第303話 プリズンブレイクⅫ
◇
「あぁ疲れたーー!!」
俺はヘックスのど真ん中で大の字になって倒れ込んでいた。
最後はルナリアのおかげで魔軍と戦闘にならずにすんだ。魔軍とまともにぶつかってたら確実に勝ち目がなかったので、ほんと良かった。
レイ・ストームを含めた魔軍は撤退したものの、未だヘックスを覆った氷は溶けておらず、皆風呂敷猫の持ってきた焚火に手を当てながら冷えた体を震わせている。
「でも、なんか拍子抜けじゃない?」
俺の隣であぐらをかくオリオン。よくまぁその格好で凍った地面に尻を下ろせるものだと思う。
「こうさ、いつもの展開だったら最後には巨大モンスターが出てきてどひゃーって感じじゃん」
「そういや砂漠でも最後巨大なスフィンクスとやりあったな。毎度毎度そんな展開になってたまるかよ」
オリオンと話しているとオスカー、グランザム、クリスの三人が俺の前に来てなぜか膝をついた。
俺は身を起こして、オリオンと同様にあぐらをかいて三人の顔を見やる。
「ん? どうした」
「今回の戦い貴公の助力がなければ、我々は監獄の中で朽ち果てる運命だっただろう。それどころか一番大切なものまで裏切ってしまうところだった」
「ウォールナイツとして最後まで諦めず責務を果たせた。本当に感謝してるぜ」
「囚われたヘックスの民を解放できたのは間違いなく君のおかげだよ」
「改めて出会った時の非礼を詫びたい」
三人は深く頭を下げる。
思えば最初、オスカーなんかは俺の事全く信用してなかったしな。今こうやって仲良くなれたのは喜ばしいことだと思う。
「あぁ、まぁ別に気にすんな」
「何か君たちに礼をしたい。しかしヘックスは見ての通り荒れ果てているので、少し待ってほしい」
「すまねぇな、ヘックス王も死んじまってこれからどうやって後始末すりゃいいか、オレたちでさえわかんねぇんだ」
そりゃそうだな、領民も強制労働でボロボロだし、デブルたちに弄ばれ、親族を理不尽に殺されて心に傷を負った者も多いだろう。復興というのは何も建物だけの話じゃない、そこに住まう人達が本当の意味で元に戻らないと復興とは呼べない。
それにはきっと長い時間がかかることだろう。
そんな中、復興の中心人物となれるオスカーやグランザム達が生き残ったのは喜ばしいことだ。
「あっ……それで思い出した。デブルの野郎どうなったんだ?」
確かイングリッドさんの戦車に乗って逃げたと思うのだが、あいつが領地を捨ててそのままというのは考えにくい。
「デブルの捜索は我々で行おう。ひとまず城に来てくれ、皆疲弊している。もてなすことは難しいが冷えた体を温めることくらいはできるだろう」
「そうだな、少し休んでからにしよう。やっと手に入れた自由だ。それを噛みしめよう」
「ああ、そうだな」
ルナリアやゼノたちとも話をしなければならないけど、ひとまず休んでからだ。皆ボロボロだしな。
そう思い立ち上がってヘックス城へと向かおうとすると、銀河が俺の服の袖を引っ張った。
「あの……お館様……休むのは、まだ無理かもしれません」
何を言ってるんだこのマゾはと思っていると、不意に視界が陰った。
何かと思い首を上げると、そこにはそびえ立つ影が、ズンっと地鳴りを響かせる。それと同時に地面を覆う氷に無数の亀裂が走る。
それは一言で言えば巨木である。
二言で言えば動く巨木である。
20いや30メートルはあるだろうか? 見上げたら首が痛くなりそうな巨木は根をウネウネと動かしながらヘックス城、いや俺たちを目指して近づいてくる。
「あんなのさっきまでなかっただろ」
「なんかね、急に正門の辺りから生えたわよ」
「んな、なんとかと豆の木じゃないんだぞ」
フレイアの言葉に俺は顔をしかめた。
木といえば世界樹など生命を象徴するイメージがあるが、血管のように細く細かく伸びた枝は黒ずんでおり、ボロボロの樹皮は動くたびにパラパラと崩れ落ちる。
枯れて赤茶けたツタがいたるところにぶら下がっており、その木は命の終わりを感じさせる風貌をしている。
「オリオン」
