第301話 プリズンブレイクⅩ

「セイントキュアー!」


 ソフィーの声が響いた瞬間、俺とオリオンの体は冷たい氷から自由を取り戻した。


「体が動く?」

「おっ、氷が溶けた? やるじゃんソフィ―」

「前! 前!」


 ソフィーが慌てて前を指すので何かと思うと、目の前でタナトスとレイ・ストームが取っ組み合いをしている。

 鋼の死神と、氷結の罪人。二機がぶつかりあった衝撃で、氷の破片がキラキラと煌めいて綺麗――


「なんて言ってる場合じゃねぇ!」

「ねぇ咲、あれどっちが味方?」

「よくわかんねぇから下がるぞ!」


 俺はオリオンの腰をひっつかんで後退する。

 俺たちが一体どれくらいの間凍っていたのかはわからないが、目を覚ました瞬間展開が大きく変化していた。

 まるで間違って兄貴のセーブデータをロードしてしまい、わけのわからないところから始まったゲームの気分だ。

 いや、兄貴おらんからよくわからんけど。


「セイントキュア! セイントキュア! セイントキュア! セイントキュア!」


 ソフィーが必死こいて一人一人状態回復魔法で凍りついた仲間を溶かして回っている。


「お前一気に全員を治す魔法とかないの?」

「セイントキュ、あったらもう使ってます!」

「せ、せやな……」

「あのさソフィー、悪いんだけどあたしまた凍ってきたんだけど」


 オリオンがまたパキパキと音をたてて凍っていく腕を見せる。


「セイントキュア! セイントキュア! お湯でもかけといてください! セイントキュア!」


 ダメだ、ウチのヒーラー完全にパンクしかかっている。

 すると風呂敷猫がお湯の入ったバケツを持ってきたので、そこに腕をつけて暖をとる。

 どうやら氷をバケツに入れ、まだ燃えてる収容棟から火を調達してお湯にしているようだ。


「誰かこの状況を説明できる奴!」


 そう叫ぶと、風呂敷の下で脚を寒そうに擦り合わせてるナハルが手をあげる。


「状況はわたしめが説明するであります! 我々が全員凍りかけたところゼノ様があの黒いロボットに乗って助けてくれたであります!」

「何? あのチビおっぱいが?」


 風呂敷猫が『ラーの鏡でツノ治したよ』と書かれたプレートを掲げる。


「つまりゼノはタナトスの契約者に選ばれて、ツノが治ったのにもかかわらず俺たちを助けてくれてるのか?」


 風呂敷猫が『そういうことニャ』と今までつけてなかった語尾にニャを書く。あまりにも唐突なキャラづけに驚いてしまった。


「なんだあいつ……デレたのか」


 そう呟くとタナトスから『ぶっ殺しますわよ人間!』と響いてきた。

 地獄耳すぎる。まだデレてはないみたいだな……。


「つまりタナトスが仲間になったわけだから、レイ・ストーム対タナトスの互角に持ち込めるのか?」


 しかし見た感じ、明らかにタナトスは劣勢でレイ・ストームに近づくこともままならないといった感じだ。

 操縦スキル云々より、明らかに機体スペックが違うように思える。


「なんで同じ第二世代型なのに、あんなに差が出てるんだ?」

「覚醒したばかりのタナトスと、万全の態勢で調整され続けてきたレイ・ストーム。目覚めたばかりのドラゴンと、何度も勇者を屠って来た歴戦のドラゴンが戦っているのと同じだ」


