第233話 黒のピラミッドⅣ
アラン達が出立してから30分ほどして、俺たちは食事も済んだので、いよいよ第6階層に向かうことになった。
到着した試練部屋に入ると、いつも通りスフィンクスの石像がこちらを見下ろし、試練のアルディアが足元で輝いている。
硬貨のような絵柄が浮かんだアルディアを踏むと、驚くことに試練が始まる前にスフィンクスの前に六つの宝箱が現れたのだ。
オーソドックスな木箱からは、既に金貨がはみ出しており、中身がなんなのかは見るまでもなかった。
しかもご丁寧に、宝箱のそれぞれに個人の名前が書かれていて、分け前を分けやすくされている。
「凄いじゃない、一箱2000枚ってとこかしら? 全部で1万枚越えね」
「なにこれ? もうクリアしたの?」
「まさか、なんかあるんだろ」
俺がスフィンクスを見やると、予想通りスフィンクスの目が光り輝きアナウンスが始まる。
それと同時に中央の床が左右に割れ、下から真っ黒い金属製の棺がせり上がって来たのだ。
棺がパカっと開くと、中から煙の上がる白骨死体が姿を現した。
「なんだこりゃ……」
「宝箱に、棺?」
[試練6、棺に自身が今所持している全ての金貨を入れよ。目の前にある宝箱も全てである。ただし、棺に入った金貨は酸によって全て溶解され、二度と金貨として取り出すことはできない。尚第7階層目から金貨での報酬はなくなる]
「えっ、なにそれ今までの報酬全部捨てろってことなの?」
フレイアが金貨の入った革袋を抱きしめる。
「わかりやすい試練じゃねぇか。己の欲を捨てよってことだろ?」
「もう、何よここまで金貨運んできた意味ないじゃない」
「つまり貧乏暇なしってことだね」
オリオンがどや顔で言うが、こいつ多分意味間違って覚えてんだろうな。
[ただし、この棺は人間一人を中に入れることで金貨を入れなくてもクリアとする]
そうスフィンクスが言うと、この部屋の出入り口が封鎖される。
恐らく決断するまで外には出さないということだろう。
「うわ……嫌な試練」
「間違いなく仲間割れを誘うものね」
つまり、今まで得たすべての金貨を差し出すか、仲間一人を生贄にして全てのお金を手に入れるか。
目の前に置かれた宝箱は恐らくこの階層の報酬を前渡しにしたもので、これもぶちこんでしまえば本当にここまで来た報酬が0になってしまう。
しかもこれより先の層は金貨ではなく別のもので報酬を支払うつもりらしい。それが価値のあるアイテムとかならいいが、あまり価値のない骨董品なんかで支払われたら金を期待している冒険者にとっては目も当てられない事態になるだろう。
一応最後までピラミッドを踏破すればそれなりの財宝にはありつけるのだろうが、それにはまだ7層、8層、9層をクリアする必要がある。
通常の冒険者なら、ここで引き返すかどうか悩ましいところだろう。
フレイアは棺の中に入った白骨死体に小さく黙とうする。
「この棺の中に入れられた骨の人は、きっと無理やり詰め込まれたんでしょうね」
「……可哀想」
「自分の報酬捨てろって言われて、簡単に捨てる冒険者なんかいねぇよ。仲間割れしまくっただろうな」
俺は幸い骨だけ残った遺体の、頭蓋だけは外に出してやることにした。
恐らくこの試練、アラン達のような仲間に対して恩も義理もない野良パーティーほど難問になるだろう。
しかし、仲間一人と金を天秤にかけて金が勝つパーティーに先なんかないだろう。
俺は宝箱に入った金貨を棺の中にぶちまける。
「あーあー酸に沈めちまうなんて勿体ねぇ」
「ねぇ咲、酸の中に棺入れたら棺は溶けないの?」
「知らん。不思議なパワーで溶けんのだろう」
その理屈で言うと骨が残ってるのもおかしいしな。
