第278話 崩落の地下穴

 時間は少し遡り、新型アーマーナイツ、レイ・ストームが三国同盟先遣隊を壊滅させている頃、その影響を受けているのは戦っている当人たちだけではなかった。


「ダメね……後ろは完全に塞がってるわ」


 フレイアは真っ暗な地下穴の中、ランタンを片手に退路を断つ硬い岩肌に触れながら肩をすくめる。

 つい先ほどのことだ。順調に地下穴を掘り進め、恐らくもう一日も掘ればヘックス内部にたどり着くのではないかと思われたその時、凄まじい地震が地下穴を襲ったのだ。

 正確にはペヌペヌの戦車部隊と三国同盟の戦闘が原因で、運悪くトライデント地下穴計画はその戦闘地域の真下を掘っていたのだった。

 大地を揺さぶる爆撃はG-13たちが掘り進めた地下穴に崩落をもたらし、中で作業をしていたオリオン、フレイア、銀河、クロエ、ゼノを生きたまま穴の中に閉じ込めてしまった。


「G-13は大丈夫なの? ボディがグチャっといっちゃったけど……」


 肝心のG-13は落石を体に受け、機能が完全に停止してしまっている。

 銀河がコアユニットだけを取り外しメイドスカートの膝の上に置いているが、物言わぬ機械のボールと化してしまっていた。


「多分大丈夫だと思います。リカバリー中と出てますし」


 銀河がG-13のコアユニットを指すと、液晶表示板に[リカバリー中、本体の電源を切らずにそのままでお待ちください]と文字が流れていく。


「良かった。死んだわけじゃないわね」

「はい、しかし地下穴計画の要であるG-13さんがこうなってしまうと……」

「任せろ、こんな岩あたしがぶっ壊してやる!」


 オリオンはツルハシを振り上げて岩に跳びかかってみるが、キンと甲高い音を返すだけでビクともしなかった。


「うん、無理」

「諦めはやっ」


 音速で諦めたオリオンに呆れるフレイア。


「自分のダイナマイト爆符で吹っ飛ばしてみましょうか?」

「全員漏れなく吹っ飛ぶわよ」

「じゃあ、やっぱ前に進むしかないね」


 オリオンは安全第一と書かれた黄色いヘルムを被り直しツルハシを持つと、前に向かってカンカンと音をたてて掘り進める。


「救助を待たないんですか? きっとエーリカさんならこの岩を砕いて迎えに来てくれるんじゃないかと」

「助けに来るかもしれないけど、今まで掘って来たとこ今あたしたちがいる場所以外全部崩落して来れないかもしれない」

「そ、それはそうですが……。でしたら上に掘るのはどうでしょうか?」

「それはそうね、上に掘ったら出られるんだから上に掘りましょ」


 フレイアは真上に向かってツルハシを振るう。すると天井の土は意外なほど簡単に崩れてきた。


「やっぱりこの辺り地盤が緩いのでしょうか? 簡単に崩れてきますね」

「フレイア真上に掘ったら落ちてきた土で埋まっちゃうよ」

「わかってるわよ、ちょっと掘ってみただけよ」


 そう言うフレイアのローブの上にボトリと何かが落ちてきた。


「ん? 今何か落ちてきた?」

「あ、あのフレイアさん、フードが溶けてます!」

「はっ?」


 後ろを振り返ってみると、フードの中にすっぽりとおさまった緑色の軟体生物がシュウシュウと音をたてて彼女のローブを溶かしていた。


「げっ!? スライム!?」


 フレイアは慌ててローブを脱ぎ捨てると、炎を放ってローブを焼却処理する。

 しかし、崩れた上穴からボタボタと緑色のスライムが落ちてくる。


「穴塞いで! スライムの巣が上に通ってるわ!」


 オリオンは慌てて天井に開いた穴を背負っていたバックラーで蓋をし、銀河が梵字の書かれた護符を張り付けると上穴は完全に封鎖された。

 その間にフレイアは落ちてきたスライムたちを全て焼却処理する。


「ハァハァ、びっくりした。まさかスライムの巣が上を通ってるなんて」

「しかもあれ毒のあるスライムですね……」

「密閉空間でアシッドスライムとか最悪よ。あれが頭の上に覆いかぶさってきたら即死じゃない」


 ふざけんじゃないわよとフレイアは流れ出る汗を拭う。


「たまにギルドの依頼とかでもあるんだよね。爺さんが畑掘ってたらスライムの横穴掘り起こして村壊滅したとか」

「ブラックすぎるわよ……。とにかく上はダメよ。それによく考えたら、さっきの地震って上で戦闘やってるからじゃない? そんなとこにモグラみたいに顔出せないわよ」

「それを先に気づけないのがフレイアだよね」

