第178話 冒険者養成学園エピローグ

 ガルディア学園崩壊事件から数日、G-13 はエーリカとカチャノフによって完全に修復され、元の姿を取り戻した。

 学園長に埋め込まれたチップは復旧したG-13 によって摘出された。

 元に戻った学園長に、今まで操られていたことを説明すると彼は深く頭を悩ませ、これからどうするべきか考えることになっていた。

 彼もペヌペヌの被害者であり、もし自分が知らない間に操られて人間を殺す片棒を担がされていたとしたらぞっとする話だ。


 学園長はガルディア学園を閉園することを決定、亡くなった生徒の家族一人一人に今回の経緯を話して回るらしい。

 大変なことだが、誰かが話さなくてはならないことだと学園長は決意を硬くしている。

 妻が死んだ後をつけこまれ、ペヌペヌに操り人形にされ、あげく大金を使って建設した学園は崩壊。

 そして死んだ生徒の為に家族を周ることになるとは一番の被害者と言ってもいいのではないだろうか。



 学園長が意識を取り戻して数日後、俺は場末の酒場で別々の客を装いながらアルタイルに今までのいきさつを報告するのだった。

 お互い隣接したテーブル席に座り、あくまで他人を装い背を向けながら話をする。

 背中合わせで話をするのは、事が事だけに俺とアルタイルが繋がっているとバレないようにするための措置だった。


「――ってことがガルディア学園であった」

「アークエンジェル量産計画に、ガリアの狂人ペヌペヌ博士が手を貸していると。まさか一つの学園にそれほどまでの秘密があるとは」

「恐らく聖十字騎士団のアークエンジェルを超える兵器ってのはそれのことじゃないか? 誰にでも扱える量産型ってのは恐ろしいほどの戦力だろう」

「ああ……」


 アルタイルは何か引っかかるのか、後ろで考え込んでいる様子だ。


「ペヌペヌ博士は自分のことを第五シュヴァリエ団長と言ったんだな?」

「ああ、騎士団所属らしいぜ」

「恐らく彼がアークエンジェル量産化計画を公表してもいいと言ったのはそれが原因だろう」

「どういうことだ?」

「このことを公表すれば、非人道的な実験で矢面に立たされるのは教会側ではなく騎士団側。そうなれば、ますます騎士団の発言権は小さくなるだろう」

「つまり騎士団の名札をはって、わざと悪いことしてるって言いたいのか?」

「ああ、シュヴァリエとは通常女性の騎士爵位を指す。そこにペヌペヌ博士のような異色な研究者が入るわけがない」

「言いたいことはわかる」

「すまないが、この件裏が取れるまで黙っていてもらいたい」

「そりゃ構わんが」

「それと実験体にされていた少女は注視した方がいいだろう。ペヌペヌ博士がまた狙って来る可能性がある」


 それは確かにそうだ。アリスのことはロメロ侯爵に相談するか、うちでも護衛を回すか。


「あっ、そうだ後こんなもん拾ってきた」


 俺はハンドベルを椅子の下に置く。

 それはオリオンが持ち帰った安眠眠る君だった。


「それは?」

「研究所にあった試作品らしい。どうもこれだけ引っかかるんだよ。人体実験やデウスエクスマキナなんかは研究内容と繋がるんだが、これだけ独立していて違和感が凄い。睡眠導入機らしいが、原理がよくわかんねぇくせに威力だけは強力だ」


