第188話 アイアンシェフⅣ
「嘘……元に……」
回復をかけられた本人が一番驚いているようで、自分で脚を触って確かめている。
炭化したはずの脚は美しい脚線美を取り戻し、しっかりと機能していることに驚きを隠せない。
「凄い回復能力……プリーストなのかしら? いえ、大賢者でもこれほどの復元はできないはずよ」
部隊長の視線がこちらを向くが、俺はそれに対する答えをもたない。
「……内緒でいいか?」
言いにくそうにしていると、部隊長はこちらの意図を組んでくれたようで頷いてくれた。
「……ええ、助けてもらって詮索するのは失礼ね。お姉さんはカリン、見ての通りロイヤルバニーでゴールドラビット種よ。
すると前髪ぱっつんの銀髪バニーはすくっと立ち上がると長い髪を揺らし、こちらを見下ろす。この人気づいてなかったけど結構背が高い上に、体が凄く肉々しい。というか、装備が燃やされたせいでほとんど隠れてないので、余計に色気のある肉体が見えてしまう。
「あり……がとう」
サクヤは俺の体をきゅっと抱きしめる。
「彼女口下手なところがあって、言葉よりも態度で示すの」
「なるほど、これはまぁ感謝されていると」
ほっこりと話している場合ではない。
俺はすぐさま銀河の連れてきたキノコモンスターを見やる。
「大丈夫か?」
銀河の連れてきたキノコモンスターは弱っているらしく、どんどん傘がしおれていく。
「これやばいんじゃないか?」
「マイコニド、菌類のモンスターね。回復させてあげるなら何か水分が必要よ」
カリンから助言を受け、それなら銀河の水遁で。
そう思ったが、それより先にシロとクロがこちらに乳瓶を差し出す。彼女達のミルクだろう。
「そっちの方がいいかもしれないわ」
確かに、これなら栄養もあるし、いけるんじゃないか?
そう思いミルクをマイコニドの体にびちゃびちゃとかける。すると、しおれていたキノコの傘が徐々に元気を取り戻していった。
「おっ、元気になったっぽいな」
マイコニドは起き上がって辺りを見渡すと、人間に囲まれていることに気づいて慌てて逃げだして行った。
「追いかけますか?」
「いや、いい」
「お礼も言わないで言っちゃった」
「しょうがない、人間の手で殺されかけたんだから怯えるのは当然だろう。それにあのキノコ口ないしな」
俺はもう一度カリンに向き直った。
改めて周囲を見渡すと二十人ほどのバニーお姉さんに囲まれるという異様な光景。
ロイヤルバニーと言ってもその中でまた種類があるようで、金髪赤眼、銀髪碧眼、体の大きい種、耳が垂れた種と様々だ。
それにさっきまで気づいていなかったが、このロイヤルバニーのレオタードみたいなインナーってバニーガールの服装そのまんまだ。
ブーツの隙間から網タイツが覗いているし、首元には真紅の蝶ネクタイが見える。
「この格好に驚いたかしら? お姉さんたちロイヤルバニーは今でこそ竜騎士と呼ばれているけど、100年近く昔は貴族の愛玩具だったの。その歴史が長くあるから、未だロイヤルバニーを見ると娼婦扱いする人が多くてね。ご先祖様たちは正装してバカにされないようにしようとしたみたいなんだけど、このバニーガールの格好が凄く気にいっちゃったみたいで、これを勝手に正装にしちゃったのよ」
「は、はぁ……迷惑なご先祖様ですね」
「みんな結構気に入ってるからいいんだけどね」
ようは彼女らにとってこのバニーガールはスーツや制服がわりということなのだろう。まぁ綺麗な格好をして皆からバカにされないようにしようってことなのだろうが扇情的な服を着ていたら余計娼婦と思われるのでは? と思ったりしなくもない。
「カリンさんたちも世界一美味い料理を作りにこの島へ?」
「目的はそうなんだけど、ちょっと違うのよね」
そう言うとカリンを含めたバニーたちの表情が暗くなった。
お互いわけありと言ったところか。
その時くーっと腹の音が鳴る。
オリオンだな。
緊張感のないやつめと思い振り返ると、ブンブンと首を振っている。
あれ、あいつじゃないのか?
