第232話 黒のピラミッドⅢ

 俺の手当てが終わり、第6階層へと進む。

 どうにか今のところ順調だが、突入してからそこそこ時間が経ち、少々腹が減ってきた。

 そう思っていると、次の階層へと向かっている道中でオリオンの腹がぐぅと鳴った。


「あたしじゃないよ」

「よくそんな一瞬でバレる嘘つくな」


 音速で否定したオリオンに笑う。丁度いい腹が減って来たのは確かだし、この辺りで少し休憩をとったほうがいいだろう。


「ナハル、この辺でどこか休めるところってないか?」

「この6階層は広い大部屋があります。恐らくそこで休めるはずであります」


 なら丁度いいと俺たちはそこに案内してもらうことにする。


「ちょっとあんた、これ持ちなさいよ」

「ん?」


 振り返るとフレイアが重そうな革袋を担いでいた。

 中身は言わずもがな、試練をクリアしたときに貰った金貨である。

 先ほどの5層で本当に1000枚の金貨が払い出しされた為、全て回収したのだが、重さが半端ない。


「いいぞ」


 俺はフレイアから革袋を受け取ると、腕がミシっと嫌な音を立てる。

 ハンマースコーピオンにぶん殴られた方の腕で持ってしまった。

 たまらず漏れそうになった声を噛み殺し、歯を食いしばった。


「だ、大丈夫?」

「大丈夫だ。ちょっと予想より重かっただけだ」

「ごめん、やっぱアタシが持つわよ」

「それならお任せください」


 ナハルが割って入ると、パンと手を打つ。すると彼女の眷族である風呂敷猫たちがポンと音をたてて姿を現したのだ。

 風呂敷猫たちは革袋を受け取ると、6匹がかりで持ち上げ、チョコチョコと足を動かしながら前へと進む。


「意外と力持ちなんだな。役に立つ能力で助かるよ」

「そ、そうでありましょうか?」

「ああ、ありがとう」


 ナハルは照れからか、ひっきりなしに自身の顔を掻き、自慢の毛並みの良い尻尾をぴんと立たせている。


「あれ、猫が喜んでる時の尻尾だってリリィが前言ってた」

「危険な兆候ね」


 後ろでアホ共が何かを警戒している。


 しばらく歩くと、俺たちは試練部屋ではない開けたスペースへと出た。

 石の壁と床に囲まれただけの何もない場所だったが、休憩するには丁度いいだろう。

 大部屋の中には何人か先客の姿があり、既に休んでいる人間がいる。

 ぱっと見ただけでも2パーティーくらいだろうか? 10人近くの人間が見られ、疲れ果て寝ころぶものや、手に入れた金貨を数えてうかれるもの、次の階層へ進むかどうかでもめているものなど様々だ。

 恐らく俺たちより先に、このピラミッドを攻略していたパーティーに追いついたのだと思われる。


「人、結構いるね」

「ほんとに休憩場みたいになってるな」


 ダンジョンでも深いものに関しては、ある程度の階層で中継地点となるキャンプが設営され、そこで休息をとったり商売をするものが現れたりする。

 ここはそれと似たような機能を果たしているのだろう。

 

