第226話 合流

「おい、聞いたか? マンダル遺跡を盗賊団が爆弾で吹っ飛ばしたらしくて、自警団が何人かやられたらしいぞ」

「本当か? あんな巨大な遺跡を吹っ飛ばすなんて、奴らとうとう本気になったんじゃないのか?」

「わからん。自警団の命令で水を街で一括管理して、盗賊団に分け与えないようにしていたらしいが」

「それでやけっぱちになって遺跡を爆破したんじゃないのか? 水を止めたのはさすがにやりすぎだと思う」

「次はこの街が狙われるかもしれないな」

「ムハン様は盗賊団はもうじき全員捕まえることができるって言ってたのにな……なりふり構わなくなった盗賊団との戦争になったらたまらんぞ」


 俺たちが巻き起こした大爆発にマンスラータリアの住民は戦々恐々としており、街のいたるところで話題になっている。


「世の中悪い奴もいるみたいね」

「全くだ。遺跡や神殿吹っ飛ばすとか、どんな神経してるんだか」

「やり口が最低よね。人が崇拝するものを吹っ飛ばすなんて」

「ああ、そうだな……」


 そう言って俺は隣にいる、すっとぼけた犯人を見やった。

 深紅のビキニにデニムのミニスカートをはいた少女は、変装用の伊達眼鏡をかけ、ふんと自慢のツインテールを揺らす。


「しょ、しょうがないじゃん。不死鳥フェニックスがどんな能力だったのかアタシだって把握してなかったんだから」

「あのさ、フェニックスって名前やめない? 名前負け感半端ないんだけど」

「じゃあ何にするのよ?」

「からあげ君なんてどうだ?」

「嫌よ。大体揚げてないわ」

「じゃあ、手羽先にするか?」

「嫌よ。死ぬほどダサいじゃない」


 いくつか案をあげた後、不死鳥は焼き鳥君レッドホットチキンと呼ぶことにした。

「そんなバカみたいな名前の必殺技、絶対嫌」とフレイアは大いに気に入ってくれたようだ。

 そんなことを話しながらも夕飯の買い物を進める。

 ファラオやナハルたちを助けた後、祝勝会ムードが漂ったのだが、アジトに戻っても食料はおろか、水も盗んだものしかなかったのである。

 とりあえず俺たちを目撃した奴は全員死んだっぽいから多分大丈夫じゃね? ということで、包帯で口元を覆い隠したり眼鏡をかけたりして軽い変装をしてから食料の買い出しに来ている。

 予想は当たったようで、堂々と買い物をしても特にバレることもなく、なんならこの辺りで盗賊団が爆弾を爆発させたらしいから注意しろと、逆に心配されてしまったくらいだ。

 アポピスの情報伝達網は意外とザルらしい。


「帰ったぞ。変装すれば多分大丈夫だ」

「そのうち気づかれるかもしれないから安心はできないけど」


 食料を買い終えた俺たちは、アジトである地下水路カナートへと戻って来た。

 買ってきた食材や果物を粗末なテーブルの上に並べていく。そこにナハルの眷族である風呂敷猫たちがやって来ると中から葡萄を見つけ、ニャーニャー言いながらかっぱらっていった。

 部屋の隅で葡萄を一粒一粒仲間の風呂敷猫たちに分けてパクついているのを見て、ちょっと和んだ。

 その様子を見てナハルは申し訳なさそうにしていた。


「何から何まですみませぬ。我々は面が割れている為、外で買い物などできないであります」

「気にするな。乗りかかった船だ。ここが物資不足で苦しんでたのは知ってる」

「まぁアタシたちもそんな裕福じゃないから、あんまり期待しないで」

「ピラミッドさえ取り返せば必ずやお返しいたします」


 その隣で仏頂面のセトがこちらを睨んでいた。


「セト、ファラオを助けていただき、水も魔法石で大量にいただき、食事までご馳走になるのであります。そのような態度は失礼であります」

「フン、そんなことは理解している。非礼は詫びたし、感謝もしている」


 と、言いつつもセトは腕を組んで不機嫌さを隠そうとしない。


「あのことは既にファラオがお許しになられたこと。我々が口を挟むことではありませぬ」

「ファラオを助けてもらったことは深く感謝している。しかし、その代償にファラオの乳房を揉むなど、なんと破廉恥極まりない。本当なら例え恩人であっても張り倒しているところだ。そうだナハル、貴様の乳房をくれてやってはどうだ? お前のその神官にしては無駄に育った肉で我慢してもら――」


