第24章 ドンフライとマツタケ
第202話 ドンフライとマツタケ 前編
執務室で俺とディーは輸入される予定である、大量の食料の置き場について話をしていた。
「アイアンシェフ領から届きました食料品の保管につきましては、城門付近にあります窪地に保管庫を設置することを検討しています」
「はふぅ……はぁっ……」
「あぁ、あそこ元は池があったんだけど、かなり前の干ばつで干上がったんだよな。干上がってから地味に深かったってこと知ったよ」
「はい、測量したところ池があった窪地の深さは約四.五メイル、保管庫の大きさは六メイルで地面から天井部が少しだけ覗く形になります」
「はふぅ……あふ」
「それ大丈夫か? 保管庫置くにはいいかもしれないけど、大雨が降って増水したら池に戻るかもしれないぞ」
「それにつきましてはカチャノフに保管庫を浸水しないよう設計を頼みました。また排水用のポンプと排水路を整備しましたので、並の大雨では冠水しません」
「はぁ……ふぅ……」
「なんでそんなところに置いたんだ?」
「食料保管庫は国の生命線であると共に、最優先で狙われる場所です。攻められる方法としては遠方からの火矢や魔法での放火確率がもっとも高いですが、地中に半分埋まっていることで守りを強くすることができます」
「はふん、あふん」
「あぁ、もし燃やされたとしても火は窪地に遮断されて城に燃え移ることはないし、消化も上からなら安全と」
「はい。また野盗が侵入しても、食料を背負いながら窪地を登るのは困難になります」
「なるほど、わかった。それで進めてく――」
「はふん……あふん」
「あーーーもう、うるせーな!!」
俺は執務卓をダンっと叩いた。するとさっきからため息をついていたニワトリがこちらを向く。
「なんであるか、人が思案にふけっているのに大声をあげて。これだから今の若いもんはキレる世代などと言われるである」
「うるせー、最近は若い世代より老人がキレて暴力事件起こす方が多いわ。そんなことどうだっていい。悩むのは勝手だが俺の目の前で、はふんはふん言うな」
先ほどからドンフライは、これ見よがしに机の上でこちらを見ながらため息をついており、かまってちゃんオーラが半端ない。
悩み事があるのか、今日一日中周りをずっとちょろちょろうろついて鬱陶しいため息をついている。
「我輩、悩みがあるである」
「だろうな。で、なんだよ悩みって」
「原因はお主が連れてきたあのキノコにあるである」
「キノコ? あぁマツタケか」
先日の料理バトルをした島から連れ帰ったマイコニドだが、名前はソフィーがヴァイスシュヴァルツグリーエルマッシュルーム三世とか壮大な名前つけたけど、長いから俺はマツタケと呼ぶことにした。
「あのキノコ! なんであるか我輩とキャラ被りしてる上に、ここ最近ずっと我輩をつけ狙ってくるである!」
「お前とマツタケのどこにキャラ被り要素があるんだよ。被ってるの身長くらいだろ」
「奴は我輩のマスコット的ポジションを奪おうとしてるである!」
「ハッハッ、お前がマスコットとかウケる」
「笑うなである! ……はっ!?」
ドンフライは何か視線を感じ振り返ると、そこには執務室の扉がほんの少しだけ開いており、そこからキノコの傘が覗いている。
マツタケは何やらただならぬ暗黒オーラを纏いながらドンフライを凝視しているが、扉の前からは微動だにせず、ただひたすらじっと凝視を続けている。
「お前なにやったんだよ。マツタケなんか怒ってるじゃん」
「知らぬである。我輩奴専用の部屋があると知って、我輩にはないのになぜ奴だけ専用部屋があるのかと憤り、そこで育てていたらしきキノコを根こそぎ全部食ってやったぐらいである」
「100%それじゃん。謝って来いよ」
「嫌である。我輩例え自分が悪かったとしても年下には絶対頭を下げんである!」
「ほんと老害みたいな考え方してんな。もしかしたらマツタケの方が年上かもしれないだろ」
「嫌である。あんなチビに我輩は絶対頭を下げんである! 若輩のくせに個人部屋など生意気である」
