第203話 ドンフライとマツタケ 後編

 その翌日、食料保管庫が予定通り干上がった池の中に建造され、巨大な金庫のような外観の保管庫が出来上がった。

 城壁付近に設置された巨大保管庫は、全長が二階建ての家くらいあるのだが窪地にほとんど埋まっており、天井部分だけがわずかに地面から覗いている。

 確かにこれならば野盗が盗みに入ってきても、簡単に食料を持ちだすことはできないだろう。

 ただ、難点として大雨が降ると保管庫全体が水没する可能性があることだが、防水加工がされているらしく保管庫内に水が侵入する心配はないようだ。

 また大雨で水がたまったとしても、ポンプによって排水される為、完全に水没するということはないらしい。


 俺は完成した保管庫内の見回りを行っていた。

 中には大きな棚と梯子が用意されており、さながら巨大食料品店のバックヤードを見ているようにも思える。

 そこにはなぜか当たり前のようについてきたドンフライの姿があり、俺はなぜついてきたのかを尋ねた。


「ついてきても食料はまだ入ってないぞ」

「我輩そんなに意地汚くないである」

「そうか? 俺の中で意地汚いランキングトップ3に入るんだが」


 もちろん堂々の一位はエセ神官のソフィーさんで二位は俺の相棒オリオンだった。


「いつ食料が来るであるか?」

「来週頭の予定だ。それよりお前マツタケとちゃんと仲直りしたのか?」

「言葉の喋れんものとコミュニケーションなどとれるわけがないである」

「そうか? マツタケは何言いたいか顔に出てると思うけど」

「そもそも奴の顔はどこであるか」

「確かにな」


 クスリと笑って俺は巨大保管庫の外へと出る。


「よし、閉めてくれ」


 合図すると扉にとりつけられたモーターが動き、重い鉄扉が自動で閉じていく。

 さすがカチャノフ、こまかいところまで気を配った構造だ。

 頑丈そうな鉄扉がズンと音をたてて閉じる。


「ちなみにこの保管庫は中から開くのであるか?」

「開かない。もし閉じ込められたとしても次開けるまで出てこれないから、忍び込もうとか考えるなよ」

「ほほぉ……閉じ込められるであるか」


 ドンフライはなにか悪いこと思いついたって顔をしている。


 その翌日だった。急に天気を崩した空は朝から雨をザーザーと降らし、昼を超えたくらいになると土砂降りの豪雨となっていた。

 俺とディーはやばいんじゃないかと苦い顔をしつつ、執務室から見える巨大保管庫を眺めていた。

 保管庫の周囲には既に水が溜まっており、お城の掘りのようになっていて近づけそうにない。


「大丈夫かコレ。すんげー水溜まってるけど」

「ポンプの排水が完全に間に合っていませんね……。雨がやめば排水されると思いますが」

「じきにやむとは思うが……」


 俺の予想は見事に外れ、その後も土砂降りの雷雨が続いた。


 それから数時間後、雨はやむどころか更に勢いを増し続けていた。

 空が暗すぎて時間の感覚がなくなるが、時刻は夕方六時を回っている。

 そろそろ晩飯の時間かと思っていた頃、クロエが悪い八百屋に弱みを握られた美人人妻みたいな顔をしながら執務室へと入ってきた。


「どうかしたのか?」

「パパ、マツちゃんが見つからないんです」

「マツタケが? キノコ部屋にはいなかったのか?」

「えぇ、いませんでした。いつも呼んだらすぐ出てきてくれるのに」

「そりゃおかしいな……一緒に探そう」


 二人で城の中にいる兵たちに聞いて回るが、昼過ぎくらいから誰もマツタケの姿を確認していないらしい。

 全く手がかりがつかめないまま、俺たちはマツタケのキノコ培養部屋へとやってきていた。