 言い切る前にセトの鼻にナハルのグーが叩き込まれた。


「わたくしめのであればいくらでも構いはしませぬが、あなたに言われると無性に腹が立つであります」


 ナハルはシュッシュとシャドーボクシングをしており、セトは鼻を押さえて蹲っていた。

 二人の様子を俺は他人事のように見やっていた。


「なんか揉めてんな」

「多分、咲のせいだよ」


 彼らを助ける時にファラオのおっぱい揉ませてもらうとか適当なことを言ったのだが、ファラオは「よい、許す! 存分に揉むが良い!」と扇子を振りながら気前よく快諾したのだ。

 俺はルパンダイブでファラオに飛びつこうとしたが、小さいレッドホットチキンが俺の前にやってきて爆発しやがった。その為ファラオの乳揉みは不発である。

 チリチリのアフロにされた時のことを思い出して、悠々と夕飯の準備をするフレイアを見やった。


「お前、嫉妬深すぎなんだよ」

「あんたが他の女の乳揉むとこ黙って見てろって言うの?」


 お互い超小声ながら、怒りを隠さぬ低い声で話す。


「ちょっとくらいいいだろ。ファラオのおっぱい揉んでお前が死ぬわけじゃないんだしよ」

「はっ? その目玉抉るわよ。嫉妬に狂って死ぬわよ」

「お前他の連中見ろよ。咲だからしょうがないねーとか、王ですからとか、ケダモノ止める薬ないネ、とか言ってわかってくれてんだろうが」

「その空っぽの頭にフェニックス送り込んで中から爆発させるわよ。アタシはわかってくれてるとか、彼女たちは理解してくれてるとかで簡単にすまされる尻も脳も軽い女じゃないわよ。言っとくけどアタシめっちゃ重いわよ?」

「フェニックスじゃなくて焼き鳥君だろうが。そこはなんとかご理解していただきたい」

「変な名前つけないでって言ってるでしょ。アタシで我慢しろって何回も言ってんでしょうが」


 フレイアは苛立ちながら、デニムのスカートをたくしあげると深紅の切れ込みが鋭いパンツが目に入る。

 うまいこと死角を使って見えないように見せてるところがこいつの凄いところである。

 俺も聞き分けてくれないフレイアに苛立ちながらもパンツをガン見する。


「チッ、良いパンツじゃねーか」

「フン、青色もあるから後で見せたげるわ」

「ありがとうございます」


 二人で仲良く喧嘩していると、ガイドの男が大喜びしながらアジトの階段を駆け下りてきた。


「やったぜ! 見てくだせぇ。近くをニワトリが歩いてたんで、とっ捕まえて来ました。こいつを丸焼きにして、皆さんで食ってくだせぇ!」

「ニワトリが普通に出歩いてたのか?」


 ガイドに足を持たれ、逆さまにされているバカそうなニワトリを見やった。


「離さぬか! このバカ者! 我輩はニワトリではない」

「しゃ、喋った!? なんだこいつ」

「やっぱりか」


 捕らえられてバタバタと暴れているのはドンフライだった。

 買い出しに行った後行方が分からなくなっていたのだが、やっぱその辺ほっつき歩いてたのか。


「おぉ、お前たち! そんなところにいるとはちょうどいい! 我輩のことをニワトリだと思い込んでいる、この哀れな男を早く殺すのだ!」


 哀れなのはどっちなんだ。

 ガイドの男は珍獣を見るような目で見やっていると、ドンフライは羽をバタつかせて大暴れしている。

 

「すまない。それはウチのチャリオットの仲間で、自分のことをニワトリじゃないと思い込んでいるサイコパスなニワトリなんだ」

「誰がサイコパスだ! 貴様らには年上を敬う精神が欠けている。いいか、どの世界でも、数々のインフラ整備をして暮らしをよくする努力をしてきたのが年配者である。その功績があったからこそ貴様らが高水準な暮らしができているのだ」

