第239話 黒のピラミッドⅩ
爆発の直前にオリオンはアポピスに攻撃すると見せかけて、箱を奪取することに成功した。
爆風に紛れて逃げ出したオリオンは、負傷した俺を担いでピラミッドの回廊を走る。
「すまん」
「喋るな。咲、死ぬぞ」
彼女の肩から伸びる俺の腕からはポタリポタリと血が滴っていた。
俺の方は、至近距離で爆風を受けた為、背中に酷い火傷を負っていた。
咄嗟に身をよじって背を向けたのはいいものの、着ていたジャケットを焼き焦がし露出した肌は真っ赤に染まっている。
オリオンは誰もいない小部屋に身を隠すと、俺の体を下ろした。
「大丈夫?」
「そんな泣きそうな顔すんな。なんとかなる。それより箱は?」
オリオンから金の小箱を手渡され蓋を開こうとするが、鍵がかかっているらしく開かない。
「くっそ、あかねぇ……」
「もしかして鍵も宝物庫にあったのかな?」
「だとしたら万事休すだな。盛大に吹っ飛ばしちまったし」
「咲、ニワトリいっぱいだせないの? 爆弾で攪乱戦法は?」
「俺の
まいったな、ソフィーのシールド能力と銀河の超吸引能力が使えるが王の駒をあいつにとられたのは痛手すぎる。
「あっ、そうだ。逃げる時に、コレあいつから取り返してきた」
オリオンは俺に奪われた王の駒を手渡す。
「有能」
受け取った俺はオリオンの頭を撫でたが、彼女は心配そうにこちらを見つめる。
「咲、それがあるからって変なこと考えちゃダメだよ」
「ああ、だがこれがないと勝負にすらならない」
「呪い大丈夫? 動けるの?」
「むっ?」
言われて気づいたが、俺の肩にのしかかっていた、なんとかの罪による重みはなくなっていた。
「いける。全然大丈夫だ。なんでだろうな?」
「背中にあった落書きが消えてるけど、もしかしてそれが原因だったのかな?」
「なに? 背中になんか書いてたのか?」
「うん、変な落書きみたいな絵が。服の上から書かれてるのに黒い煙が上がってて変なのって思ってたんだよね」
「明らか呪印じゃねーか!」
「えっ、そうなの?」
「そこまで露骨なものだったら気づいてくれよ」
「また咲ってば変な落書きしてると思ってたけど」
「今度お前を含め、俺の普段の認識について話し合う必要があるな」
それはさておくとして、可能性としては奴は俺の背中に呪印を書いて呪いを発現させたと見えるな。つまり呪いを起こす前には予兆があるってことなのかもしれない。
しかし、それがわかったところでどうしたもんか。王の駒が戻ったとは言え、
骨ですめばいいが首まで飛ぶとタチが悪い。
どうにかこの空間を抜け出して他の仲間と合流することが最優先目標になるだろう。
一応、勝利のピース自体は俺が持っているから転移してきた鏡にさえ戻れれば帰ることができる思うのだが。
「お前ここに来た時どこにいたんだ?」
「わかんない、近くの部屋。適当に歩いてたら咲の悲鳴が聞こえてきたから、そっちに向かって走った」
「ってことはお前が転移してきた鏡を使えば、ここから抜け出せるか……」
「咲、ここから逃げる時一瞬だけど宝物庫前の鏡見たよ。あれで咲が転移してきたんでしょ?」
「ああそうだ。何かあったのか?」
「なんか変な黒い靄がかかってて使える感じしなかったよ」
「そうか、やっぱ逃げ道は塞いでやがるか……姑息で周到な野郎だ」
アポピスの奴、全員が試練によって分かれたところを狙い、最強の英雄アレスを俺に仕向けてきた。その上こちらの力をある程度分析し、鏡の転移機能を封じて全員を閉じ込めた。
俺一人を殺す為に随分と計画的な行動をとっている。相当用心深い性格のようだ。
「咲、大丈夫か? 顔色悪いぞ」
「大丈夫だ」
と言いつつも背中の火傷はヒリヒリと刺すような痛みがするし、ボコボコに殴られた全身はアドレナリンが引いてきて痛みを訴え始めてきた。
何か、起死回生のアイテムでも持ってないか俺?
