第316話 その手は海でも暖かく

 その後、ゼノは観光客にタナトスがバレないよう機体を透過させて海に隠し、俺はソフィーに回復してもらった後、大事をとって宿で休むことにした。


 ラッキー事件翌日――


 昨日の報酬として、俺達チャリオットは島南部のビーチを貸し切りで使わせてもらえることになった。

 朝早くからトライデントメンバーは海に向かい、俺もそれに続こうと思ったのだが、頭にクルト族みたいなツノが生えたディーさんがそれを許さなかった。

 俺の襟首をつかんでロビーに正座させると、オリオン、ソフィー、銀河、ゼノを隣に並べて昨日できなかったお説教タイムが始まる。


 長いお叱りが終わり、ディーからお許しが出る頃には日が高く昇っていた。


「ディー超怒ってたね」


 オリオンは自分の頭に両手の人差し指を立てて、鬼をアピールする。


「クラスチェンジして本来の力を発揮できず、お館様に怪我をさせてしまったわけですから……」

「あの二時間くらいを要約すると、ナメプするなってことですよね?」


 ソフィーが身もふたもない纏め方をする。ってかこいつナメプの意味知って使っているのだろうか。

 俺は隣でじっと正座していたゼノを見やる。いつもなら「なぜわたくしが人間にお説教されなきゃいけませんの!? プンスカプンスカ」と逆ギレして、すぐにエスケープかます奴だが、今日は大人しくしていた。


「ディーの説教長かっただろ? あれはディーの優しさだから怒るんじゃないぞ」

「知ってますわ。あの人がチャリオット全体を管理していることくらい」

「素直だな」

「な、仲間……という……やつですから」


 ふんっと顔を赤らめ恥ずかし気に縦ロールを揺らすゼノに、俺は自然と顔がほころぶ。

 どうやらお説教を優しさと感じとれるくらいには丸くなったらしい。


「よっし、昨日は全然遊べなかったから今日は遊びに行こう」

「「イェー!」」


 出遅れた俺たちは宿から出て砂浜へと向かう。

 眩い日差しに、澄み渡る青空、光を反射して煌めく海、ウチの連中がこの贅沢な砂浜を独占して楽しんでいる。

 オリオン達は言わずとも砂浜を駆け、ザバンと水しぶきを上げて海へと飛び込んでいく。

 よし、俺もリゾート妖怪水着ずらしになるかと思い、銀河製の竹筒シュノーケルを持って潜水の準備を始める。するとゼノが俺の腕を引っ張ってきた。


「おっ? どうした?」


 無言のゼノに強引に連れて来られたのはビーチの岩陰だ。背中からキャイキャイと楽し気に遊んでいる声が響き、俺は早く水着をずらしてあの声を絶叫にかえたいと思う。

 どうしたのだろうかとゼノを見やると、彼女は自慢の縦ロールをクルクルと指で弄びつつ、落ち着かない様子だ。


「どうしたんだ?」

「……あ、あの……その……なんと言うか」

「?」


 煮え切らない態度のゼノの胸を、俺はワシっと揉んだ。

 あぁ、これは凄い。一体この中にいくつ夢を詰め込めばこれだけ大きくなるのだろうか? ホルスタウロスも凄い胸をしているが、身長比率を考えると、同じくらいではないだろうか?

 ゴッと嫌な音が頭蓋に響き、俺はデカい貝殻で頭をぶん殴られ砂浜に顔面を埋める。


「ちょっとふざけただけやん。なんか言いづらそうにしてたから緊張ほぐそうとした優しさやん」

「なんですの、その喋り方」


 俺は砂の中から顔を出して、もう一度ゼノを見やる。

 なんなのだろうか? と思っていると、彼女はようやく口を開いた。


「そ、その……い、一応……言っておかなければならないと思いまして」

「何を?」

「わ、わた、わたくしを……トラ、トラトラ、トライデントに入れて下しゃる!」


 後半早口すぎて最後噛んだゼノ。

 そこまで言い切ったちびっこ縦ロールは開き直ったように、ふんっと顔を反らす。


「わ、わたくしがトライデントに加入して差し上げると言っているのです。むせび泣いて喜びなさい。今ならわたくしの足の裏をなめる権利を差し上げますわ。ホーーッホッホッホッホ!」


 ほほー、まだそんなこと言えるとはいい度胸だな。

 少しお灸をすえる為に、一旦断ってみるか。一体どんな反応が返って来るやら。


「いや、入らなくていい」

「ん? 今なんと?」

「いや、だからトライデントに入らなくてもいいって」

「…………」


 えっ? と虚をつかれたようにショックを受けるゼノ。


「で、でも昨日は……」

「昨日は昨日、今日は今日。気が変わった」


 そろそろ怒り出すかな? と思いつつ様子を伺うと、彼女の目にはジワジワと涙が浮かんでいた。

 あれ? 思ってた反応と違うな。

『あなたいい加減にしなさい! これだから人間という種は野蛮で下品で嫌なのですわ!』

 とか言うもんだと思っていたのだが、ゼノは平静を装い縦ロールを弾くが、目を潤ませて完全に半泣きになっている。


「そ、そうですわね。わたわた、わたくし……な、何を……うかれうかれ……」

「ごめんごめんごめん! ウソウソ冗談だから!」


 まずい、このままでは本当に泣いてしまう! こいつ意外とメンタル弱い!

