第175話 冒険者養成学園Ⅸ

 俺たちは研究室の奥へと進む道をひた走っていた。


「ああ、大丈夫か! あいつはほんとに大丈夫なのか!?」


 残してきた銀河が不安で、何度も後ろを振り返ってしまう。

 後ろから聞こえていた剣戟の音や、忍術らしき音はもう聞こえなくなってしまった。


「…………咲、先行ってて」


 オリオンも同じように振り返っていたが、とうとう走るのをやめてしまう。


「お前……」

「あたし先輩だから、ちょっと見てくる」

「おぉ、こっち側は任せとけ」

「うん、あたしがいないからって負けるなよ」

「任せろ、銀河を頼んだぞ」


 オリオンは頷いて銀河を残した人体実験室へと戻っていく。

 あいつが加勢に行ったことで、俺の不安は幾分かマシになってくれた。


「よし、さっさと終わらせて戻るぞ!」



 息を切らせながらも俺たちはさらに通路を走り、自動扉をくぐりぬけると言葉を失う。

 そこには大量のスクラップが散りばめられていたからだ。


「なんだこれ……機械の墓場か?」


 転がった機械の頭部や腕らしき残骸を見ると、ここでアークエンジェルの研究をしていたとわかる。

 腕や脚のパーツから推し量るにアークエンジェルとは人型の機械兵器で、大きさは恐らく七、八メートルと巨大なものだろう。

 ただ、これを見る限り研究がうまくいっているようには見えず、散乱した機械部品が無造作、いや無惨に散りばめられており、どれもまともに人型を成しているものがない。

 

「なんなんだよ、ここは」


 安眠眠る君やら、脳みそやら、ロボットやら、ここは一体何の研究所なんだ。

 愚痴りながらも先に進み、スクラップ置き場の一番奥にある物々しい自動扉の前に立つと、ゆっくりと扉が音をたてて開く。


「勝手に開きやがったな」

[嫌ソウデスネ]


 当たり前だろ。ここ100%ボス部屋じゃねぇか。


 全員が中へと入ると、部屋の中央にはいくつものパイプに繋がれたカプセルがある。

 その中に一人の少女が裸で浮かんでいるのだ。


「ヘッド!」

「アリス!」


 急いで駆けよるとカプセルの裏から二人の男が現れた。

 一人はポートフ学園長。もう一人は白衣を着た老年の不気味な男だ。


「親父、こんなところで何してやがるんだ!」


 ヴィクトリアが声をかけるがポートフからはなんの反応もない。

 白衣の男が小さく笑みを作り、こちらを見渡す。


「皆サンお初にお目にかかります。わたくしは聖十字騎士団第五シュヴァリエ団長ペヌペヌ・プリンターと申します」

「ペヌペヌ……プリンだと。ふざけた名前しやがって」

[ソレハ偏見デス]


 確か、怪しげな発明をしてガリアを追い出されたとか言う。


[ピピピ、照合完了。対象ハ元ガリア人デアルペヌペヌ博士ト100%一致。シカシペヌペヌ博士ハ、ガリア追放後、翌年ニ死亡シタト記録サレテイマス]

「おや、G-13サーティーンズデスか。これはまた面白い機体デスな」


 ペヌペヌはふむと顎に手を当てて興味深そうにG-13 を観察する。


「G-13はその名の通り、13機の同型機が存在するガリア製お手伝いロボット。しかしその実は戦術支援兵器なのですよ。驚きましたか?」

「本気でお手伝いロボットって言い張るところに驚いた。どう見ても戦闘ロボじゃねぇか」


 ガドリング砲ついてるし、すぐビーム撃ってくるし。


「これはなかなかの慧眼をお持ちのようで。実はそのG-13はわたくしが設計、開発いたしました」

「なっ!?」


 俺は振り返るが、G-13は沈黙したままだ。


「このGシリーズは敵地に侵入し、ただのお手伝いロボットを装って要人を暗殺するのが得意でして。今まであなたのことを虎視眈々と狙っていたかもしれません」

「…………」


 そんな、こいつが残虐な殺人マシーンだなんて、思い当たる節は


 虫ガイタノデ排除シマシタ

 ウルサイ虫メ、排除シテヤル!


