第189話 アイアンシェフⅤ

 ロイヤルバニーたちがハゲテルの元に戻った、その日の晩。

 オリオンたちとウェイウヴォアーを越える為のメニューを考えこんでいると、ふと俺たちのキャンプの近くで良い匂いが漂ってきた。


「あら、いい匂いがするわね……」

「咲……なんかいい匂いがする」

「ああ……これは……パエリアかな……」


 シーフードとオリーブの香りにつられて、俺とオリオン、フレイアはふらふらと別の冒険者がいるキャンプへと顔を出す。

 岩陰の後ろからテーブルランタンの淡い明かりが漏れ、何やら調理している音と共にヴァイオリンの音色が聞こえてくる。

 どんなご機嫌な奴らが料理を作っているのだろうかと覗き込んでみると


「はっはっは、どうだいシェフから仕込まれた直伝の追いオリーブを使用したパエリアは? なに、この調子ならば世界一美味い料理なんて、朝飯前の夕飯前に出来上がってしまうだろう。それじゃ遅すぎるかい? アッハッハッハッハ」


 むっ、この全く面白くない話と鼻につく笑い方は……。

 俺たち三人が岩場から顔だけを出すと、そこには因縁のある男の姿と数人の貴族らしき身なりの良い人間が見える。

 いっちょ前にコックのような、やたらと長い調理師帽を被ったアランは、見た目的にはイケメンなのだが、フレイアたちを見捨てたり、ルーキー冒険者であるマルコ達から報酬をピンハネし、挙句危なくなったらダンジョンに置き去りにしたクズだ。

 アランはフライパンを片手になれた手つきで調理を進め、その手にオリーブオイルの瓶を手に取る。


「さぁ、ここで追いオリーブをもう一度かけようか。オイオイまたオリーブ? とは言わないでくれよアッハッハッハ。今のは追いオリーブの追いとオイオイと声をかけるオイをかけたんだよ。わかったかな? はっはっはっは」


 俺とオリオンは無の表情で顔を見合わせた。


 おもんねーっ! しかもおもしろくないギャグの説明を自分でしてる。地獄じゃん。


「なんだあのクソ面白くない小話は。生きてて恥ずかしくないのか」

「殺そう。石ぶつけよう」

「やめなさい、あんなクズでも生きてるのよ」


 散々な言われようである。


 アランは出来上がったパエリアを仕上げ、器に盛りつけると、金色のライスにムール貝が花のように開き、散りばめられたパプリカの赤が色鮮やかで美しい。確かに見た目は素晴らしい出来栄えで、プロ顔負けといった感じだ。