「うっさいわね。あんたたちだって気づいてなかったでしょ」


 フレイアはふんっと自身のツインテールを弾く。


「こうなると前に掘るしかないね。掘ってヘックスまでたどり着けばいいんだよ」


 オリオンはカンカンと音をたてて凄まじい勢いで掘り進んでいく。


「ほんと脳筋ね」

「あの……G-13さんで後一日かかるくらいの距離でしたよね?」

「人力ならその倍はかかるんじゃないかしら」

「ですよね……。その……二日もかかったら自分たちは酸欠で死んでしまうのではないでしょうか?」

「それは多分大丈夫よ」


 そう言ってフレイアはグリーンに輝く風の魔法石を取り出す。

 魔法石からは新鮮な風が生成され、二人の髪を優しく揺らす。


「あんまりにも地下が暑いもんだから、ディーに頼んで買ってもらったのよ。これがある限り酸欠の心配はない……けど、この魔法石の魔力が切れたら終わりよ」

「それまでに助かればいいですね……。それ、どれくらい持つんですか?」

「わかんない。安物だし、いきなり力を失うこともあるかも」


 銀河はへにゃりとその場に崩れた。


「と、とにかく掘ってスライムの巣を躱した後上に向かって掘りましょ」

「スライムの巣って蟻の巣状に地中を張り巡らされてるんじゃ……」

「な、なんとかなるわよ!」


 The無策のフレイアはオリオンと共にツルハシを握る。

 そんな様子をゼノは一人膝を抱えながら眺めていた。その目は語らずとも「無駄なことを……」と諦観の念が感じられる。



 24時間後――


「完全に方向感覚狂ったーーっ!!」


 案の定地下穴に響くフレイアの咆哮。

 あれからゼノを除く全員で、ほとんど休まず掘り進めた結果、G-13がいた時と遜色ないくらいの速度で掘り進められていた。

 しかしG-13の正確なナビがない為、自分たちがちゃんと前を向いて掘れているのかわからなくなってしまったのだ。

 現在地上を目指して斜め上に向かって掘り進んでいるはずなのだが、掘っても掘っても地上につかない。

 おおよそ、もう地上に出ていなければおかしい計算なのに見えるのは暗い土だけだ。


「地熱で暑いし、息苦しいし、汗でベタつくし、最悪ね。誰よ地下ルートなんて考えた奴」


 そう言ってフレイアは提案者G-13のコアユニットを人差し指に乗せ、天球技の如く高速で回転させる。


「まさかただ単純に前に掘ってるだけなのに方向感覚が狂うとは思いませんでしたね」

「仕方ないわよ。硬い岩を迂回しているうちに、いつの間にか全然違う方向に掘ってしまうこともあるわ」


 フレイアと銀河は振り返って、掘って来た地下道を見やる。


「まっすぐに見えるけど、結構いがんでるわね」

「海で直進しているつもりが、いつのまにか全然違う方向に泳いでしまう感じですね……」


 ハァと息を吐く二人をよそに、トンテンカンテンと淀みなく土を掘る音が聞こえてくる。


「オリオン、あんたも少し休みなさい。あんたずっと掘り続けてるでしょ。体壊すわよ」

「ん~、まだ大丈夫」

「大丈夫じゃないわよ」


 フレイアがオリオンからツルハシを取り上げると、彼女の手には小さなマメがたくさんできていた。


「ほら、無茶するから」


 フレイアはハンカチをビリッと破り、オリオンの手に巻いていく。


「あんがと」


 再びツルハシを握ろうとするので、フレイアはそれをはたき落とした。


「掘って良いって意味じゃないわよ。とにかく少しは休みなさい」

「むぅ……仕方ないな」


 ツルハシの音が聞こえなくなると、途端に地下穴の中は静かになる。

 皆疲れているのと、先が見えない状況に口を開くことができなくなっていた。


「なんか……暗いわね……」

「穴倉の中ですからね……」

「そういう意味じゃなくてさ。誰か楽しい話してよ」

「それは無茶ぶりですよ……」


 疲労がピークに達しつつある彼女たちは、耳が痛くなりそうなほどの無音の状態が耐えられなくなっていたのだった。


「丁度いいじゃん、銀河あんた何か身の上話でもしなさいよ」

「自分ですか? えっと、そうですね。自分はこことは別の世界で超忍者部隊の頭領として戦いの日々を送っていました」

「確かこの世界で言うと椿国と似た場所なんでしょ?」

「ええ、和の素晴らしい文化が栄えた国でした。城下町は活気があり、刀匠が刀を打つ音が毎日響き、商いたちが仕入れたばかりの新鮮な魚や山菜を売り、それをその場で七輪で焼いたりと……」