「あのなマツタケ専用部屋って言ってるけど、あれはキノコを培養するキノコ農場みたいなもんで、あそこでとれたもんを料理に使ったり、売りに出したりして利益をあげてるんだ。マツタケはお前よりよっぽどウチに貢献してるんだぞ」
「しかも費用が水と光だけでほぼかからず、とてもコストパフォーマンスがいいですね」
ニコニコ顔のディーが付け加えると、ドンフライは怒りが有頂天にきたようで羽をばたつかせる。
「うるさい、うるさいである! 我輩はそんなこと知ったことではないである。年下が目上を敬うのは当然であり、我輩は生きてるだけで偉いである!」
「こ、こいつ腐ってやがる」
俺たちが言い争っていると、不意に半開きの執務室の扉が開くと、そこにはマツタケとクロエの姿があった。
「あらあらマツちゃん、お夕飯に使うキノコがほしいんだけど選んでくれるかしら?」
クロエはマツタケを抱きかかえて、キノコ培養室へと歩いていった。
その姿は完全にキノコのぬいぐるみを抱える美人人妻にしか見ない。
「ぐぬぬぬぬ、奴め美しい人をだまくらかしおって。許しておけんである! おい貴様、奴を王権限で追放するである」
「しねーから。むしろマツタケ切るか、お前切るか迫られたら真っ先にお前切るから」
「全く使えん男である」
ドンフライは捨て台詞とフンを机の上に残してから、尻をプリプリと振りながら部屋を出ていく。
「ありゃ完全にクロエをとられて妬んでるだけじゃないのか?」
「そうでしょうね」
それからしばらくドンフライの後ろには常にマツタケの姿があり、ドンフライは何度も怒鳴って追い払おうとするが、マツタケはしばらくどこかに行っていなくなるが、また少ししたら戻って来るという行動を繰り返していた。
そんな状態が数日続いたある日、俺が城の温泉で汗を流しているとドンフライがペタペタと間の抜けた足音をならしながら同じく温泉に入ってきた。
「今日も我輩、お疲れなのである」
ドンフライは器用に足で桶に湯をくむと、頭からお湯を被ってから湯船へとダイブする。
ぼちゃんと水柱が上がり、先に入っていた俺は大迷惑である。
「飛び込むなよ」
「なんだいたのかである。ちょうどいい、我輩の背中を流すである。若いものが年上の背を流す、実に美しい光景である」
「強制させて美しいと思ってるところがやばいよな。悪いが断る」
「貴様、王としての貫禄より、まず人としての礼儀を身に着けるである」
「ニワトリに人としての礼儀を説かれるとは屈辱的だ」
「いいから早くするである」
ドンフライがこちらにケツを向けると、不意に隣の女風呂の方から声が聞こえてきた。
「おー凄い凄い、傘広がってく」
「大丈夫でしょうか、どんどんふやけていってるように見えますが」
「お湯……吸ってる」
「あらっ? 段々匂いがミルキーになってきてるわね」
「ミルク風呂を吸収して匂いが甘くなってきてるネ」
「面白いですね。構成物質がどう変化しているか見てみましょう」
「ポンコツその変なヘルムいつとるネ?」
「この辺凄くブヨブヨしてる。あら、でもなんだかこの触り心地くせになってきました」
「やめなよソフィー嫌がってんじゃん」
「嫌がってません! とっても抱き心地が良いです……でも、お湯を吸って重くなってきました」
どうやら隣の女風呂ではマツタケを湯に入れて遊んでいるようだ。
女性陣が揃って入浴しているようで実に羨ましい。
俺が聞き耳をたてていると新たに女風呂に誰か入って来たらしく、足音が聞こえてくる。
「あたあらマツちゃんこんなところに?」
「マツタケ洗ってる~」
「マツタケじゃありませんよ。ヴァイスシュヴァルツクリーエルマッシュルーム三世です」
「その三世どっからでてきたネ」
新しくやってきたのはクロエだったようで、俺は「ん?」やばいんじゃないかこれ? と思ってドンフライを見やると、ドンフライは仕切り壁に羽を当てて俺と同じく聞き耳をたてている。
「あっ、マツタケクロエに抱き付いた」
「多分一番懐いてるネ」
「オリオンさんだと食べられそうと思ったんじゃないですか?」
「食い意地張ってるのはソフィーの方でしょ」
「なんですって!?」
俺はドキドキしながらもう一度ドンフライを見やった。すると予想通り、ニワトリのくせに憤怒の表情を浮かべている。これがまさしくトサカにきたというやつか。