「最後にバジルの葉と、ラスト追いオリーブをかけ、この魔法の粉をふりかけると完成だ。ご婦人方、この最後に入れるオリーブのことをなんというかご存知ですか?」

「さぁ、なんというのかしら?」


 見知らぬ貴族風の女性は首を傾げる。相変わらず金持ちそうな人間に取り入るのが得意な男である。


「気をつけろ、あいつめちゃくちゃしょーもないこと言う気だぞ……」


 俺たちはゴクリと喉を鳴らし、奴のしょうもないギャグに備える。


「追いオリーブを3回かけたのでオイオリーブサンと言うのですよ。アッハッハッハッハ」

「まぁオリーブさんだなんて、オッホッホッホ」


 俺たちは岩場の影で何か鈍器になりそうなものを探していた。


「殺そう。あいつを生かしといて何も良いことない」

「咲、この石尖ってるよ」

「やめなさいよ。あんたらなんでそんな他人のボケに対してストイックなのよ」

「あいつがいると話全体が滑った感じになる」


 俺たちがどうやって撲殺しようかと考えていると、アランがこちらの存在に気づく。


「うぉああああああっ!? き、貴様は梶王、なぜこんなところに!?」


 まるでゴキブリでも見たかのような騒ぎっぷりだ。俺も好かれたものである。


「久しぶりだなロバート」

「アランだ! もう原型すらないだろ! それより貴様、なぜこんなところに!?」

「俺は異世界で面白くない奴をぶち殺す為に異界転生してきた。お前をこの世界で一番面白くない奴と認定して一番最初に殺すことにした」

「バカなことを言うな。私のトークが面白くないと感じるのは貴様の感性が乏しいだけだ」

「いや、普通に面白くないわよ」

「うん」


 フレイアとオリオンが即答する。


「君たちには私のジョークはまだ早い。素敵なレディになったとき、また話してあげよう」

「結構よ」

「そんなことよりお前、最後にオリーブかけるときなんか粉かけただろ」

「なんのことかわからんな。さぁ皆さん、あんな下賤な奴のことなど気にせず料理を楽しんでください」


 貴族風の女性はパエリアにスプーンをさす。確かに見た目綺麗に見えるのだがアホが山ほどオリーブをかけたので、皿の底には油だまりができており、明らかに油分過剰だ。

 しかし奴がかけた魔法の粉というのはウェイウヴォアーであり、あんな油過多でも味は一級品になるのはわかっている。

 女性はギトついたスプーンを口に含んだ、その瞬間両目から光を発し唸った。


「うーーーーーまーーーーーいーーーーーわーーーーーーー!!」


 響き渡る声は周辺の木々にとまった鳥やコウモリたちを驚かせ、飛びあがらせるほどだった。


「美味しい! 凄いです。まさか餓死寸前で拾ったコックがこれほどの才能を秘めていたなんて」

「お褒めにあずかり光栄です」


 アランは胸に手を当てて礼をする。

 俺はコック~? とアランを懐疑的な目で見やる。


「なんだお前、いつから冒険者やめてコックになったんだ?」

「黙ってろ。ここで認められれば私は美人貴族の騎士となれるのだ」

「いや、コックって言われてるじゃん。なに勝手に騎士になってんだよ」

「うるさい黙れ」

「てか、お前元から貴族のボンボンだろ」

「私は冒険者になるために家を飛び出した。貴族章を持ってはいない」

「そうなのか、まぁお前の経歴なんか微塵も興味ないけどな……」


 多分明日には忘れてるような無駄知識だ。


「ふん、貴様なんぞに覚えられても不愉快だ」

「そんなことより、あんなオリーブでギトギトのパエリアなんか美味いわけないだろ。お前のトリックのタネはアイアンシェフに住んでる人間なら誰でも見破れるぞ」

「なんのことかわからんな」


 この野郎バレバレのネタにシラを切るつもりか。

 それなら


「あれれ~おかしいな~、おじさんこの缶には一体何が入ってるのかな~?」


 俺は無知を装った子供名探偵のように、調理台の下に隠されていたウェイウヴォアーの缶を掲げる。


「こら、バカやめろ!」

「ウェイウヴォアーって、僕どこかのお店で見たことあるなー」

「おい、やめろ!」


 アランと争っているとウェイウヴォアーの缶がアランの振り上げた手に当たり、岩場の影へと吹っ飛んでいく。


「お前、あれ新品なんだぞ!」

「お前が隠すから悪いんだろ。やましくなければ見せればいい」

「正論だが貴様にいわれると腹が立つ。いいから缶を拾って来い!」


 仕方がない、こちらにも責任が一割くらいあるので強く出ることはできない。

 渋々俺はオリオンたちと吹っ飛んでいったウェイウヴォアーの缶を探す。


「どこ飛ばしたんだよあいつ」


 完全に日が落ちているのと、デカい岩がゴロついていてどこに落ちたのかわからない。


「これじゃない?」


 オリオンが指さすと、そこにはひっくり返って中身をぶちまけていたウェイウヴォアーの缶があった。

 丁度そこに波が寄せて引くと、中身は完全にさらわれてしまう。


「中身全部流されちゃった」

「しょうがねぇ缶には砂でもつめとくか。色似てるしな」

「大丈夫? あいつほんとにアホだから気づかないわよ?」

「そしたらあいつの小話のネタが増えるだろ。調味料だと思ったら砂だったのさHAHAHAって」

「やめて、リアルにあいつの声で再現されたわ」


 オリオンとフレイアは空になった缶に本当に砂をつめていく。

 その様子を眺めていて、ふと視線を落とすとウェイウヴォアーに誘われてやってきたのか、小さなカニや亀、コバエのような虫がやってきた。

 あーあー虫たかっちゃってるよと思っていると、虫や小さな生き物たちは次々にウェイウヴォアーをひっくり返した辺りで死んでいったのだった。


「えっ……なんで……?」


 ひっくり返って死んだ小さなカメを見ると、口の辺りから泡を吹いている。他の生物もほとんど同じだ。

 恐らくウェイウヴォアーを食った瞬間ショック死したと見られる。


「調味料を食ったくらいで普通死ぬか?」


 やばいな、この調味料段々不気味さすら感じて来たぞ。

 砂の入った缶を返すと、予想通りアランは気づいていなかった。

 その後すぐに女性の悲鳴が聞こえてきた。あいつ本当に砂と調味料の区別がつかなかったらしい。




 翌日

 ボーっと遠くから聞こえる大きなラッパの音に起こされてテントを出た。


「なんだ、うるせぇな……」


 海岸の方を見ると、霧のかかった海に巨大な帆船の影が映っている。

 船は徐々に近づいてくると、その巨大さが改めてわかり、四本のマストに船体の側面には大砲が八門も並び、通常よく見るガレオン船タイプよりも一回りも大きく武装も整っている。

 その威圧感のある船は、小さな船なら簡単に引き潰してしまえるだろう。

 これだけ巨大な軍船は見たことがないが、それよりも目を引くのは甲板の上に乗っている四体の機械甲冑である。

 通常の人間サイズではなく、大きさは5、6メートルと言ったところか、パッと見の風貌はデカい西洋甲冑で、全て真っ白な塗装をされており、膝をついてコクピットらしき胸部のハッチが開いている。