 俺が平謝りしていると、オリオンとソフィー、銀河が岩陰からこちらを覗いていた。


「咲がゼノ泣かしてる」

「酷すぎます! 外道ですよあの男、外道ですよ!」

「お、お館様、泣かすのでしたら自分を」


 マゾは黙っとれ。


「だからすまんと」

「すまんじゃわからんぞ!」

「誠意を見せて下さい誠意を!」


 関係ないオリオンとソフィーが「土下座だ土下座しろ!」とモンスタークレーマーみたいなことをほざく。

 まぁ女の子を泣かしたのでジャンピング土下座もやぶさかではないが。


「うっぐ……」

「ごめんなごめんな」


 ゼノをぐっと抱いて、子供をあやすように頭をなでる。すると


「……抱っこ」


 小さくかすれた声で囁いた。聞き間違いか? と思ったが、今度はちょっと泣き怒りした声で「抱っこ」と言った。

 俺はゼノのチビっこい体を抱き上げて、背中を撫で続ける。

 そうしているとグズグズ言っていたゼノは、俺の首筋を涙か涎かよくわからないもので濡らす。


「わた……わたくしには、もうあなたしかいないのですよ。あなたに見捨てられたらわたくしは……」


 ゼノが半泣きになっていると、水中からスッと髑髏の頭部が浮かんでいるのが見えた。

 ありゃ海に隠したタナトスだな……。


【我、深淵の呼び声に応じ……】


 呼んでねぇ、座ってろ。


「オリオン、ソフィー! ジュースだ! あとイカ焼きに焼きトウモロコシも持って来い! 楽しいことしよう! 楽しいこと! ゼノ、世界ってのは光に満ちてるんだぞ!」

「あいつ必死だぞ」


 オリオン達のジト目が突き刺さる。




 ゼノを抱っこしたまま浜辺をウロチョロしていると、俺のことを犯罪者みたいな目で見るパーカーにホットパンツ姿のクリスと、なぜか軍服白衣のままのルナリアの姿があった。


「どう見ても幼女誘拐犯だよね」

「なんですか? 小さいのがいいんですか? 私が開発した不老不死薬の失敗作に体が縮むものがあるんですけど、それ使いますか?」


 そんな毎週変死事件が起こりそうな薬はいらん。


「あれ? ルナリアさんは水着にならないんですか?」

「はっ? セクハラですよ」

「えぇ……」

「こんなボインボインお化けの中で水着になれとか罰ゲームですか?」

「いえ、そういうつもりでは」


 この人自分の体がコンプレックスなんだな……。決してないわけではないのだが、確かに周りがボインボインだからな……。

 砂浜で日光浴しているバニーズが妖艶に手招きをしている。


「どうせ皆でかいのがいいんですよ。今度胸が一定以上大きい人間は問答無用で爆発して死ぬウイルスでも作ってやりましょうか……」


 闇落ちしたマッドサイエンティストが何か怖いことを言っている。あなたの姉も爆死しますがよいのでしょうか。


「僕も抱っこしてよ、抱っこ~」


 クリスは俺のハーフパンツ水着をグイグイと引っ張って来る。


「おいよせやめろ。ズレるだろうが」


 こいつリゾート妖怪か。

 見た目超絶イケメンなくせに子供っぽいところがある奴だ。


「おいゼノ、お前も何か言ってやれ」


 しかしゼノは無言でこちらの首に抱きつくだけだ。

 そこにキャタピラにガトリング砲を装備した、自称お手伝いマシンのガン〇ンクじゃなくてG-13と、喋るニワトリことドンフライが俺たちの元へとやってくる。


「フハハハハ、貴様また叱られておったであるな! いい気味である!」

「うるせぇよ。どっからわいてきたんだ非常食」

「誰が非常食であるか!」

[イケメン王、今晩ハ浜焼キニスルトくろえサンガ言ッテオリマス]

「おっいいねぇ。サザエとか食いたいな。ルナリアさんはどうですか?」

「私は脂少なめの魚がいいですね」

「ちゃんと脂の乗ったもの食べないから胸が育たな……」


 ルナリアがスタンガンを取り出して、あなたを殺して私も死にますみたいな目をしていたので黙ることにした。


[デハヨロシクオ願イシマス]


