第225話 おのれアポピス

 地下水路を出て外に出たファラオは、遮るもののない強い日差しを受け、一瞬よろめく。

 肌を焦がすような灼熱の光は立っているだけでも体力を奪う。

 咄嗟にセトが支えるが、もはやファラオに寸分の力も残っていないと悟る。


「大丈夫ですか、ファラオ」

「大丈夫じゃ。案内せい」


 ガイドの男はファラオたちを連れて、自警団が捕虜をとっている場所へと向かう。

 案内された場所は熱く乾いた風の吹く廃墟だった。高台に廃墟の半分が囲まれ、比較的後期に建築された建物が多いのか原型を留めているものが多い。

 ファラオは臆せず正面から乗り込もうとするが、セトとナハルがあまりにも危険と隠れながら進むことを進言する。

 ファラオは渋々受け入れ、街の中を隠れながら進んでいくと、廃墟の中心部で半裸にされた仲間たちが頭に両手を当て跪かされていた。

 奴らは卑怯にもナハルと同じ猫の獣人で女性の仲間ばかりを捕らえたようだ。

 彼女たちは顔中をあざまみれにされ、酷い暴行をされたことが容易にわかり、ナハルは怒りから飛び出しそうになる自分を必死に抑える。

 セトは捕虜の周囲を回る自警団たちの人数を確認すると、大した数ではないと思い、やれると確信する。


「人間が20、25人程か……あの程度ものの数ではない。我が道を切り開きましょうぞ」


 セトが天秤のついた錫杖を構えるがナハルが制止する。


「ダメであります。彼女らの足元に燃料がまかれています。セトが飛び込んだ瞬間あの者たちは大炎上するでしょう」

「ならどうすると言う!?」

「大声をたてないでほしいであります!」


 二人が言い合いかけると、自警団たちはナハルたちがここにいることを把握しているのか、低い声を張り上げる。


「出て来い、コソ泥のような真似を何度も繰り返し、人間の邪魔をする愚かな邪神どもよ!」


 自警団のその言葉に怒り心頭したセトは、許せぬと立ち上がる。


「邪神が我らを邪神とのたまうか!」

「やめるであります!」


 ナハルは必死にセトの体を押しとどめた。

 いくら呼びかけても出てこないファラオたちに、自警団の連中は徐々に業を煮やし捕虜たち数人を立ち上がらせるとボロボロだった服を破り捨てた。

 そして何を思ったか、男は背後に回りこむとカチャカチャと音をたててベルトを外し自身の下半身をさらけ出したのだ。


「魔物と言えど人の形をしているのなら穴はあるのだろう?」

「!?」


 捕虜にされている猫少女の表情が恐怖に彩られる。

 後ろに立った男がどのような恐ろしいことをしようとしているのか容易に想像がついたからだ。


「全ては姿をあらわさぬ、貴様らのファラオが悪いのだ」


 自警団の男は嫌がる少女の頭を無理やり掴んで地面に押し付けると、そのいきりたったモノを捕虜の尻にあてがう。


「待たぬか!!」


 凛と響く声が廃墟に木霊すると、ファラオは単身で前へと出たのだ。


「妾がファラオじゃ。その者たちを解放せい」

「貴様がファラオか」


 赤い目をした自警団員は下半身丸出しのままファラオに近づくと、彼女の体を拘束する。

 ファラオは下目で自警団のいきり立ったモノを見て、鼻で笑う。


「粗末なものじゃな。これならまだ砂トカゲと交尾してる方が女は悦ぶじゃろう」


 その言葉にカッと来た自警団員はファラオの頭を剣の柄で殴打する。


「人間の恐ろしさをたっぷり教えてから殺してやる。オイ!」


 自警団員は部下に命令をだすと、部下はマッチに火をつけて跪かされている猫少女たちに火を放った。

 その瞬間ボンと炎が巻き起こる。


「貴様ら、約束が違う!」

「なぜ我々がドブネズミと対等な約束なんぞしなければならないのだ。そもそも俺たちは出て来いと言っただけだ。助けるなど一言も言っていない」


