第205話 理想の彼氏 フレイア編

「おい……」

「なによ」

「俺が何言いたいかわかるだろ」

「…………全然わかんない」


 荷車を転がす俺の隣で、ふて腐れ気味のフレイアが後ろ手に自身のツインテールを弾いている。

 いや、この件に関してお前怒る資格ゼロだからな。


「いけない子猫ちゃんだ、聞きたいか? 俺とお前のメゾフォルテを。いけない子猫ちゃんだ、聞きたいか? 俺とお前のアンサンブルを? いけない子猫ちゃんだ、聞きたいか? 俺とお前の――」

「うるせーなコイツ、なんか口に噛ませとけよ」

「わかったわよ」


 後ろから壊れたラジオのようにリピートを繰り返すインテリ系眼鏡イケメン型ゴーレム。

 フレイアはその口元にロープを巻いて喋れないようにする。


「ふぁふぁないふぁねこふぁんふぁ。ふぁふぁふぁいか? ふぁれとふぉまえの――」

「まだうるせーな……」


 数日前からソフィー、フレイア、銀河がG-13の作った理想の彼氏()で遊んでると聞いていたのだが、今日フレイアがラインハルト城下街にこのイケメンゴーレムと一緒に買い物に出かけ、その最中にぶっ壊したらしい。

 そのおかげで俺は壊れて同じことしか言わなくなった、ボケ老人みたいなイケメン男を荷車に乗せ、連れ帰っているところだ。

 傍から見ると、イケメンをロープで縛って連れ運ぼうとする人さらいみたいな感じだが、正直こんなもん粗大ごみに捨ててきてやりたいくらいである。

 それはそれとして、もう一つ気に食わないのがこのフレイアの態度である。

 男が壊れたから迎えに来て、という狂気を感じる連絡を受けてやってきてみると、不機嫌な態度で俺を待ち構え、このガラクタを運べと言い腐る。


「あのな、俺一応王なの。なんでお前の彼氏を荷車で運ばなきゃならんのだ」

「仕方ないじゃん。壊れたんだもん」

「どうやったらゴーレムぶっ壊せるんだよ……」

「頭殴ったらガガガ……ピー……って」

「昔のロボットかよ……」


 街を行きかう人達の視線が痛い。逃げるようにして城下街を出ると、二人無言で平原を歩く。聞こえてくるのは助けを請うようにも聞こえる、くぐもったイケメンゴーレムの声だけだ。

 あまりにも俺が無言だったので、徐々に不安になってきたのかこちらを伺うようにフレイアが切り出す。


「怒ってる?」

「呼び出されて無理やりこんなもん運ばされてる理不尽さには怒っている」

「そうじゃなくてさ、アタシたちがこのゴーレムで彼氏……ごっこみたいなのしてたこと」


 確かにここ数日、ソフィーなんかはこれ見よがしにわたしの彼氏、ジョセフ・ロナウド・ミケランジェロなんですと男を紹介して回っていたが、G-13 からあれはゴーレムだと詳細は聞いていた為、特に何も言わずにいた。


「いや、別に無機物に嫉妬するような人間じゃないしな」

「…………」

「俺たちの世界でもあった。可愛い女の子キャラクターを俺の嫁って言ったり、アイドルっていう職業の美少女と疑似的に恋人気分になったりすることは。感情移入のしすぎは問題だが、どれも偶像崇拝と同じで、共感はしないが理解はする」