「お前菌類に嫉妬すんなよ」
「うるさいである! 貴様は悔しくないであるか。キノコは女湯に入れるのに、なぜ我輩は男湯であるか!」
「お前は雄鶏でキノコには性別がないからだ」
「不公平である! 我輩昔は銀河と共に銭湯に行ったときは女風呂に入ってたである!」
「それ怒られなかったのか?」
「その時は無垢な雄鶏を装っていたである」
「クソ野郎じゃねぇか」
「とにかく我輩は女風呂に行くである。鳥類に人間の性別は適用されないである」
男湯と女湯を隔てる壁を飛び越えようとするドンフライの尾羽を掴む。
「普段散々鳥扱いするなって言っておきながら都合の良い時だけニワトリになるんじゃねぇ」
「離せ! 離すである!」
ドンフライがジタバタとあまりにも激しく暴れるもので、つい俺は仕切り壁に倒れかかってしまう。
すると壁はいとも簡単に前のめりに倒れ、男湯と女湯を隔てる厚い壁はズンと音をたてて崩れ去ってしまった。
恐る恐る俺は目を開くと眼前に広がる湯気と、その奥に見える桃源郷を前にして思わず言葉を失う。
女風呂に並ぶ女子陣はどの子も良い体をしており、むちっとしたボディラインにそって雫が流れ、暖かな湯気と桜色に上気した肌がセクシーで、壁と共に倒れた俺たちを全員が見下ろしている。
一瞬呆気に取られていた女性陣だが、我に返った途端悲鳴と桶の嵐が降り注ぐ。
「イヤーーーーッ!! 変態ーーーー!!」
「ありがとうございます! お約束ありがとうございます!」
「何がありがとうだ死ね!」
フレイアの放ったサイドスローからの豪速の桶が俺の後頭部に直撃し、俺とドンフライは前のめりに倒れ湯船に落ちてから気を失った。
それからしばらくして。
俺は後頭部に柔らかな感触を感じながら目を覚ました。
「起き……た」
サクヤのくりっとした大きな目がこちらを覗き込んでいる。
どうやら脱衣所で膝枕されているらしく、隣で銀河とオリオンがこちらを団扇で扇いでいる。
その脇でセクシーなパンツ一枚とタオルを肩にかけて乳房だけを隠したレイランが冷えた牛乳を一気飲みしていた。
「当たり所悪くて、当たった後しばらく湯船に浮かんでたネ。見事なドザエモンだったネ」
「あぁ、それでのぼせたのか」
起き上がろうとするがくらっと立ちくらみ、再びサクヤの膝に後頭部を落とす。
「無理……しない方が……いいよ」
「フレイアたちは?」
「生娘組は怒って部屋帰ったネ。ちなみにニワトリはそこネ」
レイランが指さす先を見ると、ドンフライが洗濯物みたいにロープに逆さ吊りにされている。
「これは酷い」
その下でマツタケがぴょんぴょんと飛び上がりながらドンフライに手をのばしている。
「あれは何やってるんだ?」
「さぁ、弱ってるから首の骨折ってやろうとしてる違うか?」
「そんな考えの奴が自分の間近で飛び跳ねてたら恐怖だな。別に止めはしないが」
「と、止めてください」
銀河が涙目になっている。そういえばお前は唯一の味方だったな。
そうこうしているとドンフライがパチクリと目を覚まし、自身の吊られた状況に気づいた。
「なんであるか! 我輩をボロ雑巾と同じ扱いにして許さんである!」
しかしながら片足を吊られているドンフライには何もすることができない。
そして自分の下でぴょんぴょんと飛び跳ねているマツタケに気づくと、ドンフライは更に怒りを露わにする。
「我輩を煽っているであるか! このキノコめ!」
コケコッコーと怒りながら吊られているニワトリと、それに向かって飛び跳ねるキノコ、シュールな絵面である。
ドンフライがマツタケに向かって嘴を突き出すと、それが丁度傘に突き刺さり大きな傷がいく。
「おい、やめとけ。そのうちケガするぞ」
「ダメですよ。マツちゃん、こっちに来て」
クロエはこのままだとケンカがエスカレートしそうだと思い、マツタケを抱いて脱衣室を出ていく。
その様子をぐぬぬぬと見つめるドンフライ。
「こりゃしばらく沈静化しなさそうだな」
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