第279話 1より強い0があるらしい
アフロと毒の治療を終えた俺は、引き留めるルナリアを丁重に断って自分の独房へと戻っていた。
なぜ無理を押して帰って来たかと言うと、今晩のうちにオスカーたちと接触しておきたいと思ったからだ。
新型がいつ完成するかわからない今、できる限り時間のロスは避けたい。
夜になってから俺とクリスは細心の注意を払いながら、自分たちの牢を抜け出し高級独房棟へとやって来ていた。
「や、やだよ。僕この格好で二人に会いたくないよ!」
いつも通りクリスには、ほぼ尻出し警官スタイルでやって来てもらっているのだが、今更になってごねだしてきた。
「二人に本当は女だったって話すって決めたんだろ?」
「言うけど、この格好で言いたくないよ!」
「わがまま言うな。何が不満なんだ」
「格好全部だよ! この格好で僕女でしたって言ったらオスカー泡吹いて倒れちゃうよ!?」
「ちょっとスカートの丈短すぎて半分尻見えてるくらいだろ? 今まで男だったんだからケツの一つや二つタマタマ見せびらかすつもりで会えばいいんだよ」
「じゃあ君も仲間と再会するときはタマタマ見せびらかしてよ」
「ハハッ。変態じゃん」
「オイ!」
二人で言い合いながらも目的の牢の前に立つと、寝ていると思っていたオスカーとグランザムは普通に起きていた。
彼らは起き上がってこちらの様子を伺っていたが、やって来たのが俺だとわかり驚いていた。
「あれ、起きてるのか?」
「……貴様、本当に脱獄してきたのか?」
「すげぇな……どうやったんだ?」
「メタルスライムを使ってちょいちょいと」
「そっちの女は協力者か?」
クリスの存在に気づいたグランザム。そりゃ気づくか。めっちゃ俺の後ろに隠れてるもんな。
「先にそっちから話すか。お前らの仲間、ウォールナイツのクリスちゃんだ」
「クリス?」
「誰だそりゃ?」
頑なに向き合おうとしないクリスを無理やり前に押し出した。
すると顔を見ただけで二人はピンときたようだが、あまりにも驚きすぎてオスカーは眼鏡のツルをもちあげる手が震えているし、グランザムはハニワみたいに口をあんぐりと開けている。
「お、お前……まさかクリフか?」
「…………う、うん、僕実は女だったんだ。隠しててごめん」
「いや、その、なんていうか、えっと、なんだ……言葉がでねぇ。なぁオスカー?」
「落ち着けグランザム。たかだか隣で戦っていた男が女だったというだけの話だ。何も取り乱すことはない」
冷静を装っているが、眼鏡を外したオスカーは壁に向かって話しかけている。十分取り乱しているようだ。
二人とも本気で知らなかったんだな。
「性別を偽っていたのは何か特別な理由があったのだろう。そのことを詮索するつもりはない」
「いや……その……確かに面食らったが、格好が、また……な」
クリスの格好は上がウォールナイツの制服でジャケットにネクタイ姿だが、下はあまりにも短くカットされたスカートで、グランザムは目のやり場に困っていた。
「こ、これは……彼の趣味だよ」
クリスは前かがみになって、スカートの裾を必死におろしながら俺に視線を向ける。
「クリス、顔怖い。ピースピース」
俺につられて引きつった笑顔のままダブルピースするクリス。
「その……なんていうか、生き別れた弟と再会したら、とんでもないビッチになってた気分だ……」
「信じて送り出した幼馴染が……って奴だな。心中察するぞ」
「君が言わないでよ!」
一通りリアクションも終わったところで俺は本題に入る。
「ここに来たのは、お前たちに相談があるんだ」
格子越しにスマホを渡し、発見したアーマーナイツの格納庫と新型、それに関する資料をオスカーに見せた。
「これは……」
「俺たちがいる収容棟の地下に生産工場があった。この上には何千人もの囚人がいる」
二人は一瞬で囚人たちが盾にされていることに気づき、顔をしかめる。
「工場の位置がバレたとしても攻撃できないようにしてやがるのか。腐った野郎たちだぜ」
「さっき見せた画像の中にあった、白と黒の機体が特別やばい。第二世代型アーマーナイツのプロトタイプらしくて、こいつが実戦で使われたらどれくらい被害がでるかわからん」