 大量の燃料に引火した炎は渦を巻き、少女たちの体を一瞬で燃やし尽くしてしまう。

 ファラオは悔し気に睨むが、自警団はその視線でガチガチになるのだった。


「くっ……」

「安心しろ。他の仲間も全員捕まえて、貴様の前に首を並べてやろう」


 その光景に怒りで我を忘れたセトとナハルが、一気に飛び出してきた。


「貴様ら人間如きにファラオをやらせはせん!」

「思い上がった人間よ、裁きを受けるであります!」


 セトは錫杖を振りかぶり、ナハルはナイフを構える。だが、その直後自身の体に影がさした。

 二人が空を見上げると、そこには巨大なサンドゴーレムが5体、廃墟を取り囲むようにして立っているのだ。

 ゴーレムは大きさイコール強さと言ってもよく、廃墟を見下ろすほどの巨体は相当強力な個体でもある。

 土色の巨人は体の中心にコアを持ち、コア以外の攻撃を全て無効化にする厄介なモンスターであった。


「貴様らがいるのは最初から知っている。捻り潰してやれ、サンドゴーレム!」

「この程度の木偶で我が止められると思っているのか!!」


 サンドゴーレムが砂で作られた手を伸ばすと、セトは錫杖を振るう。その瞬間サンドゴーレムの腕は木端微塵に爆発する。

 だが、吹っ飛ばされたはずの腕は逆再生を見ているように、元の腕へと復元するのだった。


「フン!」


 セトは跳び上がって巨大なサンドゴーレムのコアに錫杖を突き刺すと、コアが爆発し砂の巨体がパンとはじけ飛んだ。

 そしてセトは間髪入れずナハルの体を掴むと、まるで投擲具のように放り投げた。

 弾丸のように投げ飛ばされたナハルは、二体目のゴーレムのコアを飛び蹴りで砕いた。


「この程度!」

「我らファラオの神官をなめるなであります!」


 だが、あっという間にゴーレム二体を倒されたというのに自警団員は笑みを浮かべている。


「なにがおかしい!」

「残念だったな」


 自警団員がそう告げると、ナハルとセトは急激に体が動かなくなり膝をついてしまう。


「ぐっ、これは……」

「そのゴーレムのコアには呪いがかかっている。破壊したものの自由を奪うものだ。呪術が得意な貴様らがその程度も見破れぬとはな。すぐに頭に血が上るのは昔からの弱点だな」


 自警団の一人が声をあげるが、明らかに声質がおかしく、その声を発しているのがアポピスだとセトは気づく。

 操られた自警団を通して、アポピス本体が話をしているのだ。


「ぐぅぅぅ! この程度!」

「ファラオ!」


 自警団員は手順変更だと、二人の前で跪かせたファラオの首筋に曲刀を当てる。


「無力さを噛みしめろ」

「「ファラオ!!」」


 剣が振りかぶられた瞬間

 ダンと乾いた音が響き、自警団の持っていた剣が弾丸によって弾き飛ばされる。

 音の先を見やると、廃墟の屋根の上で砲身の長いライフルを構えたエーリカの姿があった。

 硝煙と火薬の匂いが、廃墟に吹く熱い風によって流される。

 エーリカは素早く次弾を装填するとライフルを構えなおす。彼女のヘルムに映る照準器ターゲットサイトには自警団の頭がロックされており、いつでもその頭を吹き飛ばせるようになっていた。


「まぁこの状況なら、どっちが悪者かは明白だろ」 


 俺は何食わぬ顔で廃墟に姿を現すと、ファラオを含め全員が突然の乱入者に目を見張る。

 レイランは血のついた青龍刀を両手に持って、俺の隣に並び立つ。


「うああああっ!」


 直後股間から大量出血した自警団員が地面に蹲った。

 レイランの手には切り取られた男の汚いイチモツが握られており、嫌悪した表情を浮かべながら、そのままポイと捨てる。


「毒虫共が。その汚いモノ全部切り取って豚のエサにでもしてやるネ」

「そりゃ恐ろしい。でも去勢は必要だな」

「なんだ貴様らは!?」


 別の自警団員は驚きの声を上げる。しかし、そんなの聞いて何になるって言うんだ?


