリアやイングリッドさんは純血の悪魔や、人間から迫害を受けてきたと聞いている。恐らくそのことを思い出しているのだろう。


「勿論今回の件、オレたちは野良の低級悪魔の仕業だと思ってるが、お嬢ちゃん嫌な思いしたくなかったらその羽は見えなくした方がいい」


 グランザムはそう言って、ルナリアの側頭部から伸びるコウモリ羽を見やる。


「わかりました。私も別に威嚇したいわけじゃありませんし、元から悪魔がそのような目で見られるのは知っています」


 彼女はハンカチを羽に巻きつけ、布に魔力をこめると、布が透過してコウモリ羽が見えなくなった。


「ハイドドラゴンの皮で作った透過迷彩です。光を屈折させて見えなくすることが出来ます。これで十分でしょう」

「あの……もしかして、それってカメレオンドラゴンの皮ですか?」

「そうですよ。私がまる飲みされたあいつです。解体して透過する皮膜を再利用してるんです」

「その布で全身を覆ったら透明人間になれますか?」

「可能ですが、あなたには絶対あげませんよ」


 なんでや!?


「悪用するのが目に見えてますので。風呂場とか脱衣所とか」

「そんなことしませんよ、ちょっと手品とかに使うくらいで……」

「目が泳いでますよ」


 透明人間になれたら、そりゃ皆悪いことするだろ。逆にしない奴なんか俺は信用しねぇよ。


「悪魔の件は我々で乗り切る。君は気にしないでくれ。そうだ、鉱山の採掘がしたいと言っていたな? 採掘許可証を発行しておくから後で行くといい」

「すまないな、なんか大変な時に下心満載で来ちまって」

「そんなことはない。我々に返せるのはこの程度のものだ。鉱石の採取が終わるまで、ここにいるのだろう? 粗末だが、仮設住宅の一つを使ってほしい」

「そこまで甘えられないって。俺たちは乗ってきた戦車があるから、そこで寝るよ」

「……本当に君は奥ゆかしい男だな。なんなら私の寝所で寝てもらっても構わないのだが……」


 眼鏡を白くしながら、ほんの少しだけ頬を染めるオスカー。


「ありがとう、だけど迷惑になるから遠慮しておくよ」と握手して、俺たちはコテージの外へと出た。



 採掘許可証を受け取ってから、皆で鉱山へ向かおうと戦車前まで集まった時だった。

 ルナリアはじっとキャンプの方を見つめて止まったままだった。

 視線の先にはセキをする年寄りや、松葉杖をついた男性が歩いている。


「どうかしましたか?」

「いえ……風邪を引いて苦しそうにしている人がいたり、怪我をしているのにそのままにしている人たちがいて……」

「そういえば医者が全然足りないって言ってましたからね。人間が多いですからヒーラーが一人一人回復させていくのは無理がありますし、自然治癒力の低いお年寄りにはあんまり効果がなかったりしますから」