 そう言ってG-13は俺に銛を手渡した。


「えっ……もしかして俺がとってくるの?」

「そうである。早く行くである!」

「一応王ですよ?」

「だからなんであるか」

「じゃあこうしよう」


 俺は大きく息を吸って、思いっきり声を張り上げた。


「全員今から30分で一番でかい海産物獲ってきた奴が優勝! 優勝者は何でも一つ言うこと聞いてやるぞ!」


 俺がそう叫ぶと、凄まじい勢いで兎が目の前に現れる。


「……今……なんでもって?」

「お姉さん頑張るわ!」

「お、おぅ」


 サクヤとカリンたちバニーズが次々に海へと飛び込んでいく。

 遅れて頭に耐水用の護符を張り付けたレイランと、酸素ボンベを背負い、脚にスクリューみたいなのを装備したロッ〇マンの水中ステージボスみたいなエーリカがやって来る。


「まぁ別に優勝とかに興味はないけど、夕食の調達は大切ネ」

「その通りです。本機も一切優勝などには興味ありませんが、皆の為に一肌脱ぎましょう」

「優勝なんかにこだわる奴みっともないネ」

「そうですね、その必死さが己のいやしさを露呈します」

「むしろ負けて当然みたいなとこあるネ」

「負けて嬉しいみたいなところまでありますね」


 こいつらめっちゃ優勝意識しとる。


「東のセイレーンと呼ばれたワタシの泳ぎ見るよろし」

「ドザエモンの間違いでしょう」

「足にプロペラつけたラジコンに言われたくないネ」


 珍しく仲がいいと思ったが、やっぱいつも通りだった。二人の間にバチッと火花が飛び、無言で取っ組み合う。


「この鉄クズが。お前を海の藻屑スクラップにして、魚の住処にしてやるよろし」

「やってみなさいアンデッド。あなたの顔面をアワビみたいにしてあげましょう」

「やめろやめろ。お前らそんなことしてたらカリンたちに優勝持ってかれるぞ」

「ぬかりました!」

「早くしないと兎にとり尽くされるネ!」

「「優勝には興味ないけど!」」


 二人は取っ組み合いをやめて、あくまで優勝には興味ないと主張しながら砂浜を走る。

 レイランは海に入る直前にエーリカの足を引っかけて転倒させる。


「アッハッハッハ、足がプロペラのロボットは大変ネ! 今度は魚雷に脳みそでも積み込むと良いよろし!」


 レイランは最後までエーリカを煽ってから海へと飛び込んでいく。

 砂に塗れたエーリカはグギギギと女の子とは思えない呻り(?)を上げて、レイランを追って海に入る。


「あぁ……エーリカの奴魚雷みたいなスピードで……レイランの横腹にぶち当たって……レイランくの字に曲がったな……」


 あいつら……水中で喧嘩してやがる。


「おーい、レイランは水中適性×バツついてるんだから手加減しろよー。あと雷は使うなよ」


 水面から呼びかけるが、多分聞こえてないだろうな。


「ほんとバカばっかり」


 そう言って水中に飛び込んでいく面子を冷めた目で見やる、紅蓮のツンデレラことフレイア。

 ほんとに内臓入ってんのかと言いたくなる細い腰に手を当て、呆れた息を吐いている。


「お前は行かないのか?」

「行かないわよ。あんな超人かバカの二択しかない中に、普通の人間が入れるわけないでしょ」


 オリオンが銛に突き刺さった魚を掲げ「変な魚獲ったぞー!」と声を上げている。


「俺、その水着で泳いでるフレイアが見たいな……」

「ちょっと行ってくるからしっかり見ときなさい」


 チョロすぎる。あいつの今後が心配になってくるほどに。


 抱っこされっぱなしのゼノコアラは、皆が楽しんで海に潜っている姿を見て、どうしていいかわからない様子だった。


「ゼノも参加するか?」

「わ、わたくし、あまり泳ぎは得意じゃありませんわ……」

「胸にバカでかい風船みたいなのくっつけてるくせに」


 そう言うとゼノは顔を振って、角をぶつけようとしてくる。


「じゃあ俺と一緒に海に入ろうぜ。あいつらに優勝させると後々めんどくさそうだ」


 そういうとゼノは、俺の顔と水面を見比べる。


「…………絶対に離してはダメよ」

「勿論だ」


 せっかく手をとりあったんだ。誰が離すもんかよ。


 俺とゼノは水の中へと入り、泳ぎの特訓をしているうちに時間が経過して勝敗が決定した。

 優勝者は途中乱入してきたタナトスで、バカでかいカジキ(みたいな海獣)を捕まえて来た。

 タナトス=ゼノで良いだろうということになり、優勝者はゼノで決まる。

 一体何を望むか要望を聞くと、彼女は小さな声で「今までごめんなさい。仲間に入れて下さい」と謙虚な望みを所望した。

 それを断る者は誰一人としておらず、夕食はゼノの歓迎会として宴が催されたのだった。




 ゼノとバカンスとクラスチェンジ      了





――――――――――――

次回もキャラクターエピソードです。


書籍版ガチャ姫発売中です。

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