ぶつくさ言いながらオリオンたちも自分の金貨を棺の中に入れる。
フレイアが一番何か言いそうだったのだが、彼女も自分の宝箱を棺の中にぶちまけた。
「すまんな。しっかり金貨集めてもらったのに」
「見損なわないで。金貨1万枚くらいで仲間を酸の海に沈めたりしないわ……よ」
自分で金貨1万枚と言って、規模の大きさに凹んだらしい。
「金貨1万枚もあれば、使用人付きの屋敷が買えるわね」
「プールもつけられるだろうな」
「そのお金でどっかいいとこに土地買って、それを借地にすれば一生お金に不自由しないわよ」
金の使い方が現実的すぎる。
「まぁ、俺たち貧乏チャリオットは足で稼ぐしかないんだよ。こんな簡単に金を手に入れちゃいかんのだ」
「悔しいから早く沈めて」
全員金貨を入れ終わったはずなのだが棺が沈まない。
なんでだ? と思っているとスフィンクスが声をあげる。
[棺に入れる金貨が足りない]
「はっ? もう全部入れたぞ」
1から5層分の報酬も全部入れたはずなんだが。
「チッ……」
オリオンは舌打ちして、自身の胸の谷間から金貨を10枚ほど取り出すと、棺の中に入れた。
「ガメってんじゃねーぞ」
「ちょっとくらいならバレないかと思ったんだけどな」
しかし棺はまだ沈まない。
俺は無造作にフレイアの真っ赤なビキニに手を滑り込ませた。
「場所考えなさいよ、この変態!」
俺の頭をグーで殴るのと同時に、金貨がジャラっとビキニから零れ落ちた。
「…………」
「お前よくあの一瞬でそれだけ詰め込んだな……」
「ちょっとくらいならバレないかなって」
「見事なまでに言い訳が同じだな」
金貨を全部入れ終え、蓋を閉じると棺は床下にある酸の海へと沈んでいく。
ジュワッと音が響いて、金貨は全て煙になってしまった。
「俺たちのこれまでは一体なんだったのか」
そう思っていると、棺がまた引き上げられて帰って来た。
「なんだ。まだ何か入れろって言うんじゃないだろうな?」
そう思っていると、オリオンが棺の蓋を開ける。
すると中からファラオとよく似た褐色の女性が姿を現したのだ。
女性はうっすらと全身が透けており、きらきらと光がこぼれてなにやら神々しい雰囲気を感じる。
女性は目を開くと言葉を放った。
「わたしは女神イシス。あなたたちは心の綺麗なとても良いパーティーです。褒美を授けましょう」
おぉ、これってもしかして金の斧と銀の斧的な展開なのか? 正直に金貨を全部支払ってよかった。
そう思っていると女神イシスは光り輝く指先を俺に向ける。
すると一枚の金色のカードが手に入った。
カードには鎖に繋がれた太い腕が刻印されている。
「これは……」
「封印されし守護神の右腕です」
「おい、これ5枚ないとあかん奴だろ。右腕だけ渡されてどうするんだ」
「7層と8層でもカードが一枚もらえる可能性があります」
「いや、どっちみち5枚足りねぇじゃねぇか」
「それでは私はこれで……」
イシスはすっと消え去ろうとする。
「おい待てふざけんな! こんな使い道ないもん渡されて褒美とか言うな! エセ女神か!」
そう言うとイシスは眉をピクリと動かす。エセ女神と言われたのが頭にきたようだ。
「いいでしょう、この中からもう一枚カードを選びなさい」
イシスが中空に手をかざすと、金色のカードが数枚宙に浮かぶ。
俺は適当に真ん中のカードを選んだ。
するとカードがもう一枚俺の手に吸いこまれてきた。
「……封印されし守護神の右腕」
「フフッ、早速ダブりましたね」
女神はクスッと笑みを浮かべる。
何わろてんねん。
「いるかこんなもん!」
「しょうがありません。ダブったカードを交換してあげましょう」
女神が指を振ると、封印されし守護神の右腕が右足にかわる。