「…………多分症状の判別がつかないんですよ。これはヒールが通じるのか通じないのかがわからなくて、結局放置しちゃう……。適切な知識があれば早く治るのですが……」

「行きたいですか?」

「えっ?」

「ルナリアさんは優しいので、そういう人は放っておけないかなと」

「いえ、私だって誰でも助けるわけじゃないですよ」

「俺、そういう見境なく助けてしまう聖女系悪魔好きですよ」

「なんですかそのジャンル」


 ルナリアはクスリと笑みを浮かべる。

 どこぞの人を救わない系、ダメ神官に爪の垢でも飲ませてやりたい。


「まっ、じゃあ私のいいところ見せますか」

「ルナリア診療所の開設ですね」



 俺はオリオンやG-13たちに鉱石採掘の指示を行い、エーリカに指揮を任せた。

 キャンプに残った俺とルナリアは、オスカーに住民の診察をしていいかと聞くと、すぐにOKが出てむしろお願いしたいと頼まれた。

 それからウォールナイツの治癒魔術師ヒーラーチームと連携し、コテージの一つを簡易診療所として改造する運びとなった。

 開設されたルナリア診療所は瞬く間に大人気となり、具合が悪そうな人たちの長蛇の列が出来上がる。

 当の医院長は長い髪を振り乱しながら忙しなく動き回り、様々な病状に対応していく。


「足が痛くて痛くて……」

「骨折ですね……これならヒールで治りますので、ウォールナイツのテントへ向かって下さい」

「子供が熱っぽくて……」

「解熱剤を打ちます。ウイルス性の病にはヒールがききません。薬剤を出しておきますので朝夜二回使って下さい」

「ありがとうございます」


 凄いスピードでさばいていくな……。手錠があるせいで、俺はずっとルナリアの隣で手伝いをしているのだが、この人処理能力が凄い。

 野球のスピードガンみたいな機械を使って、的確に患部と原因を見つけ出すと、対処方法をすぐに導き出して治療を施していく。

 この人本当は機械工学のスペシャリストなのに、医術系もいけるとは。

 そういや俺も監獄ではいろいろ世話になったな。


「確かイングリッドさんは天才って言ってたもんな……」


 しかし、いくらルナリアの処理能力が高く、ウォールナイツと連携していると言っても100人単位の患者をさばくのは難しい。

 物量の差は時間が経つにつれて、如実にあらわれてくる。


「やばい……回らなく……なってきた」


 診察開始からもう五時間。休憩を一切入れることなく、がむしゃらに診察を続けるルナリア。

 彼女の額には汗が浮かび、作成するカルテの字も荒くなってきている。


「ルナリアさん、少し休憩入れた方がいいですよ」

「もう何時間も待ってる方がいます。私が休憩すれば、その分その方たちの体調が悪化します」


 そう言って全く譲らないルナリア。

 さばけるだけのスペックがある分、なまじタチが悪い。いっそ完全にパンクしてしまえば諦めもつくのだが。

 しかも診察が終わった人たちが、口コミで彼女のことを伝え、終わりなく患者がやってくる。どれだけ早くさばいても減っている気が全くしない。


 更に三時間ほどすると、疲労から彼女の顔色が悪くなってきた。

 当たり前だ、これだけの時間、全くペースを落とさず診察を続けているのだから。

 このままではダメだ、俺がストップをかけよう。


「ルナリアさんストップです。今日はこれで終わりにしましょう」

「ダメです、まだかなりの人数が残っています」

「物理限界です。もう夜ですよ、朝まで続けるつもりですか? 際限なく受け付けたらあなたの体が壊れます」

「私はまだやれます」


 くぅ、頑固すぎる。ダメだ、このままじゃこの人がぶっ倒れる、そうなってからでは遅い。

 俺が無理矢理やめさせようとすると、診療所の扉がバーン! と音をたてて開かれ、スラリとしたモデル体型の女性が笑顔で入って来た。

 その人物は鉱石採取から戻ってきたクリスだった。

 彼女はニコニコ顔のまま、ルナリアが持つカルテを取り上げ、診察を中断させる。


「僕、君のそういうところ最高に嫌いかな」

「な、なんですか? 邪魔しにきたんですか……」

「まぁ邪魔と言えば邪魔かな」


 クリスはどけどけとルナリアを追い払うと、彼女の着ていた白衣を脱がして自分が羽織った。


「医者交代だよ。僕は君みたいな医療的知識じゃなくて、薬草学とかになっちゃうけど」

「べ、別にかわっていただかなくても……」

「ヘロヘロな医者に診られても困るって言ってるんだよ。それに」


 クリスが後ろを見やると、開かれた扉の外に鉱石採取を終えたウチのメンバーが集まって来ていた。

 ナハルの風呂敷猫たちの布地になぜか赤の十字が描かれ、背中には『白衣の天使』と書かれている。

 その集団の中でさっそうとやって来る機械鎧の女性を見て、俺は一気にテンションが上がった。


「あ、あれは……」

「マスター、鉱石の採取完了いたしました。これより本機はメディックとして患者クランケを診療します」

[ダイジョーブ]