 俺が言いたいのは、もしこれが兵器だったとしたら? ということである。考えすぎの可能性が高いが、一応話しておくことにしたのだ。


「……調査しておこう」


 アルタイルは椅子の下のハンドベルをさりげない動作で引き寄せた。


「報告はこんなもんだ」

「ありがとう。素直に感謝しよう。君でなければここまで事実を探ることはできなかっただろう」

「事実もろとも吹っ飛ばしちまったけどな」

「今回の件、報酬は――」

「いいって、別に調べただけだし。それよりペヌペヌのことなんかわかったら教えてくれ。あいつは生かしておいちゃいけない類の人間だ」

「わかった。私はまだロメロ侯爵の依頼が片付いていないからそちらに向かう。今後何かあれば連絡させてもらいたい。すまないな、事件に引き込んでしまって」

「構わねぇよ。悪の研究所を一つ潰せたんだ成果としては十分だろ」

「そういう意味ではないのだがね。そういえば君たち食料は大丈夫か?」

「食料?」

「ああ、輸入に頼ってるなら気をつけた方がいい。関税が上がると噂が出ている」

「ウチは一応自給自足だけど、気にはしとく」

「そうか、ではまた」


 そう言ってアルタイルはハンドベルを持ち、あくまで別の客を装って酒場から出て行った。

 報酬はいらないと言ったのだが、律儀な男はテーブルの上にはさりげなく金貨数枚と金色のカードを十数枚置いていった。

 金貨は今日の交通費と飯代だろう。金色のカードは確か好きな奴隷が買えるって噂の奴隷交換カードだった。

 使う使わないは別として、貰えるもんは貰っておくことにしよう。

 カードと金貨をポケットにしまって気づく。


「しまった、鍵のこと聞くの忘れたな」


 俺の手には赤い宝石がついた金の鍵が握られていた。

 スザンヌが落としたものだが、使う機会がなかったのだ。

 これもついでに聞こうと思ったのだが忘れていた。


「まぁ、今度でいっか」



 更に数日後

 俺はディーと共に、領地内に建設されている学校みたいな建物を見やる。

 いや、学校みたいなというか、もろ学校である。

 こんなもん勝手に作ったらディーさん100%怒るのだが、指揮して建設しているのはディーである。


「あのさあのさ」

「なんですか?」

「何作ってんの?」

「これですか? 学舎ですよ」

「いや、それは見たらわかるんだけど。俺が聞きたいのは何で作ってんの? って話」

「領民が増えてきましたからね。教養は非常に重要です」

「いや、いつものディーさんならコストガー、金ガー、誰が授業するんですカー、教師の確保ハー? 給料ハー? って怒涛の勢いで責めてくるじゃん」

「大丈夫です」

「何が?」

「大丈夫です」


 こいつ大丈夫だけで乗り切ろうとしてるな。

 すると、領地の入り口辺りに馬車が止まり、そこからポートフが現れる。


「いやぁ梶王、学園の受け皿になっていただきありがたい」

「はっ?」

「学園はあの通り崩壊してしまいましたしね」


 はい、木端微塵にしました。ウチのニワトリがどうもすみません。


「一応あの土地を売却に出したのですが、それでも通っていた生徒の授業料を返還すると苦しくてですね。そこで梶王の領地に新たな学舎を作り授業を継続させることによって学園を継続させることができました」

「できましたって……おい、なんも聞いてないぞ」


 ディーに視線を向けると、彼女は明後日の方を向いた。


「王よ、これはチャンスなのですよ?」

「何が」

「ガルディア学園の生徒を引き受ければ毎年授業料が入ります。それにこの学舎の建設はポートフ氏側の出資。つまり我々は投資なしでガルディア学園をそのまま引き継げるわけです」

「あれ、俺言ったよね? ガルディア学園って中身なんもない空っぽな悪徳学園だって」


 学園長を前にしてこんなこというのもなんであるが。


「それは教師たちが実際には冒険者経験のない人間ばかりだったからでしょう?」

「それはまぁそうだが」

「ここにいるほぼ全員が戦闘に秀でた者たちばかりです。それにセバスなどは人に物を教えることを得意としてます」

「一流の冒険者に育てますって、下級貴族王の俺が言ってもなんも説得力ないぞ」

「冒険者に育てるわけではありません。一般的な教養を身に着けさせるのです。我がチャリオットにも必要なことだと思います」


 冒険者養成学園ではなく、普通の中学、高校くらいの学習もするってことだろう。

 その中で冒険者として必要な知識や魔法、体術、常識も同時に習得させると。

 通常の学校プラス冒険者養成学校みたいなのにしたいらしい。


「普通に学校だな」

「はい、そしてゆくゆくは教育が済み次第、我がチャリオットへと斡旋していこうかと」

「それ洗脳じゃない? 大丈夫?」

「ご安心ください」


 ほんとかなぁ、まぁディーが大丈夫って言ってるしなんとかなるだろ。

 完全に丸投げである。

 俺ディーから世界征服が必要ですって言われたら「あっそうなの? じゃあやっといて」とか普通に言いそうである。

 完全にラジコン王である。


 学園の運営の仕方についてはディーがポートフを交えてノウハウを学び、授業料に関してはガルディア学園でとっていた授業料の半額以下に設定。しかも領民登録すれば更に半額、ウチのチャリオットに入るのなら無料とサービスは多くしているようだ。

 教育内容も冒険者養成カリキュラムというぼんやりした内容から、戦闘、魔法、学術を優先した実践的な教育内容へと変更。名前もガルディア学園から、トライデント学園へと変更された。

 ほんとにこれで生徒が移ってくるかは、はなはだ疑問である。



 そして更に一週間後の開校日

 俺たちの領地には貴族の令嬢が乗った馬車が続々とやってくる異様な光景が広がっていた。

 ディーさんちょっとギルドとかにも売り込み行ってくるって宣伝活動してたけど、まさかこれほど人が集まるとは。

 地味にこの学舎の建設は雇用の拡大にもなり、領民たちに教師や学舎の保守の仕事を回せるのだった。


「初めてまともな公的事業ができたわけだな。後の問題は寮の建設と、交通網の整備は最低限必須だな」


 元ガルディア学園の生徒は数を減らしたものの、全体の三分の二の生徒がトライデント学園への転入を了承したのだった。

 俺の目の前には制服姿で登校する生徒が並び、新たな学舎へと吸い込まれていく。


「アッシュよりかはまともな授業するか……」


「咲先生!」


 セバスに決めポーズの練習でもさせようかなと思っていると、制服姿のヴィクトリアが手を振りながら、お供のヤンキー少女を連れて走って来た。


「あれ、親父さんもういいのか?」

「ええ、大丈夫です。今日から学園の一年に編入されました」

「あぁカリキュラムがかわるから皆一年になったんだな」

「ちなみに紳士淑女コースに転入しました」

「凄いコースを作ったな」


 確実にセバスだろう。


「うちら全員頑張って卒業して、梶さんのチャリオットに入れるように努力します!」

「いや、ウチ零細だから他のとこの方がいいよ? 控えめに言ってブラックだし」

「いえ、うち気づきました。ラインハルトみたいに中立城務めじゃなく、梶さんみたいな人の下で働きたいって」

「大丈夫? 親御さん泣いてると思うよ? 俺なら絶対止めるもん」


 ヴィクトリアと話をしていると、もう一台豪華な馬車が目の前に停まる。


「どうも咲さん」

「咲さン! 開校おめでとうございます」


 先日の件で既に見慣れた感のあるアリスとマルコが馬車から降り立つ。


「あー、二人ももしかして」

「はい、今日から一年生として学ばさせていただきます」


 君らは金払って家庭教師でも雇った方がいい勉強できるぞ。

 そう口にだしかけたが、アリスの背後から釘バットが見えたので黙ることにした。

 アルタイルからも、アリスの動向は注視した方がいいって言われたしな。

 またなんか騒がしいことに……なるんだろうな。




 冒険者養成学園編       了

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