第321話 欲しいなぁ……
土煙を上げながらのどかな平原を進む車両。
普通ならば馬車が一般的だが、鋼鉄の装甲を全面に張り付け、キュラキュラと履帯の音を響かせるそれは、周囲の景色から見ると明らかに異質なものだった。
車両上部に一門の砲塔が伸びた戦車が右へと移動すると、後部に連結された貨物車両も遅れて右へと移動していく。
全六両編成の車両の内訳は、先頭で牽引する小型戦車、二両目にトライデントメンバーが乗る客車、残り四両は全てヘックス宛の支援物資を積んだ貨物車となっている。
「と、言うわけで現在ルナリアさんと共に支援物資を持って、戦車でヘックスへと向かっている最中です」
「誰に言ってるんですか、あなた?」
戦車内に横並びに設置された二つの座席。運転席には俺が座り、ルナリアさんは助手席で眉を寄せながらこちらを見やる。
後部二両目の客車車両にはオリオンやクリス、G-13たちが遠足気分で乗車しており、カードゲームで盛り上がっているようだ。
俺は後ろから聞こえてくる楽し気な声をBGMに、アクセルペダルを踏みながらスティック型のハンドルを動かして戦車を操縦している。
本来戦車の操作はもっと複雑なものだと思うが、ハンドルとギアを同時に操作できる操縦桿のおかげで、鈍いレースゲームの気分で操縦することが出来ていた。
しかしながら最初は楽しかったが、起伏のない平原を三時間も移動すると若干飽きてきたというのが今の本音だ。
自動車免許の教官みたいに助手席に座ったルナリアは、ブレーキに己の足をかけつつ、俺の渡したスマホゲームに熱中している。
退屈凌ぎにと思ってスマホを貸したのだが、どうやらオーソドックスな落ちモノパズルゲームにはまっているらしい。
「こんな単純なのに……奥が……深い……くっ、段々スピードが、あぁぁ無理無理無理ぃ!」
陸軍将校みたいな軍服の上に白衣を羽織った悪魔少女は、どうやらゲームオーバーしたらしく、脱力しながら天板を仰ぐ。しかしすぐにゲームを再開した。
テロリスは異世界でも人気なようです。
実に平和だ。戦車に喧嘩を売るバカな野盗も、モンスターもいない。野生の動物が木々の合間から物珍しそうにこちら見やる。エンジン音がうるさくて悪いなと思っていると、履帯が大きな石を踏んづけたらしく、戦車内が揺れた。それと同時に後部三両目の貨物車両からタポンと水の音が響く。
支援物資の中に、ウチで沸いた温泉のお湯が含まれており、それが大きく揺れたのだ。
「危ない危ない」
「お湯を持って行くより、水の魔法石を持っていって向こうでお湯にした方がいいような気がしますが」
「温泉のお湯っていうのがいいんですよ。……なんの効能があるかは知りませんが」
俺がわかってないなぁと言うと、ルナリアはスマホから視線をそらさず首を傾げる。
「向こうにつくまでに確実に冷めますよ?」
「一応保温用の火の魔法石を荷台の床に敷いてます」
「コストより風情というやつですか?」
「粋と言って下さい」
「理解不能ですね。オシャレやファッションに気を遣う
「あまりオシャレには気を使わない方ですか?」
「ある程度恥ずかしくないレベルではしますよ。ですが、対外的な美的センスを磨くより趣味にコストを払った方がいいと思いませんか?」
「そうですか? ルナリアさんは可愛いので、オシャレする楽しみがあると思いますが」
そう言うとルナリアは俺のスマホを盛大に取り落とした。
「壊さないでくださいよ」
「わかってます」
「ご自分で服を選んだりしないんですか?」
「……服は別に買わなくても買ってもらえるので」
「もしかして貢物ってやつですか?」
魔軍の幹部ともなれば言い寄るものも多いだろう。その中に貢物を持ってくる者がいてもおかしくはない。
「違いますよ。バエルさんが買ってくれるんです」
「あぁ……あの人、ルナリアさん
俺は監獄で出会った、何があっても甲冑を外さないバエルと赤鬼の紅のことを思い出していた。
二人ともかなり過保護気味だったからなぁ……。
それからしばらく、「待って待ってそれ無理なんですけど!」とゲームに熱中するルナリアを可愛いなと思いながら運転を続ける。
「あーまたゲームオーバーだー」
「なんですか、レベルどれくらいまで行ったんです?」
このゲーム、レベルが上がるごとにブロックが落ちてくるスピードが上がり、レベル20を超えた辺りから尋常じゃないくらい速くなってきて、指が追い付かなくなってくるのだ。
ちなみに俺の最高テロリスレベルは48で指の反射神経はかなり良い。
「言いませんよ。あなたこのゲームやりこんでるんですよね?」
「まぁやりこんでるって言ってもそんな大したことありませんよ(謙遜)まぁまぁレベル10も越えれば十分――」
「じゃあこのレベル120で出てくるタコ型モンスターどうやって倒すんですか?」
「えっ……(困惑)」
