第222話 生きた金
戻ってきたムハンは、ゲストルームで談笑している女性陣に太く大きい腕を伸ばし歓迎してみせた。
「よく来てくれた。ゆっくりしていってくれ。ヤンバ、なぜ菓子を出していない?」
「ムハン様が戻られるまで待った方がいいと思いまして」
「バカ者、客人を待たせる必要がどこにある。いいから早くとってこい!」
「はい、すみません」
ヤンバは慌ててアイスを取りに行くが、その光景を見てクロエたちは少し萎縮していた。
ムハンは微妙な空気を察して慌てて笑みをつくる。
「す、すまない。いつも俺を待つ必要はないと言っているのだが、どうにもあいつは俺を優先する癖があってな」
「いえ、全然気にしてません」
「懐が深くありがたい。他のものも是非見習ってほしいものだ」
ムハンはヤンバが慌てて持ってきたアイスと共に、三人が退屈しないようジョークを交えながら自警団の話や、これまでの街の成り立ちなどを教えてくれる。
「昔この土地には金を産み出す
「それは凄い。捕まえれば大儲けですね!」
「はっはっは、そうだな。しかしそんな簡単に捕まるそんじょそこらの蛇ではなく、人を金に変える呪いを持っているのだ。一たびその呪いを受ければ、全身身動き一つできなくなる生きた金と化してしまうのだ」
既にソフィーと銀河はムハンの話す、英雄譚のような話に夢中になっていた。
「街人を無差別に金にかえる金色の蛇を討伐する為、我が祖父が立ち上がった。しかし金色の蛇は黄金の呪いを使い、我が祖父を金の塊へとかえた。しかし、祖父の無念を晴らしたのは我が父で、父は一人でピラミッドの奥深くへと進み、金色の蛇と対峙した。その時父はこう言った。我が父の恨みを晴らす、覚悟せよ! と」
「そ、それで」
「どうなったのでしょう」
「父は黄金の呪いを右に左にと避け、最後にはその黄金の呪いを光の鏡によって反射し、奴自身を金塊へとかえることに成功したのだ」
「凄い!」
「父はピラミッドの中にあった持ちきれないほどの財宝を手に入れると、その財宝を自分の為ではなく、貧しい街の為に全てを使い。この街マンスラータリアを更に発展させたと言われている」
「とても勇敢なのですね。ヤンバさんからお聞きしましたが、この街を襲った盗賊団を退治されたのはムハンさんだと」
クロエのウケが良かったことに気づくと、ムハンは卑劣な盗賊団を退治した自身の武勇伝を話してくれる。
ソフィーと銀河は、その話にまた胸を高鳴らせるのであった。
その頃地下工房を見つけたドンフライは、中を探索していた。
不気味な魔法陣の浮かぶ工房を歩き回っていると、奥にもう一室恐らく資材置き場と思われる部屋があることに気づく。
ドンフライはペタリペタリと奥へと入っていくと、そこにあったものを見て言葉を失った。
驚くことに中には人間の人形、ではなく金となった等身大の人間の像がいくつも並んでいるのだ。
「なんであるか、これは……」
人と全く同じ形をした金塊は、どれも苦悶や絶望の表情を浮かべており、中には首と胴体が分かれ破損しているものもある。
最初はただの黄金の像かと思っていたドンフライだったが、そのあまりにも精巧な造りに自信をもてなくなってしまう。
「まるで皆時を止められてしまったかのようなデキであるな。人を石にかえる魔物の話は聞いたことがあるが、これはそれが金になったようなものであるか……」
そう口にしながら見回ると、彼の耳に何かが這うような音が聞こえてくる。
振り返って辺りを見渡してみるが、人型の金塊以外何もありはしない。
しかし、確かに何か長いものが這いずっている音が聞こえるのだ。
ドンフライは段々不気味になってきて、一歩二歩と後ずさると、そこでようやく金の像に隠されるようにして鉄柵で囲われたケージが見えたのだ。
薄暗くてよく見えないが、小動物を入れるようなケージの中に何かがいる。
「ほ、ほほぉ……ワンちゃんでも飼っているであるかな?」
犬なら当然こんな這いずるような音はしない。
暗闇の中から、黄金色をしたコブラがゆっくりと這いずって来たのだ。
コブラは鉄柵の前まで来ると、とぐろを巻く。
「これは見事な黄金のうん――」
言いかけた瞬間コブラは鎌首をもたげ、鉄柵をかみ砕かんと鋭い牙をむき出しにして喰らいつく。すると明らかに柵が歪んだのだ。