「とりあえず、俺たちもここで休憩するか」

「そうだね」

「クロエから弁当貰ってるから、それ食おう」

「水も魔法石を砕いたもの持ってきてるから、なくなった人アタシに言って」


 近くで松明を燃やし、全員で弁当を食い始めると、さっそく行儀悪い奴が俺の出汁巻きにフォークを突き刺した。


「咲の出汁巻きとトカゲのステーキをあたしの枝豆と交換して」

「交換レートがあわなさすぎだろ。もう少し相場を勉強しろ」

「甲羅ガニ頂戴、フィッシュフライあげるわ」

「待て、交換はいいが食いさしを置くな」

「一口よ一口」

「咲、エビと肉交換して」

「尻尾しか残ってねぇだろ!」

「一口一口」


 俺の弁当からオリオンとフレイアがおかずをかっぱらっていくので、サクヤとナハルが無言で自分の弁当から補充していく。

 お前これ、サクヤとナハルの弁当を俺が中継してオリオンたちに渡してるだけだろ。

 食い意地のはった妹に姉がエサ与えてる図にしか見えん。

 レイランは我関せずと一人果物を食べようとするが、オリオンはそれもすぱっと奪い取る。


「リンゴ美味しいよね」


 冬眠前のリスみたいに頬を膨らませるオリオン。

 その逆襲にレイランはオリオンの好物であるステーキを奪う。


「肉美味いネ」

「それを奪ったら戦争しかないだろ!」

「先に仕掛けてきたのはお前ネ! お前が始めた戦争ネ!」

「上等だコンニャロウ!」


 リンゴ一つでよくそこまで喧嘩できるなお前ら。

 ほんとに姉妹喧嘩を見ている気分になる。


 あんまりうるさくしてると、ピリついた冒険者から怒られたりするから注意した方がいいのだが。

 そう思っていると、よろよろと足元のおぼつかない傷だらけのパーティーが一組、大部屋の中へと入って来た。

 今5層の試練が終わった冒険者だろうか? そう思い視線を向けると、そこにはボロボロになったアランたちの姿があったのだ。


「あれ? あいつ、俺たちよりずっと前に入ったはずなのに。なんで後から来たんだ?」


 そう思いしばらく眺めていると、アランのパーティーはこちらに気づくことなく場所を確保し、負傷者の手当てを行っていた。

 かなりボロボロにされたようで、まともに動けているのは、眼鏡をかけた青年くらいのものだ。

 確か最初アランと一緒に出会った、サントスという青年だったかな。

 俺は弁当片手に、パーティーから少し離れて座っているアランの元へと近づいた。


「よぉトンプソン」


 俺が声をかけると、アランは「げっ」と露骨に嫌そうな顔をする。


「アランだ……。なぜ貴様がここにいる?」

「そりゃ5層の試練が終わったから、ここで休憩している最中だ。お前、俺よりずいぶん前にここに入ったよな? 昨日か一昨日か忘れたが」

「そう言う貴様は、いつここに入ったんだ?」

「3、4時間前ってとこかな?」


 俺の言葉にアランは更に顔をしかめる。


「それでもうここまで到達したのか? 速すぎるだろ」

「そうか?」

「そもそも私たちはまず2階層目で足止めされ、4階層目に関しては丸一日費やした」

「4階層目はどんな試練だったんだ?」

「近づいたら針を放つ、歩くサボテンだ」


 あぁ、フレイアが遠慮なく吹っ飛ばした奴だな。どうやら俺たちと同じ試練が出たらしい。


「あれの謎かけの意味がわからず、一晩中サボテンに追い回されることになった」

「それ、どうやってクリアしたんだ?」

「順繰り針を受ける人間と攻撃する人間に別れて、針を受けながら倒した」

「そりゃ力技だな」

「お前はあれをどうやってクリアしたんだ?」

「歩く爆弾を放って爆破した」

「お前の方がよっぽど力技だろうが!」


 そうかな? ……そうかも。


「5階層目は?」

「第5階層に至っては、一人犠牲者が出た」

「二者択一の奴か?」

「いや、私たちに出された試練は、暗闇の中で指定されたパネルを踏み続けるというものだ」

「聞いただけだと簡単そうだが?」

「五人がそれぞれ四隅と中央のパネルに立ち、ひたすら待ち続けるのだ。終了時間を知らされておらず、視界を奪われた状態だと徐々に他の人間が本当にパネルに立っているのか疑心暗鬼になってくるのだ。言葉を発することを禁止され、他の人間がパネルの上にいると信じて立ち続けるしかない」

「そう聞くと、結構ハードだな」


 確か無音、暗闇の状況で長時間放置されると人間ってすぐ発狂するって聞いたな。


「結構どころではない。わずか数分が何時間にも感じた。やがて仲間の一人が耐え切れず、声を荒げパネルから動いた。すると仲間は真っ逆さまに落下したのだ。実は試練が始まってから、私たちの立っている床パネル以外は全て床がなくなっていたのだ」


