第190話 アイアンシェフⅥ
「王よ、昼から嵐がくるそうです。喜んで木の上から飛び降りて怪我しないで下さいよ」
「子供か俺は!」
「この前の嵐の時、オリオンと一緒に傘もって城から飛び降りて骨折したの誰にゃ」
「ほんとすいません。テンション上がってしまいまして」
ディーに母親みたいな注意を受けた後、俺たちのキャンプは強風対策を行っていた。
ゼノが食品加工センターへと向かって数時間後、空には薄暗い雲が出始めている。と言ってもまだまだ日差しを覆い隠すほどのものではない。
皆が仕事してる中、やることない俺は砂浜でウェイウヴォアーのことを考え唸っていると、一人なのをみはからってか木の陰から昨日助けたキノコモンスター、マイコニドがひょこひょこと現れたのだ。
「ありゃ昨日の……」
もしかして別個体かと思ったが、胴体部分に銃弾が貫通した跡があるので間違いなく昨日のマイコニドだろう。
マイコニドは俺の前にちょこちょことやってくると、腕いっぱいにもったキノコをどっさりと落として再び木の陰に隠れてしまった。
どうやら昨日助けたお礼に大量のキノコを持ってきてくれたらしい。
なかなかにいじらしいことをする。
そう思ってキノコを手に取ると、赤い傘にぶち模様、そして焼肉のようなジューシーな香り。
「ベニ焼肉ダケ……」
毒キノコじゃん。もしかして実はお礼にきたと思ったのは俺の勘違いなだけで、野郎ぶっ殺してやるって気持ちで来てたのか?
木陰の方を見やるとマイコニドがそぉっと顔(?)の傘の部分が覗いている。なんだろうか、俺が死ぬところを確認するつもりなのだろうか。
なんて恐ろしいやつなんだ。
「そんな見られても毒キノコは食べないぞ……」
そう呟くと、匂いを感知したのかソフィーがテントの中から出てきた。
「何か王様が一人でいいものを食べようとしている匂いがします」
どんな匂いだよ。
ソフィーは俺の元に寄ると、大量の焼肉ダケを見て目を煌めかせる。
「こ、これってもしかして、あの幻の焼肉ダケなんじゃ」
「まぁそうなんだが、ちょっと訳アリで食うなよ」
「ダメなんですか?」
「ダメだ」
「まさか王様、独り占めするつもりじゃ」
「しねーよ。俺そこまでキノコ好きじゃねぇし」
「ほんとですかぁ?」
怪しいなぁとソフィーはキノコを一つ手に取る。
「あっ、おいバカやめろ食うなよ」
「大丈夫、大丈夫ですよ。わたしこう見えてキノコの傘の裏側の匂いをかぐのが趣味なんです」
「どんな趣味だ」
「いただきまーす」
「あぁっ!!」
俺の引き留めも虚しく、やっぱりソフィーは焼肉ダケを食ってしまった。
「おぉいしぃっ! キノコなのにお肉みたいに噛めば噛むほど肉汁、もといキノコ汁が溢れてきます」
「あぁ、胃薬持ってきてたっけな」
俺は額をおさえながら今からソフィーの腹を心配するが、彼女はなんなく一本目を食べ終わると二本目を食べだしたのだ。
「待て待て! 二本目はやばいって、それ以上食うと死ぬぞ」
「嫌です、この子は渡しません!」
俺は必死に焼肉ダケを取り上げようとするが、ソフィーは我が子のように絶対に離すものかと譲らない。
丁度そこにオリオンがやってきた。
「オリオン、ちょうどいいところに、ソフィーのこれとりあげてくれ!」
「オリオンさん、王様がキノコを独り占めしようとするんです! 神は言っております、意地汚い人間に死を!」
「お前が真っ先に死ぬわ!」
「ソフィーそれ毒キノコだよ」
ソフィーの動きがぴたりと止まる。
「今なんと?」
「あたしそのキノコで丸一日動けなくなるくらいお腹壊したから」
「…………」
「だからやめろって言ったのに」
「毒キノコなんて一言も言ってませんよ!?」
「あれ、そうだっけ?」
「あぁ最低です、こんな美味しいものが毒だなんて……」
「美味しい? あたし食べた時変な味がして、すぐ毒だってわかったんだけどな」
オリオンはキノコを一つ持って、すんすんと匂いをかぐ。そしておもむろにぱくりと食べたのだった。
すげーなコイツ、毒ってわかってんのに食いやがったよ。
「美味しい! これあたしが食べたのと全然違う」
「あれ? もしかして見た目似てるだけで、別のキノコだったのか?」
「それにあたし食べてすぐお腹壊したから、これ多分別のやつじゃない?」
「わかんねぇな……」
しょうがない。ポケ〇ン図鑑じゃなくてG-13呼ぶか。
俺はG-13を呼び出して、前と同じくキノコをスキャンさせる。
[スキャン中、スキャン中……構成物質照合……照合完了。コノキノコハ100%以前オリオンサンガ食ベタモノト同一デアルト判定]
「えっ? じゃあこれ毒キノコなのか?」
[何度モ言イマスガ、ベニ焼キ肉ダケハ元カラ食用デアリ、毒キノコデハアリマセン]
「ん~~? どういうことだ、同じキノコでも毒のあるやつとないやつがあるってことか?」
それともたまたまオリオンが食った奴が腐ってたとか。でも他の冒険者も同じもので中毒おこしてたしな。
