第302話 プリズンブレイクⅪ
【うまくいきましたねマスター】
「ええ、良かったと思います」
メタトロンのコクピット内から機械音声が響き、他に誰かいるのかと思い中を見やるが誰の姿も見えない。
「なんですかこの声?」
「この子はメタトロンのコアです」
【ヘロー】
「すげぇ気さくな外人みたいだな……」
「実は先ほどの流れはメタトロンと一緒に考えたんですよ」
【劇場型告白です。あえてヒロインが傷つくことにより、非常に臨場感のある告白が演出されます。しかも血を見せることにより相手の本音を引き出すことが可能です】
「なにその詐欺師が使いそうな手法」
【命を賭けた恋……それはとても美しい。ワタシはそんな恋を実らせ愛という果実にしたい。それが例え痛みを伴う行為であっても】
「何言ってんのこのコア! 怖いんだけど!」
【もしあなたがマスターの自殺を止めなければ、セイントレーザーにより骨ごと気化蒸発させていました】
「サイコ入ってるんだけどこのコア!」
ルナリアは拇印が押された借用書を満足げに眺めると、大事そうに懐にしまう。
「さて、良いものが手に入りましたし、契約通り派手に姉妹喧嘩でもしましょうか」
ルナリアは腰に手を当てて、不遜な笑みを浮かべる。
レイ・ストームを見やる彼女は、まるでこれから高い山に登ろうとしている登山家のようだ。
「と、言いたいところなのですが、実は既に戦いは決着してたりします」
「それはどういう?」
ルナリアはインカムのようなものを耳につけると声を張る。
「魔軍各位に通達。ヘックス領地内にメテオダインを設置しました。命が惜しければ撤退してください!」
なんだメテオダインって?
困惑する俺をよそに、周囲を取り囲む魔軍に動揺が広がっているのが見て取れた。
「ディーメテオダインって何?」
「爆弾です! 少量でも街を吹き飛ばせます! 星が死ぬと書いてメテオダインです! マジヤバイ、ほんとヤバイ奴です!」
ディーが語彙力失うくらいヤバイって言うんだ、相当やばいやつなんだろうな。
「なんでそんなもの仕掛けたんですか?」
「あなたにもう一度フられたら無理心中をはかるつもりだったんですよ」
「この人頭おかCよ!」
【純愛ですね】
黙ってろ恋愛
「あの……もちろんブラフですよね?」
「えっ、ほんとに仕掛けましたよ。あなたこの監獄ぶっ潰すつもりだったんですよね?」
「いや、それはそうなんですが」
「こういうのは景気よくいきましょう。幸い囚人は避難済みで、ヘックス領は壁で囲まれている為外に爆風が漏れることもありません。フフッ自爆装置ってロマン感じませんか?」
そう言って彼女は髑髏マークがついた謎のスイッチを取り出す。
まずい……この人本気だ。顔がすげーワクワクしてるもん。
「ただ問題は、起爆する前に姉さんのレイ・ストームが氷結結界で地下にあるメテオダイン事凍らせたらお終いというところなんですよね」
「君も君のお姉さんもクレイジーすぎる!」
しかし予想に反してレイ・ストームは優位であるにも関わらず、タナトスを牽制しながら
それにならい魔軍のアーマーナイツと歩兵も順次後退していく様が見える。
「下がっていく?」
「懸命ですね。もし姉さんが向かって来てたら、私はレイ・ストームの自爆装置を入れてましたから」
「そんなことできるんですか?」
「ええ、誰が今まであの機体を整備してきたと思ってるんですか? と言っても通じるのは今回だけですけどね。恐らく次からはレイ・ストームのコア周波数をかえられて遠隔で自爆させることはできなくなるでしょう」
「あの……お姉さんですよね? 自爆させるのはさすがにまずいんじゃ」
「何でですか?」
「そりゃ自爆したら死んじゃう……」
「姉がアーマーナイツの自爆くらいで死ぬわけないじゃないですか」
「……く、クレイジー」
◆
フォートレスに連結されたコンテナ車両にレイ・ストームを積み込むと、イングリッドは指揮官席へと戻って来た。
もう少しで勝てそうだったところを、あっさりと引き上げてきた魔軍を見て、デブルは鼻をひくつかせ、額に青筋を浮かべながら待ち構えていた。
「どういうことだ! メタトロンに搭乗しているのは魔軍、あなたの親族のようだが!? メタトロンを動かしていることに関してはこの際言及せんが、ヘックスにメテオダインをしかけただと!?」
「各機戦闘行動を終了、退避する」
『了解』
『あいさー』
「フォートレスはこのまま正門を通ってヘックス領を離脱」
デブルは完全に無視され、怒りで我を忘れそうになる。
