第322話 ラブコメの腕輪

 ディーの検閲に引っかかるプレゼントとは一体何なのか。

 ルナリアは懐から黒銀のブレスレットを一組取り出す。

 金属製のリングには、液晶板といくつかのスイッチがついていて、パッと見はオシャレなデジタル時計に見えなくもない。


「それ、両手につけるんですか?」

「いえ、片側だけです。もう片方は私がつけるんですよ」


 ルナリアは一つを自分の右腕に、もう片方を俺の左腕に取り付ける。

 ブレスレットはよく見ると、透明な糸のようなもので繋がっており、彼女が右腕を上げると俺の左腕が上がる。


「手錠ですか?」

「ええ、監獄にいた時に考えついて、私が作りました」

「手錠にしてはすごくメカっぽいですね。ヒーローものの変身装置みたいだ」

「手錠は鍵を盗まれる危険性がありますから。これはパスコードを手錠に打ち込まないと外れないようになっています」

「へぇ、電子ロックって奴ですか……。こんな細い糸で大丈夫なんですか? 頑張れば千切れそうですけど」

「それは糸に見えますが、アダマン鋼を繊維化して何重にも縫い合わせたものですから、上位魔法や聖剣でも切れません」

「こだわりが凄いですね」


 俺はブレスレットをはめると、カッコイイデザインをしげしげと見やる。

 しかしこれだけでディーの検閲に引っかかるとは思えない。恐らく、まだ何かしらの秘密があると思うのだが……。


「この状態で手錠についているスイッチを押すと、ロックされて外すことができなくなります。それと同時に爆弾の機能が有効になり、のリングからのリングが一定以上離れると爆発します」


 あれ? 今この人爆弾って言わなかった?

 まさかと思い、ブレスレットの液晶を確認すると数字のⅡが表示されている。予想通りだが、俺のブレスレットに爆弾が仕掛けられているらしい。


「これであなたは私から逃げられません」


 獲物を捕まえた猫みたいに、嬉しそうに言うルナリア。そらディーの検閲に引っかかるわと理解した。

 どう控えめに見てもヤンデレアイテムです、本当にありがとうございました。


「さぁこの腕輪を起動されたくなければ大人しく私の言うことを――」


 ノリノリの彼女を見つめながら、俺は小さく息を吐いた。


「ルナリアさんに、こんな危ない腕輪オモチャを使う度胸がないことくらいわかってます。あなた冗談を言う時って大体テンションが少し高いんですよ。本当のことを言う時は、ぼしょぼしょと何言ってるかわかんないくらいの声ですから」

「そんな的確に私の習性を見抜かないでもらっていいですか……恥ずかしくて死にたくなります」


 この人も結構ヘタレなとこあるからな。

 というわけで、既に弱点もわかっている。


「爆発しないように手でも繋ぎましょうか?」

「いや、あの……腕輪……まだ起動ロックしてないので爆発しな……」


 ごにょごにょとしりすぼみになっていくルナリアの声を無視して、俺はその白い手を握った。

 別に片手と足だけでも戦車の運転はできるので、左手が塞がったところで問題はない。


「いや……あの……その……嬉しくて死にそうっていうか、なんていうか……」


 ルナリアは恥ずかし気に顔を赤くすると、照れ隠しに側頭部のコウモリ耳の上に飾られた花を愛おしそうに撫でる。

 お互い沈黙しているのだが、さっきとは打って変わり、むずがゆいような甘い空気に包まれている。

 予想通りこの人、挑発してくるわりに相手が本気になると慌てるタイプだな。

 そうなると、この手錠の爆弾の信憑性も薄くなってきたな。実は、こちらを驚かせる為の嘘なのではないだろうか?

 いや、もう嘘にしか思えなくなってきた。大体こんな小さい腕輪に爆薬を仕掛けるなんて無理があるだろう。

 実際腕輪が起動したら、どんな反応をするだろうか? どのみち解除コードがあるんだし、起動させたくらいで怒られることはあるまい。ちょっとした悪戯心で、照れたままそっぽを向くルナリアの腕輪のスイッチを押す。


「あっ、言い忘れましたけどボタン押しちゃダメですよ。今解除コードブランクで――」

「えっ?」


 カチャン――(手錠がロックされる音)


 彼女が注意を促すのと、俺がボタンを押したのはほぼ同時だった。

 ブレスレットから機械音声で【リングをロックしました。ラインが4メイル以上拡張された場合、安全装置が作動しⅡ番リングは爆発します。取り外す場合は解除コードを入力してください】と流れる。


「…………あれ、なんでボタン押しちゃってるんですか?」

「えっ? いや、ひょっとして爆弾って嘘なんじゃないかなって……」

「この手錠、今解除コードブランクって言ったじゃないですか」

「ブランクとは?」

「解除コードがない状態です。解除コードを設定してないので、閉じたら外せません。つまり鍵のない手錠と同じです」


 俺は目をパチクリさせる。


「それって……」

「……私でも外せませんよ、これ」

「冗談……ですよね?」

「…………(沈痛な面持ち)」

「ほんとに外せないんですか?」

「魔軍に頼めば解除できますけど、それまではどうやっても外れません」

「…………ちなみに爆弾ってのは?」

「本物です。絶対に私から4メイル以上離れないで下さい! 絶対ですよ!」


 ルナリアの鬼気迫る表情に、俺はこれがマジもんだということを理解する。


「と、言ってもそんなに大きい爆弾じゃないんでしょ? 4メートル以内で爆発すると、相手側も怪我してしまいますし」

「おっしゃる通りそんな大きいものではありませんので、多分死なないと思いますが、左手は確実に吹っ飛びますよ」

「…………えっ……マジで?」


 俺の情けない声にルナリアは深刻な顔で頷く。


「あの、そう言われましても、これからヘックスに物資を届けに行かなきゃならないんですけど……」

「一緒にいれば大丈夫です。この糸を最大まで伸ばすと4メイルになります」


 ルナリアが手錠の糸を引っ張って伸ばすと、俺の腕輪から【ピッピッ】と怖い音が鳴りだす。それは糸の長さに依存しているようで、糸が長くなるほど電子音の間隔が短くなっていく。