「いや、そうじゃなくてさ! よくわかんねぇカードの右半身渡されても困るんだよ!」
「ですから5枚集めれば神を召喚できますが」
「だから7、8層でしか貰えないんだろ!? 1層1枚ずつだったらもう5枚揃わないんだよ! あと仮に5枚揃ったとしても多分いろんな事情で召喚できねぇよ!」
「フフッ、それは残念ですね」
何わろてんねん。
「仕方ありません。でしたらこちらを差し上げましょう」
女神の手がうっすらと光り輝くと、俺のスマホの中にその光が吸い込まれて行った。
「あなたの所持品の中に、マジックアイテム、メモリーオブワンセグゥの能力を追加しました」
俺のスマホのアプリ欄に、目玉みたいなアイコンが追加されている。
「これは?」
「過去を覗き見ることができるマジックアイテムです」
「えっ、すごっ……誰の過去でも見放題なのか?」
「いえ、このワンセグゥで見れる過去は、強い思念や、想念、怨念、無念、情念などを感じた場所でのみ見ることができ、よっぽど強い念がある場所でないと見れません」
「なんだその全然電波入らないテレビ機能みたいなのは」
「それではさようなら。あなたたちにご武運を」
「おい! 絶対そんなこと思ってないだろ!」
女神は今度こそ、すぅっと薄くなって消えていく。
「金貨1万枚で使い道のないカードとガラクタ渡されたネ」
「全くだ」
俺はワンセグゥというアプリにしか見えないマジックアイテムを起動させてみるが、スマホの画面は真っ暗なままだ。
「やっぱ映んねぇし」
「騙されたネ」
まぁ元から金貨は失うつもりでいたから別にいいんだがな……。
はぁ、と小さく息を吐くと、スマホの画面に一瞬ノイズが走った。
ん? と思いスマホを壁に向けたり床に向けたりしてみる。するとまたパチッとノイズが走った。
俺はノイズが走った方にスマホを向けると、そこにはさっきとりだした頭蓋骨があった。
「あっ、もしかして棺に押し込まれた白骨死体の怨念とかが残ってるかもしれない」
「ちょ、ちょっとそういう怖いこと言うのやめなさいよ」
「そうネ、亡霊とか怖いネ」
霊を怖がるアンデッドってどうなんだ。
俺はスマホを頭蓋骨に近づける。すると、真っ暗だった画面に何かの人影が映った。
俺はその影が見知ったもので息を飲んだ。
そう、スマホに映し出されたのはさっき別れたばかりのアランだったからだ。
「おい、ちょっと待て。まさか、この骨ってあのアホじゃ」
全員が食い入るようにスマホを覗き込むと、徐々に映像が鮮明になっていく。
アラン達にも同じ試練が出たようで、棺を囲ってパーティーが口論になっている様子が伺える。
「咲、音、音ないの?」
「ちょっと待て」
俺はスマホから音を出すと、アランの声が聞こえてきた。
「ブラスト殿、さすがに冗談でしょう? 人の命ですよ」
「そ、そうですよ。ここは金貨を棺に入れるべきですよ」
アランとサントスはリーダーのブラストを説得するが、彼は大きく首を振る。
「出入口が閉じられた以上、金貨を捨てるか一人犠牲にするかどちらかしかない」
「それはわかっています。ですが……」
「お前らはここまで来て、手に入れた金をみすみす捨てるっていうのか!?」
ブラストはダンッと音を響かせて棺を叩いた。
「ここで一人いなくなれば、この場にある金貨は全部俺たちのものだ」
「で、ですから、次の7層を皆で頑張ればいいのではないのでしょうか? 7層でしたらより多くの報酬が――」
「7層から金貨の報酬はなくなるって言ってただろう。つまり金が払いだされるのはこの層が最後なんだよ。だからこの金は是が非でも持って帰らなきゃなんねぇんだ!」
アラン達のパーティーは完全に試練の術中にはまっていた。