オスカーとグランザムは機体に心当たりがあるのか、二人で頷きあう。
「オスカーこいつはまさか……」
「あぁ……ハラミに連れられて見せられた、あの時の機体と同型と見て間違いないだろう」
「まさかこいつらが動いてるところを見たのか?」
オスカーはゆっくりと首を振る。
「我々が見たのはこのどちらでもない。青銀の氷を使う機体だ。機体名をレイ・ストームと呼ぶらしい」
「この二機以外にも既に稼働機がいるのか……」
「とんでもねぇ強さだった。一瞬で三国同盟の先遣隊を壊滅させやがった」
「三国同盟?」
オスカーがかいつまんで三国同盟とは一体何かを説明する。
「近隣三国が同盟を組んで……。本当なら喜ばしいが、やられちまったんだよな?」
「あぁ。しかしこう言ってはなんだが、先遣隊が壊滅したことによってヘックスは生きのびたと言ってもいい」
「どういう意味だ?」
「元々先遣隊はヘックス内に無差別爆撃を仕掛けるためにやって来ていた。城壁に優れるヘックスを正攻法で攻略するにはコストが勝ちすぎる」
つまりどういうことだってばよ? と首を傾げるとクリスが補足する。
「まともにヘックスを相手にすると死人が出過ぎるってことだよ。被害が出れば出るほど三国内の世論は荒れる」
「民とは常に自軍は無血で、敵国には最大限の
「それで捕らわれてる領民事皆殺しにする作戦にしたのか。そりゃそうだな、いちいち人質救出するよりよっぽど手っ取り早い」
遺憾ながら捕らわれたヘックスの民は聖十字騎士団によって皆殺しにされていたとでも言っておけば、敵視は全て聖十字騎士団に行く。
「虜囚がいなくなれば難民は発生せず、ヘックスの土地と資源だけが手に入る」
「建前上はヘックスを助けなきゃって言ってるが、本音では捕らわれてる奴全員死んだら楽なのにって思ってるわけか」
そう言うとオスカーは頷いた。
「三国同盟がやられちまった以上、やっぱり俺たちでここを抜け出すしかないな」
救いの手はいつの間にか滅んでいたわけだ。これで腹をくくる以外に生き残る方法はない。
しかし俺の言葉にオスカーはゆっくりと首を振った。
「やはり私はお前たちに協力することはできない」
「なんでだよ。三国同盟がやられたなら、俺たちで動かないと助かる術はないぞ」
「無意味だからだ」
「どういう意味だ?」
「敵は三国同盟ですら簡単に壊滅させてしまうのだ。私たち四人集まったところで一体何になる? 無意味な抵抗はよせ」
「お前それ本気で言ってんのか?」
俺は格子越しにオスカーの胸ぐらを掴んで引き寄せた。
「私は出来ないことをして無意味に被害が拡大することを避けたいだけだ」
「ふざけんなよ。このまま奴隷みたいな生活を受け入れろとか言うんじゃないだろうな?」
「生きてはいける」
「看守やデブルのさじ加減一つで死ぬんだぞ。そんなもの生きているとは言わない」
「なら無謀な脱獄計画を実行して、今生きている人間の命を奪うのか?」
「死ぬとは限らない。脱獄を成功させればいい」
「不可能だ。ここに一体何人の人間がいると思っているんだ。考えが甘すぎる」
「出来ないことに出来ないって言うのは子供でもできるんだ。俺はお前が出来ないと言っていた脱獄をして今ここにいるし、クリスだって仲間にしたんだ。お前の言う通り大人しくしてたらクリスは死ぬよりひどい目にあわされていたんだぞ」
オスカーはチラリとクリスの方を伺う。
「女だってこと悪い人にバレちゃってね……」
「ずっと嬲り者にされていた。それを歯食いしばって痣だらけにされても耐えてたんだ。仲間が根性見せてんのにお前はこんなとこで無理だ不可能だって腐るだけなのか?」
「……なんと言われようが、私には…………できない」
沈痛な面持ちで視線を逸らすオスカー。
なんだこいつ? なんでこんな心折れてるんだ。最初に会った時は冷静沈着で、プライド高そうな嫌な奴だと思ったが、看守に一発掘られた後のように覇気がない。
「グランザム、こいつどうしたんだ?」
「……まぁ、実はな」
「いい、自分で言う」