 ――――いっぱいあった。


「…………」


 俺は額をおさえた。


[ワタシハ無実デス]


 薄い、ロボットのくせに説得力皆無だ。


「まぁ今はそのことはいいでしょう。その様子を見ると、こちら側の秘密を知ってしまったようですね」

「ああ、その通りだ。お前らが学園の生徒を誘拐して、人体実験の材料にしているってことはな!」

「ならどうしますか?」

「このことを公表して、お前たちを追い詰める」

「それは結構、是非ともそうしていただきたい。なんなら公表の為のお手伝いをしてもいいくらいです」

「なにっ?」


 何言ってんだコイツ。自分の立場が危うくなるんだぞ。


「どうしました? 許せないのでしょう? あなたたち正義の味方からすれば我々は悪なのでしょう。さぁ告発しなさい! 我々を弾劾すると良い!」

「何言ってやがるんだコイツは……」


 両手を広げ、鬼気迫る表情で自身を弾劾しろと叫んでくるペヌペヌに一歩引いてしまう。


「姉ちゃンを離せ!」


 マルコは怯えながらも前に出て叫ぶ。


「それはダメです。彼女は非常に天使とのマッチングが優れているんですよ。これは良いコアとなるでしょう」

「何の話をしている!」

「んー? まさかあなたたち我々が何をしているかも知らずに飛び込んできたわけでもないのでしょう?」

「うるせぇ。テメェらがアークエンジェルの兵器開発をしているのは知っている!」

「なるほど、外にあるゴミと、実験室にあるサンプルを見てこられたのですか。では順を追って説明しましょう。まずアークエンジェルとは本来クルト族のみに許された天使の力を顕現させる能力と、ガリアで開発していた機械兵デウスエクスマキナ、外のガラクタですね。それとの融合体なのです。その力は非常に強力ということは既に知っているでしょう。で・す・が、問題も多いのですよ。一つめにして最大の問題、クルト族以外にアークエンジェルを扱うことができない。二つめ、能力の高さゆえにリミッターをかけざるをえない。三つめ、機体数が全てをあわせても10機程度と非常に数が少なく、この中で戦闘に耐えられるものとなると更に数が減る。この他にも問題はたくさんありましてね。一概に最強の兵器と胸を張って言うことはできないのですよ」


 こいつ大丈夫か、自分で弱点ペラペラ喋ってるんだが。


「神秘と科学の融合によって生まれたもの、それがアークエンジェル。しかーーし、わたくしは技術者、クルト族にしか扱えない兵器など欠陥以外何物でもない。兵器とは赤ん坊でも等しく敵を殺せなくてはならないのです!」

「狂ってんな……」


 俺はもうこの話だけで、この男がいかれていると気づいていた。


「機械兵は天使をコアとすることでアークエンジェルへと進化し、絶大な力を手に入れました。ならその力が誰にでも自由に扱えなければならない。しかし融合させる天使はクルト族が顕現させるものか、野良の天使をひっ捕まえてくるしかありませんが、あの化け物を捕獲するには多大な労力がかかりマス。これでは汎用化の意味がない。わたくしは何か代替えはないかと考えた。そして閃きました。それならば人を天使にしてしまえばいいと」

「その実験体に学生を使ってたわけか」

「イエース! ただ、またしても問題があり天使へとマッチングする人間のハードルは非常に厳しいのです。条件である魔力、神聖に優れた人間を雑多なゴミのような人間の中から選別するのは非常に難スゥイー」

