第220話 良い人?
その頃、クロエと体調が回復してきたソフィー、お留守番を命じられていた銀河、ドンフライは市場で買い物を行っていた。
「ふぅ……やはり砂漠の地は我輩には厳しいである」
「大丈夫ですか、ドンフライさん?」
ドンフライは銀河のヘッドドレスの上に乗って「我輩もうダメぽよ」とぐったりしている。
オアシスで水遊びをしていた時は元気だったが、しばらくするとまたへにゃってしまった為、銀河を含めたこのメンバーは情報収集に加わらず、裏方として動いていた。
「……いよいよドンフライさん本来の役目をはたして貰う時がきましたね」
ソフィーはすっとナイフを取り出して、ドンフライを”シメ”ようと手を伸ばす。
「やめるである、我輩まだ元気である! そこにぶら下がっている鶏肉と同じになりたくないである!」
「チッ……そろそろ肉料理が食べたかったのですが」
意外と元気そうなドンフライたちは、通りの両側に露店が並ぶ市場を進んでいく。
活気のある市場は様々な食材を扱っており、ほんの少し覗いただけでも赤や緑の色鮮やかな香辛料が壺の中に入っていたり、皮を剥いだ巨大なトカゲが紐に吊るされていたりと見ていて飽きがこない。
「奥さん、何かお探しかい? 安くしとくよ!」
「奥さん、寄ってって。美味い鳥があるんだよ!」
「奥さん!」
「奥さん!」
「あらあら、どうしましょうか?」
クロエは目をギラつかせ、鼻息を荒くしながら食材をアピールしてくる現地商人に困ってしまう。
「完全にこの人達、クロエさんのことやらしい目で見てますよ。神は言っております、男は皆獣だと」
「あらあら、ソフィーちゃんそんなこと言っちゃダメですよ。こんなおばさんに優しくしてくれる人なんですから、皆さん心優しい人たちですよ」
「その隙の多そうなところを狼たちは狙ってるのだと思いますよ」
「全くである。我輩のデッドリースラストで、そのビー玉みたいな目玉をくりぬいてやろうかである」
「あの、実際クロエさんって一体おいくつなんですか? 見た目20代そこそこくらいにしか見えないのですが、フレイアさんのような娘さんがいたら年齢の方は――」
銀河が指折り年を計算すると、クロエが珍しく暗黒オーラを放ちながら銀河の指をぐっとつかんで、変な方向に曲げた。
「ウフフ、銀河ちゃん。女の人の年齢を詮索してはダメよ」
「ひっ、痛いです、恐いです。すみません許して下さい」
クロエの後ろに
彼女達が市場を見て回っていると、急に何か騒がしい声が聞こえてきた。
「盗賊団はあっちに逃げたらしいぞ!」
「増援を頼め!」
「ムハン様に連絡だ!」
「馬鹿野郎、ネズミごときでムハン様の手を煩わせるな」
赤い肩掛けをかけた自警団たちが、武器を抜いた状態で市場を突っ切っていく。
「何かあったのでしょうか?」
「どうせ王様がまた変なことしてるんじゃないですか?」
「見に行った方がいいでしょうか?」
「心配せずともいいである。奴にはEXやドスケベウサギたちがついているである」
「そうですか……」
銀河たちは首を傾げながらも食材の買い出しを行っていく。
ホテルが使えなくなってしまったため、当然食事は自炊する必要があり、クロエのように前線には出られずとも後方で支援するものにとって食事は戦いも同じことであった。
「我輩フライドチキンが食いたいである」
「じゃあ唐辛子で味付けして精がつくものにしましょうね」
「相変わらず共喰いが好きなニワトリですね」
「ドンフライさんチキン大好きなので……」
三人と一羽は食材を買う店を一つの露店に絞ると、必要な食材を揃えていく。
一通り全て揃え終えると料金を支払う為に店主の男に声をかけた。
「おいくらでしょうか?」
「えーっと、豆が十の二十の三十の……卵と鶏肉、米に唐辛子と……全部で20万ベスタだ」
「えっ?」
クロエは提示された値段を聞いて一瞬目が点になった。
確かにチャリオットの人数は多い為、たくさん買い込んだのは事実だが明らかに桁がおかしい。
クロエも料理をして長い為、大体このくらい買えばこれくらいの金額になるだろうという目算はつく。その為、今回買った食材は多く見積もっても2、3万ベスタくらいだろうと思っていたのだ。
それが20万となると、あまりにも相場とかけ離れすぎている為、驚いてしまうのは当然と言える。
「どうかしたであるか?」
「いや、あの支払いが20万もするって……」
「えっ、ありえないですよ。何言ってるんですか、このヒゲ親父。こんなのせいぜい1万ベスタくらいですよ」
