第231話 黒のピラミッドⅡ

[試練3クリア。第4階層へ進め]


 今のところ順調に階層を進んでいく。

 第4階層へと入ると2階層目の時と同じく戦闘試練で、今度は歩いてくるサボテンを倒せというものだった。

 ナハルからあらかじめ、一定距離まで近づくと針が何千本と飛んできて串刺しにされると聞いていたので再びレッドホットチキンに出張願った。

 動くサボテンはコッコッコと近づいてくる爆弾に針1000本を見舞うが、あの焼き鳥針1000本程度のダメージなら無効化するらしく、飛んできた針は突き刺さった瞬間逆に全て燃えてしまい、なかったことにしてしまう。

 そしてそのまま無事サボテンの足元に到着すると大爆発を起こした。


「お前の焼き鳥、マジで強すぎねぇ? こいつ放ったら大国でも火の海に出来る気がするんだが」

「コントロールできないから、気分次第でこっちに帰って来るわよ」


 やっぱ俺たちに相応しい欠陥スキルだった。

 

 あっさりと4階層をクリアして、先へと進んでいく最中、俺はナハルに気になっていたことを質問する。


「なぁナハル。このピラミッドってコピーとは言えアポピスが挑戦してきた連中を皆殺しにする為のものだろ? それなら最初から無理難題をふっかけて絶対クリアできない試練にしちまえばいいんじゃないのか?」

「貴様らは全員死ぬなどと、最初からクリアさせるつもりがない試練を設定するということでありますか?」

「そう」

「それは無理であります。このピラミッドは神殿であり、あくまで試練という名目で魔法が発動する構造になっているであります。つまり基本的にどの階層も全レアリティが揃っていればクリアできる難易度になっていないと、試練自体が発動しないのであります」

「えっ、そうなの?」

「このピラミッドが白のピラミッドの再現ならば、試練を発動させているのはファラオの父君が作り上げた、ティスアの試練という魔術が基礎となっております。実はこの魔術は元々このような侵入者防止用のトラップに使われるのではなく、ファラオの婚約者を決める為に作られたものだったりします」

「えっ、そうなの?」

「はい、今でこそ、このように複数人で挑む冒険者用に改造されていますが、本来は己の欲や、人間が犯しやすい罪をテーマにした試練であります」

「それを乗り越えられた奴はいるのか?」

「お一人だけ。アレス様というお方だけであります」

「ちょいちょいファラオの口からも出てくる英雄の名前だな」


 ファラオはアレスのことを他の民と同様愛していたと言ってたが、やはり婚約者試練を受けるってことは、やっぱりそういう間柄だったのだろうかと想像する。


「とても強く勇敢な方でありました……」


 そう言って悲し気な顔をするナハル。

 やはり、何かあったのだろうか? いや、こいつら普通にボケてくるからな。

 油断はできない。


「話を戻しますが、九の試練はあくまで試練を与え、その試練に打ち勝った者には褒美を授けるというルールの下でつくられているのであります」

「だから階層ごとに金貨が払われているわけ?」

「そうであります」


 ナハルは壁に刻印されている古代文字のような魔法術式に触れる。


「ですので、ここに書かれている術式ではあくまで挑戦者とダンジョンは対等であり、クリアできる難易度のものを設定しなければ試練は発動しないのであります」

「だからお前たちは死ぬとかいう無茶なことはできないってわけか」

「そうであります。でなければ、白のピラミッドに冒険者は集まりませんでしたので」


 確かに、元は財宝で冒険者を釣る為に用意したものだったな。

 フレイアはその話にふと首を傾げる。


「でも、パーティーによって練度が違うし、難易度の設定は難しいんじゃないの? レアリティ低くても強い奴はいるし、その逆もあるでしょ?」

「はい、ですので先程の2階層目の試練。あれが足きりの試練であります」

「ああ、あのミイラ男が山ほどでてきた奴か」

「はい、この試練を超えられなければ引き返した方がいいという意味であります。が、試練が始まった時、本来開いているはずの入り口の扉が封鎖されていました。あれでは足きりにあった冒険者が逃げることが出来ず、そのまま殺されるしかありません。あれはアポピスが後から細工したものでしょう」

「試練の内容自体をかえることはできないが、出口閉めて閉じ込めたりするくらいはできるわけか」


 姑息だとは思うが、試練の内容をいじれない以上、そう言った手を使うしかないのだろう。

 扉を閉めるくらいならまだ可愛い方だと思うが、つまり試練の最中にアポピスのしもべをぶちこむことはできるってことだな。


「じゃあ4層は?」

「あれは知恵の試練であります。わたしめも深くはわかりませんが近づけば殺されるモンスターに対して、どのように対処するかが焦点だったのでありましょう」

「なるほど。一人が気を引いて、他が遠距離攻撃とか、確かに協力すればやりやすそうだな」


 力技で爆発させたけど。


「もしかして、試練ってちゃんとクリアしないとお金払われないの?」


 フレイアは首を傾げる。確かに4層は力技でクリアした為、スフィンクスから金貨の払い出しがなかったのだ。

 

