第32章 プロジェクトX

第317話 冬場は乾燥する 前編

 トライデント一行が常夏の島でのバカンスを終え、自領へと帰還して数日――

 本来の季節感を取り戻したトライデント城には、しんしんと雪が降りつもり、領地内を白く染め上げる。

 そんな体が芯から冷えるような真冬の深夜。ほとんどの者が寝静まった中、城の地下倉庫内に、ピンク、青、メイド、赤の怪しい影が四つ。

 資材が並ぶ薄暗い空間に集まったオリオン、ソフィー、銀河の三人は苦い顔をしたフレイアを取り囲んでいた。

 真冬でもミニスカをやめないツインテの少女は、足の形に凹んだプレゼントボックスを忌々し気に見つめる。


「あ~あ……フレイアやっちゃった」

「こんなべっこりグッシャりと」

「こ、これはもう復元不可能なのではない……でしょうか?」

「…………」


 フレイアの持つ無惨な箱は、王発案のプレゼント交換会用の物である。

 このイベントは勇咲の元の世界にあるXデーイベントになぞらえ、年末の月、末日付近に行われることになっていた。

 内容自体はトライデントメンバー全員がプレゼントを持ち寄り、それをランダムに手渡すプレゼント交換方式である。

 この倉庫にはメンバーが持ち寄ったプレゼントが保管されており、イベント当日に取り出される予定だった。

 この四人はプレゼント内容が一体何か、好奇心を抑えきれず夜中こっそりと中身を確認しに来たのだった。


 しかしそこで事件は起きた。フレイアの持つプレゼントボックスは思いっきり踏みつけられた衝撃でべっこりと凹んでおり、中身がどうなっているかは確認せずともわかる。


「あ、あんたたちがどんなプレゼントあるか見に行こうって言うから……」

「でも踏んづけたのはフレイアだよね?」

「そ、そうだけど暗くてよく見えなくて……」

「でも踏んづけたのはフレイアさんですよね?」

「そ、そうだけど、床に置いてるのも悪くない?」

「で、でもお踏みになられたのはフレイ――」

「わかったわよ! アタシが100%悪いわよ!」


 開き直ったフレイアは「踏んづけただけでベッコリ潰れるプレゼントが悪いのよ」と逆ギレしだした。


「あ、あのそれよりも、一体誰のプレゼントを潰してしまったか確認した方がよろしいのでは?」

「メス豚のくせに正論言うじゃない」

「そうですね、メス豚のくせに」

「メス豚じゃありません……」


 フレイアは指先に小さな火を灯すと、プレゼントボックスに挟まれたカードを手に取り名前を確認する。


「王様からだぞ。喜べワハハハハ」

「咲のだね」

「王様のですね」

「お館様のですね」

「「「当たりだ(です)ね」」」


 フレイアは四つん這いになって床を叩いた。


「なんなのよコイツ。こういう時だけ自己主張してきて!」

「咲はいつだって自己主張激しいよ」

「それよりこれが弁償できるものか確認した方がいいのではないでしょうか? お金で買えるものでしたら差し替えることもできると思います」

「正論ねメス犬」

「いいこと言いますねメス犬」

「メス犬じゃありません……」


 フレイアはボックスの包装紙を開き、ベッコリ潰れた箱を開く。


「まぁどうせあいつのことだからエロい下着とかに決まってるわよ」

「あぁその可能性は高いですね」

「でしたら箱だけとりかえればいいかもしれません」

「下着がサイモンやカチャノフに当たったらどうするんだろ」


 オリオンの疑問に全員がセクシー下着姿のサイモンを思い浮かべる。


「「「オエーッ」」」

「地獄ね」

「まぁ咲だからそれも面白いとか言いそうだけど」

「あの男ボケられたら火傷してもいいと思ってるところがタチ悪いわよね」


 ガサガサと箱を開けて出てきたものは、手のひら程の懐中時計だった。月と星がデザインされた銀色の蓋を開くと、いくつもの歯車が回り、秒針がコチ、コチと音をたてる。


「あっ……凄い……可愛い」

「そういや咲、海に行ってる時夜中カチャノフと一緒になんか作ってたな」

「あいつ実は戦闘以外めちゃくちゃ器用じゃない?」

「王様は見た目以外、基本平均点以上だしてきますから」

「あたしそこまで言ってないわよ」

「でも良かったですね、壊れてなくて」

「そうね。何よちっさい時計のくせにおっきい箱使ってんじゃ――」


 安堵したフレイアが懐中時計を傾けると、歯車が一つコロンコロンと音をたてて床に転がる。


「「「「…………」」」」


 全員が顔を見合わせ、歯車がとれた時計を見やる。当然秒針は動かなくなり、時間は止まっていた。

 銀河ははわわと口元を押さえながらフレイアを指さす。


「こ、壊し……壊し……」

「待って待って! 外れただけ、外れただけだから!」


 フレイアは慌てて床に転がった歯車を元の場所に戻そうとする、しかし慌てて押し込んだせいで今度は別の部品がボヨヨーンと吹っ飛んでいった。

 どうやら歯車を固定しているパーツが外れてしまったようで、時計はバラバラと音を立てて崩れ落ちた。


「「「「…………」」」」


 気まずい沈黙。


「ふぅ、わたしそろそろ眠くなってきたのでお部屋に戻ります」

