第276話 敵将との邂逅 中編

 戦車内の清掃を始めて二時間後。

 あの人、全く動きがかわらん……。

 俺に指示を出したイングリッドの周囲には、データ画面がどんどん増えて顔が見えなくなっており態勢はかわってないが忙しそうにあれやこれやとしている。

 いい加減掃除もすることないぞと思っていると、不意に上部ハッチが開き誰かがストンと降りてきた。

 どうやら尻がひっかかることはなかったらしく、落ちてきた少女はひらりと着地すると跳ねた長い髪を後ろ手に弾く。

 軍服に白衣を纏った少女はイングリッドと同じく悪魔族で、側頭部からコウモリの羽が伸び、ボックススカートの下から黒い尻尾が覗いている。


「姉さん、メタトロンとタナトスだけどやっぱりコアが反応しないわ。なんで人間ってブラックボックスをブラックボックスのまま使おうとするのかしら。理解できませんね」


 いきなり降りてきた理系風少女は、あらっ? と俺の存在に気づいた。

 姉さんと呼んだということは、彼女はイングリッドの妹なのだろうか? 確かに切れ長の瞳は一致しているが、赤茶色のロングヘアにスラッとしたスタイルをしている。

 何が言いたいかと言うと、体の発育具合が姉と大きく異なる。特に胸と尻は顕著で、姉と同じスタイルになるにはまだ何年かかるのやら。

 俺の視線が顔からストンと下に落ちたことに、理系悪魔は不快な表情を示した。


「誰ですか、この人? 凄く失礼な視線をしているんですが」

「いや、滅相もない。これからに十分期待ということで」

「殴って良いですかこの人? いいですよね?」


 理系悪魔が笑顔でジリジリとこちらに近づいてくる。それを遮るようにイングリッドが声を上げる。


「人間そいつはウチのメカニックのルナリアだ。ルナリア、お前にこの人間を使わせてやる」

「別に人間の手なんて必要ありませんよ」

「暇なら猫の手でも借りたいと言っていただろう」

「猫並みに働けるならという話です。まぁいいです、これ貰ってきて下さい」


 いらないと言いつつも、ルナリアは戦車の部品らしきパーツの名前が書かれたメモを俺に手渡す。


「人間の看守に言えば手配してくれるはずなんで、お使いしてきてください」

「わかりました」


 俺は戦車を出て、近くにいた看守にパーツがどこにあるか聞くことにした。

 すると、このパーツはあっちの工場だ、あのパーツはこっちの工場だと、ヘックス中の工場を探し回るハメになった。

 全てのパーツを揃え、台車に山盛りになった機械の山を運ぶ頃には、既に昼を回っていた。


「くっそ、こんなの一人で持てる量じゃないぞ」


 愚痴りながら重い台車を押して戦車の近くまで帰って来ると、後ろから声がかかる。


「おい、お前」


 振り返ると坊主頭に剃り込みを入れた、チンピラのような男が立っていた。

 ジェームズ・ポンチだったか、逆から読むと名前が卑猥な奴だ。確かクリスを班長と一緒に苛めていたので、あまり良い印象はない。

 どうやらこの男も戦車の整備に呼び出されていたようだ。


「お前はジェームズ・チン……」

「それ以上言ったら殺すぞ」


 恐らくこのネタでからかわれたことがあるのだろう。ジェームズは青筋を立ててこちらを睨む。


「なんだよ、今忙しいんだ」

「お前、何か企んでるだろ?」

「なんの話をしている?」


 いきなり何か企んでいるだろうと言われても、心当たりがありすぎて困ってしまう。

