第22章 サマーエピソード

第179話 夏と海とチャリオット 前編

ライノス港 東部浜辺


「ありがとうございましたー」

「焼きそばまだー?」

「はい、ただいま!」

「こっち焼きもろこしほしいんだけど」

「はい、ただいま!」


 さんさんと光り輝き、灼熱を作り出す日差し。ザザッっと規則的に繰り返される波の音と、たちこめる磯の匂い。日差しによって十分光を吸収した砂浜は足裏を焦がすような熱を持つ。

 俺たちはうだるような暑さの中、マキシマムがこのシーズンに店を開いている海の家でせかせかと働いていた。

 海の家は風鈴の音が響いているもののジュージューと音を立てて熱を上げる鉄板に、ぐつぐつと煮えたぎる鍋を前にしては何の効果もなく気温は38度を超え、体感的には地獄のような暑さだ。

 客は全く減る様子がなく、楽し気なカップルや水着の家族連れがどんどん数を増殖していく。


「咲、死んじゃう」


 暑さでヘロヘロになったオリオンがぽてりと砂浜に倒れる。

 俺は冷えたラムネを放り投げると、オリオンは砂漠でオアシスを見つけたようにガブガブと一気飲みした。


「生き返った。でもまたすぐ死ぬ」

「お前が夏の海見たいって、ソフィーと一緒にはしゃいでたんだろうが」

「だってあたし山育ちで海入ったことないし。ソフィーが海はすごく良いところだって」

「そういや、前にミディールに来た時お前いなかったな。そんで元凶ソフィーはどこ行ったんだ」


 オリオンが指さす方を見ると、客用の簡易食事スペースでソフィーはかき氷を食いながら、はぁっと悩まし気な吐息をつく。


「はぁじゃねーよはぁじゃ。働けこの野郎」


 俺は持っていたうちわでソフィーの頭を叩く。


「何するんですか、今カドで殴りましたね! わたし今熱中症で調子悪いんですよ!」

「かき氷ぱくつきながら調子悪いとかなめんなよ」

「大体なぜわたしが海の家で働かなければならないんですか。わたしは海に行きたいとは言いましたけど、働きたいとは言ってないですよ!」

「仕方ねぇだろ、マキシマムがこの時期かきいれどきで忙しいって言うし、同盟国が潤うのは一応親会社的ポジションであるウチにとってもメリットあるからな」

「それにしたってチャリオット全員で来るってどうなんですか? 今ウチが攻められたら防衛する人誰もいませんよ」

「ロベルトとセバスが面倒見てくれるらしいから心配するな」


 セバスたちも誘ったのだが、老体に夏の日差しは厳しいですなホッホッホと言って留守番することになったのだ。今となってはあの選択が賢者の道だったと悟る。


「領民の人たちも、海にお出かけって行ったら楽しんできてねって言われたもんね」


 だよなーとオリオンと息をあわせる。


「おかしいです、普通怒るはずです!」

「ウチはアットホームな国なんだよ。いいから働け」

「嫌です嫌です! ブラック雇用主の言い訳みたいなことを言う王に従って働くくらいなら死にます! わたしより高レアの人が働けばいいんです!」

「お前より高レアいねぇよ!」


 一応こんなアホでも最高レアである。


「でも確かにエーリカやレイランたちはどうしたんだ?」


 俺は近くを通りかかったカチャノフを呼び止める。


「カチャノフ、エーリカやレイラン知らないか?」

「エーリカの姉さんなら、ボディの耐熱処理忘れてオーバーヒート起こして向こうで倒れてやす。レイランさんはアンデッドに海入れとかアホかって言って、向こうで死んでます」

「なんで来たんだよあいつら!」


 レイランが水に弱いのは知ってたが、まさか頼みのエーリカもぶっ倒れてるとは。


「ディーは、ディーはどうした! 全てにおいて高レベルの仕事をしてくれるあいつなら!」

「ディーの姉さん朝のうちに食材調達の為に高速船で釣りに行ったじゃないですか? その時揺れが激しくて酔ったみたいで、まだ便所で吐いてます」


 ダメだ、高レアが軒並み使えない!

