第277話 敵将との邂逅 後編
戦車内に戻ってルナリアのお使いが終わったとイングリッドに報告するが、相変わらず彼女は指揮官席でモニターに囲まれたままだ。
昼も回っており腹減ったなと思っていると、向こうから声がかかった。
「お前……」
「はい」
「なんだ……そのふざけた頭は」
重苦しく聞かれたので、俺も重苦しく返す。
「アフロ……です」
「なぜ一時間もしないうちにそんなことになっているのか聞いている」
「ルナリアさんのおパンティを見たらこうなりました」
イングリッドはこちらを見て一瞬フリーズすると、しばらくして何事もなかったかのように仕事を続ける。
「そうか……よく命があったな」
「自分もそう思います」
「あと、おパンティは変態臭いからやめろ」
「はい、以後気をつけます」
バカな新入社員が無感情な上司におパンティの呼び方について怒られているアットホームな光景にも見える。
突然イングリッドのピアスがチカチカと点滅すると、彼女は耳に手を当て、何か会話を始めた。
「私だ……。そっちで片がつかないのか? ……わかった。誰か向かわせる」
そう言って通話を終える。
「人間、ルナリアを呼んで来い」
「俺のこの頭見ました? 今ルナリアさんの前に出たら今度こそ頭吹っ飛ばされますよ?」
勘弁して下さいよ姐御、と俺は鳥の巣みたいな自分の頭を指す。
「うるさい知るか。早くしろ」
「俺が帰って来なかったら脱走じゃなくて死んだと思って下さいよ」
一応遺言だけ残し、梯子を上ってハッチから出ようとすると、急に飛び出してきた頭にゴチンと頭をぶつける。
「痛ったぁっ……」
「痛ぅ……なんなんですか今日は……ほんとに」
俺が額を押さえて上を見上げると、そこには同じように額を押さえているルナリアの姿があった。
どうやらハッチの縁に掴まって顔だけ中に入れようとしたところ丁度ぶつかったらしい。
彼女の側頭部についたコウモリの羽がピコピコと揺れているのが可愛い。
「またあなたですか、このパンツ覗き魔」
「人前でM字開脚しておきながら覗きもないでしょう」
「誰がM字開脚なんてしてたんですか!?」
その光景を見て、イングリッドは呆れたように頬杖を突きながらため息をついた。
「随分仲が良さそうだな」
「「どこがですか!?」」
クソ、思いっきりハモってしまった。
「丁度いいルナリア、このすぐ近くの鉱山でトラブルが起きている。行って解決して来い」
「トラブルですか?」
「ミスリル採掘場に
「ダイナマイトロックって近づいたり触ったりすると自爆する無機物生命体ですよね? 岩に数字が刻まれてて0になると爆発する天然爆弾の」
「そうだ。バエルと紅が先に行って対応しているが、どうにもならんらしい。お前が行って処理しろ」
「簡単に言ってくれますね。こっちは爆弾処理班じゃないんですよ」
「既に素人の看守が手を出して爆破が起きている。無駄な被害をこれ以上だすな。あと周囲には毒性ガスをまき散らすアシッドスライムも多数生息している」
「嫌な情報ばっかりですね。パンツ覗き魔のあなた、準備するので手伝って下さい」
俺は誰の事だろうと思っていると、ルナリアが笑顔でこちらに近づいてきた。
「聞いてますか? あなたのことですよ。その髪もっと面白くしてあげましょうか?」
「すぐ行きます」
俺はルナリアの指示を受けてアーマーナイツに廃棄用のガスタンクをくくりつけていく。
「こんなの何に使うんですか?」
「ダイナマイトロックはガスに反応して寄って来るんです。恐らく鉱山に出現したのも鉱山内から出る天然ガスに惹かれたからでしょう」
「じゃあこっちのガスで誘引するわけですね」
「そういうことです」
「悪魔の頑強さで爆弾処理みたいなことはできないんですか?」
「体当たりしてぶっ壊せってことですか?」
「そうですね」
「私はオーガやアークデーモンみたいに頑強じゃないんで無理です」
そう言ってルナリアは失言したとはっとする。
「弱点喋っちゃった」
「あはは、うっかりさんですね」
俺が両手の人差し指を突き出してルナリアを笑うと、彼女の乗ったアーマーナイツが動き出し、鋼鉄のアームが俺の胴体を掴んだ。
「フフッ、あまりウザすぎると、このままブチッといきますよ」
「やだな軽いジョークじゃないですか! すみませんギブです。内蔵出ちゃう!」
胴体を締め上げる冷たく硬い指を叩くと、わずかに締め付けが緩くなった。
「じゃ、準備も完了したので行きますよ」