 氷から解けたオスカーは眼鏡に白いつららを生やしながら、冷静に戦況を見極める。


「あぁ、そりゃ勝ち目がない……。よし作戦会議するか」

「嘘でしょ、このタイミングで?」


 驚くフレイアを無視して俺たちは円陣を組みながら作戦を立てる。


「氷の聖霊だろ? 確実に火に弱いだろ」

「アタシさっき炎ごと凍らされたわよ」

「無茶苦茶かよ」

「あいつに属性の概念は無意味ネ」

「とりあえずレイ・ストームの氷結結界を破る為に、火事になってる収容棟の中に引きずり込もう。炎の中に入ったら多少なりとも弱体化するだろ、それで――」

「あ、あのお館様……」

「なんだ」

「その……収容棟は……ダメかもしれません」


 何を言ってるんだこのマゾはと思いながら振り返ると、燃え盛る収容棟の地下から光の柱が立ち上っていた。

 神々しい光の中から白銀の機体がゆっくりと上がって来る。


「ここに来てメタトロン追加かよ……」


 迸る聖なる魔力、光の起源聖霊は白い羽をはためかせながらゆっくりと氷の大地に着地する。

 誰が乗っているかは知らないが、恐らくあの機体が味方ってことはないだろう。

 俺たちは前方をレイ・ストーム、後方をメタトロンに挟まれてしまった。


「前門の虎、後門の狼って奴か……」

「それは一難去ってまた一難という意味ですから、使い方を間違ってますよ」

「絵面的な意味だ」


 なるほどと指摘したディーは頷く。

 氷が溶けたとは言え、俺たちの体力はごっそり持っていかれているし、グランザムなんか半分凍ったまま動いている。


「まぁそれでもやるしかあるめぇ」


 チャキっと黒鉄を構えると、驚くことにメタトロンの胸部ハッチが開き、白衣をなびかせたあの悪魔が姿を現した。

 彼女は俺を見おろし、呆れたように息を吐いた。


「どうも、お馬鹿さん」

「ルナリア……さん」

「どうやらこの機体、私にマッチングしたらしいです」


 終わった。

 メタトロンが敵になったというのは確定的になった。

 彼女は凍える風に自身の長い髪をなびかせながら俺を見やる。


「見たところ、善戦して姉さんを引きずり出すところまでは成功したけど、あまりにも能力が桁違いで全員一回凍らされた後ってところですか?」


 見ていたのではないかと思うくらい正確な状況分析である。


「なぜタナトスと殴り合ってるのかは知りませんが、あなたの起こした奇跡の一つと考えればまぁいいでしょう」

「そんな扱いでいいんですか」

「レイ・ストーム、タナトス両機共に私が整備してきた機体です。はっきり言いますがタナトスではレイ・ストームに勝てません。そして現在メタトロンがこの場に現れ、あなた達は挟み撃ちにあってしまったわけですね。……そういえば囚人はどこにやりました? 姿が見えませんが」

「逃がしましたよ。もう皆壁の外です」

「ほんとにあれだけの人数を脱獄させたんですね」

「その功績に免じて、俺たちの事逃がしてくれてもいいんですよ?」


 冗談めかして言ってみたが彼女の表情は硬く、険しい。


「地下で逃がしたので今回はダメです。あなたを放っておけばいずれ大きな障害になります。わかったんです、あなたは弱いうちに消しておかなければならないと」

「そんなに有望視していただけるなんて光栄ですね」

「そのピエロみたいなふりには騙されませんよ。あなたは魔王を刺す剣を持ってますから」


 そう言ってルナリアはトライデントのメンバーを見渡す。


「勇者に必要なモノって何かわかりますか?」


 藪から棒な質問に俺は首を傾げる。

 質問の意図はわからないが、努力、勝利、友情……この辺りが有名か。しかしどれも違う気がする。となると……


「……顔……ですかね」


 そう答えるとルナリアは頭を抱えかけた。


「真剣に考えてその答えが出てくる辺り、貴方の苦労がつまってますね。まぁビジュアルも必要な要素でしょう。ですがもっと大事なものがあります。ちなみにお金ではありません」


 次に言おうとしたことを封じられてしまった。


「わからないならお仲間に聞いてみたらどうです?」


 さっぱりわからんので皆に聞いてみることにした。


「勇者だし……勇気とか?」

「力に決まってるネ」

「これだから脳筋アンデッドは。知識に決まっています」

「き、厳しさではないでしょうか?」

「わたしは甘やかしてくれることだと思います!」

「勇敢さでありましょう」

「……優しい……ところ」

「お姉さんもそうかな?」

「何を言っている年齢に決まっているである!」


 見事なまでの割れっぷり。

 年齢以外はどれも重要なことだと思う。


「オリオン、お前はどう思う?」

「さぁ? 可哀想って最初に言ってあげられるところじゃない」


 オリオンがそう言うと、ルナリアは満足げに頷いた。


「そうです。当たり前の道徳観なんですよ。可哀想な人に対して可哀想と言ってあげられる感性です。それさえあれば強さは後からついてきます」

「そんなの誰でも持ってるでしょう」

「何千人もの囚人が可哀想だから全員逃がしてあげようなんて普通なりませんよ。正義は立場によって変化します、しかし道徳観だけは不変です。つまりパワーバランスが壊れ魔王が人間に虐げられていたら魔王側に回ってくれる人のことを言うのです」

「俺は敵まで助けるようないい人じゃないですよ」


 俺がそう答えると彼女は持っていた拳銃の銃口を上げる。

 全員が身構えると、彼女は銃口を自身の腕に押し当て、引き金を引いた。

 銃声と共に彼女の腕が穿たれる。


「何やってんのあの人!? ソフィーヒールだ! 急げ!」

「は、はい!」


 ソフィーがヒールをかけようとすると、ルナリアがやめろと手で制する。


「そういうとこですよ。私は敵なんですから、勝手に傷ついたなら喜ぶべきなんです。やはりあなたは”正しく”狂っている。戦争中に正しく時を刻んでいる時計の方がおかしいんですよ」

「ルナリアさん、ずっと思ってたんですが、あなたは何か勘違いしている。俺が命を張って助けるのは助けたいと思った人間だけだ。その中にあなたが入ってるだけなんです」

「嬉しいお言葉ですね、モテない女はそれだけでコロッといきそうです」

「あなたが高嶺の花すぎるだけです。だから――」

「だったらその高嶺から引きちぎって外へと連れ出して下さいよ! あなたならそれができるでしょう!」


 彼女は悲鳴に近い声で叫ぶと、拳銃を自身のこめかみに当てる。


「こうしたら……あなたは私のことを救ってくれますか? すみません、私結構諦め悪くて、フられたってわかってるんですけど、もう歯止めがきかないんです。さぁ……どうしますか?」