 湿った土が敷き詰められた部屋にはたくさんのキノコが育成されており、たまにこの中の一つが動き出したと思ったらマツタケだったりするのだ。


「オリオンたちにも探させてるけど見つからないな」

「城の外に出てしまったのでしょうか?」

「いや、門番はマツタケの姿を見てないって言ってるし、あいつの身長じゃ城壁を乗り越えるのは無理だろう。だから敷地内のどこかにいると思うんだが」


 もう一度マツタケがどこかに埋もれてないか探すが、どこにも姿は見えない。

 やはり手掛かりはないかと思われたが、じっくりと観察すると、キノコがたくさん伸びる土の上に鳥のような足跡を見つける。


「この足跡は……」

「パパ、これはなんでしょう?」


 クロエは食用キノコの中から真っ黒いキノコを一つ見つけてくる。


「このキノコだけ他から隔離されていて、生卵が一緒に置かれていたんです」

「生卵? これは確か……」



 ドンフライは滝のように打ち付ける雨を見て焦っていた。

 実はマツタケがいなくなった理由はドンフライの呼び出しによるものだった。

 巨大保管庫の中に来いと呼び出し、まんまと引っかかったマツタケを中に閉じ込めたのだ。

 一時間程度閉じ込めたら出してやろうと思っていたが、この大雨でマツタケを助けに行くことができなくなってしまっていたのだった。


「む、むむむマズイである……」

「何がまずいんだ?」


 不意に後ろから声をかけられ、びくりと全身を震わせるドンフライ。 


「な、なんであるか、我輩日課の筋トレが」

「どこに筋肉つけるつもりなんだよ」

「それはお前には関係ないである!」

「逆ギレすんな。お前、マツタケがどこ行ったか知ってるだろ?」

「し、ししししし知らぬである!」

「わかりやすい奴」

「マツちゃんをどこにやったんですか?」


 クロエに問いただされ、たじたじになるドンフライ。


「マツタケの部屋に鳥の足跡があった。お前がわざわざあいつの部屋に行ったってことは何か話したんだろ?」

「お願いします正直に話してください」

「む、むぅ……」


 クロエに説得され、ドンフライは自分がマツタケを呼び出して保管庫に閉じ込めたことを告白する。


「わ、我輩も悪いであるが、あ奴も我輩を挑発するから悪いである! あのつきまといは我輩を挑発していたである!」

「それなんだがな。あいつの部屋でこんなものを見つけたんだ」


 俺は真っ黒いキノコをドンフライに見せる。


「なんであるかそれは?」

「これはセイロダケっていう、解毒に特化した希少なキノコなんだ。お前、前にマツタケの部屋のキノコ食い漁ったって言ってただろ? あの中に食用じゃなくて火薬素材になるボンバーダケってのが混ざってたんだ」

「ボンバーダケ……確かに火薬の匂いがするキノコがあった気が」

「それを食べると一週間くらいかけてジワジワと火薬毒ってのが体に回って、完全に毒が回りきると爆発して死ぬらしい」

「爆発!? 怖すぎるである!?」

「だからマツタケは早くお前にそれを食わせたかったんだよ」

「…………」


 ドンフライはキノコを手(羽)で受け取り、見つめる。


「なんであるか。あのキノコは我輩を助けようとしていたであるか?」

「ああ、そういうことだ。このキノコと一緒に生卵が置かれていた。多分お前用に取り置きされたものなんだよ」

「つまりずっと後ろからつけてきたのも、風呂場で吊られていた時も」

「そういうことだ。あいつはずっとお前を助けようとしていたんだよ」

「…………」


 ドンフライはセイロダケを嘴でつついて食べた。

 セイロダケはそのままで食べると舌が曲がるほどまずく、独特の臭いがあり、製薬しないとまともに食べられるキノコではなかったが、ドンフライは何も言わずセイロダケを完食した。