「今から死ぬお前らがワタシたちの名前知ってどうする? お前たち悪、ワタシの正義がお前らを皆殺しにすると決めた」

「ウチの狂犬マッドポリスなめんなよ」

「ふ、ふざけるな! たった二人で何ができる!?」


 どうやら剣を弾き飛ばしたのはレイランだと思っているらしい。


「悪いな、俺は臆病なもんで、実はいっぱいいるんだよ」


 俺が空を見上げると崩壊した神殿や、崩れかけの建物の上に槍を持った竜騎士隊バニーたちが片足で立っている。しかも、焼き払われたと思っていた捕虜たちが救出され、その腕に抱かれていた。


「なっ!?」

「いいね、その顔。後世に残したいくらいマヌケな顔してるぜ」


 俺がニッと笑みを浮かべると、自警団員は腹立たし気にこちらにラッパ銃を向ける。


「貴様は誰だと言っている!」

「トライデントだ。この街を邪神アポピスから救った英雄として歴史に残るから覚えとけ」

「ふざけるな! やれサンドゴーレム!」


 自警団員が命令すると、3体のサンドゴーレムがゆっくりと振り返る。

 ナハルは大慌てで声を上げる。


「そのゴーレムのコアは呪われているであります! 耐性のない人間が破壊すれば呪いを――」


 と言っている間にレイランが駆け抜ける。迎撃したゴーレムが腕を振り下ろすと、崩れかけの民家が木端微塵となり、砂煙があがる。その視界の悪い中、民家に突き刺さった腕を黒装束のアンデッドが駆け上がっていく。

