第186話 アイアンシェフⅡ
ソフィーのことを諦めてテントの外に出る。
すると砂浜の方に以前のバカンスではゲロ吐いただけで終わったディーさんが、胸に髑髏の意匠があしらわれたスカルビキニを身にまとい、被っている麦わら帽子が風で飛ばないように押さえていた。
彼女の長く美しい髪が潮風に吹かれてサラサラと流れ、それと同時にパレオがめくれ上がり、水着だとわかっているのについ下から覗き込んでしまう。
俺が砂浜に寝そべってガン見しているのに気づくと、ディーは顔をカッと赤くしてパレオを元に戻す。
あれで小言さえなければ最強の美女なんだが。
文句を言いに来たのかディーがズンズンとこちらに近づいてくる。
「おぉディー、いいなそのガイコツビキニ。おっぱいについたドクロがなかなかにセクシー」
「そうですか? 褒めて下さるのは嬉しいですが、ちゃんと立ってください」
一応ウチで料理ができる奴その2であるディーさんにもお越しいただいていた。
ウチのチャリオットでまともに料理できる奴って多分クロエとディーしかいないしな。
俺はディーが何か持っていることに気づく。見た目はオレンジ色の缶で変なおっさんの絵柄が描かれており、味旨と書かれている。
「なにそれ?」
「万能調味料、ウェイウヴォアーです」
「万能調味料?」
「これをかけるとなんでも美味しくなると噂で、ディナーからデザートまで種類を選ばないそうです」
「んなアホな」
そんな何にふりかけても美味くなるような魔法の調味料があったら、世の中の料理屋全部閉店だろ。
「それがですね、私も半信半疑だったのですが実際ほんの少しだけ使用してみたところ、味に劇的な変化がありまして。もうこれなしではいられらない程になります」
「マジかよ。これどこで買ったの?」
「アイアンシェフの食材屋です。ワゴンで大量に並んでいました。話を聞くとアイアンシェフ領にある飲食店のほぼ全てが、このウェイウヴォアーを使用しているらしいです」
「それつまりは全部同じ味になっちまうってことじゃないの?」
「それが不思議なことにならないんですよ」
「なんだそりゃ? どういう原理だ?」
ディーは物は試しと、さきほどオリオンが作って大失敗したドラゴンの卵焼きを持ってきた。
そこにウェイウヴォアーをほんの少し、一つまみもないくらいふりかける。
「そんな少しでいいのか?」
「ええ、十分です。どうぞ」
ディーは俺に真っ黒に焦げた卵焼きを手渡す。
「お前、いくらなんでも万能調味料かなにか知らないけど、そんなもんでオリオンの地獄料理が上手くなるなら料理人なんかいらねぇぞ?」
俺は嫌々黒焦げの卵焼きを食べる。さっき食った時はジャリジャリして舌触りは不快だし、焦げて臭いし、そのくせ中途半端に生でぐじゅぐじゅなところがあって、胃の弱いやつなら腹痛をおこしてもおかしくないものだった。
罰ゲームみたいでやだなと思いながら口に入れた瞬間。
「ううううーーーまーーーーいーーーーーーぞおおおおおおおおおおっ!!!」
目と口から光が漏れた。
さっきまでの不快な味が完全に消えており、俺好みの味に仕上がっている。
俺が好きな味を調べあげ、更にパワーアップさせ深みを増したような味だ。
苦かったはずの卵焼きはトロトロのあまあまに変化し、口の中でふわりととろけて消えていくほど優しい。
香ばしい後味が鼻を抜け、これとご飯さえあれば世界が滅んだあとでも生きていけそうなくらいだ。
「なんだこれ!? やばいぞ美味すぎる!」
「ええ、確かにまずいと思います」
「いや、まずくはないだろ。美味すぎる!」
「だからですよ。わかっていますか王よ、世界一の料理を作るにはこれを超える必要があるのですよ」
むっ、と俺の食っていたはしが止まる。
「私の推測になりますが、グルメル侯爵はこのウェイウヴォアーの味に飽きたのではないかと」