ルナリア専用らしきイエローカラーのアーマーナイツは、コクピットハッチを閉めると重厚な駆動音を響かせながら動き出す。
「あの、なんで俺掴まれたままなんですか? バーブ―人形みたいになってるじゃないですか」
「とりあえず雑用として来てもらいますね。もし誘引に失敗した時、ダイナマイトロックの群れに放り込んで人間起爆剤となってもらいますから」
「鬼! 悪魔!」
「悪魔ですから」
フフフと悪い笑い声を響かせ、ガスタンクを背負ったアーマーナイツはすぐ近くにある鉱山へと向かうのだった。
鉱山の周囲には労働力として働かされていた囚人が避難させられており、皆疲れた顔をしてその場にへたりこんでいた。
「うわぁ……鉱山労働きつそう……俺こっちじゃなくて良かった」
ルナリアのアーマーナイツが動きを止め、コクピットから彼女が飛び降りる。
俺も機械の手から解放され、彼女の後ろに続く。
すると鉱山の中からツノの生えた長身の女性と、騎士甲冑姿の悪魔が出てきた。
「紅さん、バエルさん、お疲れ様です」
「あっ、お嬢。ちっす」
「お嬢様、ご足労いただき申し訳ありません」
どうやら赤ツノで態度が軽い
「状況どうですか?」
「どうもこうも、中はアシッドスライムの毒ガスが充満してるし、ダイナマイトロックは山ほどいるしで最悪っすよ」
「恐らく一つでも爆発すればガスに引火し、誘爆することでしょう。鉱山の管理者によると、もう採掘が終わった場所に現れたらしいので、爆発させても構わないそうです」
「でも、崩落が気になりますね」
「はい。ヘックス自体地盤が強い場所ではありませんので」
「いいって言ってるんだから吹っ飛ばしちまいましょうぜ、お嬢」
三人が話し合っていると、そこにこの鉱山地区を管理しているらしき看守がやって来た。
やせ細った囚人たちが多い中、腹だけポコンと肥えた看守は腰にぶら下げた鍵をチャラチャラと鳴らしながら走って来る。
「こ、これはこれはルナリア様。本当に皆様のお手を煩わせるようなことではありませんので、ここは我々が処理致します」
「処理ってどうするつもりなんですか?」
ルナリアの問いに看守はドンと胸を叩いて腹肉を震わせる。
「簡単なことです。囚人を放り込んで爆発させれば万事解決」
「鉱山の崩落の危険性がありますが?」
「それは大丈夫です」
「なぜ大丈夫なのですか?」
「え~っと……それは。そう、前もこのようなことがあり、爆発させて処理しましたが山はなんともありませんでした」
「前回が大丈夫だからと言って、今回も大丈夫という理由にはならないでしょう」
「う、うぐ……それはそうですが」
呆れるルナリアにバエルがそっと耳打ちする。
(この男、先ほどから爆発させて処理すると一点張りで何か隠している節があります)
(でしょうね)
「い、一応ここの監督官は自分ですので、どうするかは我々に任せていただきたいのですが」
「それが合理的であれば我々も口出ししません。ですが無意味に労働力を減らしたり、貴重な鉱山資源を埋没させるつもりなら話は別です。現場へ連れて行ってください」
「早くしやがれデブッちょ」
紅に脅され看守の男は渋々ルナリアたちを連れて、ダイナマイトロックが大量発生しているという坑道へと入った。
そこは近づいただけで既に毒ガスが充満しているとわかるほど、紫のガスに包まれていた。
「うっ……予想以上に酷いですね」
「ねっ? まともに近づけませんし、この毒ガスの中進むのは危険です」
ふと俺たちの前に目に鮮やかなグリーンのスライムがゆったりとした動作で壁を這いずっていた。
アメーバのようなネバついたスライムは焼き餅のようにぷくっと膨れ上がると、紫のガスを噴き出してしぼむ。
どうやらこれが毒ガスを充満させているアシッドスライムのようだ。
バエルが人差し指を立てると、スライムはボッと全身炎に包まれて消滅した。それと同時に毒ガスに引火し、目の前でパンパンと火花が散りながら炎が巻き起こった。
炎はほんの少し毒ガスを燃焼させただけで済んだが、ここでダイナマイトロックが爆破すればこの坑道は容易に炎に包まれると誰の目にもわかった。
「お前毒ガス出てるのに火使うんじゃねぇよ!」
「ここはまだガスが薄い。この程度で誘爆しない」
紅の言葉を軽く返すバエル。
「危険ですから爆破させましょ? そうしましょ? ねっ? ねっ?」
爆発させようとしつこい看守を無視して、ルナリアはどうしたものかと顎に手を当てて考えていた。