【これ以上離れると安全装置が起動します。至急ラインを戻して下さい】


「この音声が鳴ってから、更に1メイル以上離れると爆発します」


 ルナリアが糸から手を離すと、掃除機のコンセントみたいに糸が腕輪の中へと収納される。

 すると警告の電子音は止まった。


「……こわっ」

「すみません。本当にジョークのつもりで持ってきたのですが」

「い、いや、スイッチ押しちゃったのは俺ですから……」

「ほんとにごめんなさい……万が一を考えて私が爆弾側をつければよかった……」

「ま、まぁ離れなければいいわけですから……」


 とりあえず彼女のそばにいれば爆弾は起動しないのだろうし。

 ルナリアは「離れなければ……」と俺の言葉を反芻すると、顔を赤くして俯く。


「どうかしましたか?」

「ごめんなさい……私、今ちょっとラッキーと思ってます。不謹慎で……ごめんなさい」

「ルナリアさん……」


 握りあった手の指先が自然と絡み合うと、彼女のコウモリ羽が嬉しそうにパタパタと揺れる。

 ラブコメ特有のトラブルからのラブシーンが始まろうとすると、不意に後ろから声が響いてきた。


「なにかラブコメの臭いがするぞ! ここを開けろ!」


 二両目の客車から移動してきたオリオンが、ガンガンと後部ハッチを叩いてきた。

 まずいラブコメ警察のガサ入れだ。

 絶対に開けるものか。そう思いつつ、俺とルナリアは手を握り合ったまま戦車を進める。



 俺とルナリアが物理的に離れられなくなってしまってから数時間後。支援物資を積んだ戦車はヘックス避難キャンプへと到着した。

 時刻は昼を過ぎ、曇っていた天気もすっかり晴れ渡っている。

 住民を驚かせないように、戦車を目立たない場所に停車させると、オリオン達を含めた全員が車両から降りてくる。


「結構遠かったでありますね」

「戦車って乗り心地はあんまりよくないよね。馬と違って休憩いらないのがいいけど」


 外に出たナハルとクリスが、伸びをしながら関節をパキパキと鳴らしている。

 その脇を風呂敷猫たちが順々に歩いてくる。


「くそぅ咲め、絶対ラブコメしてたな」

[操縦室内ノラブコメレベルガ通常値ノ3倍ヲ記録シテイマス。間違イナクパターン黒デショウ]


 オリオンとG-13バカロボットが謎の現場検証を行っている。

 俺はそれを無視して、全員が下車したのを見計らい、物資の搬入を指示する。


「支援物資の荷下ろし作業に入る。エーリカ、皆を指揮してくれ。俺たちは先にオスカーたちに挨拶してくる」

「了解しました」


 鉱石採掘に役立ってくれそうなエーリカは、オリオンやG-13に指示を出し、貨物車から支援物資を下ろしていく。

 その中で不意にクリスが俺とルナリアの手錠に気づいた。


「……それ、どうしたのかな?」

「いや、まぁ……その、つけたらとれなくなってな」

「切ってあげようか?」

「それがこの糸、アダマン鋼で出来てるらしくて、上位魔法でも切れ――」

「いや、手首ごと」


 恐ろしすぎる。

 まずい、クリスの嫉妬センサーが働いていることに気づいた。本当に外れないことを説明すると、イケメン美女は眉根を寄せつつ、納得はしていないが理解はしたと頷く。


「今回の件は私の落ち度です。魔軍に外すように頼みますから、それまで私はこの人から離れられません」

「それを信じろと?」

「信じる信じないは自由です。ですが事実としてこれは外れませんので」

「そこまで君の計算じゃないよね?」

「そんなことしません!」


 バチッと二人の間に火花が散る。


「ま、まぁまぁ、手錠をロックをしちゃったのは俺だし。いずれは外れるから喧嘩するなよ」


 クリスはむぅとふて腐れながら「僕、先にグランザムたちのとこに行ってくる」と残して避難キャンプへと入って行った。


 俺たちも少し遅れて避難地へと入ると、周囲には木造の仮設住宅や、テントがいくつも並んでいる。

 ヘックスの民は住む場所を失い、もっと悲しみに包まれているものかと思ったが、案外そうでもなく、新たな仮設住宅を建設する者や、水路を建設するもの、豆や芋の畑を耕すものなど、避難地が町として機能しているように見える。

 男女問わず皆忙しなく働いており、悲しみにふけっているものは誰一人としていなかった。

 こう見ると規模は段違いだが、昔のウチの領地を見ているようだ。


 俺とルナリアはキャンプの奥へと進むと、巨大な木材を肩に担いだグランザムの姿があった。

 上半身裸なワイルドな男は、俺を見つけると二枚目な顔にニカッと笑みを浮かべる。

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