「悪かった! 悪かったである!」
シュルルルと、威嚇するように舌を伸ばす金のコブラ。
美しい金の鱗をした蛇なのだが、体のいたるところに傷を負っている。その上、空腹なのか相当気がたっているようにも思える。
「ふむ……」
ドンフライは何を思ったかケージの中にキノコを放り込んだのだ。
「我輩の非常食である。我が友から貰ったものである。大事に食うが良い」
コブラはキノコを見てしばらく揺ら揺らと体を揺らしていたが、空腹に勝てなかったのかキノコをまる飲みする。
腹が満たされて少し大人しくなったのを見ると、ドンフライは縦スライド式のケージを開いた。
もちろんいきなり食べられないように、開いた瞬間金の人間像の肩に飛び乗って高い位置へと退避する。
しかしそんな心配は杞憂だったのか、コブラはケージから出てくると揺ら揺らと体を揺らしながらドンフライを金の像の足元から見据えている。
相手に敵対心がないことを確認するとドンフライは金の像から降りた。すると蛇は目の前でオエッと何かを吐き戻したのだ。
さっき食べたキノコが合わなかったのかと思ったが、吐き戻されたのは小さな鏡でどうやらこれをくれるらしかった。
「お主こんなもん食ってるから具合悪いである。まぁお返しと言うことで、これはありがたくいただいていくである」
ドンフライは小さな鏡を足で拾い上げると、羽の中へとしまう。
それを見た金のコブラは体を揺らしながら外へと出て行ったのだった。
「うむ、いいことをしたである。さて、そろそろ我輩も帰るであるかな」
ゲストルームではアイスも食べ終わり、話もひと段落ついた為クロエたちはそろそろお暇しようかと考えていた。
「すみません、美味しいアイスと楽しいお話ありがとうございました」
「おや、もう帰られるのかな?」
「ええ、お夕飯の支度もまだですので」
「こちらに来ていただければ全員分の夕食をご馳走しますよ。なんなら寝床も用意しましょう。この砂の大地、外で眠られるのはご婦人方にはこたえるでしょう」
「えっ、いいんですか!?」
ソフィーが即座に食いつくと、ムハンは人の良い笑みを浮かべる。
「ああ、もちろんだとも。この家の広さは見ての通りだ。料理人に馳走を振舞わせよう」
「あぁ、ご馳走。素晴らしいですね」
ソフィーが恍惚とした表情をしている。
「しかし、我々は大所帯ですので。それに王様に許可なくそういったことは……」
「大丈夫、きっと酒を飲み交わせば彼もわかってくれるだろう。いい美味い酒があるんだ。血のように赤い色をしたワインだ。それを飲めば君たちの王様は疲れも吹っ飛ぶくらい安らかに眠ることができるだろう。……もしかしたら起き上がるのが嫌になってしまうかもしれないが」
ムハンの冗談だと思われたが、どこか黒い笑みが見える。
「そ、そうですか? ですがやはり相談を……」
立ち上がろうとしたクロエの手をムハンは掴む。
彼がクロエを見つめる視線は熱を帯びており真剣だ。
ムハンは「是非どうだろうか」と熱い視線を合わせる。
クロエは身の危険を感じ、断ろうと身をよじった。
「あ、あのヤンバさんもおられますので、また今度――」
断りかけた瞬間ムハンの目に怪しい赤い光が灯り、その光がクロエの瞳に映る。
すると強張っていた彼女の体から力が抜けた。
「――そうですね。とまるのもわるくないかもしれないですね」
呆けた表情をしたクロエが、無意識に口を開いていた。それを見てムハンはニヤリと笑みを浮かべる。
「あっ、なんか邪な気を感じます」
ふと立ち上がったのはソフィーだった。
何かの天啓を受けたソフィーはハルバートを突然振り回し始めたのだ。ぱっと見気が触れてしまったのかと思う行為だが、ムハンの額に汗が浮かぶ。
「あの小娘、まさか本当に神官なのか?」
「どうしたんですかソフィーさん。皆さんの迷惑になりますよ!」
銀河は慌ててソフィーを押さえるが、全然言うことをきかない。
「今わたしの頭にお告げがきたんです!」
「ソフィーさんが何か受信されているのはいつものことじゃないですか!」
「悪魔、悪霊、呪いの類を感知しました。わたしいつもはこんなに鋭くないですけど、多分すぐ近くに悪しき者がいます。神の名のもとに姿を現しなさい!」
