第185話 アイアンシェフⅠ
目の前を巨大なドラゴンが、ずーんと音を立てて崩れ落ちていく。
その衝撃で木々にとまっていた鳥たちがギャーギャーと鳴き声を上げながらとびたっていく。
砂煙を巻き起こし、ゴホゴホとむせると俺の目の前には鱗まみれの竜の鼻先が突き出ており、牙だらけの口からはだらしなく舌が飛び出ていた。
全長10メートルを超える飛竜は銀河の雷遁で感電、落ちてきたところをオリオンが飛び乗って羽を切り裂き、飛行能力を完全に無力化した後、地上で待機していたソフィーのヘヴンズソードによるグーパンコンボによって仕留められたのだった。
「ドラゴンか……どうやって食うんだろうな……」
それは遡ること三日前。黒土街から戻った俺はロメロ侯爵から相談を持ち掛けられていた。
グルメル侯爵という食事が大好きすぎて、食の都を作ってしまった貴族の偉い人がいるらしいのだが、その人がいきなり食料輸出価格を三倍から五倍に値上げすると言い出したのだ。
あまりにも突然なことに周辺貴族たちは驚き、多少の増額なら飲んだかもしれないが、値上げ幅が法外で、とても飲める話ではなくロメロが代表で交渉を試みた。
しかし、グルメル侯爵からはそれが嫌なら奴隷を100人毎月差し出せという更に無茶苦茶な要求を突きつけられ困り果てることに。
グルメル侯爵のアイアンシェフ領の食料生産力は高く、あてにしている貴族たちが軒並み頭を悩ませているという話だ。
正直ウチは領地も小さくて自給自足でいけるから関係ねぇわって思ってたら、ディーさんが笑顔で領民台帳と食料生産率のグラフを持ってきて、領民の増加率と食料生産率が追っつかなくなってきて来月にでもグルメル侯爵に輸出のお願いをしようと思ってましたから、なんとかしてきてくださいと言われ、グルメル領に行くことになったのだ。
そこで俺たちはピザの怪物みたいなグルメル侯爵に謁見すると、金を払うか、奴隷差し出すか、もしくは世界一美味い料理を出すかと第三の選択肢が提示される。
当然俺たちには奴隷100人も、お金を支払う余力もない。その為料理を作るしかないのだが、幸い交渉により世界一美味い料理を出せばお前らの地域は値上げを勘弁してやると約束を取り付けることができた。
俺たちが料理を作ることを了承すると、食材を調達するのにつれて来られたのがアイアンシェフ領の最南端にある孤島、食料を無限に生産し続けると言われるフード&ビーストアイランドである。
「フード&ビーストアイランドって、完全にジュラシック〇ークだもんな」
連れてこられた無人島は広大で、野球ドームが一体いくつ入るんだって言いたくなるような広さだった。
気温は暑く、日中は35度から38度ほど。しかしながら蒸し暑さはなく日陰に入ると涼しいと感じる。
海岸部から島の中心に入ると鬱蒼としたジャングルのような木々が生い茂っており、危険なヘビやモンスターが普通に歩いている。
しかしそれよりも面食らったのは、この無人島、食用モンスターを放し飼いにしているらしく、通常の倍以上のでかさに育ったモンスター達が島の中を闊歩しており、生態系どうなってんだって言いたくなるような、ビバ巨大モンスターだらけの無人島サバイバルって感じになっているのだ。
そして時は今に戻り、解体したドラゴンの肉やら羽やらを木製の荷車に乗せて俺達はキャンプに戻る。
孤島の西側のビーチに建てられたベースキャンプには俺たち以外にも冒険者が数グループテントを張っており、どうやら目的は同じらしく、鍋に食材を突っ込んでは首を傾げるようなことを繰り返している。
「おーい、帰ったぞー」
「はい、すぐに料理にしますね」
テントから出てきたのは以前夏の旅行で着ていたアメジストカラーの水着にエプロン姿のクロエだった。
もう正直俺からしたらクロエがいる時点で他の冒険者たちより一歩も二歩もリードしていると言えるだろう。
「パパ、今日は何をとってきてくださったんですか?」
「う、うんドラゴンかな」
「まぁ凄い。料理のしがいがありますね」
クロエは小さく手を打つと、鼻歌まじりに解体されたドラゴンの肉を見て、どう調理しようか考えているようだ。
その隣にジトっとした視線を送ってくるフレイアの姿がある。
「わー”パパ”嬉しいわー(棒)」
「おい、言っておくけど俺がパパって呼ばせてるわけじゃないからな」
「知ってるわよパパ」
皮肉交じりのフレイアはふて腐れているが、決してそういうパパプレイをして遊んでいるとかそんな事実はない。
黒土街から帰って以降、クロエの俺の呼び方が王様からパパに変化していたのだった。
彼女の言い分としてはその方が呼びやすいからとのことだが、どうにも含みを感じずにはいられない。
ジト目のフレイアから逃げ出し、キャンプを見渡す。
俺たちのベースキャンプにしている拠点には大きなテントが三つ、真ん中に焚火と簡易的な調理スペースを設け、食事用の長机を用意し、ぱっと見バーベキューでもしにきた団体さんに見えなくもない。
クロエがブスリとドラゴンの肉を太い鉄の棒に突き刺し、肉焼き器にセットするのを後ろから眺める。
「ドラゴンステーキか……いいな」
最近どこもかしこも異世界食事ブームだからな。俺も一人で異世界の定食屋に入って「俺は人間発電所だ」とか言いながら飯でも食おうか。
「あれ、そういやオリオンの奴どこ行った?」
