第182話 奴隷市場
今日はマルコたちと共に、黒土街と呼ばれる奴隷売り場へと向かっていた。
理由は単純、アルタイルや貴族から貰った奴隷交換カードを見て、奴隷商とは一体どんなものなのか興味がわいたのだ。
護衛にオリオンとフレイアを連れて馬車で向かっているのだが、この馬車が鈍いのなんのって。
朝から出発したのに、既に日は頂点を超えてしまっている。
まぁたまにはこういうのんびりとしたのもいいだろう。
景色がゆっくりと流れていく。見上げた空は青くどこまでも続き、哀愁を感じる。それはどこか虚ろな俺の心をあらわしているかのようだ。
虚ろ……英語でいうと
英語で言った意味は……特にない。
「何一人でぶつくさ言ってんのよ」
「あー、おっぱい自由に揉みてぇなぁ……」
俺は馬車から見える白い雲に向かってそう呟いた。
「なぁフレイア……あの雲おっぱいに見えないか?」
空に浮かぶ丸い二つの雲を指さし、隣にいるふて腐れ顔の少女に向かって呟いた。
すると彼女は潤んだ瞳でこちらを見返した。
「もう、ほんとお願いだから死んでよ。お願い、土下座するから死んで」
酷くない?
「無理だよフレイア、咲暇になるとおっぱいのことしか考えてないもんね」
「脳みそ動いてないアンデッドの方がまだマシじゃない。ほんと死んでよ」
フレイアの隣にいるオリオンはクロエに膝枕してもらいながら馬車の中で寝そべっていた。
「なんで人ってあの丸いもので心をかき乱されたりするんだろうな」
「スケベだからよ」
「なぁフレイア、俺はこう思うんだ。人ってのは完全になりたがる生き物で、自分にないものをほしがる。男ってのは筋肉がつきやすく体が硬くなりやすい。逆に女は脂肪がつきやすく、鍛えても筋肉がつきにくく柔らかいままだ」
「だから?」
「だから男ってのは柔らかいものを求め、女ってのは硬いものを求めるんじゃないだろうか? お前だってぶよぶよの男より筋肉質な男の方が好みだろ?」
「まぁ……でも、別に太ってるから嫌いになったりはしないわよ」
「でもそれは嫌いではないけど好きにはならないってことだろ?」
「その理屈で言うと世界中の女全員がマキシマムが好きってことなるわよ」
「ありゃキン肉マンすぎてやりすぎだ。何事もバランスが大事だろ」
俺は上着を脱いで、フレイアに自身の上半身を見せた。
「なんで脱ぐのよ」
「どうだ、俺の身体は? ほどほどに締まってるし適度に筋肉もついている。そして何より俺はマキシマムみたいなナルシストじゃない」
「そうね、それで顔さえよければ完璧だったかもしれないわね」
俺は立ち直れないくらい打ちのめされ、馬車の中でぽてりと倒れた。
「フレイアのカウンター決まりすぎだよ」
「ノーガードで顔を差し出してくるからでしょ」
ばっさり斬られて消沈していると、クロエがこちらを見て恍惚とした表情を浮かべている。
その視線に気づいたフレイアが脱いだ上着を無理やり着せてくる。
「いつまで見苦しいもん晒してんのよ。さっさと服着なさいよ!」
「自分でできるって、あんまり引っ張るなよ破れるだろ」
「お客さん、もうじき黒土街ですよ」
馬車の運転席から声が響くと、眠っていたマルコが大きく伸びをしながら起き上がった。
「ふぁーあっ。咲さン王なンですから通常馬車じゃなくて
マルコはフレイアが半裸の俺に覆いかぶさっている姿を目の当たりして目をぱちくりとさせる。
「すみませン、えっとぼくまだ子供なのでまだ寝ておきます。終わったら起こしてください」
「違うから! 変な気使わないで!」
「フレイアが、俺は嫌だって言ったのに無理やり乱暴を」
「もういいわ、殺すわ」
フレイアは死んだ魚の目で、赤熱した火結晶石を容赦なく俺に押し付けた。
「あっつぅいっ!」
行く道だけで騒がしい俺たちだったが今回は珍しくクロエがついてきていた。
何やら思い出のある場所があるらしく、フレイアも強く反対しないことから連れてきたのだった。
「黒土街って奴隷売買で有名な街だよね?」
「奴隷売買が一番の収入源になってる場所だからな。一応街に詳しいマルコに来てもらった」
「はい、奴隷のことなら任せて下さい。黒土街にはよく行くんですよ。可愛い獣人の女の子とかいないかなって」
「奴隷って人さらいにあった人たちだよね? 可哀想じゃないの?」
「ついたら話しますけど、そう根が浅い話でもないんですよね」
馬車を降りて街に入ると、黒土街は黒土と言われてるから土が黒いのかと思っていたが、そんなことはなく、街の中央に広場がある中規模程度の街だった。
しかしやはり奴隷商の街として有名なのか、身なりの良い貴族たちが馬車に乗ってやって来ているのが多く見える。
やはりファンタジーと言えば奴隷、奴隷と言えばファンタジー。
かくいう俺も倫理観を無視すれば、奴隷属性というのには引かれてしまう。
こう、女の子を奴隷にして××するようなエロいゲームは数多く出て人気を博している。
やはり好きなようにできる美少女が手元にいるというのは男として憧れてしまうのではないだろうか?