ソフィーはヒュンヒュンとハルバートを振り回す。汗だくになったムハンが見かねて止めに入る。
「お嬢ちゃん、部屋の中で武器を振り回すのやめるん――」
ムハンが言いかけた瞬間、クルクル回していたハルバートの柄が彼の股間にクリティカルヒットする。
「あっ……」
ムハンは股間を殴打されて、口から泡を吹きながら前のめりに倒れた。
「だ、大丈夫ですかムハンさん! このままではムハンさんの歴戦の兵が役立たずになってしまいます!」
ソフィーは慌てて回復魔法を唱えると、ムハンは更に呻き苦しんだ。
「やめろおおおっ!!」
その大声に驚いて夢うつつだったクロエは目を覚ます。
「あ、あれ? 私は……」
あまりにも荒れた場の空気に怒ったヤンバが声を荒げる。
「あんたたち何してくれてんだい!?」
「えっ、わたしはただ回復を……」
「もういいから出て行ってくれ!」
ヤンバに怒鳴られて三人はごめんなさいと頭を下げながら、ムハンの豪邸を後にした。
正門を出た三人は悪いことをしたなとシュンとする。
「ソフィーさんいきなり暴れちゃダメですよ」
「確かに悪しき気を感じたんです。すぐに消えちゃいましたけど」
ソフィーは何度も豪邸を振り返る。
「そんなに豪邸に泊まりたかったんですか?」
「あの人なんでわたしたちがキャンプしてるって知ってたんでしょうね?」
「…………」
「案外あの人、悪魔に体を乗っ取られたこの街の黒幕的な存在だったりして」
「そんなまさか」
フフフと笑みを浮かべる銀河の頭の上にドンフライが帰って来る。
「あっ、ドンフライさんどこに行ってたんですか?」
「金持ちの悪趣味な趣味を鑑賞していたである。後人助けならぬ蛇助けをしていた」
「そうなんですか?」
股間を押さえ未だもだえ苦しむムハンを心配げにするヤンバ。
ムハンはようやく立ち上がって、ぴょんぴょんとジャンプしてボールの調整を行う。
「大丈夫でしたかムハン様?」
心配するヤンバにムハンはいきなり腕を振り上げて殴った。
「なぜ勝手に帰した!」
「し、しかしあのような無礼な人間を」
「いつからお前は俺の客を自由に追い返せる立場になったんだ!」
「も、申し訳ありません。しかしムハン様に何かあっては」
「それを決めるのはお前ではない! ……あの女は必ず手に入れる」
「女というのは、その……」
「エルフだ」
やはりとヤンバは深く落ち込む。しかし、ヤンバは前を向き一歩前に出ようと決意する。
今日あったばかりのクロエではなく、何年もムハンのことを支えてきている自分の方がよっぽど彼の役に立っている。その自信が彼女に勇気を与える。
「ムハン様、わたくしではあなたの支えにならないでしょうか? 彼女のような美貌は持ち合わせていませんが、あなたを支えることができるのは自分だけだと思っています」
ヤンバの真剣な表情に気づき、ムハンは顔を寄せる。
何か優しい言葉でもかけるのかと思った瞬間。
「調子に乗るな。お前に女としてなど何一つとして期待していない。お前の元神官の力以外に用はない」
絶望に叩き落とす言葉に、ヤンバの膝がカタカタと震える。
「あのエルフには必ず俺の子供を孕ませ、俺を転生させる」
「……転生というのは?」
ムハンは口を滑らせたと苦い顔をする。
「忘れろ」
「えっ?」
ムハンは自身の目に赤い光を灯らせ、無理やりヤンバと視線をあわせた。
「さっき言ったことは全て忘れろ。客人は誘いを断って帰った。それ以外何もなかった」
赤い瞳が映ったヤンバは呆けた表情で「はい……仰せのままに」と呟く。
視線が外され正気に戻ったヤンバは、何がおこったかわからず辺りをキョロキョロとしている。
「客人はもう帰った。料理人に食事の用意をさせろ」
「は、はい……あ、あのムハン様。わたくし何か言いましたか? その……何と言いますかお気持ちを伝えたといいますか……」
「なんのことだ? 早く食事を用意しろ」
「はっ、はい」
ヤンバは今しがたの記憶が完全に抜け落ち、首を傾げながら部屋を後にする。
ムハンはその様子を見送ると、窓の外を見据えた。
「この男の体も快適ではないな……」
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