「その通りであります。想定した突破方法ではないと報酬は支払われませぬ」

「なるほど。焼き鳥も考えようだな」


 歩き続けて、俺たちは5階層目へと到着した。

 いつも通りにたたずむスフィンクスの石像に、足元にはいつもと違う紫色に光る試練のアルディアがあった。

 アルディアには人間だろうか? 二人の棒人間のように見える絵が浮かんでいる。


「お気をつけ下さい。紫のアルディアは高難易度を示唆しております。マークは恐らく人間の罪をテーマにしたものでしょう」


 警戒しながらアルディアを踏むと、スフィンクスの目が光り輝いた。


[試練5、二者択一。助ける方を選べ]


「なんだ?」

「まずいであります!」


 ナハルが声を荒げた瞬間、目の前にいたはずのオリオン、フレイア、レイランの前に巨大な檻が降ってきて三人と隔離される。

 残されたのは俺とナハルとサクヤだったが、不意に彼女達が立っている床が崩れたのだ。

 俺は間一髪身を乗り出して、崩落した床に落ちかけた二人の手を掴むことに成功する。

 俺の両手には二人の腕が握られ、二人は宙づり状態となっていた。

 崩れた床の遙か下には、無数の巨大な針が剣山の如く敷きつめられており、手を離せば二人が串刺しになることがわかった。

 俺は寝ころんだ状態でなんとか腕だけを必死に伸ばして、二人の体を手離さぬようにする。


「ぐおおおおっ、これはどういう試練なんだ!?」

「この試練は心の試練であり、下に見える針山は本来幻覚であります! その幻覚に惑わされず吊られている人間が自ら跳び下りるか、支えている人間が一定時間腕を離さなければクリアとなります!」


 下に見える針山は幻影だと言うが、ぱっと見は本物にしか見えない。

 しかし、ナハルの着ていた風呂敷がはらりと落下していくと、確かに風呂敷は針山に突き刺さることなく地面に落ちた。どうやらあの針は本当に偽物らしい。

 しかし、そのかわり何か地面で蠢いているものが風呂敷を食い荒らしたのだ。


「チッ、最悪だ……」


 俺はその蠢くものが何百、何千を超えるムカデだと気づいて舌打ちをする。

 ムカデは食欲旺盛らしく、風呂敷をズタズタにすると宙づり状態になっているナハルとサクヤにその鎌首をもたげている。

 針は幻影だが、明らかにあのムカデは幻影なんかじゃなくて実体がある。

 よく見れば、その辺にムカデに食い漁られたと思われる、白骨化した冒険者の骨が山のように転がっていた。

 あんなとこに落ちたら一瞬で骨にされるぞ。


「下にいる虫は本物だ!」


 こんな悪趣味な事をするのはアポピスで確定だろう。野郎試練はいじれないから、その分虫を用意したりと陰湿な行為が目立つ。

 虫が本物ってことは手を離すのはなしだ。

 俺がこの手を支え続けるしかない。しかしいくら女性でも、二人分の体重を長時間腕の力だけで支え続けるのは苦しい。


「咲!」


 その光景を見ていたオリオンが剣を抜いて、檻に斬りかかった。

 だが、檻は簡単に剣を弾きビクともしない。


「ちょっとどいて、アタシの不死鳥で」

「待つネ」

「なによ!?」


 レイランは片手に稲妻を纏わせて檻に向かって電撃を放つ。その瞬間檻は電撃を跳ね返しオリオンの足元に着弾した。


「うわああっ! びっくりした。この檻、もしかして魔法弾くの?」

「お前の焼き鳥使ったら、ワタシたち檻の中で仲良く爆死ネ」

「じゃあどうしたらいいのよ!」

「あれ見て! なんか出てきたよ!」


 オリオンが指さす方を見ると、壁の一部がスライドし、そこから鎖が飛び出てきて俺の首に絡みついたのだ。


[時間経過、偽善の鎖を発動。偽善の鎖はどちらかの手を離し、仲間を一人落とすことで解除される]


「最低なギミックだなオイ!」


 俺の首を鎖がめりめりと締め上げていく。


「隊長様、わたしめを離すであります! わたしめより他の戦力を優先させた方が良いであります!」

「……わたしより……試練を知ってる……猫さんの方が良い」


 ふざけんなよ。一人を突き落として殺した後、どんなツラしてダンジョン攻略進める気だ。

 鎖がギリギリと首を締め上げ、首の薄皮がむけて血が滲んでいく。

 くそ、酸素が脳にいかねぇ。シメ落とされる。

 恐らく相当青い顔をしているのだろう。ナハルとサクヤの顔がどんどん泣きそうになっていく。


「もういいであります! わたしめはあなたたちの仲間ではありませぬ! 隊長様が仲間を大切にされる方だとわたしめは重々承知しております! わたしめを落とすであります!」