ルナリアがゲームにポーズをかけると、画面にはタコ型モンスターとレースバトルをしている様子が映し出されている。
あれ、俺の知ってるテロリスじゃなくなってる。
「レベル80で出てくる立体映像型のボスも強いですよね。波動砲なしじゃ勝てませんでした」
「あぁ……波動砲ね、うん、波動砲……。わかるわかるよ」
「これレベルいくつまであるんですか?」
「ん~200くらいだったかな……」
俺が適当なことを言うと、ルナリアはそれを真に受けて、よし頑張ろうと大きく頷く。
その後もゲームに熱中する彼女を横目に見ながら戦車は進んで行く。
女の子が楽しそうにゲームしてる姿って、なんでこんなに可愛いんだろうな。
外の天気は徐々に曇ってきたが、車内はわりかしのんびりとした空気で、のどかな雰囲気が続く。
鼻歌でも歌おうかと思っていると、ルナリアは「あっ、そうだ」と何か思い出したように声をあげる。
「あのですね、私聞きたいことがあるんですよ」
「なんですか? テロリスのことなら任せて下さい。落ちモノマスターとしての自負がありますから」
「いえ、このゲームのことではなくてですね」
「はい。あっ、もしかして違うジャンルがやりたいですか? その中にまだ格ゲーと、シューティングとRPGが入ってますから好きなのを」
「いえ、そうじゃないんです。私が聞きたいのは」
ルナリアはすっとスマホから視線を上げると、俺の腕を見やる。そこには炎の刻印がされた腕輪が装着されていた。
「それ、クリスマスプレゼントですか?」
「え、えぇ……」
「……そうですか」
「先日のプレゼント交換会で……当たりました」
どうしたのだろうか、急激にルナリアの声が低く冷たくなったような気がする。
それに対して、俺もなぜか浮気の証拠が見つかったような、しどろもどろな返事を返してしまう。
彼女は再びスマホに視線を落とすとゲームを再開する。
「私……狙ってたんですよね」
「こ、これですか?」
「いえ、ブレスレットではなく…………懐中時計」
ルナリアの声はどこか怨念がこもっているように低く暗い。
なぜだろう汗が止まらない。
「あの月と星の懐中時計、あなたのですよね?」
「え、えぇ……俺が用意したものです」
「そう……。懐中時計が当たった、あのツインテの女性……可愛いですよね」
だからなぜそんなにもトーンが低いのか。
さっきまでキャッキャ言いながらゲームしていた人と同じには思えない。
操縦室内の不穏な空気を読むように、空に黒い雲が増え始めゴロゴロと不機嫌な音を響かせる。
「私ダメもとでフレイアさんに頼んだんですよ。……その懐中時計貰えませんか? お金ならいくらでも払いますって付け加えて」
「は、はぁ……」
「そうしたら彼女、これはアタシの一生の宝物だから、悪いけどいくら積まれても売れないって……」
「き、気に入ってもらえた、みたいみたい、ででででですね……」
そう言うと彼女はミニスカートから白い脚を覗かせながら、前面の装甲板をブーツで蹴りつけた。
ガンッと金属音が響く。それと同時にゴロゴロピシャッ! と雷鳴が轟いた。
「………………」
目の前の装甲板はブーツの足裏型に凹んでいる。かなり本気で蹴ったようだ。
しばらく重い沈黙が続く。
「私……欲しいなぁ……」
そう言ってルナリアは顔を揺らすと、長い髪がカーテンのようにサラサラと流れ、切れ長の瞳がこちらを見据える。
あっ、この人間違いなくイングリッドさんの妹だ。この威圧感マジ半端ない。
俺は身震いしつつ、彼女に取り繕う。
「る、ルナリアさんにも同じものプレゼントしますよ! 少し時間をいただければ懐中時計――」
「いえ、私が欲しいと言ったのは時計ではなく、あなたとの子供です」
「…………」
えっ、何この重苦しい空気。なにここ、酸素ほんとにある?
心臓はバクバクと早鐘を打ち、額から垂れた汗が首筋を通っていく。あまりの息苦しさに口を開き、生唾をゴクリと飲み込む。俺の水分は全て冷や汗となって額から流れ出ていた。
「あっそうだ、一番に子供できちゃったら私一気にトップに上がれますよね?」と更に恐ろしいことをのたまう悪魔。
「えっと……その……あの……」
なんだなんて言えばいい? この状況を回避する、何か良い策はないか!?
俺が汗だくになると、ルナリアはふっと笑みを浮かべた。
「冗談ですよ。私勢いで子供作れるほど度胸ありませんから」
彼女がそう言うと、重苦しかった空気が一気に霧散する。
「そうだ、私の用意したプレゼント見ますか? あなた宛てに用意したものなんですが、ディーさんの検閲に引っかかってしまったものがありまして」
待ってディーの検閲に引っかかるって相当やばくない?
一体何を出すつもりなのか。
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