第221話 ヤンバ

「こっちよ」


 ヤンバに案内されている道中、彼女たちが街を守る自警団でありムハンがそのリーダーであると聞かされる。

 また、最近さっきのような悪い商人が観光客や冒険者から、お金をだまし取ろうとする事案が増えていて困っているともこぼす。

 三人と一羽はヤンバに連れられ市場を出て更に奥へと進むと、巨大な砂除けの塀が見えてきてきた。

 どうやらあそこがムハンの自宅らしく、信じられないくらい広い敷地をもっているようだ。

 哨兵の立つ正門をくぐると、一瞬宮殿かと思ってしまうほどの豪邸に一同は呆気にとられる。

 ソフィーは屋敷の屋根が丸いドーム状になっていることに気づき、あまりにも独特な形状に首をひねる。


「なんですかこの家、屋根に玉ねぎ乗ってますよ?」

「フフッ、面白い形でしょ? レンガを積み重ねてあんな形状になってるのよ」

「凄いですね。そのレンガを一本一本抜いて何本抜けば崩壊するか試してみたくなります」

「そ、それはやめてちょうだい……」


 屋敷は見た目通り中も広く、豪華な絨毯が敷かれ高そうな金の調度品が並んでおり、中庭には小さなプールまで見える。

 自警団のリーダーというより、埋蔵金や魔鉱石のようなエネルギー資源を掘り当てた大金持ちの家と言った感じで、ムハンという男が贅沢な暮らしをしていることが伺える。

 三人と一羽はゲストルームに案内されると、ヤンバから冷たく甘いレモネードを出してもらった。

 カランとグラスの中で揺れる氷を見て、ソフィーは「ふわあああ」と感動を口にしながら一気飲みする。


「美味しい~! やっぱり暑いところだと格別ですね!」


 ヤンバは娘を見るように、ほほ笑みながらおかわりを持ってきてくれる。

 しかしながら大豪邸に案内されたクロエと銀河は緊張気味だ。


「あなたたちも遠慮しないで」

「ありがとうございます」

「これだけじゃなくて、まだ氷菓もあるから。でも、それはムハン様が帰ってからにしましょう。彼に内緒で食べちゃうと私が怒られるわ」


 ヤンバの軽い冗談に皆が笑みを返す。

 これだけで先ほどあった不快な目は帳消しにされたと言ってもいいのだが、その上まだ甘いものまで食べられるとソフィーたちはご機嫌である。


「そういえば、あなたたちの仲間はどうしてるの?」

「ダンジョン攻略をする前に情報を仕入れるみたいで、他の冒険者さんたちと話をしているみたいです」

「そう、賢いわね。脅かすわけじゃないけど、ピラミッドの中は危険らしいからあなたたちの仲間が無事でいられることを祈ってるわ」


 おかわりのレモネードを置くヤンバの首に、蛇のアクセサリーが煌めていていることにクロエが気づく。


「綺麗なアクセサリーですね」

「これ? ムハン様にいただいたお守りなの。他にも貰ってる人はいるんだけど、実は私のだけ特別に金で作られてるの」


 まるで彼氏から貰ったプレゼントのように喜ぶヤンバを見て、クロエたちはムハンとの関係が気になった。


「ヤンバさんは、ムハンさんの奥さんなのですか?」


 ムハンとヤンバの年齢は恐らく40代中ごろであり、同年代のようにも思えた。

 その為ソフィーは二人で連れ添っていたことと、お守りのことからそういった関係でもおかしくないと想像したのだ。

 するとヤンバは小さく肩をすくめ、首を振った。


「残念ながら違うの。私はまぁ彼の右腕と言ったら大げさだけど、仲間ね。彼にはたくさん良い女性がいるから。私はその中の一人……ってところかしら」

「なんか急に親近感がわいてきました」


 どこかで聞いたことのある話に、ソフィーたち女性陣は一気に親身になった。


「もしかしてヤンバさんってムハンさんのこと好きなんですか?」

「もう、よしてよ。こんなおばさんが好きとか、恥ずかしい」


 そう言うとクロエはヤンバの手を取った。


「別にいくつになっても恋愛してもいいのではないでしょうか!?」


 力説するクロエだったが、ヤンバは小さく息をつく。

 その理由は近くにあった鏡に自分とクロエの姿が映って、見比べてしまったからだ。

 鏡には20代そこそこにしか見えない色気のある女性と、日の光を浴びすぎて浅黒というよりは焦げたような茶色い肌と、乾燥してひび割れが目立つ自分の姿が映り、ヤンバの顔に諦観の笑みが浮かんだ。


「よして、私はあなたみたいに若くて美しい女性じゃないから」

「この人、こう見えて結構いい歳になる娘がいるんですよ」

「えっ!? そうなの?」

「しかも娘と同じ男とりあってるんですよ」

「えっ!? そうなの?」

「は、はい、私はハーフエルフですので」

「娘と同じ男とりあってるってところは否定しないのね……」


 そういうとヤンバは得心したように大きく頷く。エルフが長命というのは有名であり、年齢が若い時の姿で固定されて老いがほとんどない。

 女性からはある意味勝ち組種族とされている。


「羨ましいわ。私もエルフだったらもっと積極的になれたかもしれない。おばさんの恥ずかしい話、少しだけ聞いてくれるかしら?」

「全然恥ずかしくなんかないですよ!」

「そうそう、いくつで恋したっていいんです」


 色めき立つ女性陣。しかしそんな話についていけないドンフライは屋敷の探索でもするかと、グラスに入ったレモネードを器用に飲み干すと誰に気づかれることもなくゲストルームを後にする。