「えっ、こんな美味いもんに飽きなんてくるの?」
「わかりませんが、グルメル侯爵の世界一美味しい料理と言うのは少なくともグルメル領で一般的に使われている、このウェイウヴォアーの味を凌駕しろということだと思います」
「む、むむむ確かに……でもこの調味料マジでやばいぞ。俺の好みの味を完全に知り尽くした味だったぞ」
「そこも不可解なところです。食べる人間によって味がかわるのです。可能性の話ではありますが魔法調味料かもしれません」
「なにそれ?」
「魔法で舌を錯覚させ、自分好みの味に仕上げるものです。……ただこれだけ大量販売している商品に魔法を使うというのは尋常ではないコストがかかります」
「ふむ、わかった。とりあえず目標としてはこれを越えなければならないってわけだな」
とりあえず俺がもう一口と卵焼きを食おうとすると、ディーがそれを取り上げる。
「なにすんだよ」
「お許しください。このウェイウヴォアーが魔法調味料であった場合、味覚神経が支配され、これ以外美味しく感じなくなってしまう可能性がありますので。使用は必要最小限にとどめたいと思います」
「ようは舌がバカになる可能性があるってことか」
「はい、そういうことです」
「でも、ちょっとだけなら……」
「ダメです」
クソ、さっきのソフィーの気持ちが今ならわかってしまった。
翌日
万能調味料であるウェイウヴォアーの味を超えなければならないのだが、完全にあれは味の文明改革やでぇ、と喋り方がかわってしまうくらい美味かった。
クロエの料理も確かに美味い。だが、失礼な話、あのウェイウヴォアーはたった一振りでそれを超えてしまっているのだ。
ほんのわずかな量で自分好みの味に変化する万能調味料。まるでどこぞのネコ型ロボットが出したかのような理不尽なくらいの性能を超えるにはどうすればいいのか……。
考えこんでいると、クロエが連れてきたホルスタウロスのシロ、クロから搾ったミルク瓶片手にこちらにやって来る。
「パパ、グルメル侯爵に食事を振舞うのは構わないのですが、やはり相手の好き嫌いがわからないと難しいですよ?」
「そっか、そうだよな。当然人間だから好き嫌いは存在するもんな」
「それでしたら自分が街の方にお聞きしましたよ」
銀河がニワトリの毛をむしりながらアイアンシェフで聞いた情報を話す。
「ほぅ、してグルメル侯爵の好物とは?」
「お肉だそうです」
「何の参考にもならんな。完全に見たまんまの好物だ」
「ちなみに嫌いなものはピーマンだそうです」
「子供か」
「お肉の中にみじん切りにして入れると食べられるそうです」
「子供かて」
「しかし、ピーマンを内緒で食べさせた料理人は首をはねられたとか」
「恐いな。暴君かよ」
俺の頭に体重300キロを超える巨漢のグルメル侯爵の姿が思い浮かぶ。
「ただ、話によるとグルメル侯爵は世界中の様々なお肉を食べつくして少し飽き気味だという話です」
「贅沢な話だな」
となると好物だからと言って安易に肉を出すのはNGか? でもハズさないという意味を考えると肉もありな気がする。
「グルメル侯爵と謁見したとき、かなり具合が悪そうでしたね」
「そうだな。一人で動くのも苦しそうだったし、呼吸もなんか荒かった」
単に太りすぎな気もするが……。
「となると健康に気を使った方がいいのか?」
「どうでしょうか。自分の見た感じでは、とにかく美味しいものを食べたいという感じでしたし」
「それは俺も思った。目血走っててちょっと怖かったしな。う~む、悩ましいな。肉か、野菜か」
俺も女の子の肉の良し悪しならわかるんだが。何の脈絡もなく銀河とクロエの胸を同時に揉む。
素晴らしい柔らかさだ。A5判定をやりたいくらいだ。
「ん……」
「あらあら」
さすがこいつら訓練されてるな、胸揉んだくらいじゃキャァとも言わなくなった。