いや、冒険者同士のパーティーならこうなるのが普通で、あっさりと金貨を捨てた俺たちの方が異常な方なのだろう。
「……もし仮にですが、犠牲にするとしたら誰を選ぶおつもりなのですか?」
「そりゃ決まってんだろ。この中で一番役に立たねぇ奴よ」
ブラストはカタカタと震えていたサントスを見やる。
彼も自分と言われる予想はついていたようで、涙目になりながら首を振っている。
「この中で一番低レアなのはお前だな、サントス」
「そ、そんな、ぼ、僕は……」
ブラストはサントスの体を掴むと、無理やり棺桶の中に押し込もうとする。
「やめてください。お願いします、お願いします! 報酬も何もいりませんから殺さないで下さい。お願いします!」
サントスは泣きじゃくりながら必死に抵抗するが、華奢な彼が逞しいブラストに抗えるわけもなかった。
その上、仲間のドレッドヘアの女戦士が「早くしな」とブラストを手伝い始めたのだ。
「助けて下さい! お願いします! アランさん! ア゛ランざん゛! ア゛ランざん゛!」
サントスの泣き叫びながら助けを求める声が響く。
アランは俯いたままで、無理やり棺に押し込まれるサントスを見ようとしない。
「すまない……」
アランは小さく呟く。
そう、こいつはこういう男だ。結局は自分を優先する。ある意味冒険者として一番正しい男だ。
「さっさと入んな!」
「ア゛ランざん゛! ア゛ランざん゛! 死にたくないです。だずげで! ア゛ランざん゛!」
「暴れるんじゃねぇ!」
サントスは顔面を殴打され、鼻血をまき散らし、顔面は涙と血でグチャグチャになっていた。
ブラストと女戦士は無理矢理棺桶を閉じようとする。
「みっともないんだよこのガキは。ダンジョンに入った以上、こうなるリスクは覚悟しとくんだね」
「お前の母ちゃんにはトラップで死んだって言っておいてやるぜ」
「助け……アランさん……」
棺桶が完全に閉じようとした時、不意にサントスを掴んでいた太い腕が血飛沫を上げて地面に転がる。
一瞬何がおこったかわかっていないようで、ブラストと女戦士は呆気にとられていた。
しかし、ブシュっと腕から大量の血が吹き出たことでブラストの腕が切り落とされたのだと理解する。
「ぐあああああっ!!」
「なにっ!?」
二人が振り返ると、そこには剣を構えたアランの姿があった。
「テメーなんのつもりだ!?」
「裏切ったのかアラン!?」
「私は元より卑怯な男。君たち二人を倒して金貨を手に入れることにしただけだ」
アランは手にしたリンゴをしゃりっとかじった。
「あるムカつく男とかわした約束だ。むざむざ彼をやらせはしない」
「わけのわからねぇことを」
「2対1で勝てると思ってんのかい!?」
「愚問だな。私は戦うと決めた。ならば突き進むだけだ!」
アランが剣を構えて突進したところでワンセグゥの画面は暗くなってブラックアウトした。
この後アランとサントスがどうなったかはわからない。
「なによこれ、いいとこで終わっちゃったじゃない!」
「この先どうなったの!?」
俺は白骨化した頭蓋を見て、これがアランやサントスでないことを確信する。
「咲、あの後どうなったか気にならないの?」
「大丈夫だ。あいつらは生きてる。人でなしのクズが約束を口にしたんだ。負けるわけがねぇ」
そう残して、俺たちは第7階層へと向かうことにした。
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新年あけましておめでとうございます。
本年もガチャ姫の方、よろしくおねがいします。
ありんす
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