「ごめんて」
お前がフラグ立てるからあんなの出て来ちまったじゃねぇか。
「ディー、あの動く木はなんだ?」
「トレントの一種と思われますが、あのような規模は見たことがありませんね……」
「まぁ……敵っしょ」
オリオンの言葉に全員が頷き、再度武器を握りしめると、間近に迫って来た巨木から何か声が響いてくる。
『スカー様……ォスカー様……』
「ねぇ咲、あの木オスカーって言ってない?」
「んなバカな。ホラーじゃねぇか」
「あれ見て!」
クリスが指さす先を見ると、巨木のちょうど中心あたりに人間が埋まっているのが見える。
それは上半身裸の女で、下半身は完全に木の中に埋まってしまっている。そいつは俺たち囚人にとっては見慣れた人物だった。
その女は、こちらを見下ろし満ち足りた笑みを浮かべる。
「なにがどうなったらああなるんだよ」
「ハラミ……」
「た、助けてくれぇ」
「お願いだ、誰か助け……」
それと同時に複数の人間のうめき声が聞こえてきた。
何かと思うと、太い枝に絡めとられた兵士たちがハラミと同じく木の中に埋没している。
ハラミと違うのは、どの兵も苦し気に呻いており、身動きできない状況に救いを求めている。
「あれはどこの兵だ?」
「……三国同盟だ。奴は壁の外にいた三国同盟の兵を捕縛している」
「人質なのか?」
巨木を観察すると、身動きできない兵士の前に蛇のようにゆらゆらと揺れる枝が現れる。枝は勢いよく胸に突き刺さると兵士の生命力を吸い上げていく。
全てを吸い取られた兵士は体がミイラ化し、最後に残ったのは生皮と服だけだった。
「なにあれ怖い」
「どうやら人質じゃなくて食べ物みたいだな」
「あの様子から見て他者の生命力を吸収して増殖成長する死霊樹ですね。植物モンスターというよりアンデッドに近いです」
ディーの額に冷や汗がにじむ。
死霊樹は人間の生命力を吸い取ると、更に10メートル近く体を成長させる。
今やその規模はヘックス城とさして変わらないほどに膨れ上がっている。
『あぁ素晴らしい力……ねぇオスカー様、ハラミはすさまじい力を手に入れてしまったようです』
自身の力に心酔したような、うっとりとした声をあげるハラミ。
『オスカー様、私は全てを失いました。ですが、今とてもいい気分です。力が私の失ったものを満たしてくれる。後はあなたさえいればハラミは完全になれます。痛みはありません……オスカー様、一つになりましょう。フフフ』
ハラミは不気味な猫なで声でこちらに近づく。
「ヤンデレ極まってやがんなあいつ……」
オスカーは眼鏡を持ち上げ、前に出た。
「ここは私がなんとかしよう」
「なんとかって、相手は人間を吸収してでかくなる化け物だぞ」
「刺し違えてでも奴を止めて見せる。君に貰った命だ、ここで散らせることになっても惜しくはない」
「バカ言ってんじゃねぇよ。恩に着るなら良い女の一人二人紹介してからにしろ」
ハラミは高笑いを響かせると、地面に張った根が手当たり次第に動植物を捕まえ、生命力を吸収していく。
あの女、相当な悪食らしく無尽蔵にでかくなっていきやがる。
『アッハッハッハ! オスカー様見てくださってますか! ハラミはあなたの為ならどれだけ殺そうが心が痛みません! 愛の為に、愛の為に、愛の為にィィィィ!』
「黙れサイコパス女! 愛ってのは一方的に押し付けるもんなんかじゃねぇんだ! 相手を理解せず、己の感情だけを優先するのは愛なんて言わねぇ、エゴって言うんだよ!」
俺が叫ぶと、一瞬
しかし次の瞬間、地面に張り巡らされた根が荒れ狂い、大きな地震がヘックス内を襲う。
『黙れ黙れ黙れ! 私とオスカー様は愛し合っているの! 何にも知らない人間が口を出すなァァァァァァ!』
ヒステリックな叫びがヘックス領内に響き渡る。
それと同時に巨木は全身を震わせると、周囲に汚泥をまき散らし始めた。
どす黒い汚泥が地面や城に命中すると、その場所がシュウシュウと音をたてて溶けていく。
「なんだこれ? 酸か?」
「違う、これは混沌の泥、呪いだ。絶対に触れてはいけない!」