「うるせー黙ってろ! ここまで来て仲間じゃないとか寝言言ってんじゃねぇ!」


 この鎖、こっちが落ち気絶するか落ちないかギリギリのところで調節してやがるな。あくまで俺の手で仲間を殺させたいらしい。

 本来ならば落としても最悪仲間は死なないが、この黒のピラミッドでは別だ。二人をムカデのエサにして白骨化した冒険者の仲間に入れてやるわけにはいかない。


[時間経過、番人を投入。ハンマースコーピオン出現]


 石壁がスライドし、中から人間サイズの巨大な蠍が姿を現す。

 毒尾部分が丸く重そうで、まるで鉄球を背負っているように見える。


「冗談だろ……」

「ど、どうしたでありますか?」

「でっかい蠍が出てきた」

 

 俺が二人に状況を告げると、二人は青ざめた。

 蠍は悠々と俺の前までやって来ると、その尾で思いっきり俺の顔面をぶん殴ってきやがった。

 動けない状況でこれは辛い。

 蠍は無抵抗な俺をそのまま右に左にと鉄槌のような尾で嬲っていく。

 毒針がないだけマシかと思ったが、これで昏倒させられては元も子もない。


「なによ、このゲスな試練! 完全に殺しにかかってるじゃない!」


 フレイアが檻をガッシャガッシャと叩くが、びくともしない。


 ハンマースコーピオンは、顔をいくら殴っても無駄と思ったのか、二人を支えている腕に重い尾を振り下ろしたのだ。

 メキッと腕から嫌な音が鳴り、痛みに顔をしかめる。

 俺はどうすることもできず、ただただ蠍にサンドバックにされつづけるのだった。

 意識が落ちそうだと思った時、ガッシャガッシャと檻を叩く音が聞こえる。


「サーーーキーーーー! 踏ん張れーーーーやれーーーーー! 根性見せろ!」


 ウチのうるさい相棒がチンパンジーかと言いたくなるくらい、檻をバンバン叩いている。

 その目を血走らせ、何度も檻を叩いた拳からは血が滲み、噛み過ぎた下唇からは出血していた。


「サキーーーーーー! サキーーーーーー!! あああああああサキーーーーーーーー! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」

「うるせーなアイツ」


 相棒の声援なのか怒声なのか奇声なのか区別のつかない声に笑ってしまう。

 だからこそ、俺は意識を保っていられる。

 俺はやるしかねぇと、もう一度歯を食いしばった。


「サクヤ、このままじゃ埒があかねぇ。俺の腕に力があるうちにお前らを引き上げる!」

「どうするの?」

「二人とも右手に掴まれ。勢いをつけて無理やり引き上げる!」

「そのようなことが――」

「いいから早くしろ! 酸欠で俺が落ちる前に!」

「わ、わかったであります!」


 ナハルはサクヤの腰にしがみつき、俺は両手でサクヤの腕を持つ。そして二人の体を振り子の如く大きく振るう。


「サクヤ! タイミング合わせろ! 1、2の!」

「……3!!」

「根性!!」


 サクヤは壁を思いっきり蹴り上げ、体が大きく揺れる。

 俺はその勢いを利用して、釣りで竿を持ち上げるように二人の体を思いっきり後ろに向かって放り投げた。

 二人は穴から抜け出し、中空へと放り投げられた。


「……よくも王君いじめたな……」


 サクヤは槍を放り投げると、ハンマースコーピオンは槍に刺し貫かれ串刺しとなった。


[試練5クリア 第6階層へ進め]


「くそ、ひどい目にあった」


 俺はズキズキと痛む腕をさすった。

 恐らくこの試練は、手を離せば簡単に試練失敗ギブアップにしちまえる内容だったはずだ。それをアポピスの野郎がムカデで逃げ道塞いだせいで凶悪な内容にかわったわけだな。


「ちょっと大丈夫?」

「多分折れてはない」


 駆け寄ったフレイアたちがこちらの手当てをしてくれた。

 口の中を切ったり、ボコボコとハンマーで顔を殴られて見た目酷いことになっているがそこまで重症ではない。

 だが、皆泣きそうなので逆に申し訳ない気持ちになってしまう。


「なんかすまん」


 俺が一言謝ると、スフィンクスの口から金貨が大量に吐き出される。

 多分1000枚近くあるのではないだろうか?

 だが、フレイアたちは誰も金貨を拾いに行かず、ひたすら手当を続けてくれていた。


「拾わなくていいのか?」

「そこまで薄情じゃないわよ」


 どうやら金貨よりかは優先してくれるらしい。


「最近なかったけど、咲ってほっとくとすぐボロ雑巾みたいになるんだった」

「絶対前に出しちゃダメなタイプネ」


 散々な言われようである。


「申し訳ありませぬ」


 ナハルがしゅんと尻尾と耳を垂れさせて謝るので、その頭を軽く撫でる。


「大丈夫だ。だから自分は仲間じゃないとか悲しいこと言うのはやめてくれ。ああいう時は無責任に早く持ち上げろって言うくらいでちょうどいいんだ」


 そう言うとナハルは、少しだけ頬を赤くしてコクリと頷いた。

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