第238話 黒のピラミッドⅨ
ファラオや墓守たちの友人でもあり、民から英雄と呼ばれたこの男が、なぜこんな姿になった?
俺は宝物庫の奥で佇む
「なぜアレスがここにいる!」
「我はこの男の魂を呪い、二度と転生できぬ魂の牢獄へと監禁した。そして我が手駒として”調教”を施しただけだ」
「ふざけんなよ……。アレスの魂はファラオや民たちによって冥界へと送られたはずだ。それがなんで」
「冥界へと魂が打ち上げられた時、我の力で捕縛したのだ。そして千年の間、呪いを浴びせ続けた。その魂は穢れ暗黒へと染まっている」
「なっ!?」
「もはや自分が今、何と戦っているのかさえ理解できてはいないだろう」
アポピスが視線を俺に向けると、アレスは打ちつけていた頭をこちらに向けてショーテルを構えた。
あれがアレスだと言うのなら、奴が構えているショーテルは
くそ、どんな能力があるのか聞いておけば良かった。
俺は歯を食いしばり、黒鉄を杖代わりにしてなんとか立ち上がる。
「無駄だ。貴様が
アポピスは俺の王の駒をこちらに見せつける。
野郎見つからないと思ったら、いつの間に盗みやがった。しかもこっちの能力をある程度把握してやがる。
「今度は死神として転生し、魂狩りでも生業とするのだな」
「うるせー、転生先は
「人とは解せぬものだ……」
ムハンの外見をしたアポピスが腕を振るうと、俺は背に強い圧迫感を感じる。まるで自分の上に巨大な岩でも乗っているようで、一歩もその場から動くことができない。
「重いっ……」
「罪人ヘカトの呪いだ。自壊するまで、その
アポピスが剣を振ると、中空に4つの鏡が浮かび上がり、鏡の中にフレイアやナハル達の姿が映し出された。
彼女達は必死に鏡を叩いているが、声や音はこちらに届かない。
「貴様が死ねば、ピラミッドの呪いにより奴らは全員死する。残す墓守はセトのみ。奴も我が敵にあらず……。ファラオと
このクソ野郎。ファラオとアレスを殺し合わせるのが目的かよ。マジで性根が腐ってやがる。
「殺せ」
アポピスが短く命じると、アレスは再び呪いの雄たけびを上げショーテルをクロスさせる。
呪われし英雄は石床を蹴ると、地を這う稲妻の如く駆け抜ける。
「くっ……」
ダメだ、呪いで体が重てぇ。
だが、黒鉄だけは構えろ。右腕か左腕はくれてやってもいい。絶対に一撃で落とされるな。こんな奴に負けていいはずがない。
「根性だせ!」
俺は自身を奮い立たせ黒鉄を構えた。しかし、アレスの突撃剣を凌ぐ力は入らず、腕が上がらない。
それでも受けるしかない。
×の字にクロスされたショーテルが俺の首を狙い、即死の一撃を放つ。
ギンっと金属がぶつかりあう衝突音が響いた。
俺は目の前の光景に息を飲んだ。まともに受ければ両腕をへし折られてもおかしくないアレスのショーテルを、結晶剣で受け止める相棒の姿があったからだ。
「ぬぎぎぎぎ」
「オリオン!」
「だああらっしゃあああい!!」
オリオンは思いっきり結晶剣をかちあげると、空いたアレスの胸に蹴りを叩きこんだ。
奴の体はすさまじい勢いで吹っ飛んだが、ショーテルを床に突き刺して無理やり勢いを殺すと距離を離して踏みとどまった。
「咲やばい、あいつ超強い!」
オリオンはたった一撃でアレスの強さを理解したらしい。
「あぁ、奴はナハルの過去に出てきた砂王アレスだ」
「はっ!?」
「あのクソ蛇野郎、アレスの魂が冥界へと向かう前に捕まえて、ずっと監禁していたらしい」
「クソ野郎じゃん!」
「あぁ、クソ野郎で間違いない」
アポピスはオリオンを見やると、すぐさま興味を失ったかのように視線を逸らす。
「塵が一体増えたか……」
「誰がゴミだ、この野郎!」
オリオンは一瞬でキレるとアポピスの目の前に跳躍し、結晶剣を叩きこんだ。
アポピスは曲刀で受けると、驚いたような目をしていた。
「なんだ、その速さは……?」
「誰が低レア雑魚だこの野郎! お前の命であたしの強さを証明してやろうか!」
オリオンは滅多切りにするが、アポピスはそれを全て受け流す。背後からアレスがショーテルを振るうと、オリオンはひらりと空中を回転しながら俺の元へと戻ってきた。
「咲、あっちの蛇野郎は大したことないぞ」
「大抵後ろで偉そうなこと言ってる黒幕ってのは大したことないんだよ」
「咲と同じだね」
えっ? と俺は素の表情でオリオンに振り返る。
相棒に疑心暗鬼になっていると、アレスの方が態勢を低く構え肩を突き出し突撃の態勢に入る。
「待って待ってお前じゃない! あたしお前のことは雑魚って言ってない!」
アレスは床を蹴り砕く勢いで踏み込むと、消えたと思うスピードで俺の前へと移動し、凄まじいショルダータックルを見舞う。内臓全部吐き出してしまいそうになる体当たりに意識を失ったが、壁へと衝突したおかげですぐに目覚めた。
「やめろ、クソザコな咲を狙うな!」
だがアレスの追撃は止まらない。奴は壁に埋まる俺の鳩尾に膝蹴りを見舞うと、下がった頭をショーテルの柄で殴打する。
こいつ剣術だけじゃなくて格闘術も超強い。
「やめろって言ってんだろ!」
オリオンが結晶剣で背後から斬りかかると、アレスは身を翻して躱し、そのまま反対側の壁まで距離を離した。
「こんにゃろう、ちょこまかと……咲を狙うな! あたしを狙え!」
しかし、それに答えたのはアポピスだった。
「男を殺せ。奴さえ死ねば全員死ぬ」
再びアレスは俺に向かって飛びかかってきた。それをオリオンが割って入って剣で防ぐ。
「咲、何やってんの早く逃げるかポコ〇ン解放してよ!」
「そんな卑猥なもん解放してねぇよ!