ファラオは恐らくこの箱に何かを託したはずなんだ。となると鍵になるものを渡されていてもおかしくないはず。
そう思いポケットをまさぐると封印されし守護神のカードが出てきた。これじゃない。もっと何か別の――。
そう思い取り出したものを見て、俺は目を見開いた。
それはお守り代わりに持ってきた、金色の蛇が修復した小さな金縁の鏡。
「咲、それ」
「ラーの鏡……この鏡には呪いを弾く力がある。だとすれば……」
俺はキュッと音をたてて鏡をふくと、鏡の中に不安げな表情を浮かべたフレイアの姿が映し出された。
「あっ!? 映った」
「大丈夫あんたたち!? アポピスに襲われてない!?」
フレイアはかぶりつくように鏡に顔を近づける。閉じ込められた事情を察して早くもアポピスが原因だと気づいていたらしい。
「今現在襲われてる最中だ」
「大丈夫なの?」
「今のところは隠れてやりすごしてる。フレイア現状を確認したい。お前その場から動けないか?」
「動けなくはないけど、転移の鏡に黒い靄がかかって機能してないの。今はその鏡にあんたたちの顔が映ってる」
「そうか、こっちと全く同じだな。番人は倒したのか?」
「灰にかえてやったわよ。なんとか出口を探してるんだけど、袋小路になってて出られないの」
「わかった。他のメンバーにも連絡がとれないかやってみる。少し待ってろ」
俺はピラミッドに詳しいナハルに繋がれと思いながら、もう一度鏡をふいてみると、本当にナハルの姿が映し出された。
「隊長様!」
「ナハルか」
「どうやってつなげてらっしゃるのですか? 鏡には奴の呪いがかかっているでありますが」
「ラーの鏡のおかげだ。それより現状を確認したい。ナハルも鏡が機能してなくて出られないか?」
「はい、申し訳ありません」
「となると、レイランやサクヤも同じ状況だろうな」
俺はナハルにこちらの状況を伝え、アポピスが英雄アレスに呪いをかけて召喚したことを伝える。
彼女は「そんな……バカな……」と言葉を詰まらせていた。
「何か脱出の糸口がほしい。ナハル、奴の転移妨害について教えてくれ」
「アポピスはこういった妨害や呪いにかけては一流であります。妨害の呪印をどこかに仕込んでいると思われますが、我々が探して見つかる場所にはないと思われます」
「そうか……」
どうする、全員出られない箱の中に閉じ込められているのと同じだ。考えろ……。
俺が思考していると、オリオンが金の箱を持ってナハルに尋ねる。
「ねぇナハル、この箱の鍵知らない? ファラオがこれ探してたんだって」
「そ、その箱は……」
「わかんない?」
「場所はわかりませぬ。ですが、この8層クリアの報酬で願えば鍵を手に入れることができると思います。この層の報酬は願えば好きな財宝を貰えるはずですので」
「なんにせよ、ここから出られなければ報酬も何もないって話だな」
「その通りであります」
「解呪の魔法とかないのか?」
「アポピスは我々墓守が使用するほぼ全ての魔術を封じてきています。鏡には
「徹底してるね……」
「ほんと神経質な蛇野郎だ」
「本体やるしかないんじゃない?」
「ナハル、今の俺たちでアポピスはやれるのか?」
「アポピスは我々をピラミッドの各ブロックに飛ばして隔離し、呪印による妨害魔術を展開して我々の帰還を防いでいると思われます。ですが、試練中の人間を閉じ込めるというのはピラミッドの特性上
「つまりピラミッドの試練側は俺たちを元の場所に戻そうとしているが、アポピスがそれを遮っている。奴は転移妨害してるだけで結構力を使わされていると」
「はい、開いた扉を無理やり閉じようとしているのと同じで、アポピス自身の動きに大きな制限がついていることでしょう」
なるほど、それが理由であの野郎弱かったのか。しかしアレスという最強の駒がいる以上、負ける心配はないってことだな。
「ナハル、奴がピンチになったらあいつは妨害の呪印を解くと思うか?」
「解かざるをえないでしょう」
「ってことは奴を倒さなくてもピンチにさえ追い込めばいいわけだ……そうすれば閉じられた牢は開くと」
それを現状俺とオリオンだけでできるのかという話だな。
「咲、あたしがあいつ殺してこようか?」
「それができれば最高だが、お前一人ならアレスに相手させて奴は奥へと引っ込むだろう」
それだけ奴は用心深く、神経質だ。
「神経質……」
俺の頭にピンと一つの考えが浮かぶ。
「どうかしたの?」
「……開かないなら開けさせればいい」
俺は思いついた策を、ナハルに話してみる。
「――ってのはどうだ?」
「なんと……大胆な。いえ、奴ならひっかかる可能性は大いにあります。しかし奴がどこを開くかが問題になります」
「大丈夫だ。できる限り強い奴のところに仕向ける。それにウチの連中は低レアだろうが強い」
俺はポンとオリオンの頭を撫でた。が、低レアという言葉が気に入らなかったらしく、手を噛まれた。
「了解いたしました。その策に賭けましょう」
「OK、他の奴らに話をする。もしそっちに行ったら頼むぞ」
「任せてほしいであります。墓守として奴とケリをつけてやるであります」
俺はすぐさま鏡をふいて、フレイアとサクヤにも同じことを伝え、最後にレイランに連絡をとった。
「――というわけだ。よろしく頼む。正直な話、奴がお前のところに行ってほしいと思ってる。すまない」
「何も謝ることないネ。大物狩る為にワタシ連れてきた。何も間違いない。それに死人を自分の手先として利用する。そんな悪ワタシ許さないネ」
頼もしい言葉だ。
今回の策が成功するかどうかは全て彼女達にかかっているだろう。
「よし、オリオン。お前はこれ持って、自分が転移してきた鏡に行ってこい」
俺は勝利のピースと、金の箱をオリオンに託した。
「はっ? 咲はどうすんの?」
「俺はアポピスを扇動する必要がある。お前じゃ成功しない。だから早く行け」
「やだ!」
「この作戦は俺の隣にお前がいると成功しないんだよ。だから頼む」
「むぐぅ。死んだら怒るぞ」
「安心しろ。俺が死んだらもれなくお前ら全員道連れだからな」
オリオンは不満げに頬を膨らませていると、近くで獣のような雄たけびが上がる。
恐らくアレスが俺たちを探して徘徊しているのだろう。距離的にかなり近い。
俺はゆっくりと立ち上がる。
「なに、あんな奴軽くひねってやる」
「咲がふざけるときは大体やばい奴とやりあいに行く時だ」
「…………」
「あたしが戻るまで絶対倒れるなよ」
「ああ、任せろ」
俺とオリオンはそれぞれの役割の為、別々の方向に走り出したのだった。
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