あのマイコニドは食べれる焼肉ダケを見繕って来てくれたってことだろうか。
「咲、向こうの木陰に昨日のキノコいるよ」
「知ってる。そいつがこのキノコを持ってきた」
「あいつなら毒キノコの謎わかるんじゃない?」
「そりゃわかるかもしれんが、あいつ口ないしな」
「ちょっと捕まえてくる」
「あっ、おいちょっと待て」
「キノコ寄越せオラーッ!!」
オリオンは蛮族みたいに襲い掛かり、逃げようとしたマイコニドを抱きかかえて戻ってきた。
オリオンの腕の中で必死にもがいているマイコニドが可哀想に見えてくる。
「大丈夫だ、別に食わないから」
そう言って聞かせると理解したのかマイコニドはもがかなくなった。
オリオンが離してやるとマイコニドは何もない場所でべちゃりとコケる。
「このキノコさん結構おマヌケさんですね」
ソフィーはプークスクスと笑うが、こいつが他人をマヌケというと無性に腹が立つのはなぜだろうか。
マイコニドは頭(?)傘を振って起き上がると、倒れた場所からキノコがニョキっと生えてきた。
「キノコだ」
「しかも焼肉ダケですよ」
「こいつ任意の場所にキノコ生やせるみたいだな」
面白い能力してるなと思っていると、オリオンが手で海水をすくってきてマイコニドに振りかける。
「ほーら水だぞ~、水あげるからキノコだせ~」
しかし驚くことに水がかかった場所が突如火傷をしたみたいにジュウジュウと音をたてて焦げ始めたのだ。
マイコニドは硫酸でもかけられたようにジタバタともがく。
「なんかやべぇ! ソフィー回復だ」
「えっ、はい、わかりました」
ソフィーが回復魔法をかけてやると、火傷の跡は徐々に小さくなっていく。
「ご、ごめんね」
水をかけたオリオンが一番驚いており、申し訳なさそうにしている。
「お前なにかけたんだよ」
「水だよ、見てたでしょ。そこから海水すくってかけただけ」
オリオンの指さす先を見ると、確かあそこは昨日ウェイウヴォアーをぶちまけたところだな……。
俺は水をすくってG-13の元に持ってきた。
「これをスキャンしてみてくれ」
[スキャン中……海中成分ノ他ニ微細ナ加工物ヲ検知……]
「やっぱ昨日のウェイウヴォアーが残ってたんだな……」
「該当成分ヲ分離サセ、詳細ヲ調ベマス」
「多分ウェイウヴォアーだと思うが頼む」
となると、やはり気になるのは虫や小さな生き物が群がって死んでいったこと。マイコニドにウェイウヴォアーを含んだ水をかけると火傷をおこしたこと。
そこから導き出されるのは
「なにかの毒で間違いないな……」
そして俺の予想だが……。
俺はベニ焼肉ダケを持ってウェイウヴォアーをぶちまけた場所にやってくる。
そしてその場所に焼肉ダケを二、三本突き刺した。
「何やってんの咲?」
「まぁ見てろ……あー! こんなところで滅多にとれないと噂の焼肉ダケがあるぞ! これを使って料理をつくればさぞかし美味いものが食えるだろうな(棒)」
オリオンとソフィーはアホを見るような目でこっちを見るが、これは本物のアホを釣るための釣り針だ。
「よし、この場から隠れるぞ」
俺たちは岩場の影で様子を観察すると、アラン《アホ》が何食わぬ顔で、やって来たのだった。
「あれ……もしかしてあいつ……」
「ああ、絶対とるぞ」
アランは散歩でもしてますよ~みたいなすました顔で岩陰を探すと、俺が突き刺したベニ焼肉ダケを手に取る。
「俺の予想だが、あのキノコには毒を吸い取る機能があると思う。昨日あの辺にウェイウヴォアーをぶちまけたんだ」
「あー、じゃあこれでアホがキノコ食って倒れたら、そのウェイウェイが毒である証明になるし、キノコが毒を吸い取るって証明にもなるんだ。咲賢い」
「褒めろ褒めろ、俺は褒められて伸びる子だからな」
「やりたいことはわかりましたけど、あの人が別の人にキノコを料理して振舞ったら別の人が中毒おこすんじゃないですか?」
「いや、あいつはアホで意地汚いから絶対内緒で自分で食う。見てろ」
俺たちがガン見してるとも知らず、アランは焼肉ダケをさっと水洗いしてキノコをバター、黒コショウ、貝柱と一緒に炒めだしたのだった。
そして奴が内緒で焼肉ダケのバターソテーを作って一人で食べようとする。
アランが一口キノコを食った瞬間
「おほおおおおおおおっ!!」
奴はアヘ声をあげ、泡を吹いてひっくり返った。
「確定だな。ウェイウヴォアーは少量なら効果はでないが、大量に摂取すると毒になる。そして焼肉ダケはその毒を吸い取る」
つまりグルメル侯爵は毎日ウェイウヴォアーをとって体の中に毒がたまってるわけだ。ん~これはメニュー見えて来たぞ~。俺はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
貴重な実験体になってくれたアランには胃薬を提供しておいた。
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