第183話 今日の奴隷

 自分を無理やり納得させてマルコと一緒に広場に到着すると、広場の中央には薄汚いステージとその手前にベンチが等間隔で並べられており、奴隷買い付けの貴族らしき人間が中央席を陣取っていた。

 俺たちも適当な位置に腰を下ろすと、汚れたステージを見やる。

 すぐに鉄仮面を被った処刑人みたいな連中が、頭にズタ袋を被せられ、手枷をはめられた奴隷を10人程ステージに連れて行く。


「お集まりの紳士淑女の皆さん、それでは本日の奴隷を始めさせていただきます」


 顔中傷と縫合跡だらけの不気味な男が司会を始め、奴隷オークションが開かれる。


「それでは1番の奴隷」


 司会が1と書かれたズタ袋を外すと、中から美少女の顔が露わになる。

 三つ編みの大人しめの少女は、恥ずかし気に客席を見ては俯いてを繰り返している。

 キタ、さすが奴隷そうこなくっちゃ。俺はウキウキしながら奴隷交換券を取り出そうとする。だが、マルコに肩を叩かれた。


「なんだ?」

「いいんですか、咲さン。あれ、男ですよ」

「えっ?」

「よく体を見て下さい」


 言われて見やると、確かに体の起伏は少ないがボロくてゆったりとした服を着せられている為よくわからない。

 しかし顔は確かに美少女と言ってもいいものだろう。


「ほんとに男か? 見た目完全に女の子だぞ」

「ぼくのセンサーが反応していません」


 センサーってお前G-13みたいなこと言いだして、どこにそんなセンサーあるんだよと思ったらマルコは自身の股間を指さした。

 お下劣かよ!

 股間センサーと言うわけにはいかないので、マルコのマルコが反応しなかったってことにしておく。

 センサーに半信半疑になっていると俺たちの近くにいた禿げ頭の太った貴族が手を上げる。


「性別がわからぬ。そ奴の体を見せよ」


 あのおっさんいいこと言った。これで女の子ならラッキーだが

 言われて司会は美少女(?)の服を脱がす。すると立派なけん玉が姿を現し、俺は精神ダメージを受けた。


「ぐぉぉぉぉっ、まさかあんな美少女っぽい顔をして、あんな立派な暴れん坊将軍持ってるなんて詐欺だろ」

「多分あの人中古なんですよ。他の変態貴族に女顔だから女役をさせられてたんじゃないかな」

「お前1番からいきなりブラックすぎるだろ」


 その昔戦国時代でも女人禁制の戦場に小姓をそういう役割で連れてきていたことがあると聞いたが。

 俺が奴隷交換カードを下げると、さっきの禿げ頭のおっさんはそのまま買った! と大声を張り上げた。


「えっ、なんでだ?」

「あの人はハラデル侯爵と言って奴隷界隈でも有名なスケベ貴族です。種付けプレスしてきた奴隷は数知れず、貴族界の肉弾プリンスと呼ばれる恐ろしい貴族です」

「あの歳でプリンスか恐ろしいな。でも、あれ男だぞ」

「あれくらい性豪になると男か女かなんて些末なものですよ」

「業が深すぎるだろ」

「ねぇ咲、種付けプレスって何?」

「うちならフレイアかレイラン辺りが一番似合う技だ」


 現実世界なら揚羽がぶっちぎりでされて似合う技とも言えよう。

 フレイアもよくわからないようで首を傾げる。


「なによそれ。気が強い人がされるものなの?」

「多分クロエも似合う」

「共通点が一気になくなったわよ?」

「フレイア」

「何よ?」

「ピースしろ」

「ピース?」


 フレイアは片手でピースする。


「両手でだ」

「こう?」


 フレイアは両手でピースをつくった。


「それでおほぉぉぉぉぉぉぉっ! って叫んでくれ」

「嫌よ、バカじゃないの」

「じゃあクロエ、両手をピースして」


 俺がピースピースと両手をピースさせていると、フレイアは道端に転がっていた石を握りしめ渾身のグーを振り下ろした。何の工夫もない強烈な殴打が俺の脳天を直撃し、ベンチから転がり落ちた。