 全員水着に着替えもせず、ぐったり倒れたり便器によりかかったりしてる。


「おかしい、なんで水着回でグロッキーになったヒロインばっかり映ってるんだよ!」

「というかEXレアに焼きそば運ばせるとか、並の王なら絶対しませんよ」

「残念だったな、うちは並以下なんだよ!」

「開き直った!」


 ソフィーと言い合っていると、食材の入った箱を持ったマキシマムがやってくる。

 上半身裸で浅黒く日焼けしたムキムキの男は、こちらを見ると二カっと白い歯を見せつける。


「すまねぇな王さん、人手が足りなくてな! 人がいればいるほど儲かるから、分け前は期待しといてくれていいぞ。後俺の上腕二頭筋触るか?」

「触んねーよ! なんで出合い頭に筋肉触らせようとしてくるんだよ!」

「良い筋肉だぞ?」

「そういう問題じゃねぇ!」

「フロントバイセップス!」


 マキシマムはマッスルポーズをするが無視した。ああいうのは相手にすると調子にのると最近学んだ。

 走り回るアマゾネス軍団とノーマルサイモンズ、レアリティ低くてもこいつらの方がよっぽど役に立つな。


「仕方ありませんね、わたしも水着に着替えましょう。ビーチの視線を全て奪ってしまうかもしれません。そうなると屈強で筋肉質なサーファーたちが、お姉さん綺麗ですね。なーんて言ってきたりして、どうしましょう、わたし神職なのに困ってしまいますぅ」


 やだやだと頬をおさえて顔を振るソフィー。


「サーファーについて行ったソフィーさんは待ち伏せしていた屈強な男たちに囲まれて、なすすべもなく……」

「なんで急にそんな不穏な展開にするんです!」


 凌辱小説展開が気に入らなかったのかソフィーはぷりぷりと怒っている。


「咲、お店の人が肉が足りなくなってきたって」

「肉ならドンフライさんがいるだろ」

「コケコッコー向こうで女の人ナンパしてた」

「後ろから近づいて、死んだと気づかないスピードで首折ってやれよ。銀河は?」

「さっき屈強な陸サーファー数人にナンパされて無理やり連れて行かれてたよ」


 あかん! あいつ目を離すとすぐ凌辱されそうになる!