俺も自由にできる女の子ほしいなと思ったが、クロエと目と目が合いにこりと微笑みを向けられた。
自由にできる女の人いたわと思ったが、娘の方が怖いので世の中そううまくはいかない。
街の大通りに入ると馬車に繋がれた移動式の牢屋が数台停車している。
どれもカーテンがかけられており、外から中を覗き見ることはできない。
「こう、隠されてると中見たくなるわね」
「別に見てもいいんじゃないか? どうせ広場に並べられるんだろ?」
フレイアは少しだけめくれあがったカーテンを覗き見る。
中には筋骨隆々のマッチョがボディビルポーズをしていた。
彼女と目と目があうと、奴隷らしき男はうふんとハート付きのウインクをフレイアにプレゼントした。
フレイアはさっとカーテンを閉じた。
「どうした顔色悪いぞ」
「奴隷になったマキシマムみたいなのがいた」
俺はフレイアにすっと奴隷交換券を一枚差し出した。
「いらないわよ! あたしの好みは優しい人なの」
「えっ……俺じゃん」
「咲は優しいっていうよりスケベでバカかな」
「あたしはちょっと抜けてるけど、いざっていうときには頼りになる優しくて強い人が好きなの」
「えっ……俺じゃん。フレイア俺のこと好きなの?」
「バカなの?」
「死ぬの?」
オリオンとフレイアは間髪入れず辛辣な突っ込みをいれる。
「私は王様の事好きですよ」
そう言ってクロエはニコリとほほ笑んだ。
この辺どっかホテルかなんかないかな。クロエにスケベなことして慰めてもらおう。そう思ってるとフレイアが本気でなにかやばい魔法を詠唱し始めたので黙ることにした。
俺たち一行は大通りにしては殺風景な街並みを抜けて、奴隷市場を目指し街の中央へと向かった。
「ずっと前から思ってたんだけど、奴隷商って取り締まられないのか?」
「奴隷商って、当然奴隷を買う人がいますよね」
「そうだな」
「その奴隷を買ってる人って、大半貴族なンですよね」
「確かにそんなイメージはある」
「取り締まる人が買ってるものを取り締まるなンてできないンですよ。倫理的にはアウトってのはわかるけど、もう奴隷売買ってのはどの国でも絶対存在してますから」
「でも人間の売り買いって可哀想だよ」
オリオンはカーテンのかかっていない牢屋に入れられたリザードマン族を見やる。
当然友好的な目はしておらず、見せもんじゃねぇぞとこちらを威嚇している。
「オリオンさンの言ってることは正しいけど、それじゃ世の中うまくいかないですよ」
「どうして?」
「奴隷ができる流れって、人さらいが人間を調達して、人身売買を引き受ける奴隷売人がいるンですよ。人さらいは誰でもできるけど、問題は売人なんです」
「悪いのが誰かわかってるなら、そいつを倒せばいいんじゃないの?」
「ンー、悪は潰せばいいってもンじゃないンですよ。もし仮に奴隷売人を全て潰せたとしても、人さらいは残りますよね? 売人がいなくなった人さらいは、人身売買を引き受けてくれる業者がいないから自分で売るようになるンですよ。そうなると、どうしても売れ残った人間がでます」
「確かに」
現実で置き換えれば、小売り業を行ってくれるスーパーやデパートが全てなくなれば、商品を作っているメーカーは自力で客に商品を売るしかない。しかし小売りを専門としていないメーカーは客に売るノウハウを持っておらず、販売するペースは落ちる上にどうしても売れ残り、すなわち廃棄ロスが生じる。
小売りがいればその廃棄ロスを引き受けて、安くして再販するなどできるが、メーカーには商品を確保しておくスペースがなく、売れ残りをいつまでも保持していられないのだ。
つまり売れ残った奴隷を保持するには世話が必要であり、食費や監視等のコストがかかる。
奴隷売人はそのコストを持ってくれるが、人さらいにはそのコストを維持することができないと言いたいのだろう。
「解放すると足がつくから人さらいは売れ残った奴隷になれなかった人間を殺すしかないンです」
「…………」
「そンなのが全世界でおきたら酷いことになりますよね?」
「しかし、それでも潰さないと終わらないだろ」
「でも潰す過程に何十、何百万の死人がでます。その人に今は法の整備ができてないから仕方ないから死んでくれって言うわけにもいきませンよね」
「……」
「奴隷ってのは旧世紀から続く問題ですから、簡単に解決できるもンじゃないですよ。言い訳するわけではありませんが、奴隷と言っても労働力として活用されてますし、最近では奴隷に給料を渡すようにする法が可決しましたから」
「それはいいな。手荒な扱いを受けなければ奴隷もお手伝い業と一緒だしな」
「ただ給料は主人の裁量によるのと、給料を渡さなくても罰則はないのでタダ働きさせられている奴隷も多いですが」
「むぅ……そりゃブラックすぎる」
「咲みたいにいい人に買ってもらえればいいのにね」
「バカな人の間違いでしょ」
「とにかく、そんな簡単に悪い奴を倒せば終わりっていう根の浅い話じゃないンです。奴隷商と貴族は基本繋がってるから、下手に奴隷商を襲ったらいくら咲さンが強くても圧力で潰されちゃいますよ」
「確か姉さんも似たようなこと言ってたな。悪はある程度見逃さないと反発で強力になるって……」
そんなことを考えていると、街の中央にある広場の方からトランペットの音が鳴り響く。
「なんだ?」
「今日の奴隷これからみたいですね。見ていきましょう」
「今日の奴隷?」
「奴隷商が見繕った今日入ったばかりのお勧め奴隷なンです」
「はぁ……今日のわんこみたいで狂ってるな」
いや、自分の世界の価値観の押し付けはやめよう。
ここはそういうところだ。
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