 彼女が問うているのは単純。皆を救いたいのであれば、このままルナリアの自殺を見守ればいい。

 この状況で敵を助けるデメリットは計り知れない。

 さっき彼女が言った通り、敵が勝手に死ぬのなら喜べばいいはず。


「私を助ければ、ここにいる人間を皆殺しにします。冗談ではなく本気でやります。よく考えて――」


 言い切る前に俺は強化のルーンを輝かせ、ジャンプでメタトロンのコクピットに跳ぶ。

 そして彼女の手にした銃を取り上げ放り投げた。


「そんな泣きそうな顔して皆殺しにするとか言っちゃいけないですよ。あなたは本当は優しい人なんだから」


 悪の秘密結社で博士プロフェッサーを担当してそうな見た目をしているが、その中身は本当に優しく聖女のような悪魔。

 気づけばこの監獄では何度も命を救われている。

 ちょっとメカオタク入ってるところが、また好みなところだ。


「それともう一つ勘違いしている。ルナリアさんをフってダメージを受けたのが自分だけだと思わないでほしい」

「あなたも……ダメージを受けたんですか?」

「勿論」


 そう言うと彼女は顔をほんの少し赤くすると


「そうですか……素直に嬉しいです」


 とルナリアの側頭部から伸びるコウモリ羽と、お尻の尻尾が小刻みに揺れる。


「でも、やっぱり俺とルナリアさんは立っている場所が違う。魔軍の幹部と、チャリオットを統べる王。どうしても道は――」


 そう言うと照れた表情から一変し、ルナリアは眉根を寄せて険しい表情を作る。


「あなた頭のネジ飛んでるくせに、変なところで理性的というかまともですよね?」


 酷い言われようである。


「なんで素直に俺のものになれとか、そういうこと言えないんですか?」

「いや、だって俺顔が良くないので、そんな身の程知らずなこと言えないですよ」

「そこでビジュアルコンプレックスが出てくるわけですか……」


 ルナリアは「はぁ」っと大きなため息をつくとジト目で俺を見やる。


「私はあなたのこと好きですよ。ライクではなくラブです」

「えっ、なんだって?」

「だから、私はあなたのこと好きですよ! これでちょっとは自信つきましたか?」


 ルナリアは俺の耳を引っ張り大声をあげる。

 しかしその唇は震えており、緊張が見て取れた。


「あの、そういう甘いセリフってもっとこうムード的なものが」

「うるさいうるさい。私の意志はもう伝えました! あとはあなた次第なんです」


 そっぽを向く彼女に苦笑いしながら、さっきの言葉を胸の内で反芻させる。

 ――「私はあなたのこと好きですよ」――


「ええ、とても嬉しいですよ。俺もルナリアさんのこと好きです」


 そうほほ笑んでみた。


「…………ずるいです。あなたのそれはライクの方でしょう……」

「すみません」

「ま、いいでしょう発展性を考えれば結果はポジティブです」


 両者でクスリと笑うと、不意に後ろから殺気を感じる。

 野生の直感が避けろと叫んだので、身を逸らすと深紅の槍が俺の背中をかすめて行った。


「……外した」

「ダメじゃないサクヤちゃん、もうちょっと右を狙わないと……二人まとめて串刺しにできないわよ」

「フフッ王様。よくまぁ皆が見てる中でそんな蜂蜜空間ハニーフィールド展開できますね」

「今である、奴を殺すである!」

「そのようなくだらぬことに興じている場合ではないだろう。王としての自覚を持ちたまえ!」


 全員が一斉にキレて殺気を放つ。

 オスカーが一番キレているような気がするが、なぜだ。


「ルナリアさん、俺一つ閃いたんだけど」

「なんですか?」

「魔軍ってようは派遣部隊みたいなもんですよね?」

「まぁお金を貰って戦う部隊なのは間違いないですが……」

「ウチで雇えませんか? あなたを」


 そういうとルナリアはキョトンとした後にクスクスと笑みを浮かべる。


「高いですよ?」

「しゅ、出世払いで……」

「本来その手の支払い方法には応じませんが、特別に許可しましょう。一応借用書作っておきますね」


 目の前に悪魔契約書と同じ、凄い文量が書かれた書面が現れる。


「地下で見たものと同じに見えますが、内容は違いますので安心して下さい」

「メタトロンと魔軍の幹部を引き抜くんだ。いくらでも払いますよ」

「いいですね、そう言う気風の良さは好きです。でも契約内容はよく読んだ方がいいですよ?」


 そんな時間はない。いつ後ろから槍や青龍刀が飛んできてもおかしくない状況だからな。

 俺は彼女の提示する契約書に拇印を押したのだった。

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