 レイランは胸の辺りで飛び上がると、コアに向かって青龍刀を放り投げ、コアを正確に刺し貫いたのだ。

 コアは眩い光を放ちながら破裂すと、その瞬間呪いが発動し黒い煙がレイランの中へと舞い込むが――


「アンデッドにこの程度の呪いがきくと思ってるか?」


 彼女に呪いの類は無効だった。

 同じ時、エーリカは銀色の巨大な弾丸をライフルへとセットすると、ボルトハンドルを引いてスコープを覗き込む。


「バレットナンバー0013ヘヴンズダウン。ヴァンパイアハンターの使用する銀弾にルーンの加護と祝福を加え、フルメタルジャケットで弾頭を強化した――対悪魔専用弾」


 エーリカのヘルムにターゲットロックと表示され、サンドゴーレムの核を正確にとらえると、躊躇いなくトリガーを引く。

 十字の刻印が刻まれた弾丸は発射と同時に輝き、バレルから眩い光が漏れた。

 弾丸は光の軌道を描いてゴーレムのコアを穿つと、コアはパンと音をたてて破裂し、ゴーレムは元の砂へと戻ったのだ。

 呪術ごと破壊したエーリカが呪われることは勿論なかった。


「このアンチカースド装甲を試してみたかったのですが、残念です」


 一瞬で2体のゴーレムが駆逐され、自警団に動揺が走る。


「残り1体! オリオン!」

「よっしゃーやったるぞー!!」


 ひょこりと現れたオリオンは結晶剣の力を解放し、久々の断空剣フォームに入る。

 光の剣が雲を切り裂き、天を突く勢いで伸びる。


「なんだその剣は!?」

「ちょっと待て、お前。そのままだと呪われるぞ」

「えっ……、もう遅いんだけど」


 断空剣は既に振り下ろされ、サンドゴーレムを切り払わんとしていた。


「ファラオよ、お借りいたします!」


 セトは自力で呪いを打ち破ると、ファラオの持っていたコブラの装飾がついた杖をオリオンに向けて放り投げる。

 すると杖はオリオンの足元に突き刺さり、それと同時に彼女を覆うバリアのような光が展開される。

 断空剣はコアごとサンドゴーレムを真っ二つに切り裂くと、呪いが発動して黒い煙がオリオンに伸びるが、バリアによって弾かれ霧散した。


「おぉすごい。犬のおじさんありがと」


 オリオンがやったぜと笑みを浮かべると、断空剣は光の粒子となって消え去って行った。

 自警団たちは完全に恐れおののいて腰が抜けているものまでいた。


「な、なんだこいつらは!?」

「なんだじゃないよ、なんだじゃ」

「そうそう、咲のお人よしレベルなめちゃいけないよ。無給で助けに来たんだから」

「ほんとバカとしか言いようがないわよね?」


 オリオンとフレイアの辛辣な言葉が胸に刺さるが、俺くじけない。


「無給じゃねぇよ。俺ファラオのおっぱい揉む約束したもん。神のおっぱいだぜ? ゴッドおっぱい?」


 砂漠の至宝と言って良い褐色の果実を好き放題できるんだ。これ以上の報酬はないだろう。

 あっ、何君たちその白い目。

 あと犬のおじさんも凄い怖い顔しないで。

 爆笑しているのはファラオだけである。


「ふざけるな!」


 全くふざけていないのだが、突如自警団員の体から黒い煙が漏れ、背中が割れ何かが脱皮するように薄気味悪い怪物が這いでてくる。

 それは真っ黒い肌をした下半身が蛇で上半身が男の魔物だった。

 つるんとして光沢があり、蛇のような縦に割れた瞳がこちらを睨む。


「それはウヌト、アポピスの分身体であります! 洗脳が長く続き、もはや人に戻れなくなったのでありましょう!」

「そら気の毒なこった」

「でも、人間斬るよりかはやりやすいよ」


 オリオンは結晶剣をもう一度抜くと、態勢を低く構え獣のようにウヌトへと跳びかかっていく。

 一瞬で目の前に現れたオリオンは躊躇いなくウヌトの額を刺し貫いていく。


「フレイア、ここでお前の新しいスキル見せてくれないか?」

「そうね、アタシも不死鳥ってどんな凄い力なのか楽しみにしてたのよ」


 フレイアはパチンと指を鳴らすと、彼女の足元に炎で描かれた魔法陣が浮かび上がる。


「来なさい、灼熱の霊鳥、不死を与えし紅蓮の不死鳥フェニックスよ!」


 フレイアの後ろに炎を纏った巨大な鳥の影が見える。これは凄いものが期待できそうだ。

 魔力が収束すると、辺りに熱風が漏れ、魔法陣から火の粉をまき散らしながら不死鳥が飛び出す。

 しかし出てきたものを見て、全員の目が点になった。


「…………」

「……なぁフレイア、なにもこんなところでふざけなくてもいいんだぞ?」


 魔法陣から現れたのは炎上するニワトリだった。


「ふざけてないわよ……これが不死鳥よ」

「完全に焼けたドンフライじゃん。ローストチキンじゃん。いや、もうただの焼き鳥じゃん……」


 不死鳥()はコッコッコと鳴き声を上げながらウヌトへと近づいていく。ウヌトがニワトリを剣で切り払った瞬間、カッと光り輝き大爆発を巻き起こした。

 その威力はすさまじく、まともに立っていられないほどの爆風が俺たちを襲う。


「嘘だろ!? フレイアさんもっと手加減して!」

「なによその掌返し! 焼き鳥って言ってたくせに!」


 不死鳥焼き鳥はたった一羽で、地面にクレーターを開けるほどの大爆発を巻き起こした。


「すげぇ威力だ……」


 これ、大量に召喚したら街ぐらい吹っ飛ばせるんじゃないのか?

 リアルボンバーマンだなと思っていると、フレイアの描いた魔法陣から焼き鳥型爆弾がコッコッコと鳴き声を上げながら次々に出てくる。


「フレイア、なんかいっぱいでてきてるんだけど」

「えっ? ちょっ! えええええっ!?」


 小さな小火のはずが、周りのものを巻き込んで一気に燃え上がったみたいな反応をするフレイア。


「まずい逃げろ!! 撤退だ!!」


 俺はファラオを抱きかかえ、オリオンはナハルを担ぐ。

 俺たちが全力で廃墟から逃げ出すと、次の瞬間ハリウッドも真っ青になるくらいの爆発が起き、廃墟は跡形もなく消え去ってしまった。


「あ、あぁ……あそこには貴重なマンダル朝時代の壁画があったであります……」

「くそ、許せないわね邪神アポピス」

「全くだな、早く奴を倒さないとな」

「お前たち……」

「アッハッハッハッハッハ! よい! よいぞ! 妾もこのような大火見たことがない!」


 やはり喜んでいるのはファラオだけだった。

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