「…………ふーん、余裕……あるんだ」

「で、この数日彼氏ごっこは楽しかったのか?」

「トゲがあるわね」

「こんなことさせられてるんだ。トゲくらい刺すさ」

「…………最初は、まぁそこそこ。自分が選んだ顔と性格だし、カッコイイ男と仲良くできて嫌な女なんていないでしょ」

「そりゃそうだ。男だって、例え人形とわかっていても可愛い女の子にチヤホヤされるのは嬉しい」

「でも、そのうち段々飽きてきたって言ったら言い方悪いけどさ。完璧な男ってつまんないのよ」

「出たよ、世の中の男はそのセリフ聞いてどうしろってんだよって怒ってると思うぞ」

「それよ、このゴーレムって、そんな皮肉絶対言わない。必ずアタシの望むセリフを言ってくれるし、嫌なこと言っても我慢してくれるの」

「それが理想の彼氏だろ。俺の世界じゃ理想の旦那はどんな人かってアンケートで、ATMっつーお金が出てくる機械が皮肉でトップにされてた」

「あんたの世界の女の人ドライすぎでしょ」

「男が卑屈すぎるっていうのもあるけどな。俺の世界……いや国じゃ、男女がつき合って子供を成すっていうのは結構ハードルが高いんだよ。そのせいで少子高齢化が進んでる」

「それ滅ぶんじゃない?」

「リアルに100年後はG-13みたいな機械が俺たち人間を管理している社会になってるかもしれない」


 街を出てそんなに経っていないが、荷車が予想以上に重い。俺は疲れて荷車を押すのをやめ、平原の中に一本だけ高く伸びる巨木の下に腰をついた。

 既に空は茜色に染まっており、日が暮れるまでに帰れそうにないなと、ため息をつきたい気分になる。


「ふぉふぉふぁいか? ふぉれとふぉまえの」


 こいつも可哀想に。普通のヒロインならころっと落とされて甘い恋愛劇が始まってたっていうのに。

 ずっと同じことを繰り返すイケメンゴーレムには同情を禁じ得ない。


「それで、この荷車に乗ってる哀れな理想の彼氏をぶっ壊した理由、まだ聞いてないぞ」

「……別に」

「別にでぶん殴ったりしないだろ。今日街に来たとこから話せよ」


 フレイアは「はぁっ」と一つ大きなため息をついてから話す。


「ソフィーが街にゴーレムを連れて行くと皆の視線が気持ち良いって言うから街に連れて行ったの。そしたら確かに羨望の目で見られてるのがわかったし、ソフィーが気持ちいいって言ってた理由もわかった。でも、それと同時に女の方がつりあってないとか、逆に男の方がつりあってないとか、そんな声が聞こえてきたの」

「良かったじゃん。俺なんか毎回、え、なんでこんな男がこんな可愛い子連れてんの? 殺すよ? って言われんぞ」

「よく、耐えられるわね。妬みの視線があんなに怖いなんて思いもしなかったわ」

「見た目良い子しかウチに入ってこないからな」

「自慢か自虐かわかんないわよ。……それで段々恥ずかしさでいたたまれたくなってきたから、服を選びに店に入ったのよ。そしたら」

「ドスケベな服を着ることを要求された?」

「それはあんたでしょ。試しにアタシに何が似合うか聞いてみたら、お前は美しいから何を着ても似合う。しかし俺の好みをあえて言わせてもらうなら、この服が良いだろうって」


 フレイアはイケメンゴーレムの声に似せながら、その時の様子を説明する。


「なにそれ100点の回答だろ」

「ええ、100点よ。相手を褒めながらさりげなく誘導も行う。これ以上ないくらい」

「それで?」

「その服買って終わった」

「ほぉ、いいじゃんデートって感じで」

「よくないわよ。前あんたとここに来て、同じことやったでしょ。その時あんたなんて言ったか覚えてる?」

「できるだけいやらしい下着はありませんか? って言って店員を困らせた。そんでその後しこたまフレイアに殴られた」

「後でその下着着てあげたんだからいいでしょ」

「スカートの下にはいてると言い張られても、何も見えませんでしたよ? それにあの時はクロエにセクハラされるくらいなら自分が生贄になるって言って――」

「そんなの嘘に決まってるじゃない」


 あっけらかんと言ってのけるフレイアに俺は口をバカみたいに開ける。


「はっ?」


 彼女は小さく息を吐き、やれやれと言いたげに肩をすくめる。


「アタシわりかし本気であんたをクロエにとられたくないって思ってるから」

「…………」

「何ハトが豆鉄砲くらったみたいな顔してんのよ」

「……えっと、つまりそれって……」


 ぽかんとしてる俺の胸ぐらを不意に掴むと、フレイアは息がかかるくらいの距離まで顔を寄せる。


「あんたムカつくのよ。アタシはこんなにもあんたが他の女の子とイチャついてかきむしられてるのに、アタシが男と一緒にいても余裕な態度が。そしてこんな奴を好きになった自分にも腹が立ってしょうがないの」