「値段を決めるのはあんたじゃないんだよ。お嬢ちゃん」
「じゃあここにある値段のプレートはなんなんですか!?」
ソフィーは商品の前に置かれたプレートを叩くが、店主はヘラヘラと笑って答える。
「あぁ、桁を一つ書き間違えちまっただけだよ」
クロエたちは一瞬で悪い店に引っかかったと気づいて商品を返却しようとする。
「待ちな、この卵割れてるじゃないか。こりゃ買い取りしてもらわなきゃ困るね。他の物も傷がついてる」
「そんな……このヒビは元から」
「言いがかりをつけるのはやめるである! 我輩はこの目で最初からヒビが入っていたと見ていたである」
「なんだ……このうるさいニワトリは? そっちこそ営業妨害だ。金を払わないなら自警団を呼ぶぞ」
露店の店主は、ふとクロエと銀河を見やるとニヤリと下卑た笑みを浮かべる。
「よく見ると良い乳房をしている女だ。ケツもいやらしく大きくて淫らだ。金が払えないなら俺の女にならないか?」
「いいえ、結構です。やめてください」
「俺のアレで気持ちよくさせてやるぞ。この土地で産まれた子供は皆神の加護を受けることができると言われている。俺の子供を産んでみないか? いや、産むべきだ」
男のあまりにも下品で勝手な物言いに、ソフィーは思いっきりぶん殴ってやろうかと思ったが、自分が手を上げるより先にパンっと乾いた音が響いた。
クロエの平手が、店主の頬を綺麗に引っぱたいていたのだ。
「間に合ってますので、結構です」
「この女……」
怒り心頭した男は露店の外へと出ると、クロエに向かって掴みかかろうとする。
その瞬間ドンフライが男の顔に飛びかかった。
「コケコッコココ、コケー!」
「なんだ、このニワトリめ!」
男はドンフライの首を掴むと、容赦なく地面に叩きつけた。
ソフィーと銀河が二人でアイコンタクトして「よし殺そう」と決めて、クナイとハルバートを構えようとした時だ。
男の腕を掴んで、無理やりねじる中年女性の姿があった。
「いでででで、なんだお前は!」
「こんな女子供相手に、この街の評判が下がることしてんじゃないよ」
男は中年女性を振りほどこうとするが、彼女の背後にいる巨漢の男を見てギョッとする。
強面の顔に、大男もたじろぐような巨躯、肩に赤い肩掛けをかけた男は店主の男を睨む。
「ヤ、ヤンバ様にムハン様」
「貴様、先日も注意したのにまた性懲りもなく冒険者たちにふっかけているのか」
「い、いや……こ、これには訳が」
「言ってみろ。しかし、くだらない理由であった場合、貴様のその手首を叩き切るぞ」
ムハンは腰に挿した幅広剣を抜いて肩に担ぐと、威圧された店主の男はすっかり萎縮してしまい土下座までしていたのだった。
ムハンはクロエたちに向き直ると、剣を戻して笑みを作った。
「すまないなご婦人方。住人が迷惑をかけた。許してやってほしい」
「いえ、助けていただき、ありがとうございます」
頭を下げたクロエに、ムハンは一瞬目を奪われた。
「美しい……」
「えっ?」
「い、いや、なんでもありません。見たところ……観光ですかな?」
「いえ、我々のチャリオットがピラミッド攻略をしていまして」
「多分ムチっとしたウサギとか女の子いっぱい引き連れてる王様ですよ」
「ふむ、なるほど、それなら先ほど出会った彼らか」
「お会いになりました?」
「ええ、ピラミッド前で迷っていたようなので、少しだけ案内をしました。貴女たちは彼らの後方支援組といったところですか?」
「ええ、そうです」
「でしたら迷惑をかけたお詫びに俺の家に来ませんかな? 彼らにも水を差し上げましたし、貴女たちにも何かしてあげたい。もちろんそこのお嬢ちゃんたちも一緒に」
「わたし王様から知らない人についていくなって言われてますから」
「ソ、ソフィーさん失礼ですよ」
「そうかい、そりゃ残念だ。甘くて冷たいお菓子があるんだがな」
「行きます! はい、行きます!」
ソフィーはアイスが食べられると思い、食い気味で賛成した。
「なら決まりだ。俺はさっきのような奴がいないか見回ってから戻る。ヤンバ案内してさしあげろ」
「はい、仰せのままに」
ムハンは市場のパトロールを続けるようで、ヤンバと呼ばれた中年女性を残してトラブルが起きていないか目を光らせながら歩いていく。
だが、彼がクロエを見て舌なめずりしたことに誰も気づいてはいなかった。
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