 銀河が食べ物の話をすると、フレイアの腹がぐぅっと鳴った。

 フレイアは無言でドスドスと自分の腹を殴った。


「す、すみません」

「あんたのせいじゃないわよ。続き話しなさいよ」

「は、はい……えっと、将軍様から代々超忍レッドに譲り渡されるレッドマフラーを頂いた時は感慨深かったです。歴代のレッドから託される想いの篭ったマフラーなんですよ」

「へー、そうなんだ。マフラーがリーダーに認められた証なんだ」

「ええ……しかし闇将軍の攻撃から逃がれる時、大火に巻き込まれ、その時一緒に燃えてしまいましたが……」


 銀河の声のトーンが一気に下がる。


「……そ、そう」

「代々続く超忍の証を燃やして……燃やしてしまって……うっ……くっ……。本当に燃えてしまえば良かったのは自分で……皆を助けられず、何が超忍なのか……」


 オリオンがフレイアを肘で突き、視線だけで(何地雷踏んでるんだ)と怒る。

 逆にフレイアは(こんなところで闇の箱が開くなんて思ってなかったわよ)と視線で返す。

 それに追い打ちをかけるようにゼノが口を開く。


「終わりよ。この暗く淀んだ空気に飲まれて皆ここで野垂れ死ぬの。全てを失ったわたくしにはお似合いの最期ですわ」

「黙れ乳ドリル。これ以上場の雰囲気を重くすんじゃないわよ」


 フレイアが顔をしかめていると、オリオンが皆思っていたが誰も言わなかったことを口に出す。


「そんなことよりお腹空いたね」

「言葉にすると余計お腹空くわよ」

「昨日クロエさんが持ってきてくださったおにぎりが最後ですもんね……。クロエさん、丁度持ってきた時に巻き込まれてしまいましたし……」


 銀河がチラリとクロエの方を見やる。

 力仕事が得意ではない彼女も穴掘りを手伝い、綺麗な指先は茶色く汚れ、長い髪は汗で頬に張り付いていた。

 ドロドロに汚れているというのになぜか妙な色気が彼女にはあった。


「いいのよ、ママはフレイアちゃんたちが生き埋めになったって安全なところで聞かされるより、一緒にいられた方がずっと安心だから」

「安否がわからないのは不安ですもんね……」


 空腹も伴い再び暗くなる空気。


「うがー、腹減ったぁ。あたしのエネルギー0だぞー、0だと動けないんだぞー」


 大の字でジタバタと暴れ出すオリオン。


「あんたまだ元気そうね」

「まぁあたし比較的空腹には強いから」

「それが意外よね」

「あ、あの皆さん自分飴玉を持っているのですが……」


 銀河がおずおずと手を上げると、オリオン達は目を輝かせた。


「なにそれ!?」

「もっと早く言いなさいよ!」

「あ、あの味の方が……」

「こんな状況で味に文句なんかつけないわよ」

「そうだそうだ! 糖分を要求する」

「で、では……」


 銀河はオリオンとフレイアに乳白色をした飴玉を手渡す。


「ミルクキャンディーかな?」

「美味しそうじゃん」


 二人はひょいっと口の中に放り込む。


「で、これ何味なの?」

「ジンギスカン黒糖梅味です」


 二人はボフッと飴玉を吐き出した。


「なにこれ、まっずくっさ……砂糖まみれにした焼肉の味がする」

「口の中洗ってない犬の臭いがする。美味しくない、フレイアの料理より美味しくない」

「なんでアタシを引き合いに出すのよ」

「ドンフライさんは好きなのですが……」

「あんたはどうなのよ」

「自分は結構です。美味しくないので」

「自分がいらないもの人に渡すんじゃないわよ!」

「ひん、すみません」

「まぁまぁ本気で死にかけたら貰うよ」


 オエーっと舌を出すオリオン達の隣で、クロエが自身の服をまさぐると、彼女は胸の谷間から板チョコを取り出した。


「ミルクチョコがあったわ」

「どっから出してんのよ……」

「やった! 甘いものだ! ……これはジンギスカンじゃないよね?」

「ママが作ったものだから大丈夫よ」

「それなら安心だ!」

「ちょっと待ちなさいよ、胸の谷間から出てきたチョコとか普通溶けてるでしょ」

「フレイアは……ほんと無粋だよね……」

「そうですね」


 オリオンと銀河に憐みの目で見られるフレイア。