「…………我輩、少し外に出てくるである」

「やめろ、気持ちはわかるがこの大雨だ。マツタケが寒さに強いかはわからないが、明日の朝には雨もやむだろうから」

「これ以上水かさが増すと、水圧で扉が開かなくなるである。元より我輩の責任である」


 ドンフライはそう言ってペタペタと歩いて外へと向かっていく。

 その時だった。凄まじい落雷音が轟いた後、しばらくしてディーが慌てた様子で部屋へと飛び込んで来る。


「王よ、まずいです。保管庫に落雷が落ちて扉が歪み、中に水が流れこんでいます!」

「なにっ!? まずいぞ、マツタケは水に弱いだろ!」

「はっ?」

「マツタケが保管庫の中に閉じ込められてる!」


 ドンフライはその言葉を聞いて即座に飛びだして行った。

 俺もすぐさまその後を追う。


 どしゃぶりで視界の悪い中、ドンフライと俺は保管庫に向かって走る。

 保管庫の周囲は水かさが増し、四メートル近く冠水していて簡単に近づくことができない。

 ポンプが全開で排水しようとしているのか水たまりは渦を巻いており、さながら洗濯機の中を覗いているようにも思える。

 ディーの言った通り、落雷によってほんの少しだけだが扉がひしゃげ、中に水が流れ込んでいるのが見える。

 一刻の猶予もないと感じたのか、ドンフライは無謀にも水の中へと飛び込んでいく。


「アホなのか、あのニワトリは!?」


 俺は濁って渦を巻く水たまりに顔をしかめながらも覚悟を決めて飛び込んだ。

 水の中をグルグルと体が回り、どっちが上か下かもわからないまま勢いに任せると、水を吸いこんでいる保管庫へとたどり着いた。

 俺は浸水を引き起こしている扉の歪みから中へと入る。

 薄暗い保管庫の中は既に水浸しになっているが、浸水の勢いは思ったほど早くなく俺の膝くらいまでが水に浸かる程度だ。


「マツタケ! ドンフライ! どこだ!?」

「ここである!」


 声に振り返ると、そこには浸水した水にマツタケが浸からないよう必死に棚の上に押し上げているドンフライの姿があった。

 俺も慌てて手を貸し、ドンフライ共々棚の上へと引き上げる。

 なんとか全員棚の上へと上がるが、ひしゃげた扉から浸水は続いている。

 どーすんだこれ、と思いながら見やっていると俺の後ろでドンフライがマツタケに頭を下げていた。


「我輩、てっきりお主が挑発してきているものだと思い、それに腹を立ててここに閉じ込めたである。しかし全て我輩の勘違いだとわかり、反省をしているである」


 マツタケは何も言わず、じっとドンフライを見つめている。


「何もかも全てこいつが悪いんだが、お前を助けようとした気持ちは本物だから、その辺りは汲んでやってくれると嬉しい」


 マツタケは一度俺の方を見やってから、もう一度ドンフライを見ると、彼に二股に割れたキノコを差し出した。


「これはなんであるか?」

「トモガダケ。二つのキノコが肩組んでるみたいに生えるから友達みたいなキノコって意味らしい。まぁクロエからの受け売りだがな。良かったな許してくれるみたいだぞ」

「…………感謝、するである」


 ドンフライがぺこりと頭を下げると、保管庫の扉が水圧に耐え切れず一気に決壊する。

 凄まじい勢いで水がなだれ込み、一瞬で水かさが退避している棚まで迫って来る。


「上に登れ! 急げ!」


 マツタケとドンフライは急ぎ棚の上に登るが、水の勢いが早い。

 保管庫の方が窪地より背が高いから一番上まで上がれば水は来ないと思ったが、そんなことはなく凄い勢いで水が迫って来る。

 俺は黒鉄を抜いて天井を斬るかと考えるが、こんな分厚い金属を断ち切るのは難しいだろう。

 その時べちゃりと倒れたマツタケの真下にキノコが一本生える。

 それは真っ赤な毒々しい色をしたボンバーダケだった。


「お主、これを使うである!」