 数分後

 俺は全力ダッシュで銀河を取り戻して帰って来た。


「ハァハァハァハァ、今回のはやばかった」


 岩陰で両手を押さえつけられて服を脱がされそうになっていた。

 かなりやばい状況だった。あと一歩遅かったら、この話のレーティングが上がっていたところだ。


「お館様、ありがとうございます~」

「お前、あんな奴ら程度に負けないんだから、やばそうだったら殺せよ!」

「し、しかし何の罪もない人を殺すなんて……」

「婦女暴行罪だよ! いいか、お前が殺さなかったら俺がかわりに殺すからな!」

「あ、あの、それは守ってくださるという……」

「俺は俺のものを勝手に傷つけられたり汚されたりするのが大嫌いだからな! 俺は自分には甘いが女は縛るタイプの人間だ!」


 聞いていたオリオンとソフィーがクズだクズがいると指さしている。


「あ、ありがとう……ございます」


 【銀河の好感度が50上昇した】

 ちなみにこの話に好感度システムなんてものはない。




 そんなこんなで大忙しな昼を過ぎ、午後二時を回ったくらいで客が引き始めていた。


「王さん、ありがとよ。後はもうウチの連中だけで回せるから、皆連れて遊んでくるといいぜ」

「そうか、じゃあそうさせてもらう」


 ジュージューと良い音をたてて浜焼きを作るマキシマムたちと別れ、俺たちチャリオット全員で海で遊ぶことになった。

 ようやくまともな水着回になったなと思っていると、ビーチパラソルの下にいるクロエがほほ笑みながらこちらを手招きしている。

 おぉ、なんかエロいことの予感がする。


「王様、お願いがあるのですが」


 そう言ってクロエはオイルの入った瓶をこちらに差し出すと、着ていたアメジストカラーの水着のブラを外した。

 白くたわわに実った果実ポロンと零れ落ち、思わず吹き出してしまう。


「ぶっ!」

「オイルを塗っていただいてよろしいですか?」

「いいんだけどさ、こういうのってオイル塗ってる最中に手が変なところにあたって、くすぐったい、水着ポロンきゃあエッチ! がテンプレじゃないの?」


 いきなりおっぱいポロンされたら夏の情緒というものが。


「隠した方がよろしいですか?」

「そのままでいいです」


 欲望のまま俺はクロエにオイルを塗りたくっていると、浜辺の方から怖い顔したフレイアが近づいてきた。

 フレイアは深紅のフリル付きのビキニに、頭に赤い花をさしており美しい脚線美を惜しげもなく披露している。

 だが、その表情は野郎ぶっ殺してやると美少女がしていい顔ではない。


「あのさぁ、あんた人目がある中人の母親の乳にオイル塗りたくるのやめてくんない?」

「悪かったよ、フレイアも塗ってやるから脱――」


 俺の顔面にフレイアのサンダルがめり込む。


「一応王なんですけど。フットスタンプされる王とか聞いたことないんですけど」

「スケベ」


 一応テンプレはフレイアがやってくれるらしい。

 そんなこんなしているとEX連中も復活しはじめていた。


「スイカありますわん! スイカ割りしたいですわん!」


 サイモンズがどこから仕入れてきたのか複数のスイカを持ってやってきた。


「いいじゃない、やろう」

「夏の風物詩ですね」

「たまには若者の遊びにつき合ってやるであーる。全く若いもんは我輩が面倒を見てやらないとどうにもならんであーる。いいかぁ人という字は支え合っているのではなく若者が年長者を下から支えなければならないという――」

「よーし、スイカ割り始めるよー!」

「こら、無視するなであーる!」


 それに食いついてきたのはオリオンと銀河、フレイア、ソフィー、エーリカ、リリィ、ドンフライだった。


 目隠しをしたオリオンがそろりそろりと砂浜を足で確かめるように歩き、置かれたスイカに近づいていく。


「ちょっと待って! これ俺の知ってるスイカ割りじゃない!」

「待つであーる!」


 スイカの隣には首まで全部埋められた俺と、ドンフライの姿があった。

 スイカ、俺の頭、ドンフライの首の並びである。


「右ですよ右、右!」

「そうよ、そのまま振りかぶって殺しなさい!」

「露骨に俺の方に誘導するんじゃねー!」


 完全にソフィーとフレイアは私怨が混じっている。

 砂の中に埋まって手も足も出ないとはまさしくこの状態であった。


「どりゃっ!」


 オリオンが大きく振りかぶって棒を振り下ろすと、俺の隣にいたドンフライの頭を直撃し、ドンフライの首は力なくぐにゃりと崩れ落ちた。


「恐い恐い恐い! リアルに死んだんじゃないか!?」

「あちゃーはずしちゃったかー」

「ドンマイドンマイ、次誰行く?」

「待って、早くドンフライさん助けてあげて! サイコパスなのお前ら!?」


 イエーイと女子陣はハイタッチしながら、次の人間にかわる。

 次は、さっきまで熱でグロッキーになっていたエーリカだ。

 これは死ぬなと直感でわかった。


「ちょっと待て、エーリカはセンサーあるから目隠しとか無意味だろ!」


 女子たちは木の棒を持ったエーリカをグルグル回転させると、ちっともふらつかないエーリカはスイカから遠ざかって行った。


「そっちじゃないにゃ! 反対反対にゃ!」

「逆逆!」


 あれ、エーリカのセンサー熱でぶっ壊れてる? と思ったら、エーリカは木の棒を放り捨て、砲身の長いライフルのような銃を手に持つ。


「あれ……?」

「おい、エーリカにスイカ割りのルールちゃんと教えたのか?」

「言ったにゃ、目隠しして視界を遮ったら、後はどんなことしてもいいからスイカを割ればいい――」


 言ってる最中にドンっと低い音が響き渡り、エーリカ周辺の砂がライフルの反動によって巻き上がる。それと同時に俺の隣にあったスイカが弾丸によって射抜かれ、俺の頬にべちゃべちゃっと粉砕されたスイカが降り注ぐ。


「…………あいつには絶対射的とかさせるなよ」


 その後俺達は粉砕されたスイカに塩をかけながら、ちょっと焦げた味のするスイカを食ったのだった。

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