オスカーは胸ぐらを掴む俺の手を振り払い衣服を正した。
「私は一人、ここにいる全員を見捨てて逃げ出すつもりだった」
「どういうことだ?」
俺が首を傾げると、オスカーは自分のもとに三国同盟の諜報員がやって来て、自分だけを脱獄させようとした事を話す。彼はその話に乗って、本当なら今頃全員を見捨てて逃げ去っていたという。
「だが、私を外に連れ出す予定だった諜報員はハラミに気づかれ手首だけにされて殺された。一度皆を見捨ててしまった私に誰かを救う資格などない」
オスカーの言葉にグランザムがフォロー入れる。
「オスカーも悩みに悩み抜いたことなんだ。このまま三国同盟の爆撃が始まれば誰一人として助からねぇし、三国同盟はオスカー以外は助けないって明言してきたんだ。だから誰も助からないより一人でも助かる方がずっとマシだろ? それで――」
「なんだお前、今までこの国守ってたのに、実はこの国嫌いだったのか?」
「そんなわけないだろ。この街に何の関係もない貴様に何がわかる!?」
オスカーは烈火の如く怒り、こちらを睨む。
なんだ、まだ火ついてんじゃねぇか。
腐って消え落ちてたのかと思った。
「長年愛した国を、友を、死ぬとわかっていながら見捨てる辛さがお前にわかるのか!?」
「わかんねぇよ、そんな痛い思いまでして見捨てるなんて、俺には理解できん。俺は弱いからお前と同じ立場になったとき、きっと仲間と一緒に死ぬ。俺一人が死んで仲間が助かるなら俺は死ねるけど、仲間全員が死ぬかわりに俺だけ生き残るなんて耐えられん。そんな鋼のメンタルしてねぇよ」
こいつはきっと賢くて強いんだろうな。自身の感情を完全に抑制して合理性を最優先にできる優れた男なのだと思う。
誰も助からないか一人だけ助かるなら一人助かる方が良いに決まってると皆言うだろう。
しかし、大切な人が誰もいなくなった一人に一体どれほどの価値があるのか。
待っているのは復讐や憎悪、悲哀と言った呪いにも似た負の感情が自身を支配する未来だけだ。
それなら皆と一緒に0になった方がよっぽど気が楽だ。
「グランザム、この件で一番悪いのはお前だぞ」
俺は「えっ?」と驚くグランザムを見やる。
「オスカーが堅物だって理解してるなら、なんで俺と一緒に死ねって言わなかったんだ?」
「お前……そんなこと言えるかよ。どんな形だって生きてた方が……」
「よくない。全然よくない。お前やクリス、ヘックスの民が皆死んだ後、一人生き残ったオスカーは復讐に囚われる。それは生きてるってだけで、聖十字騎士団を殺すことしか考えられなくなる鬼になる。そうなりゃ善悪なんてものはねじ曲がり、聖十字騎士団なら皆殺しにしていいって思う殺人鬼が出来上がるわけだ。グランザム、お前は親友を復讐に囚われた殺人鬼にするところだったんだぞ」
「……俺はオスカーだけでも一人助かって幸せになってくれりゃって思って」
「絶対になれない。それだけは断言できる」
もし仮に俺がオリオン達全てを失ったとしたら、絶対に幸せになれない自信がある。
「人間はな。心が死んだら幸せにはなれないんだよ」
「じゃあ俺はどうすりゃよかったんだ……」
「簡単だろ。俺たちより見ず知らずの三国同盟をとるのかキーッ! って言いながらハンカチでも噛めばいい」
「そんな古い演劇じゃないんだから……」
「お前ら今まで一緒に戦ってきた仲間で親友なんだろ? 聞き分けいい奴が良い友じゃねぇ。わがまま言って、泣いて笑って喧嘩して、それでも最後まで隣で肩並べてる奴が良い友なんだ。一人で逃げるって言った奴も、それを理解したふりして送り出した奴も全然お互いの事を考えられてない」
「……………」
「グランザム、お前はオスカーが一人で逃げるって言った時は悲しかっただろ?」
「……いや、そりゃまぁ……でも、オレも大人だしよ。みっともねぇことは言いたくねぇっつーか。ごねたところで死人が一人増えるだけだしな……」
「俺の仲間が同じ立場だったら絶対そんなことは言わん。必ずこう言う」
”死ぬまで一緒だ”って。
「「「…………」」」
あれ、俺そんな変なこと言ったか? 三人とも完全に固まっちまったが。