ドラゴンを解体していた辺りから姿が見えなくなったが、また一人で島の中に入って毒キノコ食って「うごごごご」とか言いながら悶えてるんじゃないだろうな。
辺りを探していると、さばいたドラゴンの腹の中からオリオンが血飛沫と共に血みどろのデカい玉を持って飛び出してくる。
「見て咲! 竜の玉だよ、これめっちゃレアなやつじゃない?」
「そりゃ凄いって……お前血まみれじゃねぇか。スプラッターホラーに出てくる登場人物みたいなナリしてるぞ」
「大丈夫、海に入ればすぐとれる!」
そう言ってオリオンは浜辺から海にドボンとダイブした。
あーあー、そんな血まみれで入ったらサメ寄ってくんぞ。
「見て、これが竜玉なら凄く高値で売れるよ!」
オリオンは水の中で血まみれの竜玉(?)を磨くとバスケットボールサイズの綺麗な黄色い石に変化する。
「それほんとに竜玉か? なんか黄色くねぇ?」
「えっ、知らないけど黄色いのもあるんじゃないの?」
そう言われればそんなものもあるような気がするが。
俺が首を傾げているとテントの中からG-13 がやってきて、竜玉(?)にレーザーを照射する。
[スキャン中スキャン中……照合完了。ソレハ竜玉デハナク、ドラゴンノ尿道結石デス]
「…………」
「咲、尿道結石って何?」
「尿管、つまり小便の通る道に出来る石だ。確かほとんどカルシウムとかで出来てるらしいが、それができると下腹部からチ〇コの辺りに激痛を伴う」
「じゃあ、これが黄色い理由って」
「まぁドラゴンの小便の中を泳いでたんだろ」
オリオンは自分の持っている綺麗な石が、実はおしっこの結晶みたいなもんだよと知らされて顔を歪める。
オリオンは無言で石を俺に投げつけた。
「痛っ! なにすんだ! ボーリング玉みたいなの投げつけやがって!」
「そんな話聞きたくなかった!」
「俺にキレんな!」
竜玉手に入れたんだぜ、ってギルドで自慢して恥かくよりかはよっぽどいいと思うが。
「どうかしたのですか?」
テント裏でギャーギャーわめいている俺たちの元にメイド服を意識した白黒のワンピース水着を着た銀河がやってくる。
「なんでもない」
「綺麗な海ですね。自分も港町で育ちましたので綺麗な海は見ているだけで楽しくなってしまいます」
テントの裏側は透明度の高い青い海であり、見たこともない綺麗な魚が泳いでいる。
銀河は水をすくってパシャパシャと顔にかける。
「今そこで顔洗わない方がいいぞ」
「どうしてです?」
「見て見て、この魚キモーイ。咲みたい」
「オ゛イ!」
オリオンが一瞬潜ってから浮上してくると、手づかみで魚を捕まえていた。
とまぁ、それくらい簡単に食料が手に入ってしまうほど、ここは資源が豊富なのだ。
「こうしてるとこの前のバカンスを思い出すねー」
「一応言っておくけど遊びじゃないからな。ここで世界一美味いもん作ってグルメル侯爵に振舞う為の試行錯誤期間なだけで」
「わかってるよ。でも、こんな南の島に来たら遊びたくなっちゃう」
そう言ってオリオンはバチャバチャと音をたてて青い海で泳ぎだす。
「ほんとにわかってんのか?」
俺が首を傾げていると、この状況で一番はしゃいでそうな奴がテントの中で膝を抱えていた。
青いビキニに神官帽と、いつもの格好と大してかわっていないのだが、俺が近づくと彼女は恨みがましい目でこちらを睨む。
「おいソフィー、まだ怒ってんのか?」
「怒ってます」
「悪かったっての」
「はぁ……ケチ……ケチケチケチケチ!」
昨日のことを思い出して怒りが再点火したのか、そっぽを向きながら呪詛のように言葉を繰り返している。
「しょうがないだろ、グルメル侯爵の謁見時間に遅刻しそうだったんだから」
「それでも一件くらい入れたはずですよ!」
そうグルメル侯爵と謁見する前、ソフィーの奴、食の都アイアンシェフに来たのだから、それはもう美味いもん食えるんだろうと下心を持ってついてきたわけなのだが、俺たちの乗った馬車が遅刻して自由時間がとれないまま慌てて謁見を行ったのだ。
その後はあれよあれよと言う間に、このフード&ビーストアイランドに到着したわけで、結局何も食べられずにここに来たわけだ。
ソフィーはそのことを相当根に持っている。
「でも、お前屋台で肉まん食ってただろ?」
「食べました、甘辛い肉汁がぶわっと口の中に溢れて、もうほっぺが落ちるくらい美味しくて、もっといっぱい食べたかったのに……急かすから落としちゃったんです」
あーそりゃご愁傷様だ。蟻のエサになっちまったわけだ。
その時「ふわあああああっ!」て叫びながら涙目になってるソフィーの姿が容易に目に浮かんだ。
「お店の人もこれ以上美味いもんないアルよって言ってましたし」
それはないのか? あるのか?
「じゃあその分ここで美味いもん食って、グルメル侯爵に世界一美味いもん食わせてやろう」
「嫌です嫌です。さっきの肉まんが食べたいです、肉まん、あんまん、カレーまん! 食べたいー! 持ってきてー!」
「うるせぇ、ヒス起こしてんじゃねぇ、お前を豚まんにしてやろうか!」
ソフィーの乳をたぷたぷさせると本気のグーが飛んできた。
俺が顔面を拳の形に凹ませながら、ありゃ何言ってもダメだなと諦めてテントの外に出る。
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