「……だから学園のような、成績によって人間を振り分けるシステムを作っても不審に思われない場所を作った」

「ピンポーン! 大正解!」


 ペヌペヌは両手の人差し指で俺を指す。

 ようはこいつらは強いが汎用性の低いアークエンジェルを誰にでも使えるようにして、量産化を図っていたということだろう。

 その為にコアとなる天使を人間に置きかえ、適合率の高い人間を学園の中から探していた。

 つまり脳みそは量産型アークエンジェルを動かす為のコアの実験。

 外のガラクタはそのマッチングに失敗した機械兵デウスエクスマキナのなれのはて。

 脳だけにされていたということは、つまりコアのマッチングに人間の体は必要ないということだろう。

 イカれサイコパスめ。


「それにはまず学園を作るところから始まりましたが、いやはや財力があって、尚且つ宗教にハマってくれる人物を探すのは大変でしたよ」


 そう言ってペヌペヌは虚ろな目をした学園長を見やる。


「嘘だ! おかしい親父は元から神なんか信じてなかった。それなのに人がかわったように神を信じるなんて」

「愛する妻の死は価値観までかえる……と言いたいところですが、貴女の言っていることは正しいミスヴィクトリア。事実ポートフ氏は宗教にはハマらなかったのですよ。私には妻がいなくなっても娘がいる。だから私に神は必要ないと断られたのデス」

「なら、どうして!?」

「正解はこれデス」


 ペヌペヌは指先程の小さなチップを見せつける。


「ICチップ、と言っても皆さんには聞き覚えがありませんね? 簡単に言えばこのチップを取り付けると玩具のように操れちゃうのですよ。ラジコンと言うのはご存知ですか? ガリアの子供にはとても人気のある玩具でね。遠隔操作で自由に操ることができる、とても楽しい遊びデス」

「まさか……」

「はーい、彼の中に埋め込みました。こんなこともできるのですよ」


 ペヌペヌは腕時計のような機械のついたリストバンドに声を吹き込む。


「愛しているヴィクトリア」

「愛しているヴィクトリア」


 ペヌペヌの言った言葉と全く同じ言葉を学園長は繰り返す。


「面白いでしょう。皆サン他人を意のままにコントロールしたいと一度は思いませんでしたか?」


 アッハッハッハと腹をおさえて笑うペヌペヌ。


「これはさしずめ人間ラジコンと人間コントローラーとでも言いましょうか。これを題材にしたアニメーションでも作れば子供にウケること間違いなしですよ」


「テメーはもう喋るんじゃねぇ」


 俺は一瞬で詰め寄ると、ペヌペヌの右腕を黒鉄で斬り飛ばす。

 だが、吹っ飛んだのは機械化した腕だった。

 ペヌペヌは身を翻して後方へと跳ぶと、パンパンと残った腕で白衣を払う。


「全く地上の人間は下品で困る」


 自身の斬られた腕の切り口を見て、口をすぼめてみせるペヌペヌ。


「お前がガリアから追い出された理由がよくわかるぜ」

「どこも天才を受け入れられないのですよ。自分よりかわった人間をすぐに奇人、異端扱いするのは歴史が物語っています」

「黙ってろ。テメーの首、切り落として花壇に植えてやる」

「よくそんなスプラッターな発想ができますね?」

「テメーに言われたかねぇ!」

「いいですね怒り、憎悪! 素晴らしい! 人間的感情の爆発は見ていてとても面白い! もっとよく見せて下さい」

「ふざけんじゃねぇ!」


 俺は拳を振るうと、目の前に輝く壁が現れ、ペヌペヌの体にギリギリで触れることができない。


「わたくしは天才ですからね。あなた程度にわたくしの防衛障壁ファイヤーウォールは破れませんよ?」

「こんの! こんの! はぁっ!」


 俺は構わずぶん殴り続ける。

 しかし殴るたびに壁が光り輝くだけで奴に届かない。

 反対に俺の拳は硬い鉄をぶん殴っているようで、血にまみれていく。


「無駄の極みですね。策もない、ただ愚鈍な直接攻撃というのは見ていて失望感しかありません。ゴミです塵芥を見ている気分デス」

「ふざけんじゃねぇ! お前は絶対俺が倒す!」

「そういうのはもう少しステータスに恵まれてからにしてもらっていいですか? 貴方では産まれかわらないとわたくしには攻撃が届きませんよ?」


 ペヌペヌは攻撃を続ける俺にヤレヤレと肩をすくめて見せる。

 ふざけんなよ、そのツラ絶対ぶん殴ってやるからな。

 この拳、絶対お前に届かせてやる。


「先生、負けないでくれ!」

「咲さン、そいつをぶっ倒して下さい!」

[気合イダ! 気合イダ! 気合イダー!]