「そっか……オレは変に聞き分けが良すぎたみたいだな」
「そうそう。だから今からオスカーを引き留めてくれ」
「えっ? なんだよ恥ずかしいことさせるな……」
「お前たちが許さないとオスカーは帰ってこれないんだよ。見捨てるって言っちまった手前、もう一度一緒に戦うって言いづらいんだよ」
「……困ったな」
グランザムは十字傷のある頬をかきながら、言葉を詰まらせる。
「……オスカー。オレとお前は仲間であり親友でもある。それは生涯かわんねぇ。難しいことは全部お前にまかせっきりで、オレは全然頭使ってねぇけど、それでも今までやってきて……って何言ってんだかわけわかんなくなってきた……。あーーもういい! とにかくお前の死ぬ時はオレが看取ってやる。そのかわりオレが死ぬときはお前が看取れ! オレたちが目の前で死ぬことを恐れるな。オレは……オレたちウォールナイツの心は……死ぬまで一緒だ」
真剣な表情で言うグランザムにオスカーは牢屋の天井を見上げた。
「私は……とんでもないものを見捨てようとしていたのだな……」
「当たり前だ。金や権力はいくらでも取り戻せるが、失った友はどうやったって取り返せないからな」
「そうだな……。グランザム、クリストファー……お前たちを裏切った私を許してくれるか?」
「当たり前だ」
「そうだよ。僕だって女だって偽ってたしね」
「それに正確には裏切り未遂だからな。まだ前科はついてねぇよ」
「すまん……私はもう……迷わん。お前たちと共にここを出たい」
「ああ、オレもだ」
言わなくても伝わるって言うが、あれは嘘だ。言わなきゃ基本物事ってのは伝わらないし、友達はエスパーやニュー○イプ的能力者でもない。
わかりあってるんじゃなくてわかった気になってるだけだ。心の底をぶちまけないと、本心なんて自分以外にはわかりはしない。
「梶王だったな。一度は友と民を見捨てた卑怯者だが、このオスカー・リーヴ貴公に力を貸そう」
「やっと男のツラになったな。よろしく頼む」
俺とオスカーは格子越しに握手をがっちりと交わし合った。
これでウォールナイツの主要メンバーに話をつけられたってわけだ。
やっと作戦に入れると思った時、俺の腹がぐぅと鳴る。
そういや今日毒ガスの治療とかで何も食ってなかったな。心なしか具合も悪い。
「話す前になんかくれ。腹が減った」
「あぁ、じゃあここにオスカーの食いさしのケーキがあるから」
ケーキだと? この野郎良いもの食ってんな。
グランザムはテーブルの上にあったケーキを手に取る。
「よ、よせ私が一口食べたものだぞ。彼に失礼じゃないか」
「いいじゃねぇか、どうせ食わねぇんだろ?」
「そ、そうじゃなくて……は、破廉恥だろう。人の食べさしと言うのは……」
「なに潔癖症みたいなこと言ってんだよ」
俺はケーキをヒョイと掴んで口の中に放り込んだ。
美味い。久々の糖分が体に染みる。
オスカーはなぜか、その様子を見て「あ、あぁ……」と変な声を上げながら顔を赤らめていた。
「き、君は、しょ、しょうがない男だな……」
「口の中が甘い。何か飲み物をくれ」
「それじゃあオスカーの飲みさしの紅茶が……」
「飲み物はさすがにまずいだろう!?」
何がそんなにまずいのか。オスカーは慌ててグランザムの持った紅茶を飲み干す。
そんなに俺のことが嫌いか。
「ケチな奴だ」
「そ、そういうわけじゃないんだ。同じカップを使うのはやはり問題があるだろう……飲み口が同じになると」
もごもご言いながらオスカーは自身の唇を人差し指で撫でる。
このやりとりにグランザムとクリスは顔を見合わせる。
そして――
「ダメだからねオスカー!?」
「そうだぞオスカー! オレは初めてが男なんて許さないぞ!」
「ち、違う! 私はそんなんじゃない!」
「その動揺っぷりが本物っぽいんだよ!」
「本物ってなんだ?」
「君は黙ってて!」
「オレは友としてお前を止めるぞ、オスカー!」
クリスはなぜか俺を抱き寄せ、グランザムはオスカーを羽交い絞めにした。
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