「アホ程インフラ整備して山のように借金作ってきたのも年配者だけどな」

「は、はぁ? とりあえずお知り合いということはわかりやした」


 ドンフライは解放されると、プリプリと尾羽を振って怒りを露わにしている。


「しかし、ここは盗賊団のアジトではないのか? 貴様らなぜこんなところにいるであるか?」


 俺たちはドンフライに今までの経緯を話してやった。


「ふむ、なるほど。やはり我輩が睨んだ通り自警団は悪であったか」

「睨んだって、なにかあったのか?」


 ドンフライはクロエや銀河を連れて買い物している最中トラブルにあい、ムハンに助けてもらったと話す。

 その後全員でムハンの豪邸に招かれて話をしたらしいのだが、飽きたドンフライは一人で豪邸の中を探索。地下に入ると人間そっくりの金の像を大量に見つけたと言う。

 しかもそこには怪しげな金の蛇が住んでいたが、仲良くなったので逃がしてやったと。

 話を聞いていたセトが「むぅ」と唸る。


「その話が本当だとしたら、やはり金色の蛇はムハンが隠し持っていたか」

「金色の蛇ってファラオの眷族で、金を産み出すことができるっていう?」

「そうだ。金色の蛇がいればファラオはお力を回復することができるのだが……。その蛇は逃がした後どこへ行った?」

「わからんである。我輩に、この鏡を託してどこぞへと消えたである」


 そう言ってドンフライは小さな楕円形の鏡を羽の中から取り出す。

 受け取ったセトは鏡を見て、大きく目を見開いた。


「こ、これは……まさかラーの鏡ではないか!?」

「えっ? 鏡って壊されたんじゃ?」

「恐らく金色の蛇が割れた破片を飲み込み、長い年月をかけて体内で修復したのだろう……」

「そんな大事なものであったか。腹を空かせていたからキノコを渡してやった。既に奴と我輩は友である」

「お前良い奴だな」

「我輩は元から良い奴である」

「こうしてはいられぬ。金色の蛇を探しに行かなくては!」


 セトはすぐさまアジトを出ようとするが、俺は肩を掴んで制止させた。


「やめとけって。あんたみたいに目立つ奴が外に出たら一発でバレるぞ。明日になったら俺たちで探す。恐らくだが自警団が蛇を探している様子はなかった。つまりあいつら、まだ蛇が逃げ出したことに気づいてないんだ」

「む、むぅ……」


「あ、あの~ごめんください……」


 セトと話をしていると、不意に頼りなさげな声が地上の方から聞こえて来た。


「こちらにドンフライさん……見た目は完全にニワトリなのですが、人の言葉を喋るニワトリさんが来たと思うのですが……」

「銀河さん、そんな遠回しな言葉じゃなくていいですよ。あの、すみません! わたしの非常食返して下さ――キャアアアアア!」


 頼りない声からいきなりやかましくなった。

 見やるとアホの神官がアジトの階段を踏み外して凄い勢いで転がり落ち、こちらに向けてM字開脚してきた。その後ろにアホのメイド忍者と、人妻のような醸し出すエロさのハーフエルフとG-13が続いた。

 黒ターバンの魔物たちが警戒に入るが、俺たちは全員首を振った。


「大丈夫だ。ちょっとアホなだけで害はない。俺の仲間だ」

「あれ? 皆さんなんでこんなところに?」


 ソフィーたちは俺たちと合流を果たし、今までのことをドンフライと同じように話してやる。


「良かったです。街の外でおっきな爆発が起きた後、自警団の人たちがわたしたちを保護してやるって言って来たんです」

「でも、明らかに怪しかったので断ったら、いいからこっちに来い。たっぷり可愛がってやる、と……とても怖かったです」


 グズっと泣きそうになる銀河を抱き寄せて頭を撫でてやる。

 お前は本当にどこいっても飢えた男に襲われそうになるな。


[ワタシガ発砲シテ追イ払イマシタガ、顔ヲ真ッ赤ニシタ連中ハ、我々ノキャンプヲ破壊シマシタ]

「まさかそのガドリング砲でか?」

[ハイ、ミンチニシテヤロウト思ッタノデスガ残念デス]


 G-13の両腕に装備されているガトリング砲がキュイーンと音をたてて回転する。

 そりゃ自警団もミンチにされかけたら怒り狂うだろう。

 どうにもウチの連中が原因なのでは? と思うことが頻発している気がするが、気にしないことにした。

 一通りの情報交換を終えると、やはり自警団のリーダーであるムハンが黒幕であることは疑いようがなかった。


「やっぱりわたしの思った通りですね! あの男からなにか邪悪な気を感じていたのです!」

「珍しく役にたったな」

「珍しくは余計で――」


 怒ったソフィーの腹からキューと音が鳴る。腹が減ってるのは皆同じようだった。


「すまない、逃げてきて早速で悪いんだが飯の準備をしてくれるか? ここにいる連中皆弱っててな。俺も手伝うから暖かい飯を作ってやりたいんだ」

「はい、すぐに準備いたします」


 クロエと銀河は調理用の部屋に移ると、キッチンと呼べるような代物ではない場所でも、手際よく料理を作っていってくれる。


「クロエと銀河が帰って来てくれて助かった。こんだけいるのにまともに飯作れる奴いないもんな……」


 俺はポンコツ共を見渡す


「心外ね。アタシの本気見せようか?」

「本当です。わたし食べる専門ですが、そこまで言うなら相手になりますよ?」

「ここには調理道具が全くありません。本機の実力を十分発揮することは難しいでしょう。しかしそこまで言われて黙っているのもプライドに関わります」

「ワタシの実力侮ってるネ。菱華村に伝わる伝統食、死肉遊戯振舞ってみせるネ」


 なんでできないくせにこいつら皆自身満々なんだ。

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