「実は私、昔彼に救われてね。元はここで神官をしていたの」

「元ですか?」

「そう。ここはずっと昔、神の住まう場所として有名だったの。私の家は代々神官として、ファラオであるネフェル・クルアーン・サンスピリット様に仕えていた。と言ってもピラミッドに祈りを捧げるだけだったけどね」

「今はお辞めになられたんですか?」

「この近くは戦いが絶えなくてね。戦いだけじゃない。干ばつ、日照り、竜巻、魔物の大量発生と、とても過酷な地なの。何か災害が起こるたびにファラオに祈ったものよ。この窮地をお救い下さいと。当然ながらファラオは何も答えてくれなかった。でも、神官なんてそんなものだと思っていた。ある時、盗賊団がこの街に攻めてきたんだ。街人は盗賊団に拘束され広場に集められた。しかしそれでも民はファラオを信じ、救いを願った。しかし街人のほぼ半数は盗賊団に首を斬られて死んでしまった」

「……むごいですね」

「街人の人数を大きく減らし、このマンスラータリアの街が消滅するかもしれないって時にムハン様は立ち上がったのさ。今でも彼が広場に人を集めて演説した時のことを覚えているよ。ムハン様は私たちにこう言った。我々が救いを求めるべきはファラオではない。信仰で心は救われる。だがファラオは人を救わない。このマンスラータリアの街に残った人々を救うのはファラオではなく、このムハン・ダウートだと。本当なら神官として怒らなきゃいけないところなんだろうけど、その時頭に稲妻が落ちたみたいに全身が痺れちまって彼の言葉に賛同したのさ」

「それで……」

「…………」


 ソフィーは神は人を救わないという話を聞いて、初めて王様にあってチーズパンをご馳走してもらったときのことを思い出していた。


「多分、その瞬間私はムハン様のカリスマに引かれてしまったんだと思う。彼は人に厳しく、自分にはもっと厳しいリーダー気質の人間なんだ」

「ウチの王様とは正反対ですね……」

「お館様は人に優しく、自分にはもっと優しくが座右の銘ですから……」

「人ではなく女の子の間違いですよ」


 ヤンバがムハンのことを話す横顔を見て、クロエは確信する。


「ムハンさんのことを愛されたのですか?」


 そう言われて、ヤンバは一瞬虚をつかれたような表情になったが「ああ」と小さく頷いた。


「旦那がいたんだけど、盗賊団に首をはねられちまってね……」


 ヤンバは破れてボロボロになった布切れを取り出す。

 そこには不気味な頭蓋骨に蛇が絡みつく絵が描かれていた。


「昔街を襲った盗賊団のものでね。憎しみを忘れないように持っているんだ……そんなことがあったのにムハン様に惹かれるなんて。嫌な女だと思うだろ?」


 三人は大きく首を振る。


「苦しんだなら自分に正直になりましょうよ」

「支えになってくれる人は必要ですよ」

「そうですそうです! 女性が幸せを追い求めるのは当然ですよ!」

「思い切って告白されてみてはどうですか?」

「……でも、私には息子と娘がいてね。その子たちは亡くなった父親を誇りに思っていたのさ」

「話せばきっとわかってくれますよ。お子さんはおいくつなんですか?」

「息子は今年で18かなサントスって子でね。娘は盗賊団に誘拐された後まだ見つかってないんだ」

「そうなんですか……」


 親身になってヤンバの話を聞いていると、屋敷の扉が開く音が聞こえてきた。


「ムハン様が帰ってこられたみたいだね」



 その少し前、屋敷の探索に出たドンフライは地下へと続く階段をペタペタと歩いていた。

 地下階段の前に武装した哨兵が立っていたが、ドンフライが「コケー」と一鳴きすると興味を失ったようで完全にスルーされた。


「ふむ、なかなか広い屋敷であるな。我輩もいつかはこれくらい広い屋敷を打ち立て、女性に囲まれてみたいものである。……しかし、過酷な土地のわりに羽振りが良すぎるのが気になるであるな」


 地下室へと入ると、中はごくごく普通の酒蔵のようでワインと思われるボトルと酒樽が並んでいる。

 アルコールの匂いがするので、ドンフライはどこかに割れたボトルでもないかとテクテク進んでいく。

 すると、近づいた壁の一部がやけに暖かいことに気づく。


「むっ?」


 羽をかざしてみると、壁はむしろ暖かいどころか熱いのだ。

 不審に思ったドンフライは壁を探索すると、ワインセラーの中で不自然にいがんだボトルを見つける。

 それを脚で器用に引っ張ってみると壁が真横にスライドし隠し扉が開く。

 その瞬間熱気と共に部屋中を赤い光が染める。隠し部屋の中に赤熱した溶鉱炉と火の入った鉄窯、巨大な魔法陣が見えたのだ。


「むむ? 地下に鍛冶工房でも作っていたであるか?」


 ペタリペタリと中へと入っていくが、工房につきものな金床やハンマーのような道具が一切見つからない。かわりに溶けた金や、金を砕いたらしき金粉が見つかる。

 一番気になるのは、この禍々しい気配のする魔法陣である。

 ドンフライは入ったらやばそうと思い、魔法陣を避けて歩いていく。


「鍛冶工房ではなく宝具加工をしている場所であるか。魔法陣からして魔力付与エンチャントも行っていたであるか?」


 出来上がったと思われるエメラルドがはめ込まれたブレスレットを足で持ち上げ、ふむふむと頷く。

 ドンフライの中にある悪魔が一個くらい盗んでもわかりゃしねーよと囁くが、彼は持ち上げたブレスレットをそんまま返す。


「我輩盗人になるほど落ちぶれてはいないである。しかし、これほど大量の金を一体どこから……」


 ドンフライがふと壁際を見てみると、そこには不気味な頭蓋骨に絡みつく蛇の紋章が目に入ったのだ。


「悪趣味な工房であるな……」

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