「一応ダイナマイトロックが好む誘引ガスを持ってきてるんですが、アシッドスライムの放つ毒ガスが強すぎて多分誘引ガスが届きませんね……」
「ねっ、ねっ? ですから爆破しましょ? そうしましょ?」
必死な看守の後ろから、怪我をした労働者らしき男性囚人がやって来た。
中年の男性は額から血を流しながら咳込んでおり、よろよろと足取りがおぼついていない。
「どいてくれ! 俺が中に入る」
「あなた誰ですか?」
「俺はここで働かされてるジェイクってもんだ。この奥に一緒に作業していた俺のガキがいる! 助けに行かなきゃなんねぇ」
「中に取り残されてる人が? 聞いてませんが」
ルナリアが鋭い視線を看守に向けると、看守は口笛を吹いて知らん顔をする。
「たかが囚人一匹取り残されているだけです。それにこの毒ガスの中ではどのみち死んでいるでしょう」
「ふざけんじゃねぇ! 俺のガキだぞ!」
ジェイクは無理矢理坑道の中に入ろうとするが、足がもつれて倒れてしまった。
バエルがジェイクの様子を確認して首を振る。
「この男もかなり毒ガスを吸いこんで中毒を起こしています」
「ねっ? もう死んでますよ。爆破しちゃいましょ?」
「少し黙ってて下さい……紅さんオーガ族って毒に耐性ありますよね? 救出行けますか?」
「お嬢無茶言うなよ。毒はまぁなんとかなるかもしんねぇけど、俺様の図体じゃダイナマイトロック踏んずけて爆発させて終わりだぜ?」
「毒の濃度が高すぎます。看守に賛同するわけではありませんが、恐らく取り残された人間は死んでいます。誘引ガスが使えないのなら爆破して処理してしまうべきでしょう」
バエルの冷静な意見にルナリアは首を振る。
「もう一つ方法があるんです。ダイナマイトロックって口笛にも寄って来るんですよ。口笛の周波数が気に入っているようで、誘引ガスとほとんど同じ効果を持ちます。……ただし、口笛を途切れさせた場合寄って来たダイナマイトロックは全て爆発しますが……」
ルナリアが紅に口笛吹けますか? と視線を送ると、紅は大きく首を振る。バエルも同様だった。
「わかりました。自信はありませんが私がやりましょう」
「危険ですおやめくださいお嬢様」
「そうだぜ。人間なんかの為に体張る必要なんかねぇって」
紅とバエルが制止を試みるがルナリアは引かなかった。
「いえ、やりましょう」
彼女は毒ガスの充満する坑道を前に若干足を震わせていた。
俺はそんな彼女の肩を叩いて前に出た。
「あんたみたいなのが敵ってのが一番やりにくいよ」
「えっ?」
俺は口笛を吹きながら毒ガスの充満する坑道の中へと入っていく。
「ちょ、ちょっとあの人入って行っちゃったんですけど!?」
慌てるルナリアに対して、その様子を見ていた紅はガリガリと後ろ頭をかき、バエルは苦い表情を甲冑の下で作る。
「たまにいるんだよ。人間の中に異常なメンタルを持つ奴が。大体バカか身の程知らずだけど、俺様の鬼ヶ島にやって来た奴もあんな感じの目をしてやがった」
「大昔身体能力に優れる悪魔が人間に大敗を喫することがありました。それは全て人間への侮りと、小石のような存在でも精神が
「限界突破……」
「ようは体力1のくせに何回ぶん殴っても根性だけで耐えてくる、ある種ゾンビよりおっかねぇ種族のことっすよ」
数分後、俺はガスの充満した坑道の中で俺より年下の子供を発見する。中毒を起こしており、ぐったりとして動かない。恐らくジェイクの息子だろうと察しがつき、彼をおんぶして坑道の外へと出た。
勿論口笛は吹きっぱなしなので、誘引されたダイナマイトロックがコロコロと転がりながら俺の後ろをついてくる。
口笛吹くのやめたら後ろでアクション映画みたいに大爆発が起きるんだろうなと思いながら、ゆっくりと坑道の外へと出た。
待っていた紅やバエルたちが「うわ、こいつマジかよ……」と驚きと呆れの混じった顔色を浮かべている。
俺は担いでいたジェイクの息子を下ろすと、そのままダイナマイトロックを引き連れて鉱山を出ることにした。
外で休んでいた囚人たちも、大量にダイナマイトロックを引き連れてやって来た俺を見て表情が固まっていた。
全員が音をたてないようにさっと道を譲ってくれたので通りやすかったが、俺自身大量の毒ガスを吸いこんでいるので足元がおぼつかない。
むせて口笛がとぎれてしまわないように必死にセキを押しとどめ、前へと進んでいく。
(しかし、これどこまで運べばいいんだ?)