「嘘でしょ。アタシの方が悪いみたいになってるじゃない」

「はい、ゼノちゃんも」

「えっ……わたくしは……」


 貰えると思っていなかったゼノは、チョコを受け取って驚いた。

 しかも、明らかに他の皆より配分が多い。


「ママはちょっとでいいから大丈夫よ」


 クロエは自身の分をゼノに分け与えていたのだった。


「あ、あなた自分の娘がいるのに――」


 クロエは言いかけたゼノの唇に人差し指を押し当てる。


「シーッ……一番元気のない子が食べた方がいいと思うわ」

「…………わたくしになんて気を使わなくても」

「それ食べたらフレイアちゃんたちと仲良くしてあげてね。ママからのお願いよ」

「うっ……あっ……」


 優しく言われ、ゼノはチョコを気まずそうに受け取る。

 それと同時に彼女はポケットからビスケットを取り出した。

 偶然入っていたビスケットは元から食べるつもりはなく、オリオン達の目の前で踏みつぶし絶望を味あわせてやろうかと思っていた。

 だが、クロエに優しくされて何か返さなくてはと条件反射で取り出してしまったのだ。


「あら、ビスケット? ママにくれるのかしら?」

「も、元からあなたたちの物ですから。それを返しただけですわ」

「ありがとう。これは皆で食べましょうね」

「フ、フン! 好きにすればいいじゃありません!」


 顔を赤らめたゼノは自慢の縦ロールを弾く。


「なんだいいとこあるじゃん」

「ほんと、アンタのことだから目の前で踏みつぶして、これが絶望というものですわ! わたくしと一緒にここで野垂れ死ぬのです。オホホホホホ! とか言うのかと思った」


 フレイアに完全に見透かされていて、ゼノは苦い顔をする。


「フ、フン! そんな幼稚なことしませんわ!」

「素直じゃないわね」

「多分フレイアにだけは皆言われたくないと思うよ」


 オリオンの言葉に銀河たちが頷く。

 甘いものを食べて、ほんの少しだけ元気になったオリオンはツルハシを担いだ。


「あなたもう無駄なことはやめて救助を待ったらどうですの?」

「ゼノはそうやってすぐ人のやることを無駄とか言う。不可能とか出来ないとか言う奴はゴマンといるんだ。だけどその中で前を向いて進む人間が未来を勝ち取れるんだ。つまりチョコ食った奴が最強ってわけだな」

「意味がわかりませんわ」


 呆れるゼノをよそに、オリオンがツルハシを振るうと、真っ暗な壁にピシピシと亀裂が入る。


「ちょ、ちょっと崩れるわよ!」

「あれ?」

「完全に未来が閉ざされてしまいます!」

「バカじゃないんですの!?」


 全員が慌ててその場から逃げると、頭上から土砂がガラガラと崩れてきた。しかしそれと同時に全員の頭に光が差したのだった。


「もしかして地上?」

「す、凄いです!」

「ま、まぁたまたま地盤が緩いところ叩いただけだと思うけど」


 ゼノは土にまみれながらも頭上から指す光に照らされたオリオンを見やる。


「まぁこんな感じで、絶望なんか結構呆気なく終わったりするんだよ。闇ってのは勝手に晴れるもんじゃなくて晴らすもんだとあたしは思う」


 その言葉にゼノは何も言えなくなっていた。

 全員が喜んで地上へと上ると、そこで目にしたのは横並びになる汚い便器だった。


「うわ、最悪だ。どっかの便所に出た」

「トイレの光で感動してたと思うと台無しね」


 全員がトイレから抜け出すと、すぐ目の前に人のいない牢屋がズラリと並んでいるのが見えた。

 銀河が振り返ると、部屋の壁に【ヘックス城地下懲罰房】と書かれたプレートを発見する。


「ちょうばつぼう?」

「確か囚人の中でも悪いことした人が入れられるところですね」

「あれ? アタシたち収容棟じゃなくて敵の本拠地の方に来たんじゃない?」


 彼女達が地下穴を掘り進めた結果、ヘックス城、地下懲罰房へと穴は開通したのだった。

 オリオン、フレイア、銀河、クロエ、ゼノ、ヘックス領へと侵入。

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