 アランは苦い表情のまま首を振る。


「転落した仲間は、下にいたムカデに食われて死んだ」


 ってことは、こいつのパーティーは今こいつ含めて4人しかいないのか。

 チラリとパーティーを伺うと、アランとサントス、それにリーダーらしき髭面の男にドレッドヘアの女戦士がいる。皆怪我をしており、巻かれた包帯からは血が滲んでいた。


「貴様のとこはどうだったんだ?」


 俺は二者択一の試練内容を伝え、落ちかけた二人を無理やり引き上げたと伝える。

 アランは先ほどと同じく、苦い表情をしながら呆れていた。


「お前には常識というものが通じんのか?」

「俺が手を離したら女の子がムカデに食われるんだぞ? 一生トラウマになるわ」

「確かにな。そこまでいくと呆れを通り越してある意味感心する。お前だけ痣だらけなのはそういうことだろう」

「ようやく俺のことを認めたか」

「お前のバカさをだ」


 やっぱコイツ嫌いだ。


「なぜお前みたいな奴に、美しい女性がついていくのか理解できんかったが、なんとなくわかってきた」

「顔だろ」

「片腹痛いわ。生まれ変わって出直して来い」


 言いすぎだろ。


「ぐっ……」


 俺とのやりとりは強がりだったのか、アランは腕の傷を押さえて呻いた。


「もう引き返した方がいいんじゃないのか? 仲間も手負いだし、犠牲者も出たんだったら」

「バカを言うな。これからだぞ!」


 アランは手にした布袋を掲げる。恐らく彼の分け前だろう。300枚ほどの金貨がジャラっと音をたてた。


「ここまで来たんだ。次の階層ではきっと金貨が1万枚払いだされるに違いない。最低でもそれを貰わない限り、私は絶対に帰らんぞ」

「俺、このダンジョンに詳しい奴と一緒にいるんだが、基本的に五人揃ってないとクリアは厳しいらしいぞ」

「逆を言えば一人少なければ、その分分け前は多くなる」


 あかん、詰んでる奴の思考だ。


「お前はいいかもしれんが、他の仲間の意見もちゃんと聞けよ。サントスなんて嫌がってるだろう」

「彼には数合わせのために絶対に来てもらう」

「お前な――」


 言いかけたのと同時に、丁度サントスがアランの手当てをするために、こちらに来たのだった。

 サントスは俺の顔を見て「あっ」と声を上げる。


「あっ、え~と……」

「名前言ってなかったかな。梶だ。皆からは英雄って呼ばれてる」

「こんな男バカでいいぞ」

「ははっ、また会いましたね」


 サントスはそう言うと幸薄そうな笑みを浮かべながら、アランに包帯を巻いていく。


「サントスも大変だな。こんな奴の手当てなんかしなくていいぞ。こいつは君が思っている以上にクズだからな」

「なぜ既にクズだと思っている前提で話す。余計なことは言うな」

「お二人とも仲が良いんですね」

「ははっ、サントスは冗談きっついな。次そんなこと言ったらグーで殴るからね」


 笑顔で否定すると、サントスは苦笑いを浮かべる。


「す、すみません」

「サントス、君の為に言うがこいつとパーティーなんか組んでたら命がいくつあっても足りないよ。今からでも遅くない。引き返した方が良い」

「おい、余計なことを言うなと言っている」

「そうですね。確かにどんどん試練が難しくなってきて、僕じゃもうお役にたてないかもしれません」


 サントスが弱気な発言をすると、アランが慌ててフォローする。


「そんなことないぞ。自信を持つんだ。君は十分役に立っている。君がいなければクリアできなかった試練はいくつもあった」

「とりあえず、もう一階層だけ頑張ります。そこで無理そうならリーダーのブラストさんと相談しますよ」


 サントスがそう言うとアランはほっと胸を撫でおろした。


「ん~、でも一人欠けちゃったなら引き返した方がいいと思うけどな」

「そうですね、でもまだ僕報酬をいただけてないので……。こんなことを言うとがめついと思われるかもしれないんですが、ウチは母しかいないので少しでも楽をさせてあげたいんです」