 ヴィクトリア、マルコからの声援が届く。

 まさかG-13ロボットから根性論を言われるとは

 当たり前だ、こいつは是が非でもごめんなさいさせてやる。


「はぁ……感情論や根性論ではどうにもなりませんよ? あなた隠し玉の一つでも持って――――!?」

剣神解放ビルドアップ


 ペヌペヌは俺の体が一回り小さくなり、隣に幽鬼のような骸の侍が構えていることに気づく。咄嗟にガードして見せるが遅い。


「剣影弐式、居合抜刀」


 骸の侍は腰から刀を抜いたと思った瞬間、バリアを切り裂きペヌペヌの頬が切れる。


「どうした? 生まれ変わらないと攻撃が当たらないんじゃなかったのか?」


 ふざけた顔をしていたペヌペヌが一瞬険しい表情を作る。


「形態変化? 幻影変化? あらかじめステータスを落としていた……いや、それでは説明がつきませんね。しかしどのみち無駄なこと。障壁のレベルを一段階引き上げました。これであなたは絶対にわたくしには触れることが叶わない」

「あっそ、じゃあこっちももう一段階レベル上げるぜ」


 俺はスマホを取り出し命令コマンドを実行する。


「剣影参式解放。纏衣百式甲冑、装甲」


 骸の侍は巨大化し、その身に鬼を模した紅蓮の武者鎧を身にまとう。

 尋常ではない圧にペヌペヌだけでなく、ヴィクトリアとマルコも身構える。


「金剛両断刀抜刀! たたっ斬れ!」


 鬼武者は巨大な刀を引き抜くと同時にペヌペヌへと叩きつける。


「ぐぅっ!」


 剣影の刀と障壁がぶつかり合い、バチバチと音を発しながら眩い火花があがる。


「無駄無駄無駄無駄! この程度の力など見たくもありません! あなた程度のゴミカスにはわたくしに触れる権利すらない!」

「押し斬れぇっ!!」


「先生!」

「咲さン!」


 この光景を見守っているのはマルコとヴィクトリア、G-13だけではなかった。

 カプセルの中にいたアリスも目を覚ましていたのだ。

 アリスも声にならない声をあげる。


(咲さん、負けないで下さい!)


「アッハッハッハ! どうしました、やはりこけおどしですか? その程度ではあなは何も勝ち取れない! ゴミは埋もれて死んでしまえ!!」

「絶対お前なんかに負けてたまるかああああああっ!!」


 俺が叫び声をあげると、その時剣影の周りに白い光が現れる。

 光は数を増し、一つ、また一つと数を増やす。


「これは……」


 ヴィクトリアは白い光に一瞬だけミルフィーユの影が見えたのだ。


「特進科の……死んでいったあいつらの魂だ……」


 魂は次々に剣影の中へと吸い込まれていく。

 それはまるで、死んでいった自分たちの仇を一緒に討たせてくれと言っているようにも思える。

 剣影は魂を得たことにより、爆発的に力を増大させる。


「剣影フルパワーーー!!」

[LIMIT BREAK]


 スマホから音声が響いたのと同時に、金剛両断刀から虹色の光があふれ出す。

 それと同時にペヌペヌの障壁にヒビが入る。


「なっ、バカな!!? ゴミのくせに!?」

「テメーはゴミ以下だろうが!! 生まれ変わって出直してきやがれ!!」


 剣影の刃はペヌペヌに届き、奴の体を真っ二つに両断したのだった。

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