「当たるとどうなるんだ?」
「人という概念が崩壊し、人の形を保てなくなる!」
「誰か解説の解説してくれ!」
「つまりあれに当たっちゃうと問答無用で魔物化しちゃうってこと! しかもあの泥、瘴気をまき散らしてるから、僕たちもこのままじゃ危ない!」
クリスの最高にわかりやすい説明になるほどと頷く。
野生動物や、絡めとられていた三国同盟の兵達が汚泥に飲まれるとどす黒いタールのように体が溶け、魔物へと再構成される。
新たな体は真っ黒い蜘蛛のような形をしており、人間だったモノはシャカシャカと脚を動かし生者を求めて走って来る。
エーリカや兎たちがライフルや槍で迎撃するが、蜘蛛の勢いは止まらない。
『オスカー様は私を愛している! 愛してるのぉぉぉ! んほぉぉぉぉぉぉぉ!!』
絶頂したような声をあげるハラミ。
「オスカー、あの勘違い女にちゃんと言ってやれ!」
「しかしそれでは奴を狂化させることになる。危険すぎる!」
「いいんだよ、ああいうのははっきり言ってやんねぇとわかんねぇんだ! ちゃんと幸せにしてやれねぇなら、気持ちを終わらせてやるのもイケメンの務めだぞ!」
オスカーは頷いてから立ち上がると、死霊樹と同化したハラミを見据える。
「ハラミ」
『オスカー様……』
オスカーは哀れな姿になってまで愛を叫ぶハラミに、一瞬の同情をする。しかし吸収された人間の衣服と、魔物化した人間のなれの果てを見て眼鏡を白く光らせた。
「君の気持には答えられない。なぜなら…………私には好きな人がいるから!!」
衝撃の告白をするオスカー。
そうか、こいつ好きな人いたのか。
オスカーは俺の方を見て柔和にほほ笑む。
お前の気持ちしっかり理解したぜ。俺は応援してるぞ。
オスカーは照れたように顔を赤らめた。
『許せ……ない。許せ、ない。許せない。そんなのありえない! オスカー様が好きなのは私だけ! 愛しているのも私だけのはずなのに! 誰、誰なの!? ……いえ、そのことは後にしましょう。ここにいるもの全てを殺してから……ゆっくりと……話をしましょう? ねぇオスカー様? オスカー様ァァァァァ!!』
怒髪天をつくようなハラミの絶叫と共に、張り巡らされた根や枝が大蛇のように荒れ狂う。
「男の恋路を応援するってのはあまり趣味ではないが、あんなサイコパスにつきまとわれるのは気の毒だからな」
「まぁ、相手君なんだけどね」
「何か言ったか?」
振り返るとグランザムがクリスの口を押えていた。
「なんでもないぜ」
「よし、オスカーの為にもやるか!」
そうカッコつけてみたものの、泥が発する瘴気のせいで視界がグルグル回る。体は酸素を求めてアホの犬みたいに舌を出す。
しかし男の子という生き物は、やるべき時には立たねばならんのだ。
「女も一緒だっての」
肩を並べるオリオンに違いねぇと返す。
嫉妬の巨木は全身に死を纏ってこちらに近づく。
奴がほんの少し動くだけでも生気が吸い取られ、体の力が抜ける。
俺は震える手で黒鉄を抜く。
あぁ畜生、黒鉄が重てぇ……。
でも――我慢だ。
痛いのはもう慣れた。
だから――戦わなくちゃいけない。
「咲」
「なんだ?」
「悪い癖だぞ。お前は独りじゃない」
そんなことわかってると言いかけて、後ろを振り返る。
するとトライデントメンバー全員が巨木と迫りくる蜘蛛を見据えている。
その中に誰一人として怖気ずく物や、瞳が死んでいるものはいない。
しかも天使ロボや死神ロボまで味方につけて、ウチもデカくなったもんだ。
――なら怖いもんなんかねぇな。
俺は黒鉄を天高く掲げ、今か今かと号令を待つ者たち向かって叫ぶ。
「行くぞぉぉぉ! あれを倒して
そう叫んで俺は黒鉄を振りかざして突っ込んでいくのだった。
――――――――――――――――――――――――――
次回で長かったプリズンブレイク編はクライマックスです。
書籍のお話ですが、主人公とオリオンに続き、ソフィーとディーが
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