「人の母親に何させようとしてんのよ」

「んほぉぉぉぉ痛いのぉぉぉぉぉ!」

「なに……これが種付けプレスなわけ? マジで意味わかんない性癖ね」

「んぉぉぉぉぉ……これはまた別のやつだ……」


 くそ、お前はいつかデブになって種付けプレスしてやるからな。


 それからしばらく2番、3番と奴隷が流れていくが、こういっちゃ悪いがかなり見た目気持ち悪い人間が多い。だが、それを全て引き受けている貴族がいた。


「買った!」


「またあの貴族か。なんだこんどはブサイクコレクションでもしてる貴族なのか?」


 ガチャを引いて様々なブサイクを集めよう、ブサコレ! と頭の中で勝手にCMを作ってしまったが、完全に誰得である。


「あの人も結構有名な人で、美少女をああいうブサイクに寝取らせて興奮する危険な貴族です」

「貴族の変態趣味ってのは聞いてるが、自分の欲望に忠実すぎるだろ」

「しょうがありませんよ。一通り美しい女性に飽きたらこういった変化球プレイに走るのが貴族です」

「金持ってるとろくなこと考えねぇな」


 今日の奴隷は進み、結局女性は一人も出てこないまま最後の一人になってしまった。

 その最後の一人もズタ袋をかぶせられているが、見えている体は男だ。

 俺の興味は完全に失われてしまっていた。


「今日はあんまりだなぁ」

「マルコじゃねぇか」

「あっ、ヨハン」


 マルコは声をかけられて振り返ると、ローブを目深にかぶり、口元を包帯で覆った怪しげな少年が立っていた。


「彼はヨハン、奴隷ブローカーをやってるンだ」

「ブローカーって、ようは人さらいだろ」


 あんまり仲良くはなれなさそうだ。


「人さらいで一緒くたにするな。オレは人さらいもやるが奴隷の買い付けがメインだ」

「買い付け?」

「身売りしてきた人間を奴隷として買い取ってるんだよ」


 結局一緒じゃねぇかと言いかけたが、黙っておくことにした。

 無駄に衝突する必要はない。


「ヨハン今日の奴隷見た? 酷くない?」

「酷い、つっても今日に始まったことじゃねぇけどな」

「どういうこと?」

「質の良い女の奴隷は皆聖十字騎士団が保護と称して教会に連れて行きやがるんだよ」


 俺はその話を聞いて少しだけ安心する。

 なんだ、やっぱり教会って弱い人の助けになるんだなと。

 しかし、それと同時にアルタイルの「教会は奴隷たちを捕まえて非人道的な実験に使っている」という言葉を思い出していた。


「やっぱり教会が奴隷を独占してるって本当だったンだ」

「教会に連れて行かれるとそんなにやばいのか?」


 ヨハンはこちらを見て、何も知らないのか? と少し呆れ気味だ。


「聖十字騎士団の聖は性的の性だって言われてるくらいだぜ」

「教会に連れて行かれて、今のところまともに帰って来た人間はいないって話です」

「神の名のもとに女を連れ帰っては生臭神父の慰み者にされてるんだよ」

「…………それってもしかして奴隷農場ファームって呼ばれてるところじゃないか?」


 そう言うと目の色をかえたヨハンが俺の口を押さえる。


「その場所の名前はここでは禁句だ。特に神官服を着た奴に聞かれたら、豚箱にぶち込まれるぞ」


 マジかよ。怖すぎるだろ。


「教皇レッドラムはマジで頭いかれてるからな。奴隷が孕んだら奴隷を殺す。そんなことをもう何年も続けている」

「えぇ……なんだそれ」

「ロメロ侯爵もなンとかしたいみたいなンだけど、向こうは中規模国とは言え騎士国家だし、何より神様を隠れ蓑にされるとどうしようもないンだよ」

「すぐ異端審問にかけようとしてくるからな」

「奴隷が孕んだら殺されるってのはなんでなんだ?」

「そこは宗教的なものだよ。大教皇レッドラムは神だから強姦しても孕まないっていうのが向こうの言い分。そンで孕んだらそれは悪魔の胎児ってことで殺されます」

「無茶苦茶だな。そのレッドラムって奴は、何かそういう孕まない根拠でもあるのか?」

「そンなのないですよ。レッドラムってただのおっさンだしね。神も自称だから」


 俺はん~? っと首を傾げる。


「なぜ皆そんな奴を支持するんだ。話だけ聞いてるとレッドラムって完全に変態貴族と同レベルじゃねぇか」

「レッドラムは神の加護を受けていて、死なないンだ。教会の信仰しているミネア教は別名不死教とも言われていて、不死の加護を持っている人間が教皇をすることになってるンです」

