第180話 夏と海とチャリオット 後編

 日が落ち、夕暮れをバックにしながらマキシマムが差し入れで持ってきた魚と肉を炭で焼いてバーベキューを行った。

 隣には風船みたいに腹の膨らんだオリオンとソフィーが転がっている。

 俺はそれをテントまで転がして、そのまま放り込んだ。

 騒がしい夕食も終わり、各々浜辺に張られたテントに入って休んでいる。


「さて、楽しいバカンスも終わりかな」


 一人残って日の暮れた海を眺めていると、俺たちと似たような若い少年少女の集団が砂浜を歩いてくる。

 別の観光客だろうかと思っていると、現れた集団が手に持っているものを見て驚いた。


「花火だ。いいもの持ってるな」


 いいなぁ、この世界にも花火があるんだなと思って指をくわえて見ていると、どうにもあの集団マナーが悪いらしく、花火を振り回したり投げつけたりして遊んでいる。

 花火って振り回したくなるんだけど、当然火なんだから当たると危ない。

 まぁそれで怪我をするのは当人だし、夏の海でハメを外したくなる気持ちもわかるのであえて水をかけることも言うまい。

 そう思っていると、ロケット花火の一発がこちらの頬をかすめ、俺が入る予定のテントに命中する。

 花火はテントに穴をあけると中に侵入し、パンと音をたててはじけ飛んだ。

 テントの中をのぞくと、焦げ臭い臭いと共に焼け焦げたロケット花火の残骸が散らばっており汚く汚されてしまっている。


「むっ……さすがにこれは言わないとダメだな」


 俺は少年たちの集団に近づいて、花火をこちらに向けないように注意する。

 近づいてわかるが、年若い少年少女ばかりでこう言っちゃ悪いが典型的なマナーを守らなさそうなウェーイ系ばかりだ。


「すまない、花火をするならもう少し離れたところでするか、こちらに向けないようにしてくれないか」

「あっ?」

「いや、あじゃなくて」

「王様ー、なんか変な人来てますよー」


 王様? 首を傾げると、楽し気に花火をしていた俺より若いホスト崩れみたいな少年が、なんだよ邪魔くせぇなと頭をかきながらこちらにやってくる。

 あっ、こいつあんまカッコよくない。ちょっと親近感。


「なんすか?」

「ロケット花火がこちらに飛んできて困ってる。もう少し離れたところでするか、こちらに向けないようにしてくれ」

「はいはいわかりましたわかりました。おい、次これやろうぜ!」


 少年はこちらを軽くこちらをあしらうと、次の花火に火をつけ始める。

 ほんとに大丈夫なんだろうなと思いながらも、俺は渋々引き下がる。

 あんまり揉めてトラブルになるとせっかくのバカンスが台無しになると思い、テントの中へ戻る。

 すると舌の根も乾かぬうちに、ロケット花火が俺たちのテントへ次々に飛んでくる。


「アッハッハッハッハ、王、さっき注意されたとこじゃん!」

「俺に怖いもんなんてねぇんだよ。だって俺のいとこは貴族だからな!」

「王様マジ最高!」


 アッハッハ、アッハッハと響き渡る下品な笑いに、正直僕の怒りが有頂天ですよ。


「野郎……」


 俺は肩を怒らせながら、もう一度ウェーイ系集団へと近づいていく。


「なんすか?」

「なんすかじゃないだろ、こっちにロケット花火飛ばすなって言ってるだろ」

「事故っすよ事故、事故じゃしょうがないでしょ?」


 こんのガキめ。年上の恐ろしさをわからせてやろうかとドンフライみたいなことを考えていると、巨大なメイスを持った女戦士が少年を守るように前に出てきた。


「こいつはカニス、SRクラスの戦士だ。つぇぇぜ?」


 やっぱこいつレアリティありの戦士を持ってるってことは領土戦争やってる王で間違いなさそうだな。

 しかしこのカニスって人……気の毒になるくらい胸がないな……。

 筋肉質なので胸の脂肪が筋肉に吸われちゃったのかな? と思っていると、何を勘違いしたのかウェーイ系兄ちゃんはカニスを抱き寄せた。


「強い上に美しい、そうだろ?」


 そう言って兄ちゃんはカニスにぶちゅりとキスをする。

 ただ、俺が言うのもなんだが、この兄ちゃんも残念フェイスだしカニスっていう女戦士もあまり美人ではない。


「……お、おぅ」

「童貞には刺激が強かったようだな」


 普通は言葉を濁すが、俺は言う。いや、俺だからこそ言う。ブス同士の濃厚なキスシーンとか誰も得しない!