そもそも口笛をやめた時点で大爆発なら、どう考えても俺は助からないのだが。
そう思っていると、ダイナマイトロックが急に進路をかえて俺の背中から離れていく。
何が起きたのかと見やると、ルナリアが運んできたガスタンクを大きなくぼみの中に設置し、誘引ガスを放出していたのだ。
ダイナマイトロックは口笛よりガスにつられて、くぼみの中へと自分からゴロゴロと転がっていく。
数秒して、くぼみの中で接触し合った炸裂岩たちはチュドンと凄まじい爆発音をたてて大爆発を巻き起こした。
「おぉ素晴らしい連携プレー……」
ハリウッド映画のような大爆発を見届けてから、俺は毒ガスによって意識を失ったのだった。
それから何時間かして。
俺はどこかもよくわからないベッドの上で目を覚ました。
「あったま痛った……」
ゆっくりと起き上がると、丁度やって来たルナリアと目と目が合う。
「おかげんいかがですか?」
「順調です」
「意味がわかりません」
彼女は呆れを声音に出しながらベッドの隣に座ると、ショリショリとリンゴの皮をむき始めた。
それと同時に俺が気を失った後の顛末を教えてくれる。
「あの毒ガス地帯の奥に金鉱がとれる採掘ポイントが発見されました。鉱山の監督官はそれを着服していたようです」
「あぁ、だから必死に爆発させようと」
「ええ、証拠隠滅をはかりたかったみたいですね。我々と管轄が違うので罰を下すことはできませんが、デブル監督官に上告しておきました。どうやらドラゴンのエサ係に回されるそうです」
「あぁ……死んだのか」
ここでのエサ係はドラゴンのエサにされるという意味である。
「毒ガスを吸いこんだ男性は助かりました。子供の方は中毒が酷いので、まだしばらくかかると思いますが多分治ります」
「それは良かったですね」
そう言うとルナリアはこちらをギロリと睨んだ。
「よく言いますね。自ら毒ガスの中に入っておいて」
「まぁルナリアさんならなんとかしてくれるだろうという甘えですよ」
「私与えられた命を粗末にする人は嫌いですよ」
「俺は人を救おうとする悪魔は好きですよ」
ルナリアはザクッとナイフで指を切る。
「あのですね!? ほんとああ言えばこう言いますね!」
彼女がこちらに顔を寄せた瞬間、後ろの扉が前のめりに倒れてきた。
そこには紅とバエルの姿があり、どうやら二人で覗き見していたらしい。
「ハハッ、これはお見苦しいところを」
「なんだよ、せっかく始まるのかと思ったのに」
そんな二人を見てわななくルナリア。
「何が始まるって言うんです?」
「わかってんだろ、ガキじゃないんだから言わせんなよ」
「自分は純粋にお嬢様の未来を心配し、その男が手を出すようなら首を刎ね飛ばしてやろうと」
「二人とも出て行きなさい! 早く!!」
「「はいっ!!」」
肩を震わせて怒るルナリアと、凄い勢いで逃げて行った紅とバエルを見て、俺は「これが敵か……もっと嫌な奴でいてほしかったな」と呟いた。
その様子をドアの端で腕を組みながら見守るイングリッドがいた。
彼女は壁に背を預けていたが、会話内容はしっかりと聞いていたようだ。
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