 巨大な船影は座礁しないギリギリの海上でゆっくりと旋回すると、船尾方面を島に向け錨をおろす。

 停船したのを確認すると先程の機械甲冑達に火が入り、船の上から次々に水しぶきをあげながら飛び下りていく。

 そして船の背面貨物倉庫部分が開くと、機械甲冑がそこからコンテナのような黒い箱を取り出し、海に浮かべていく。

 コンテナはロープで連結されており、先頭の箱をひっぱると四つのコンテナが連なって海を浮かびながら引っ張られていく。


「なんじゃありゃ……」


 腰の部分まで水の中に入った機械甲冑は四角いコンテナを持って、ゆっくり砂浜を目指し徒歩で移動してくるのだった。

 俺は気になって砂浜の方へと向かう。すると丁度砂浜に上陸した機械甲冑はこちらを見下ろす。


「うわ……まんまロボットだな」


 船から降りた機械甲冑は三体、どれもデザインはかわらないがリーダー機らしき目の前の一体だけは、頭に赤いトサカのような装飾がされておりマントを肩から下げている。

 ガルディアの地下で見た、デウスエクスマキナと呼ばれる機械と酷似している。

 三体とも肩には剣と盾、それに十字架が描かれており、聖十字騎士団所属であることを誇示していた。


 俺を見下ろしていた機体の胴体部が開き、中から背の低い角つきクロワッサンのあいつが姿を現す。


「あなた邪魔ですわよ」

「ゼノ・シュツルムファウゼン……」

「あら……あなた確か黒土街で」


 俺たちが話しているとコンテナを引きずった残りの二体が砂浜に上がって来る。

 それと同時に片方の機体から音声が響く。


「ゼノ様、ボックスにホイールを取り付けるであります。少々お待ちください」

「早くしてくださる」


 ゼノは機械甲冑からひらりと舞い降りる

 まさか、この機体がアルタイルの言っていたアークエンジェルとかというやばい奴なのだろうか。


「潮風ってベタついて嫌になりますわ」

「あの」

「あら、まだあなたいましたの?」

「これ、もしかしてアークエンジェルって奴なんですか?」


 俺が後ろの機械甲冑を見やる。


「ああ、これ? ただの玩具アーマーナイツですわ。アークエンジェルと比べるべくもありませんわ」

「は、はぁ……」

「あなた見たことありませんの?」

「あまり」

「そう、アークエンジェルに比べればこんなもの農耕機械と同レベルですわ」


 これで農耕機械って、本物は一体どれほどのものなんだと思うが、ゼノの様子がおかしい。

 彼女はふて腐れ気味に砂浜を蹴る。

 この人基本オホホホ系でテンション高いと思ってたのだが、今日はかなりテンション低いぞ。


「なんか嫌なことあったんですか?」

「わかる? わかります!?」


 ゼノは突如食いつくと、俺の胸ぐらを掴みながら顔を寄せる。

 よっぽど嫌なことがあったらしい。


「あのグルメル侯爵クソデブのところに奴隷100人持っていったら、ついでだから荷物をこの島に届けてくれとか言い出しましたのよ! 信じられます!? この聖十字騎士団第三シュヴァリエ団長である、このわたくしを小間使いの宅配屋扱いしたのですよ!? あの船動かすのに一体いくらかかってると思ってますの!?」

「は、はぁ」

「お茶菓子がわりに新型のアーマーナイツを用意して持ってったら、朕は食べ物以外はいらぬでおじゃるとか言い出して、もうあったまきましたわ!」


 ああ、船の上で一体だけ残ってるのはそういう理由か……。

 船の上で色の違うアーマーナイツが膝をついてるのが悲しい。

 しかしお茶菓子がわりにアーマーナイツを渡せるところが凄い。


「荷物ってのは、あの黒いコンテナの」

「ええ、重いし大きいし魔術式で施錠されてるし。なんでわたくしがこんなもの持ってこなければいけないのか理解に苦しみますわ!」

「そりゃ大変だ。中身はなんですか?」

「……ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎ、肉ですわ。ほんとは中身が見られませんがムカついたので透視の魔術で覗いてやりましたわ」

「はぁ、今夜はカレーですね」

「なんでわたくしがわざわざこんな島までカレーの材料運ばなきゃならないんですのーーーー!!」


 ゼノは遠い海に向かって雄たけびをあげる。

 この人ちょっと面白いかもしれない。


「これをどこに持ってくんですか?」

「この島の中央にある食品加工センターですわ」

「なんでこんなところに食品加工センターが」

「目の前に食材が転がってるからでしょう」


 確かに。

 ここで食材となる動物やモンスターを捕獲し、その場で加工してすぐ輸出するわけか。

 どうやら俺がサクヤの大ジャンプで見た建物というのは食品加工センターだったようだ。


「ゼノ様ボックスにホイールの取り付け作業終了致しましたであります」

「わかりましたわ。すぐに指定地点に行ってさっさと帰りましょう」

「了解しましたであります」


 部下の声にこたえてゼノは疲れた顔をしながら、もう一度アーマーナイツへと乗り込んでいくのだった。


「ちょっと、抱っこしてくださる!」


 彼女は一人では乗れなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る