 やらしいことならいつでも企んでるがと思ったが、ジェームズの一言で俺の顔色が変わる。


「あの顔の良い優男と裏でコソコソ何か話し合ってるだろ」

「……何が言いたい」


 今まで看守には警戒していたが、同じ囚人には無警戒だった。

 こいつ、まさか俺たちが夜中に牢の外に出ていると知っているのだろうか。


「脱獄とか、面白いと思わないか?」


 そう言って含みのある笑みを浮かべるジェームズ。

 それに対して俺の視線は更に鋭くなった。

 このニュアンスからすると、恐らく牢の外に出ているのは見られてはいない。ただ、マークされてるのは間違いない。


「おいおい、そんな今のうちに口封じしておくか、みたいな顔すんなよ。むしろ俺はお前たちの仲間だぜ?」

「仲間?」

「あぁ、脱獄するなら手伝うって言ってんだよ」

「…………」


 怪しい。この露骨にニヤけたツラ、どう考えてもまともに協力するとは思えない。

 むしろあっさり裏切る気しかしない。

 こいつが美人ならあっさり信用して騙されていたかもしれないが、こんなチンピラDQNの言うことをまともに信用できるわけがない。

 ここはすっとぼけることにしよう。


「残念だが、お前の言ってることは何一つとしてわからんし、お前はクリストファーに酷いことをした。立場の弱いものを複数人で嬲る奴を俺は信用しない」

「おいおい、あいつは元ウォールナイツだぜ? 領民を守る責任がある国の騎士が、あっさり負けて他国に支配されちまったんだ。税金で働いている以上、批難はされるべきだと思うぜ?」

「一騎士に敗戦の責を問うのはお門違いだ。お前のやってることはただの八つ当たりにすぎない」


 そう言うとジェームズは鼻で笑い、肩をすくめた。


「そう邪見にするなよ。こっちだって生きるために必死なんだ。俺はなんとしてもここから外にでなきゃなんねぇ理由がある」

「お前の理由に全く興味がない」


 俺はガラガラと台車を引いていくと、ジェームズは慌てて前に立ちふさがった。


「待て待て! 俺が外に出たい理由は――」


 無視して台車を引いていく。だが、ジェームズは必死になって追いかけてきた。よっぽど聞いてもらいたいらしい。

 再び道を塞いで、格好をつけるジェームズ。


「壁の向こうに彼女オンナがいるんだ。病弱で俺が見てやらないといけない」


 こいつ興味ないって言ったのに無理やり言いきりやがったな。


「見え透いた嘘だな。俺はお前みたいな目をした冒険者を何度か見たことがある。どいつもこいつも最初は信用してくれと言っておきながら、途中で裏切った」

「「俺は違う」」


 ジェームズと俺の声がハモる。


「皆そう言うんだよ。お前がクリストファーのことを少しでも助けてれば信用したかもしれないが、自分の行いは自分に返って来るんだ」


 ジェームズは小さく舌打ちすると、もう一度肩をすくめた。


「やれやれ、よっぽどあの優男のケツにご執心のようだな」


 あながち間違いでもない。


「今は何を言っても無駄そうだ」


 こちらとしても仲間がほしいのは事実だが、欲しいのは信用できる仲間であって土壇場で裏切る人間ではない。


「落ちたぜ」


 ジェームズは台車の傍に転がっていたリモコンみたいなパーツを拾い上げて一番上に乗せる。


「あぁ、すまない」

「まぁ何かするなら声をかけろ。俺は看守に顔が利くし、お前が必要なものを用意できるかもしれない。俺はこんなところで干からびて死ぬなんてまっぴらごめんだ。協力はする。その言葉に嘘はねぇ」