「それはインチキじゃないのか?」

「それはよくわかンないです。実際にレッドラムが心臓を刺されても生きてるところを見たって人がいっぱいいますから」

「胡散臭いな」


 三人で話していると、突如奴隷商人が大慌てで奴隷を隠し始め、鉄仮面を被ったあらくれ者たちが奴隷を檻から出して近くの家に匿う。

 遅れて何か鈴のような音が聞こえてくる。


「なんだ?」

「取り締まりに来た聖十字騎士団だ。あまり動くな」


 ヨハンは口笛を吹きながら明後日の方角を見やる。

 すると、唐突に大きな笑い声が聞こえてくる。


「ホーーーーーッホッホッホッホ! 薄汚い豚ども、動くんじゃありませんことよ! これより聖十字騎士団第三シュヴァリエ団長、ゼノ・シュツルムファウゼンがこの市場を監査いたします!」

「ゼノか、一番融通が利かない面倒な奴だな……」


 ヨハンが呟いたのと同時に、背の低い騎士服の少女がお供を連れてテクテクとやって来る。

 身長は130~140くらいだろうか、小学生くらいにも見えるが胸だけは異様にでかい。

 一番偉そうな、横髪をクロワッサンのように縦ロールさせた少女の側頭部には立派な角が伸びている。


「チビで角つきはクルト族だ」

「あれが……初めて見た。背が低いんだな。子供なのか?」

「違う。あれでも成人だったはず。クルト族は先祖が神獣ベヒーモスとシルフらしく、チビの体に強大な魔力を持っている。あのナリに騙されると一瞬で消し炭にされるぞ」


 ん? おかしいなアルタイルも確か自分をクルト族だと言っていたが、あいつの背は低くなくて、むしろ俺より高いくらいだったはずだが。


 市場を取り仕切っている身なりの良い男が、苦い顔をしながらゼノへと近づいていく。


「これはゼノ様、一応教会の方には今月の”お布施”をさせていただいていますので問題ないと思っていたのですが?」

「お布施? 聞いてませんわ」

「そんな、またまたお人が悪い」

「知りませんわ。しかし今日はあなたたちを叩き潰しにきたんじゃありませんの」

「は、はぁ、では……?」

「奴隷を100人頂くわ。質は問いません」


 ゼノは牢屋の中に入った人間を適当に男女種族問わず指さす。


「100人も奴隷のお買い上げですか? そいつはありがた……」

「何を言ってますの、我々は奴隷として売られている人間を保護しただけです。なぜそこに売買という概念が発生しますの?」

「しかし、こちらとしても商売でやってますので、それについ先日も教会の方に奴隷を献上したところでして、これ以上締め上げられると……」

「なら辞めてしまいなさい」


 にべもなく言うゼノに奴隷商の元締めは顔をひくつかせる。


「いいから早くしなさい。ロープや拘束具はそのままでいいですわ」


 元締めは顎で合図すると、あらくれ男が奴隷をゼノへと差し出す。

 奴隷は解放されて喜ぶというよりは、これからどうなるんだと顔には不安の色が浮かんでいる。


「あれはなんなんだ?」

「聖十字騎士団三番隊隊長ゼノ。聖十字騎士団のトップの一人だ。いつもは第二騎士団長のセルフィってやつが一緒で、そいつがコントロールしてるんだが今日は一人みたいだ」

「なんであんな態度がでかいんだ?」

「騎士団は元からあんなもんだ。それにこの地域は奴の管轄地区と言ってもいい。ゼスティン近くでは奴の影響力が強く誰も歯向かうことはできない」

「やってることが無茶苦茶だぞ」

「奴らは奴隷商人たちを潰しにきている。自分に正義はあると信じ切ってな」


 ヨハンは苦々しい表情で騎士団員を睨む。


「横暴な警察みたいなもんか……」

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