そう思うとカリンが顔を赤らめて「あは~」っと苦笑いを浮かべている。
「腹減ってるんですか?」
「そんなことないのよ」
と言った瞬間、今度は別のバニーの腹の音が鳴る。
「…………お腹、減った」
サクヤがボソリと呟いた。
「ごめんなさい。実は皆何も食べてなくて」
「……ウチのキャンプ来ます? 飯くらいありますけど」
そう言うとサクヤが俺の体をがしっと掴んだ。
「えっ?」
驚く間もなくサクヤは大ジャンプを決め、俺の体を空を舞った。
フワッとした内蔵が浮くような感覚に襲われると、一瞬で視界が森の中から青い空へと移る。
ほんの一秒足らずで高層ビルを跳び越すほどの大ジャンプは、島を上空から俯瞰で見せてくれる。
この島中心になんか建物があるんだなとか、上空を旋回しているドラゴンを上から見たりと普段見えない光景に驚くが、じっくり見ていられるほどの余裕はなかった。
「うぇええええええええっ!」
「キャンプ……どこ?」
「西側の海岸んんんん!!」
「そう」
サクヤは両腕のウイングを伸ばすと、風に乗りながら方向を調整し、俺たちのキャンプまでひとっ飛びしたのだった。
タンと軽い音をたてて砂浜に到着すると、料理を作っている最中のクロエが突如空から降って来た俺たちに驚く。
「あらあらパパ、空を飛んで帰ってらしたの?」
「う、うん。やばい、軽くちびった」
逆バンジー的な絶叫アトラクションに乗ったようで、胃の中のものが出てきそうだ。
「ディーは?」
「先程ドラゴンさんの声が聞こえて、兵隊さんたちと一緒に森の中へ入って行かれましたよ」
「入れ違いになったのか。すまないクロエ、これから腹をすかせた奴らが二十人くらいやってくる。支度してくれないか?」
「わかりました。すぐにしますね」
それから数分後、ディーと合流したオリオンとカリンたちが森の中から戻ってきた。
その頃にはクロエの料理もできあがっており、
バターの香りとピリッときいた唐辛子の匂いが嫌が応にも食欲をそそる。
それを見たバニーたちの目は料理に釘付けになっているようだ。
「とりあえず話は飯食ってからにしようか」
全員がテーブルに着席すると、テントの中から匂いにつられてソフィーが姿を現す。
「美味しそうな匂いがします」
ソフィーは着席してから周りが見知らぬバニーで溢れていることに気づいた。
「なんですか王様、また女の人引っかけてきたんですか」
「ジゴロだろ?」
「ジゴロというより詐欺師でしょ」
「言い過ぎじゃない?」
「お昼にはちょっと早いですけど、わたしのお腹はいくらでも入りますよ」
「太るぞ」
ソフィーの腹肉をむにーっと掴み上げると、ハルバートが頭に降ってきた。
「レディにそんな失礼なことしないで下さい」
「レディはハルバート振り回さない」
いただきますと合掌すると、ロイヤルバニーたちは出された食事をガツガツとかっ食らっていく。そこにオリオンやソフィーも混じって結局全員で飯を食らうのだった。
「オリオンさん、わたしのお肉とった!」
「とってないよ」
「リスみたいに口膨らませてよく言えますね!」
「銀河よ、この唐辛子のスープが美味いである。もっとくれ」
「はい、ドンフライさん」
「ところで美しい人よ、このスープは唐辛子の他に何が入っているであるか?」
「鳥ガラですよ」
「ふむ、なかなかイイダシが出るであるな」
「あぁ、冬山とかで遭難したら頼むな」
「我輩を非常食扱いするなである!」
相変わらずやかましい食事風景だ。ちなみにエーリカとレイランは別の島で野菜や穀物の採取にいっており、後ほど合流することになっているのだった。
まだ飯を食っている最中ディーから肩を叩かれた。
「少しよろしいですか?」
「どうした?」
ディーに連れられて人のいないテント裏へと向かう。
「あのロイヤルバニーたちのことですが、オリオンたちから出会った経緯は聞きました」
「ああ、メタルドラゴンに襲われたところを助けてもらった」
「それは良いのですが、素性はご存知ですか?」
「いや、あんま詮索してほしくなさそうだったからしてない」
「彼女達の首筋や下腹部、乳房の辺りに縞模様の焼き印が押されていることはご存知ですか?」
「焼き印?」
「あの装備が壊れている少女ならわかりやすいでしょう。彼女の胸の辺りを見て下さい」
言われてテントの影からサクヤの姿を盗み見ると、大きなおっぱいが揺れる揺れる。
「こらおっきなおっぱいしてるな。これひょっとしてホルスタウロスを抜けば一番大きいんとちゃ――」
俺の脳天にディーのエルボーが突き刺さった。
「ちょっとふざけただけやん!」
「なんですかその喋り方」
もう一度盗み見ると、確かに胸の下部にバーコードのような縦縞模様が見える。
「あっ、ほんとだ。あれどっかで見たような」
「恐らく黒土街です。あれは奴隷の烙印と呼ばれるもので、彼女達の首、チョーカーのように見えますが、あれは平伏の首輪と言う奴隷につけられる拘束具です」
