第318話 冬場は乾燥する 中編
雪がちらつくラインハルト城下町の中央広場には、モールで飾られた巨大なモミの木が用意され、その周囲には七色に光る魔法石が街を鮮やかに彩っている。
休日ということもあり行きかう人は普段よりも多く、皆いつもとは違う冬の街並みを楽しんでいた。
子供は母親にプレゼントをねだり、カップルは恋人の為にプレゼントを選ぶ。そんな人それぞれの特別な楽しみ方をする街中で俺は――
「お兄ちゃん、もっと頑張ってくれなきゃ困るよ」
「はい、すんません」
黄色いエプロンを身に着けた俺は、どっさりと積まれたケーキ箱の前でケーキ屋の主人に怒られていた。
壊してしまったブレスレットの修理費を稼ぐため、短期間で稼げるバイトを探したところ、ここラインハルト城下町で行われている冬のお菓子祭りの売り子を見つけたのだ。
現在城下町のメインストリートには様々な出店が並び、主役であるお菓子屋の気合いの入り具合は凄い。
それは現在働いている【ケーキのバナナ党】も例外ではなく、店長からは「お客さんから投票で選ばれた店は、中央の広場で表彰されて、それで今年一年の売り上げが変わるんだ!」と口が酸っぱくなるくらい言い聞かされている。
「こんなに売れ残っちゃったらウチ赤字なんだよ。君の給料も出せなくなっちゃうんだから、しっかりやってくれ」
「はい、すみません」
「あぁあ、やっぱり売り子は女の子にするべきだったなぁ。向かいのイチゴ党さんが羨ましいよ」
そうぼやきながらバナナ党店主は店の中へと引っ込んでいく。
イチゴ党とは真向いのケーキ屋さんのことで【ケーキはイチゴ党】と、店の名前も被っている。どちらが真似したのかは知らないが、店長の様子を見る限り店同士の仲は悪そうだ。
イチゴ党の店先を見るとサンタっぽい衣装を着た女性が売り子をしていて、飛ぶようにケーキが売れていく。
店長の言う通り冴えないフツメン(自称)からケーキを買うより、可愛い女の子からケーキを買う方が気分は良いだろう。
俺も頑張ろう。このままではバイト代出ないかもしれないしな。
「皆さんケーキ、ケーキはいかがでしょうか? 甘くておいしいバナナ党のケーキです!」
ケーキ箱を持って広場を右往左往するが、見向きもしてくれない。
「そこのお兄さん(お世辞)ご家族にケーキなんてどうですか?」
「いやぁ、もうケーキはイチゴ党って決めてるんだ」
「そこのお姉さん(お世辞)ケーキどうですか?」
「あらやだ、もうケーキは買っちゃったわ。イチゴ党さんの美味しいのよね」
そう言って身なりの良いごついマダムは去っていく。
くぅ、ほとんど皆と言っていいくらいイチゴ党のケーキ箱を持っている。
これ多分売り子性能だけじゃなくて、単純にケーキの味も負けてるだろ。
「イチゴ党ケーキお願いしまーす! 甘くて美味しいですよ! ……お買い上げありがとうございまーす」
俺がマッチ売りの少女の気分を味わっていると、女性の売り子の声が聞こえてくる。くそイチゴ党め、バナナ党の店長じゃないけど段々イチゴ党が嫌いになってきた。
「イチゴ党ケーキお願いしまーす! イチゴ党のオレンジケーキどうですかー」
イチゴ党なんだからイチゴで売れよ。なんでオレンジで勝負してんだよ。
しかしやけに通る声の売り子だな。あのツインテールの少女に客が引き寄せられているぞ。
敵情調査をする為、俺はこっそりとイチゴ党の店前を覗く。
そこには真っ赤なオフショルダーの上着に、同じく真っ赤なミニスカ、赤のブーツを履いたセクシーサンタみたいな少女が声を張り上げていた。
「イチゴ党、イチゴ党のケーキお願いしまーす! イチ……」
売り子の
「イチゴ党、イチゴ党のケーキいかがですかー?」
あいつ俺の事無視した! 絶対今俺の事見たはずなのに!
くそぅ、あいつなんでこんなところでバイトしてるんだ? しかし今はそんな疑問より、勢いの止まらないイチゴ党の方が問題である。
「この辺にいねぇかな」
俺はイチゴ党の店の裏側辺りをゴソゴソと探す。
ゴミ捨て場の木樽をどかすと、お目当ての黒光りする素早い虫を見つける。
「おぉいたいた。お前らは年がら年中いるからいいよな」
「それ、どうするつもりなの?」
「そりゃ決まってんだろ、イチゴ党のケーキにこいつを混ぜて、ギャアァァァイチゴ党のケーキの中からゴゴゴゴゴキブリが出てきたでふっち! って大騒ぎするわけよ。そしたらイチゴ党はこれからゴキブリ党って呼ばれ……」
俺の頭がパーンっとはたかれた。
何するんだと後ろを振り返ると、そこには寒そうな格好で腕を組みし、仁王立ちするフレイアの姿があった。
「やぁ、これはこれはイチゴ党の戦闘員」
「そういうあんたはバナナ党の戦闘員やってるみたいね」
フレイアは俺のエプロンを見て、こちらの所属を見抜く。
「こすいことしようとしてんじゃないわよバナナ党」
「こすいのはそっちだろ? 売り子にエロい格好した女の子使うとか卑怯だぞイチゴ党」
俺とフレイアの背に巨大なバナナとイチゴの
「大体なんであんたバイトなんかしてんのよ?」
「それはこっちのセリフだろ。なんでこの時期に」
「どっかの貧乏城主がお金くれないからよ」
俺はすぐさま土下座した。
「ほんと貧乏ですまん」
「頭上げなさいよ! なんでそんなにプライドないのよ!」
「全部ワイの甲斐性がないのが悪いんや」
「精神崩壊してるのか知らないけど、喋り方おかしいわよ」
「頼む、金が欲しいなら俺がなんとかディー貯金箱から引き出す方法を考えるから、そんな身を売るようなことしないでくれ!」
そう言うとフレイアはばつが悪そうに口元をもにょらせる。
「こ、今回のはそういうのじゃないのよ。これはアタシがちゃんと働いて返さないとダメな分だから」
「?」
「と、とにかく今日だけだからいいでしょ。別に嫌々で働いてるわけでもないし」
「むぅ……それなら」
二人で話していると「くらーバイトどこ行った!」と
「やべぇ、店長キレてるし戻るわ」
「あぁちょっと、あんたはなんでここでバイトしてるのよ?」
「お前と似たような理由だー」
そう残して俺は売り子に戻った。
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