「そうだぞサントス君。君が頑張ればきっと母のヤンバさんも喜んでくれるだろう」


 アランはうんうんと頷く。


「だといいんですけど」


 アランは笑いながらサントスの肩を叩くが、俺はヤンバという名前に少し聞き覚えがあった。


「あれ? 確かクロエたちが会った自警団の女性ってヤンバって名前じゃなかったかな?」

「母を知ってるんですか?」

「ウチの仲間がそんな名前の女性と話したって聞いた。サントスのお母さんってムハンの側近だったりしない?」

「ええ。側近というと語弊がありますが、補佐的な役割をやらせていただいてるはずです」

「あぁ……そうなのか」


 ムハンの側近ということは、長い時間アポピスの管理下に置かれている可能性が高い。

 彼の母親が怪物ウヌトへと変化しないか、少し気になった。


「いいからお前はあっちに行け。部外者だろうが」

「それはそうなんだが」


 そう言いながら俺はクロエの弁当をかきこんだ。

 するとアランの腹からぐぅっと音が鳴る。

 どうやら彼らは食料が尽きているらしい。


「ムシャムシャムシャ」

「…………」

「ガツガツガツムシャムシャ」

「…………」

「ムシャ」

「お前わざとだろ!」

「わざとだ」

「嫌な奴め」

「お前ほどじゃない」


 苛立ったアランが俺に石を投げつけ、声を荒げる。

 俺は気にせず奴の前で水筒の水をゴクリと飲み干す。


「美味い」

「…………」


 水を飲むと、アランは先ほどより物欲しそうな目でこちらを見ていた。

 サントスもごくりと生唾を飲み込んでいた。どうやら水の方も尽きているようだ。

 空腹はまだ我慢できるが、渇きは我慢できないからな。


「何だお前、水切れたのか?」

「うるさい」

「ダンジョンに入る前に、俺には水の魔法石があるから大丈夫だレロレロレローンって言ってただろ」

「そんなキモく言ってなどいない」


 アランは手にした豆粒みたいな石を放り投げる。どうやら魔力が切れて、ただの石ころに戻ってしまったらしい。


「お前が可愛い女の子だったら与えてやらんでもなかったがな。ただのゲスだからな」

「なんなら力づくで奪ってもいいんだぞ?」


 アランはチャキっと音をたてて剣を抜こうとする。


「やめとけ、フラフラなくせに」

「おい、行くぞ! 準備しろ!」


 二人で話していると、アランのパーティーリーダーらしき髭面の男が声を上げる。


「もう行くのか?」

「一番財宝に躍起になっているのはブラストだ。パーティーが半壊しても先に進むかもしれん」

「泥船の船長だな」

「黙れ」


 フンと鼻を鳴らすと、アランとサントスは立ち上がった。


「おい、待て」

「うるさい。私の視界から早く消えてなくな――」


 俺は水筒に水を入れてアランとサントスに放り投げた。

 二人は水筒を受け取り、訝しんだ目でこちらを見る


「……いくらだ? お前も冒険者の端くれなら、このような場所では水の価値がどれだけ跳ね上がるかわかっているだろう?」

「俺はお前と違って嫌な奴じゃないんだよ」


 ついでに布袋にリンゴを二つ放り込んでくれてやった。


「あ、ありがとうございます」


 サントスは素直に頭を下げたので、俺は「いいんだ。気にするな」と返した。

 だが、アランは最後まで憎まれ口を叩く。


「私に恩を売ろうとしても無駄だぞ」

「じゃあ返せ」


 俺は手を差し出すが、アランは返さなかった。


「貰うだけは貰っておいてやる。いざという時に私が動けなくては困るからな」


 アランはリンゴを丸かじりしながら部屋の外へと出ていく。

 最後に背を向けたまま親指を立てたので、まぁ腹減って倒れることはないだろう。



―――――――――――――――――――――――――――――

今年最後の更新となります。

今年度は皆様に支えられ、星もフォロワー数も大きく伸びた年でした。

誠にありがとうございます。感謝以外の言葉がございません。

来年もまた、騒がしい物語は続いてまいりますので、どうかよろしくお願いいたします。


                          ありんす

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