 エーリカの後ろに並ぶG-13が、ドリルをギュィィンと回す。


DrドクターエーリカにダイジョーブG-13!?」

「えっ、エーリカさんですよね?」

「ルナリアさん、彼女はドクターエーリカ。白き闇医者として裏社会で有名な方です!」

「し、白き闇?」

「マスター、こうなる前に本機を呼んでください」

「すまない、まさかこんなに人が来るとは思わなくて。皆を呼び戻す手段がなかったんだ」

「本機を呼ぶときは、街の掲示板にXYZと記入してください」


 シティーハンターかよ。

 ドクターエーリカは、片手にドリル、片手にノコギリを持ち、ヘルメットのバイザーを輝かせる。


施術オペを開始します」


 ずっと診察を待っていた爺さんが「話が違う! ワシは可愛い女の子に診てもらいにきたんじゃ!」とわめき散らす。やっぱりそういう目的の患者も多かったか。

 しかしその言葉がドクターエーリカの癇に障ったのか「本機も十分可愛い女の子です」と言って、凄惨な治療が始まった。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」


 さすがドクターエーリカとダイジョーブG-13だ。治療に容赦がない。なんなら治療と関係ない、爺さんの曲がった腰をアルゼンチンバックブリーカーで治し始めた。

 凄い治療方法だ、ベキベキと音が鳴り爺さんが白目をむいて泡を吹いている。

 こんな斬新でアグレッシブな治療はドクターエーリカにしかできないだろう。

 ここはもう彼女達に任せて大丈夫だ。



 ルナリアと俺は八時間ぶりの休憩をとるために、一度オスカーのコテージへと戻った。

 コテージの中には誰もおらず、沸かされたポットがあったので、そこからお湯をもらい、蜂蜜とレモンを入れてホットレモンを作り彼女に差し出した。


「ありがとう……ございます」


 一口口に含むと、彼女はあっと声を漏らした。


「美味しいです」

「それはどうも」

「あなた意外となんでもできますよね」

「ルナリアさんの100万分の1くらいしかできることないですよ」

「それは謙遜ですよ……私にできることなんて」


 そういうルナリアのトーンは低い。どうやら最後まで治療を完遂できなかったのが心残りのようだ。


「ごめんなさい、姉さんにもよく言われるんです。お前は完璧を目指しすぎるって……」

「そうですよ、もうちょっと楽に……」

「でも、姉さんは完璧なんですよ。どのような状況であっても完璧な作戦を実行し、それを完遂してみせる……それがイングリッドという……私の姉です」

「……もしかしてお姉さんがコンプレックスだったりしますか?」

「別にそういうわけじゃないですよ。ただ……姉さんの横に並び立つには、もっと力が必要だなと常々思っています」


 ルナリアは力ない笑みを浮かべる。

 そうか、少しだけイングリッドさんが彼女をここに寄越した理由がわかったかもしれない。


 俺は凹んでいるルナリアをぐっと抱きしめた。

 驚いた彼女の手から空のカップが床に転がり落ちる。


「あ、あの!? いきなりどうしたんですか!?」

「…………」

「そ、その無言は怖いんですが……」

「…………別にいいじゃないですか、姉は姉で。ルナリアさんはルナリアさんで。イングリッドさんもあなたのことは天才だと言っていました」

「…………」

「あなたは本当に頑張る人ですから、無理に張り合う必要なんてないんですよ。完璧な人より少し穴があって頑張る人の方が魅力的ですよ」

「……あの……」

「はい」

「……結婚しましょうか」

「いきなり重いんですが」

「ですよね」


 ルナリアはこちらの胸に顔をうめ、二度三度首を横に振る。

 そして俺の顔を下から見上げると、頬を染めながらにへら笑いを浮かべる。


「私、あなたに甘やかされるの好きです――」

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