 それだけ言い残してジェームズは去って行った。

 その後姿を見て、俺は少し突っぱね過ぎただろうかと悩む。

 看守に顔が利くと言っていたし、もしかしたら役にたつかもしれないが。


「はっ、いかんいかん。今のところ俺が会ったハゲの中にロクな奴がいた試しがない」


 その後戦車へと戻ると、ルナリアは留守なのか、姿が見当たらない。


「あれ、あの人どこ行ったんだ」


 そう呟くと、戦車の真下から寝板クリーパーに寝転がったルナリアが姿を現した。

 顔にはフェイスガードをつけ、バーナーのようなものを握っており、どうやら車体の整備をしているらしい。


「ルナリアさん、パーツ取って来ましたよ」

「あぁ、はい、ありがとうございます。そこ置いておいてください」


 俺は彼女の言葉に驚いた。

 今まで作業を終えてありがとうなんて言われたことがなかったからだ。

 俺が呆気にとられていると、ルナリアはフェイスガードを外してこちらを見やる。


「あれ、どうかしましたか?」

「いえ、感謝されたのが意外で……その、失礼ながら悪魔なのにと思いまして」

「まぁ所詮悪魔なんて種族名なだけですから。悪魔の闘争本能なんてものもありますが、今ではその血も薄れているものが多いですから」

「そうなんですか?」

「ええ、私が言うのもなんですが、悪魔より人間の方がよっぽど悪どいこと考えつきますよ」


 そう言いながらルナリアは工具を交換し、俺が持ってきたパーツを漁る。


「確かに聖十字騎士団の方がよっぽど悪魔的だ」


 そう呟いて、しまったと口を押える。

 彼女らの前で騎士団の批判をすれば無事で済むわけがない。

 しかしルナリアは特に気にした様子もなく、再び寝板に寝転がると戦車の下に潜り込んでいった。


「まぁ気持ちはわかりますよ。普通の悪魔がこれだけの人間を捕えて強制労働させるなんて不可能ですから」

「あの、怒らないんですか?」

「私もあまりクライアントの悪口は言いたくありませんが、ここに来るまで彼らの行いは見て来ていますから。ちなみに我々は聖十字騎士団とは別系統で動いてるので、聖十字騎士団の批判は別に気にしません。しかし契約上は同盟国と同じ扱いなので、あまり露骨すぎると対応せざるを得ません」


 彼女達の前で聖十字騎士団の悪口を言っても聞こえないふりしてやるけど、あんまり大っぴらに言うと対処せざるを得ないってことか。

 なんとなく彼女達悪魔軍と聖十字騎士団の関係性が見えてきたな。

 なるほどなと頷く。この辺りで話題をかえるかと思い、俺は戦車下に潜るルナリアを見据えた。

 すると、車体の下にいるルナリアの脚が無造作に開かれておりばっちりパンツが見えていた。


「なん……だと……」


 彼女は整備に夢中で自身の脚を広げていることにあまり気づいていないのだろう。

 俺はしゃがみこんで被り突きになりながらガン見していた。


「急に静かになりましたけど、どうかしました?」


 ルナリアの質問に俺は慌てて咳払いをして誤魔化す。


「つかぬことをお聞きしますが、ルナリアさんって何色が好きですか?」

「えっ? 白とか黄色とかですかね?」

「あーなるほど、白と黄色のストライプ。やっぱり……」

「どうかしました?」

「いや、なんでもありません。しかし強そうな戦車ですね」

「褒めても何も出ませんよ?」

「えっ?」

「これ造ったの私ですから」

「マジですか?」

「えぇ、マジです」

「てっきり聖十字騎士団製かと」

「こういうの造るの好きなんで」

「好きで造れるところが凄いですね」

「周りは呪術や魔力を高めることに必死になってるところで、私だけこんなの作ってたので完全に変人扱いでしたけど」

「いや、ロマンがあると思いますよ」

「あなたなかなか話がわかりますね」


 それから饒舌になったルナリアは戦車と二足歩行のアーマーナイツの話を始め、設計思想やら、こだわり、美学について語っていく。

 グランザムにバカが考え付いた最強兵器と言われて本気で殺してやろうかと思ったと口にこぼしていた。

 この自分の好きな分野になるとやたらと饒舌になるところを見て、俺はあるものと似ていると感じる。


(この子……多分オタクだ)


 戦車やロボオタクとかそう言った類。それが好きすぎて自分で造り上げてしまった、好きこそ物の上手なれの最終進化系だ。

 それ故他のことに関しては無頓着。

 今も足を広げて、俺にパンツガン見されてるのにそのことにすら気づかないのが証拠だ。

 俺は「ふむふむなるほど、それでそれで?」と話を促しながらM字に開脚された脚をずっと見続ける。


「いいですね、あなたなかなか見所があります」

「いや、ルナリアさんこそ、見所しかないと思います」

「今度じっくりと話を――」


 そう言いかけてルナリアが寝転がったまま顔を上げると、丁度自分の脚と脚の間に俺の顔が見えて、彼女はわなないた。


「あの……その態勢見えてます?」

「ええ、ばっちりと」

「いつから?」

「話始めたくらいじゃないでしょうか?」

「なんでそんな堂々としてるんですか?」

「もうぶっ飛ばされるのはわかってるんで、それなら開き直って見続けてやろうかなと思いまして」

「その終末思考嫌いじゃありませんよ。ではお言葉に甘えて」


 ルナリアは人差し指から魔弾を放つと、俺の体は吹き飛び頭はアフロにされた。

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