「聞いているのか! あれはどういうことだ!?」
「あれ? あれとは?」
「そのモニターに映っている女だ! 貴官の妹だろう!?」
イングリッドは何を言っているんだコイツは? と喋るボウフラを見るような目でデブルを見ると、正面のモニターに視線を移した。
そこには吹っ切れて、いい顔をしたルナリアの映像が映し出されていた。
イングリッドが一つ咳払いをすると、映像にモザイクがかかり顔の判別が不可能になる。
「我が軍に似たような人物がいたかもしれないが、多分他人の空似だろう」
堂々と白を切るイングリッドにデブルは呆気にとられ、口をパクパクと動かす。
そこにヴィンセントと鉄鬼を降りたバエルと紅が指揮車両へと入る。
「いやぁやりますね、これじゃあ手の付けようがないっすよ」
「さすがお嬢……ゴホン、猿どもにしては鮮やかな手際です」
口裏を合わせた二人が参ったなと胡散臭く困るのを見て、デブルは額の血管が切れかかっていた。
「ふざけるな! どこをどう見てもあれは魔軍幹部にいた女悪魔だろう!」
「えぇ?……ノイズが酷くてよくわかんねぇぜ」
モザイクモニターを見て首を傾げる紅。
「多分別人と思われます。あれが本物のお嬢様である証拠はありません」
「お嬢様って断定しているだろうが!」
「おや、そんなこと言いましたか?」
バエルは大げさに肩をすくめて見せる。
「貴様ら……はなから我々を助ける気などなかったな! 茶番を演じていたのか!」
イングリッドは指揮官席で頬杖を突き、脚を組み替えると、冷たい息を吐いた。
「デブル監督官、私は最初に言ったはずだ。魔軍はここにはいないことになっていると。いないものが勝手に撤退したところで文句を言われる筋合いはない」
「貴っ様ぁぁ裏切るつもりか!? このことは本国に告発し、全員異端審問にかけてくれる!」
「……うるさい黙れ」
イングリッドは早くこの顔を真っ赤にした珍獣をどうにかしろと視線で合図する。
「はいはい、大人しく客車で待ちな」
紅はデブルをつまみ上げると、指揮車両から後部
「じゃーなー」
紅は客席車両にデブルを放り込むと、そのまま出口に鍵をかけてその場を立ち去った。
「おい、ふざけるな! 開けろ! ワシを誰だと思っている! このままですむと思うなよ!」
バンバンと扉を何度も叩くが、虚しさだけが響くのだった。
「お父様」
振り返ると客席にはハラミの姿があった。
ハラミは扉に寄りかかり、ずるずると崩れ落ちていくデブルに近寄る。
「ぐぅぅぅあの女あぁぁぁぁぁ!!」
「お父様、今どうなっているのです? オスカー様は? オスカー様はどうなりました?」
「うるさい黙ってろ! 今お前に構っている場合ではない!」
「…………」
「ヘックスを失ったなどとペヌペヌ様の耳に入ればただではすまん。どうせあの女、全ての罪をワシに被せるつもりだろう」
ペヌペヌは魔軍に対して信頼を置いてる。
事戦いに関しては聖十字の正規軍よりも信用していると言ってもいいだろう。
領民を裏切り聖十字に取り入った自分より、イングリッドの言葉を信じる可能性は非常に高い。
「そうなればワシは破滅……よくてモルモットにされる。そうなるくらいなら……」
デブルは懐から怪しい光を放つ魔石を取り出す。
「それは一体?」
「ペヌペヌ様よりいただいた強力な試作品が封じ込められた
「待ってください、それではオスカー様が!」
「黙れオスカーオスカーとうるさい女だ! 貴様があの男を特別扱いしなければこんなことにはならなかったのだぞ! あの男諸共皆殺しにしてくれ――」
デブルは自身の胸に突き刺さったナイフを見て呆けた表情をする。
「な……んの真似だ……ハラミ」
「例えお父様であろうとオスカー様を奪うことは許しません」
血まみれのナイフを手にしたハラミの目には一切迷いがなく、実の父を刺し貫いたとは思えないほど冷淡だった。
デブルはその場にがくりと膝をついて倒れると、ジワリと血だまりが広がっていく。
ハラミは血にまみれた魔獣石を手に取ると、その不思議な色を瞳に映す。
「オスカー様……必ずやあなたと一つに……」
◆
イングリッドたちを乗せた陸戦旗艦が正門を超えて撤退しようとしたとき、突如大きな振動が戦車全体を襲う。
「な、なんでぇ!?」
「まさか猿共が追撃してきたのか!?」
「んなバカな。あいつら満身創痍だったはずだぜ」
「状況報告」
イングリッドの冷静な命令に、魔軍兵はすぐさま被害状況を報せる。
「フォートレス二両目客席車が破損! 内部からの攻撃です!」
「内部ぅ? どういうことだってばよ?」
「モニターに出せ」