 ドンフライがすかさずボンバーダケを放り投げると、俺はキノコを天井に押しつけた。


「伏せてろ!」


 俺は黒鉄で天井を斬りつけると火花が上がり、その火花がボンバーダケに引火する。

 直後ボンっと凄まじい爆発が起こり、天井の一部が吹っ飛んだ。


「でかしたである! 早く外に出るである!」


 ドンフライは叫ぶが、俺は爆発を至近距離で受けた影響で体を強く打ち付け、とても動ける状態ではなかった。


「先に上がれ!」

「お主は!?」


 水はもう間近に迫っており、もたもたしている暇はない。


「いいから行け!」

「断るである!」


 ドンフライとマツタケは俺の体を無理やり引っ張って天井の外に出そうとする。

 だが、ニワトリとキノコの力だけでは弱く、俺の体は動かせない。


「むぎぎぎぎ! なんとか動くである!」

「いいから早く行け」

「すぐ諦めるのは若者の悪いところである」

「諦めが悪いのは年配のよくないところだぞ」

「バカ者、諦め悪い人間が多く集まって強い国が出来るである! 我輩はドンフライ、首領が手下を見捨てるわけにはいかんである!」


 ドンフライは俺の背中を掴むと、渾身の力で羽ばたいた。すると驚くべきことに俺の体が宙に浮いたのだ。


「マジかよ。なんでニワトリが空が飛べるんだ」

「若いもんとは根性が違うのである!!」


 ドンフライはそのまま俺とマツタケを根性だけで宙に浮かび上がらせ、穴の開いた天井から空に飛び立ったのだ。


「すげぇなドンフライ」

「さんをつけろである。この……程度、我輩なら、当、然……もうダメである」


 限界をきたしたドンフライはそのまま落下して、再び保管庫の中へと落ちかける。

 しかし、その体をサクヤと銀河が受け止めてくれたのだ。


「大……丈夫?」

「ご無事でしょうか、お館様」

「あぁ、助かった」


 危うく保管庫の中で溺死するところだった。

 それからすぐに俺たちはソフィーのヒールを受け、なんとか助かったのだった。




 それから数日

 あの保管庫はカチャノフによって造りなおされ、今度は落雷に耐えるすさまじい強度の要塞みたいなものが設計されることになったのだ。

 俺はようやくまともに歩けるようになったので、火傷した体を温泉で洗いながしていた。

 その隣にペタペタとバカっぽい足音をたててドンフライが座り、湯を被る。


「無事であるか?」

「小さい火傷程度だ」

「…………此度の件、迷惑をかけたである」

「あれ、年下には謝らないんじゃなかったのか?」

「うるさいである」


 ほんの少しだけ丸くなったドンフライを見て、笑みがこぼれた。

 それから少しして男湯の扉が開かれると、今度はマツタケが風呂に入ってきた。

 マツタケはドンフライの隣に座ると、人間みたいに頭の傘をガシガシと洗っている。


「なんだ懐いてんじゃん」

「こやつを我輩の子分としてやることにしたである。こやつ毎日のように我輩にキノコを献上してくる可愛い奴である」

「へー」


 するとマツタケは風呂場でもドンフライにキノコを差し出す。


「うむうむ、これがなかなかに美味いものである」

「俺にもくれよ」

「絶対やらんである」


 本当に仲良くなったんだなと思っていたが、俺はマツタケが手渡したキノコを見てピクリと止まる。


「……幻覚ダケ……」


 確か幻が見えたり、洗脳にかかりやすくなったりするやばいキノコだった気がするんだが。


「うははははは、マツタケは良い奴であーる!」


 ドンフライのトサカ部分からひょこりとキノコが生えてきたのが見えたが、俺は何も見てないことにした。




 ドンフライとマツタケ     了

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る