 別段迷惑をかけないなら好きなだけしてくれって思うのだが、迷惑だからな。

 そのうち城の条例とかでブス発情禁止法とかできて、ブスはキスすると逮捕されるディストピアがうまれるかもしれない。


「そんな話してないんだが」

「あんまりグチャグチャ言うんじゃないよ。痛い目にあいたいのかい!」


 カニスはドスンと音をたててメイスを砂浜に振り下ろす。

 すると、騒がしくて起きたのかオリオンがひょこひょことテントから出てきた。


「何してんの?」

「夏厨と戯れてる」

「なにそれ?」

「夏場になるとどこからともなく現れる脳みそ入ってない連中だ」

「へー」


 オリオンが頭の後ろで手を組みほへーと間の抜けた返事を返すと、彼女が背をそるのと同時に大きな胸がドンっと前にでる。

 するとウェーイ系兄ちゃんの目が胸に釘付けになった。

 ウェーイ系兄ちゃんはゴホンと咳払いすると、オリオンの胸をチラ見しながらよくわからん提案をする。


「おい、お前ら俺たちに花火をやめてほしいんだろ? ならそこの女とカニスを勝負させろ。勝ったらこの花火、全部お前にくれてやる。だけど負けたらその女は俺が貰う」

「はぁ……」


 俺が気の無い返事を返してオリオンを見やる。


「SRの戦士らしいぞ」

「へー、強いんじゃないの?」

「まぁ、負けないだろ」

「うん」


 俺とオリオンの意見は一致した。

 オリオンはその辺に転がっていた木の棒を拾い上げる。


「生意気な小娘だよ」

「あたしなんにもしてないけど」


 オリオンとカニスは至近距離で対峙する。


「そんな棒っきれでやりあうつもりかい?」

「十分でしょ」

「やれカニス!」


 ウェーイ系兄ちゃんが声を上げると、カニスは雄たけびをあげながらメイスを振り下ろした。


「うらああああああ、潰れろおおお!」


 が、オリオンは木の棒でメイスの中心を突いて軌道をそらせるとメイスは砂浜を強く叩いた。


「はい、終わり。あたしの勝ち」

「まだだ!」

「終わりだって言ってんじゃん」


 オリオンはカニスの手を棒でおもいっきり叩いて、メイスを落とさせる。

 そして棒きれをカニスの目の前に突きつける。


「一発目外した時点であたしの勝ちは決まった」

「なっ……」


 その一瞬の決着に、ウェーイ系集団は驚いていた。


「バカな、カニスはSRの戦士だぞ!」

「兄ちゃん、いいこと教えてやろう。ウチのオリオンはな、Rだ」

「なん……だと……低レアじゃねぇか」

「誰が低レアだ、オラァァァァァッ!!」


 大人しかったオリオンが、その言葉と共にウェーイ系兄ちゃんを木の棒で滅多打ちにした。

 あぁあぁ、狂犬スイッチ入れちゃって……。

 SRとRでもレベル1と50くらい差があれば、レアリティの差なんてひっくり返る。

 このカニスって人も鍛えれば相当な強さになるんだろうが、レアリティにあぐらをかいてる人間なんかオリオンの敵ではない。

 低レアは低レアなりに高レアに打ち勝つ術を持っている。


「そんじゃこれ貰ってくな」


 俺はウェーイ集団が用意した大量の花火を回収する。

 すると往生際悪く、兄ちゃんたちは逆ギレしだした。


「ふざけんじゃねぇ! あんな卑怯なことしやがって、俺のおじきは貴族なんだぞ! テメーみてぇなザコ、軽くひねり潰せるんだぞ!」


 でたよ、俺の〇〇は偉いんだぞシリーズ。お前関係ねぇじゃん。


「おじきおじきー! 早く来てくれーー!」


 やられ役みたいな叫び声をあげると、遠くの方からアロハシャツ姿の鷲鼻でどっかで見たことあるおっさんがやってきた。


「弱いものいじめはスカッとするな。叫んでいたようだが何か用かな?」


 最低なことを口走りながら、貴族議会で出会った嫌な奴、鷲鼻のロドリゲスと俺は再会した。

 ロドリゲスは俺を見た瞬間ゲッっと声をあげる。


「やっほー」

「こ、ここここここ、これは梶王、ぐぐぐぐぐ偶然ですな」

「おじき聞いてくれ、このクソ生意気な奴が俺に歯向かうんだ。いつもみたいに金と権力でなんとかしてくれよ!」


 ウェーイ系兄ちゃんはロドリゲスをガクガクと揺さぶるが、彼はそれどころじゃないらしい。


「アーーーーイ!」


 ロドリゲスは奇声をあげてウェーイ系兄ちゃんをビンタした。


「いってぇ! なにすんだよ!」

「アーイアーイ!」


 パーンパーンと往復ビンタをするロドリゲス。そして兄ちゃんの頭を掴んで、砂浜に無理やり頭を埋めた。


「いやーっはっは、梶王、ウチのアホが申し訳ない」

「なんだよ、おじきいつもみたいに弱いものいじめしようぜ」

「黙れェェェェ!! キェェェェェェイ!!」


 ロドリゲスは地面にめりこませた兄ちゃんの頭を容赦なく踏みつける。

 それ一応お前の甥なんだろうに。


「この人はな先日貴族になった梶王っていう、お前みたいなクソザコナメクジが勝てる人じゃないんだよ! わかったら砂でもなめてろ!」

「なんでだよ、こっちにはSRの戦士がカニス以外にも――」

「向こうはEX複数持ちなんだよ、クソザコナメクジゾウリムシ野郎!」


 言い過ぎじゃない?