「はい!」
魔軍兵が、大型モニターに戦車の外の状況を映し出すと、客席車両の天井部が吹き飛び中から細長い何かが飛び出しているのが見える。
触手のようにうねるそれが木の枝だと気づき、全員が顔をしかめる。
「な、なんで客席車から木が生えてんだ?」
「私が知るか」
紅とバエルは呆気にとられるが、イングリッドは注意深く木を観察すると、それの正体に気づく。
「死霊樹、生き物の生気を吸うトレントの一種だ」
「トレントって歩く木の魔物でしょう? なんだってあれがこんなところに」
「ただの魔物じゃない……。ここにいたドラゴンと同じく品種改良が加えられたペヌペヌの
イングリッドは「面倒なものを……」と小さく舌打ちする。
「すみませんイングリッド様、俺様いまだになんでそれが客席から生えてるのかわかんねぇんですが」
「デブルですか?」
「娘の方だな」
バエルとイングリッドの会話が勝手に進み、紅は「えっ? えっ?」と首を振る。
「デブルから奪ったのかは知らんが、娘の方が魔獣石と自分の体を媒介にして死霊樹を召喚した」
「じゃ、じゃああの木の化け物は……」
「バラだかロースだか忘れたが、デブルの娘だ」
「ハラミですイングリッド様」
冷静に話をしていると戦車が再び大きく揺れる。
「このままあいつが暴れたらフォートレスだってぶっ壊れちまう!」
「しかしアーマーナイツは客席車両の後ろ。乗り込むことも車両を切り離すこともできません!」
二両目の客席車両の連結を切り離せば、レイ・ストームが積まれた三両目以降のコンテナ車両も一緒に切り離してしまう為、安易に客席車両を切り離すことが出来ないのだった。
「ハッチを開けろ、私が出る」
「我々がやります」
「そうですぜ、イングリッド様!」
二人が止めるが、既にイングリッドは上部ハッチに登り上半身を外に出していた。
が、しかし案の定尻がハッチに引っかかって身動きが取れていなかった。
「おい、押し上げろ!」
下に向かって叫ぶと、バエルと紅が必死にイングリッドの尻を押し上げる。
「ほんとイングリッド様ってば、スラっとしてるように見えてデカパイデカ尻なんだから」
「聞こえたら殺されるぞ、肉厚、豊満でいらっしゃると言え!」
「そりゃデブの隠語だろ……」
二人のやりとりはばっちりイングリッドの耳に届いていた。
「紅は減給でバエルはしばらくトイレ掃除だな」
部下二人への罰を考えながら後ろを見やると、後部車両から死霊樹が触手のような枝を伸ばしているところだった。
「失せろ」
イングリッドは銀のリバルバー拳銃を引き抜くと、死霊樹に狙いをつける。
迫りくる枝を無視してトリガーを引くと、青いマズルフラッシュが漏れ、弾丸は死霊樹へと吸い込まれていく。
樹幹に弾丸が命中すると、凄まじい勢いで全体が凍結していく。それと同時に伸びかけていた枝が止まる。
【オ゛スガァァァ様ァァァ……】
半分凍った死霊樹から人間の声が響く。
「人間の思念が残っている? 死霊樹め、ハラミを心臓に据えたか……」
凍り付いたはずの枝が止まったのも、わずか数秒にすぎず、すぐさま新たな枝が生えイングリッド目掛けて伸びてくる。
「再生能力が桁外れだな……」
イングリッドは更に連続で五発の弾丸を見舞う。すると死霊樹は完全に凍り付き、動きを止める。
「サイドに寄せろ」
「はっ!」
フォートレスが側面に寄せて走行すると、凍った死霊樹が岩壁にぶつかりそのまま地面へと転がり落ちた。
それを確認すると、イングリッドは指揮車両へと戻る。
「さすがイングリッド様、ペヌペヌ卿が作り出した魔獣をこうもあっさりと。お見事でございます」
「やっぱイングリッド様は最強だぜ」
後でトイレ掃除させられると知らない紅とバエルは仲良くハイタッチする。
「死んでいない」
「「えっ?」」
「落ちただけだ。再生能力が高すぎる。恐らくじきに復活する」
「イングリッド様でも殺しきれないなんて、しぶとい野郎だぜ」
「しかし、それですと死霊樹はヘックスに向かうのでは? お嬢様が危険ではありませんか?」
「構わん、このまま帰投する」
「しかし……」
「奴程度倒してもらわなくてはあれを預けるに値せん」
イングリッドは指揮官席に腰掛けると、長い脚を組む。
「そいつで正真正銘ラストだ。集めた力で倒して見せろ」
イングリッドは誰に言うでもなく小さく呟いた。
「あぁそうだ。紅、バエルお前ら二人ともしばらくトイレ掃除だ」
「「え゛?」」
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