「いいから早くして!」
「すまん、王の駒あいつにとられた。あと、俺呪いかけられて動けねぇ」
「あぁダメだ、クソの役にも立たない!」
クソザコでほんとすまん。
なんとかオリオンは俺を守りながら必死に戦うが、アレスはそんな状態で戦えるほど生易しい敵ではない。
ショーテルから繰り出される斬撃は、確実にオリオンを斬り刻み、体力を奪っていく。
珍しくオリオンが焦りの表情を浮かべている。
「ショーテルってやな武器だな」
「あの形状はカーブしている部分に相手の武器や盾を引っかけることで、つばぜり合いせず突き刺すことが可能な武器だからな」
「重心狂うから押切れば弱いけど、二刀流のせいで押し合いにも強い」
ダメだジリ貧だ。俺もオリオンも血を流しすぎている。持久戦は明らか不利だ。
後ろのアポピスを狙いに行けばアレスが俺の元に来るし、かと言って俺を守った状態でアレスに打ち勝つことは不可能。どうすればいいんだ。
何か、何かないのかと考えた時、俺の頭にファラオの言葉が過る。
[箱を探せ。
俺は今自分がいる場所が宝物庫だと気づいて、辺りを見渡す。
箱、箱はどこだ。ここになければ終わりだが。
アポピスに気取られないように箱を探すと、見えた。財宝の中に半分埋まった金の小箱が。しかしそれはアポピスの真後ろにあり、少し走って届く距離ではない。
「あれ……か」
重い体をなんとか持ち上げ、オリオンに耳打ちする。
「オリオン、箱だ。あそこに見える金の宝石箱をとって来るんだ」
「無理、遠い。そんなに離れたら咲があいつに殺される」
「一瞬だけなら相手の気を逸らすことができる。俺が合図したら跳べ」
「無茶言うな。咲動けないんだぞ」
「言い争ってる暇はない。来るぞ」
アレスがショーテルを構え、突撃態勢へと入ったので奴が飛ぶ瞬間を見計らう。
ガキンとクロスさせる音が響いた後に、踏み込みで床が割れる音がした。
「跳べっ!」
オリオンは脚力を全開に使い、アレスを飛び越えアポピスへと結晶剣を振り下ろす。
「起死回生に我を狙ったか。だが、甘い」
アポピスの周囲に黒いバリアのようなものがはられ、オリオンの剣は奴に届かない。
バリバリと音をたて黒の稲妻が結晶剣の前で散り、アポピスに余裕の笑みが浮かぶ。
「貴様が離れたことによって、男は死ぬ」
俺を守っていたオリオンがいなくなり、アレスは遮蔽物なしで突撃を仕掛けてくる。
全身が弾丸のようになったアレスの突撃は正しく死を身に纏っていると言えるだろう。
奴の背後に悪霊の怨嗟が聞こえ、曲刀の死神は瞬きする間もなく俺の目の前へと迫る。
「クソザコなめんなよ。この蛇野郎!」
アレスが突撃するのと同時に俺の足元に燃えるニワトリがコッコッコと鳴き声を上げて歩いていた。
ブックマンから貰った能力【チェンジ】。剣影の力をフレイアの使うレッドホットチキンへと変化させた。
こいつは剣神解放なしでも使えるって知らなかったみたいだな。
アレスは自ら爆弾へと突撃し、大爆発が巻き起こる。当然目の前で爆発した為、俺の体も爆風に飲まれた。
「その身を削って死に抗うか……人とは解せぬ生き物よ」
爆発の煙が晴れた後、俺とオリオンそして金の箱は宝物庫から消えていた。
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