不意に風きり音が聞こえて振り返るとココナッツが飛んできて、俺の頭にぶち当たる。
そのまま俺はばたりと倒れた。
遠投してきたフレイアが凄い勢いで走ってきた。
「ほんとごめん、当てる気なかったんだけど当たった」
威嚇で投げたつもりが、まさか当たるとは思っていなかったらしく、フレイアは相当慌てている。
「ダメじゃないフレイアちゃん、パパにこんなことしちゃ!」
「くぅ、なんであたしが怒られなきゃいけないの……」
俺はクロエにヒーリングを受けて、なんとか立ち上がる。
頭蓋骨ぶち割れたかと思った。
「いいんだフレイア、父とは娘の粗相を許すもんだ」
「めっちゃムカつく」
噛みついてきそうなフレイアをおさえていると、オリオンが森の中から木の実を持って姿を現す。
「咲、なんか森の中で冒険者がお腹おさえながら泡吹いてるよ」
「なに、可愛い姉ちゃんはいたか?」
「いなかった。若い兄ちゃんとおっさんだった」
「そうか、死なせてやれ」
「何完全に興味失ってんのよ」
「うわーっ!!」
その時大きな悲鳴が聞こえる。
「咲」
「ああ、男だ」
「性別は関係ないでしょ!」
フレイアにココナッツでぶん殴られる。
すると大声に驚いたシロとクロが興奮して、いきなり森の奥に向かって走り出したのだった。
「あっやばい! 追っかけるぞ。オリオンその倒れてた冒険者のところまで案内しろ」
「がってん」
俺たちはシロとクロの後を追いかけながら森の中へと入っていく。
するとしばらく行った場所に冒険者らしき男が二人、腹を抱えながら苦しそうに悶えている。
二十代から三十代くらいだろうか、恐らく彼らも世界一美味い料理を作りに来たのだろう。
「おい、大丈夫か?」
「うぐぅぅぅぅ、腹がっ……」
何食ったんだ? と思って辺りを見渡してみると、すぐ近くに真っ赤なキノコが転がっている。
これかと思い拾い上げる。
真っ赤な傘にぶち模様のキノコは明らか毒キノコっぽかった。
いい歳して毒キノコ食って中毒とは、と思ったがウチのオリオンさんがキノコで真っ先に腹下してたわ。
「お前もこのキノコ食って腹痛おこしてなかったか?」
「うん、多分これ。なんかすんごい良い匂いがするんだよ」
「そうかぁ?」
匂いをかいでみると、ジューシーな焼肉の匂いがする。
「なんだこれ、焼肉の匂いがする!」
「でしょ。あたしもそれに騙された」
「でも、こいつら重篤だな。お前も当たったけどここまで酷くなかったよな?」
「う~ん、お腹痛かったけど、泡吹いて倒れるほどじゃなかったよ」
「だよな」
俺が首を傾げていると、G-13が後ろからついてきたらしくキノコにスキャンを行う。
[ベニ焼肉ダケ、希少ナ食用キノコ。焼クト茶色ク変化シ、本物ノ肉ト同ジヨウナ食感ト味ガ楽シメル。生デモ食用可能。市場デ高価デ取引サレテオリ今年ハ一本アタリ1万ベスタデ売却可能]
「え、マジで!? そんな高いキノコなの?」
「でも毒あるじゃん」
「そうだ。毒キノコじゃん」
[データベースニ毒ガアル旨ハ記載サレテイマセン]
「大丈夫か、お前のデータベース古いんじゃねぇの?」
いちゃもんをつけると、ポケ〇ン図鑑みたいな解説をしたG-13のアイカメラからレーザーが発射され、俺の持っていた焼肉ダケは吹っ飛んだ。
「悪かったよ!」
ロボットのくせに沸点低い奴め。
とりあえずG-13に倒れていた冒険者を連れて帰らせる。
「こいつらより悲鳴をあげた男が気になるな」
「うん、シロとクロも多分それを追っかけて行ったと思うし」
俺たちが更に森の奥へと入っていくと、興奮したシロとクロがバトルアックスを構えて拳銃を持った兄ちゃんと対峙していた。
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