「おまけにロメロ侯爵のお気に入りなんだよ。下手に手をだしたら潰されるのはこっちだ! 私は弱いものいじめは大好きだが、強いものにいじめられるのは大嫌いだ!」


 聞けば聞くほど最低だな、このおっさん。

 ロドリゲスはウェーイ系兄ちゃんを引きずりながら、逃げるようにしてその場を離れて行った。


「咲、ちょっと偉くなった?」

「ちょっとだけな。それより皆連れてこいよ花火しようぜ」

「なにそれ?」

「綺麗な火を持って遊ぶ遊びだ」

「楽しいのそれ?」

「やったらわかる」


 しばらくして、テントから出てきたチャリオットたちは各々花火を珍しそうに眺める。火をつけて遊び方を教えると、皆その綺麗な虹色の火に驚いていた。


「なにこれ、火を持って走ってるだけなのに楽しい!」

「だろ、なんかわかんねぇけど楽しいし綺麗だろ」

「うん!」

「線香花火というのは情緒がありますね」


 エーリカはパチパチと火花を上げる線香花火を見て、優しい表情になっている。


「チマチマやって何が楽しいか? こんなの全部一気にやるネ」


 レイランはエーリカが遊んでいた線香花火全部に火をつけると、たいして輝きもしないうちに火種がボトリと落ちた。


「アンデッドォォォォ!!」

「ワタシのせいじゃないネ! この花火が根性ないだけネ!」


 怒り狂ったエーリカはキャノン砲を打ち鳴らしながらレイランを追いかけていく。

 

「このネズミ花火がグルグルして面白いにゃ」

「それソフィーさんの足元に投げようぜ」

「了解にゃ」


 リリィはソフィーの足元に向かって大量のネズミ花火を放り投げる。


「えっ、わっわっ! ちょ、ちょっと!?」

「踊れ踊れ!」


 ソフィーはネズミ花火を避ける為にコサックダンスのように足をあげて逃げ惑っている。

 ネズミ花火の不思議、なぜか逃げる方向に追いかけてくる。


「なんですかこれ!」

「日頃の恨みだ」


 足元でパンパンとはじけ飛ぶと、ソフィーはM字開脚で倒れた。


「許せません!」


 ソフィーはロケット花火を大量に持ち、一斉に火をつけ始める。


「おいバカやめろ。さっきアホ共にロケット花火は人に向けるんじゃねぇって注意したところだぞ!」

「知りません。海側に向かって撃ちますから!」


 キュィンキュィンと甲高い音をたててソフィーの逆襲が始まる。



 そして花火が終わり、全員が眠りについたころ。

 俺は一人、砂浜に寝そべって煌めく夜空を眺めていた。

 真っ黒な空に見たこともない色の星が輝いている。

 この世界が宇宙進出することがあるのだろうか、なんてことを思っていると気配を察してか、オリオンがやってきて隣に寝そべる。


「なんだ、寝られないのか?」

「咲のテントに行ったら誰もいなかった」

「気をきかせて一番広いテントに一人にしてくれたらしい。別にいいのに」

「ねぇ咲、仲間いっぱできたね」


 オリオンは寝そべりながら砂浜に張られた、たくさんのテントを見やる。


「あぁ、あれ全部仲間だからな」

「最初はあたしと咲しかいなかったのにね」

「あとからあとから変な奴ばっかり仲間になったな」

「あたしもっと仲間がほしいな」

「俺もほしい。これからもっと変な奴増えるぞ」

「うん、楽しみ」


 遊び疲れたのかオリオンの声は今にも寝そうになっている。

 しばらくしてスーッと寝息をたてたオリオンを担いでテントへと戻る。


「あいつのテントどれだっけな……」


 たくさん並ぶテントを前に、どれがどれだかわからなくなってしまった。


「まぁいいか、俺のテントにぶちこんでおくか」


 そう思い自分のテントに戻ると


「王様どこいってたんですか?」

「お待ちしておりました」


 一人用にしては広いのだが、複数人入ると狭いテントの中、ソフィーにディー、エーリカ、レイラン、銀河が待っていた。


「たまには添い寝してやる。光栄思うよろし」

「多いな。ディーまで」

「たまにはこういうのも良いかと。今日吐いてただけなので……」


 気にしてたんだな……。


「わたしはリアルに寝首をかいてやろうと思っていたのですが、銀河さんが先にいて諦めました」

「神職が寝首をかくとか言うな」

「その、自分は夜伽をしないと後で怒られるかと思いまして……」

「センサーに反応、アマゾネス隊が夜襲をかけにこちらへ向かってきています」

「それ夜這いと言うのでは?」


 結局俺達はその後一睡もせずに、ゲームや夜間水泳、G-13で海底探索等をして最後まで夏のバカンスを楽しんだのだった。



 夏と海とチャリオット    了





――――――――――――――――――――――

次回は書きだめの為、多分更新お休みします。

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