「そうだねあたしも帰ろう。今日ソフィーの部屋で寝よう、今咲の顔見たら多分笑っちゃうし」

「じ、自分もおいとまさせて――」

「待って行かないで!!」


 フレイアは薄情にもその場から逃げ去ろうとするオリオン達にすがりつく。


「もうなんだよ。フレイアが踏んづけた時に時計にクリティカル与えちゃっただけでしょ?」

「多分そうだけど、これどうしたらいいの!?」

「主は言っております……見なかったことにしようと」

「あんたそれイベント当日このプレゼントを受け取った子が凄く悲しい思いするでしょ!」

「悲しみにくれる誰かを、お館様が必死に慰めてるところまで見えました」

「そしてなぜか咲が全部自分のせいにするとこまで見えた」

「多分元からバラバラになる仕組みなんだとか、無理のある嘘をでっちあげますね」

「そんな空気耐えられないわよ!」


 ピコンっとソフィーの頭に電球が点灯する。


「カチャノフさんに教えられながら作ったのでしたら、カチャノフさんに直してもらえばいいじゃないですか?」

「ソフィー10年に一回くらいの冴えだね」

「任せてください」

「バカにされてるって気づきなさいよ。それはダメよ、カチャノフだったら、兄貴、フレイアの姉さんが兄貴の作った時計壊しちまいやした。でも安心してください、あっしが直しておきやした。って親指たてて言うに決まってるじゃない」

「口止めするしかないよ。時計直してもらったら殺そう」

「それは口封じよ。よくそんな恐ろしいこと考えつくわね」

「で、ではラインハルト城下町の金細工師さんに直してもらうのはどうでしょうか? お金はかかると思いますが、恐らくバレることはないと思います」

「まぁプレゼント交換会まであと何日かあるし」

「それしかないわね。はぁ……やばい、急いでお金稼がないと……」



 その約一時間前――

 トライデント地下倉庫にこっそりと忍び込む俺の姿があった。


「抜き足差し足忍び足……。さて、そろそろ皆のプレゼントが出そろった頃だろう。皆が一体何を用意したのか気になってやって来てしまった。できれば当たりのプレゼントを見つけて、交換会当日にその当たりが俺に来るようにしようという小ズルい魂胆だ」


 The説明口調で俺はここに来た動機を口にしながら、たくさんのプレゼントが保管された倉庫へと入る。


「さてさてちょっと覗くだけ覗くだけ」


 棚に並んだ適当な箱を開き、中を確認する。

 一つ目の箱にはバナナが一本入っていた。

 俺は無表情で箱を閉じた。


「オリオンだな……名前見なくてもわかる」


 多分寒いから腐らないとは思うが、生物をプレゼントにするとは。ピンクの箱は外れと、覚えておこう。

 次に青い箱を開く。


「肩たたき券10回分」


 この雑さはソフィーだな。ケチ臭い10回に0を足して1000回にしといてやろう。これも外れの部類だな。肩叩きさせたら、逆に疲れたので肩叩いてもらっていいですか? とか言いそうだ。

 次に黄色の箱を開く。中から毛糸のマフラーと手袋が出てきた。


「この手作りでありながら店で売っているものを超えるクオリティーの冬セット……ディーだな間違いない」


 相変わらずの女子力の高さ、これは当たりだ。黄色は当たりと。いい加減ディー嫁に来てほしいな。

 次に白黒パンダカラーの箱を開くと、手枷と猿ぐつわが出てきた。

 見なかったことにした。

 あのバカ忍者こんなことしてるからメス豚とか言われるんだぞ。


 さて、あと一つ二つ確認したら他はイベント当日のお楽しみにするか。

 そう思い上段の棚にある箱に手を伸ばすと、隣にあった落ちかけの箱が転がって来た。


「っと、危ない」


 落下してきた箱をキャッチすると、ほっと胸を撫でおろす。

 危ない危ない、中身が割れるものだったら大変だった。

 そう思いながら自分の足元を見やると、棚の下にあった赤い箱を踏んづけている事実に気づいた。

 どうやらキャッチした拍子に踏み潰してしまったらしい。


「…………」


 嫌な汗が頬を伝う。

 俺は無言で潰れた赤い箱を拾い上げ、中を確認する。


「どうか壊れてませんように。セーターとか靴とかでありますように」


(壊れたブレスレット)


 あっダメだこれ。

 俺は頭を抱えた。

 まずい、かなり高そうなブレスレットが出てきてしまった。

 男用だろうか? 銀色のリングには炎のようなデザインが掘られ、深紅の宝石が中心にはまっており、かなりカッコイイ。多分だけど、これ魔道具じゃないだろうか?

 しかしながらリングはパッキリ割れてしまっている。


「まずい……非常にまずい……」


 俺は一体誰のプレゼントか調べる為、カードを確認する。


「フレイア……。くぅ~よりによってこいつか……。カチャノフに直してもらうか」


 いやダメだ、あいつ脳みそあんこだから「フレイア姉さんのプレゼント兄貴がぶっ壊しちまいやしたが、あっしが直しておきました」と親指たててウインクしながら言いそうだ。

 よし、お金稼いで街の金細工師に直してもらおう。内密にな!







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