 とても好きと言っているとは思えないほど不機嫌な声のフレイア。

 こんな敵意むき出しの告白見たことない。

 しかし、わかってないなって顔をしてるが、わかってないのはお互い様だ。

 俺は逆に胸ぐらを掴み返した。


「お前、俺が本当にあの玩具ゴーレムで怒ってないと思ってるのか?」

「…………怒ってんの?」


 なんでそんな嬉しそうなんだよ。


「当たり前だろ。ゴーレムって言ったって見た目100%イイ男なんだ。そんなのとイチャこいてて何で俺が怒らないと思ったんだ」

「妬いてる?」


 だからなんでそんな嬉しそうなんだ。


「さっき妬いてないって言ったな。あれは嘘だ。あんなのにお前をとられたくない」


 そう言うと、フレイアはカッと顔を耳まで赤らめ言葉を失う。


「……嬉しいんだけど」

「変な奴」

「あのさ、この流れなら言えるんだけど」


 お互い胸ぐらを掴みあい、にらみ合ったこの流れで恨み言以外言えるのだろうか。


「……好き……なんだけど」


 フレイアはさっきの殺すような声で言ったのと真逆で、蚊の鳴きそうな声で囁くと、心臓爆発して死ぬんじゃないかと思うくらい顔を赤くする。


「俺、お前に全然優しくしてないぞ。お前助けられたからってなびくような奴じゃないだろ」


 そう言うと急激に不機嫌に戻ったフレイアは俺の耳に噛みついた。


「アタシが冴えない何の甲斐性もない王を好きになったらおかしいの? アタシをあんたの決めた枠にはめんじゃないわよ」

「痛い、痛いです」


 かなり本気で噛みつかれており、耳ちぎられるんじゃないかと思ってしまう。


「ええ、そうよ。なんやかんやでかなり前から好きよ。何度も救われてるし、父親に酷いこと言われた時言い返してくれて嬉しかったわよ。その後キスされて、内心ラッキーって思ってたわ。アタシはあんたが思ってるほどガード硬い女じゃないし、カッコよく助けられたら人並に恋愛感情だって持つわ。あんたの起こすトラブルに巻き込まれんのは嫌じゃないし、むしろあんたが出かける時、毎回アタシ連れてけって何度も思ってたわよ」

「お、おぉ……」

「何普通に引いてんのよ、殺すわよ」


 フレイアは座った目で、ボンと手のひらに炎を灯らせる。


「ってことはさ」

「何よ?」

「リアル親子丼……できるんじゃね?」


 フレイアの手に持つ炎が赤から、更に温度の高い青へとかわる。


「あぁ、いいわ殺すわ。あんた殺してアタシも死ぬ」

「お願いやめて!」

「アタシで満足しときなさいよ……って言いたいところだけど、クロエがあんたを支えにしてるのは事実だから。冷たい態度はとらないで」

「とらんけどさ」

「や、優しくしすぎるのもダメよ」

「どうせーと」

「はぁ……」


 フレイアは自身が言ったことを後悔するように、額を手のひらで覆う。


「ムカつくわね。ニヤけてんじゃないわよ」

「そりゃ無理な話だろ。嬉しいし」

「……くっ……」


 徐々に自分が言ったことが死ぬほど恥ずかしくなってきたのか、顔を真っ赤にしながらもどこに怒っていいかわからず、恥ずかしさの炎がくすぶっている様子だ。


「でもフレイア、謝らなきゃいけないことがある」

「わかってるわよ。アタシを贔屓に出来ないって言いたいんでしょ」

「……ごめんな。誰か一人を選べないって、フレイアそういうの嫌いだろ」

「そういうの不誠実って思ってたけど、いざ自分の立場になると結果を出されないことにホッとしてるわ……。まさかこんなこと思うなんて自分でも驚きよ」

「ごめんな」

「いいわよ、惚れた弱みかって思っただけだし」


 こいつ思った以上にデレると全てにおいて寛容になるな。

 絶対ダメ男に弱いタイプだ。よし、しっかり俺が囲っておこう。

 世の中の女性が聞いたらぶん殴られそうなことを考えていると、自然と頬がほころぶ。


「何ニヤけてんのよ、殺すわよ」

「すまん。フレイアくらい可愛かったら選ぶ側のはずなのに」

「はっ? バカじゃないの? 競争倍率高い男落とすって最高に燃えるんだけど」

「心が強すぎる……」

「まっ、幸いあんたは王だし、やろうと思えば自国で多重婚制にしちゃえば、最悪こぼれることはないでしょ」


 するとフレイアは「あっ」と思いだしたかのように声を上げると俺に向き直る。


「あんたから直接聞いてないけど。あんたアタシのこと好きよね?」

「そりゃ勿論。好きだよ」

「……そう……面と向かって言われると良いものね」


 フレイアは茜色の夕日を背景にして、こちらに向かってはにかんだ嬉しそうな笑みを向ける。


「ねぇ、街に戻りましょ。アタシ服が欲しい。おごって」

「一着だけだぞ」

「オーダーメイドにするから多分凄く高くなると思うけど」

「何買わせる気だよ」

「えっ、やらしい下着」

「いくらでも払おう」


 久しぶりに俺は眉毛の太い世紀末英雄モードになりながら、フレイアと共に街へ戻ったのだった。

 ちなみになんでゴーレムぶん殴って壊したかと言うと「お前には俺より相応しい男がいるんじゃないか?」 って心情を見透かされて頭に来たらしい。

 このゴーレムほんと優秀だと思うわ。

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