「つまりあの子ら全員どっかの奴隷と?」
「その可能性は高いです。ただロイヤルバニーというのは単体でも非常に強力なスペックと美しい容姿を持ち、奴隷価格は通常の100倍から1000倍とも言われています。それをあの数となると」
「三日月兎騎士団って言ってたんだけど知ってる?」
そう言うとディーは目を見開いた。
「三日月兎騎士団ですか? 北方領土最強と呼ばれていた
「その辺りが原因で奴隷に身を落としたって感じか」
「でしょうね」
「どう見る?」
「危険です。恐らく飼い主か奴隷商のどちらかがついているはずです」
「助けられないのか?」
「彼女達がそれを望んだとしても難しいでしょう。平伏の首輪には毒針が仕込まれており、無理やり外そうとしたり、主人より一定距離離れると自動で毒針が刺さるようになっています」
「ってことは主人は近くにいるってことだな」
「何をやっとるんじゃ貴様らは!」
むぅっと唸った時だった。スキンヘッドの薄気味悪い老人が、突如怒鳴り声をあげてキャンプに乗り込んできたのだ。
調理師服を着た老人は、持っていた乗馬鞭を振りかざすと食事をとっていたバニーに殴りかかった。
「飼い主登場か」
「そのようですね」
俺はすぐさま出ていくと、ロイヤルバニーたちは既に整列させられており、老人は一人一人鞭で殴りつけパシンパシンと嫌な音が響く。しかし彼女達はそれが当然とばかりに反抗せず黙って打たれているのだった。
「おい爺さん、やめないか」
「なんじゃ貴様は……そうか、お前がワシの兎をたぶらかしよったのか」
「違うわ。これは我々が勝手に」
「お前は黙ってろ!」
調理師風の老人はカリンを鞭で打ちつける。
その時、丁度エーリカとレイランがタイミングよく別の島から戻って来たらしくボートに乗って砂浜に到着したのだった。
老人の位置からは死角になっており、彼女達の姿は見えていない。
俺はエーリカとレイランに視線で合図すると、状況を察してくれたらしい。
「この淫売が! 誰のおかげで生きながらえることができていると思っている!」
「くっ……ハゲテルさんのおかげです」
「様をつけろと言ってるだろうが!」
ハゲテルがもう一度大きく鞭を振りかざす。その瞬間エーリカが拳銃で鞭の先を吹き飛ばし、レイランが背後からハゲテルの首筋に青龍刀を突きつける。
「お前、人のキャンプであんまりなめたことするのよろしくないネ。ぶっ殺されたいか?」
「ぐ、ぐぅ」
「いいの。大丈夫だから」
カリンに止められてレイランは眉を寄せながら渋々青龍刀を下げる。
「貴様ら、追いかけていた鋼竜はどうした?」
「申し訳ありません。逃げられました」
「チッ、北部最強の竜騎士団が聞いて呆れる」
「首輪……あると、力出ない」
サクヤが首輪に触れる。どうやらあの平伏の首輪は相手の力を制限する能力もあるようだ。
「爺さんメタルドラゴンを倒せって言うけど、そんな簡単にやれるもんじゃねぇんだよ」
「知っとるわ。誰でも簡単に倒せるものを倒して何の意味がある。誰も倒せぬものを倒してこそ意味があり、そこに素材の価値がある。安くで手に入る肉を美味く調理するのは誰だってできる。しかし貴重で二度と手に入らぬような肉を美味く調理してこそ料理人の真価が問われる。行くぞ、ワシの料理完成にはどうしてもメタルドラゴンの肉が必要じゃ」
ハゲテルはロイヤルバニーたちを引き連れて、恐らく自身のキャンプへと戻っていくのだった。
カリンとサクヤが俺の元にやって来て謝罪する。
「ごめんなさいね、こんなことになって」
「それはいいんだけど、大丈夫なのか?」
「ええ、気にしないで」
二人は寂し気な表情を残して他のバニーの元へと戻っていく。
しかしサクヤが最後にもう一度戻ってきて、俺をぎゅーっと抱きしめる。
「……ありがとう。美味しかった。バイバイ」
そう言い残して彼女もハゲテルの元へと戻る。
「ハゲテル・クッカー。料理人としてかなり有名な人間で、宮廷料理人ゴールド厨師に選ばれた人間です。しかし客と王族に対して中毒性のある食材を使用したとして称号を剥奪され捕まったと聞きましたが」
「てっきりドスケベ貴族が飼い主だと思ってた」
「強い奴隷を捕まえては危険な食材を取りに行かせているとも聞きますが」
「クソ野郎だな」
「その手の道を極めている人間は、どこかしらタガが外れている者が多いです。彼も食の道を極めて、道徳的な観念が希薄になっているのかもしれません」
「何のために料理作ってんだか」
「しかし、彼もこの話に乗っていたとは。人間的には異常者寄りですが、料理の腕前は確かなものです」
「料理に関しては強敵ってわけだな」
しかし俺の脳裏にはハゲテルより悲し気な表情のカリンたちの姿が離れなかった。
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