第174話 冒険者養成学園Ⅷ

 落下した辺りを見渡すと、そこは岩肌がむきだしの薄暗い地下道でネズミがちゅーっと声をあげながら足元を走っている。


[ライトヲ点ケマスカ?]

「いや、いい。なんかきな臭い」


 俺はファイアの呪文を唱えると指先に小さな炎が灯る。

 ライターほどの小さな明かりを頼りに俺たちは地下道を進んでいく。


 五分程進んだくらいだろうか、むき出しだった岩肌が徐々に整備されていっている。明らかにこの先に人工建築物があるのがわかった。


「おい……こりゃ……」


 舗装された地下道を進んで、たどり着いたのは鉄の扉だった。

 こんな場所に扉なんて違和感しかないが、それ以上に気になるのは扉に描かれた雲と塔のマーク。これは購買部にあった自販機の製造メーカーと同じガリアの企業であるガリアミレニアムの企業ロゴだ。


「ガリアミレニアム……」

「なんでこんなところに?」

「さぁな、でもガリアの人間が噛んでるってことは間違いないだろうな」


 当然のように鍵がかかっていたが、銀河が軽く開錠する。

 俺はぎぃっと重い音をたてて扉を開き、中へと進んでいくと近代的な研究施設のような場所に出た。

 壁面は真っ白で塗装されて清潔感があり、天井照明が強くて眩しさを感じる。

 こんな地下には不釣り合いな科学的な設備が並び、違和感や不自然を通り越して異様だ。

 その中で一際目を引くのは人間サイズの卵型のカプセルだ。

 番号が振られた金属製のカプセルは上部にのぞき穴のようなものがついていて、そこから中が覗けるようになっている。


「咲、なにこれ?」

「さぁ……? なんかの実験施設だと思うが」

「あの、お館様、この世界ってこれほど文明が発達しているのでしょうか? これではまるで」

「SFみたいだな」


 銀河の言いたいことはわかる。確かに文明レベルが一気に飛び過ぎている。

 これでは異世界ファンタジーではなく、SFファンタジーだ。


「ガリアは文明レベルが進んでいると聞くが……」

[ピピピ、照合完了、コノカプセルハガリア製、SZT-111ゲノムテスターデス]

「なんだそれ?」

[遺伝子ヲ組ミ換エ、新タナル生命ヲ製造スル、ガリア歴AE1179年ニ、ペヌペヌ・プリンター博士ガ開発シマシタ。デスガ翌年倫理問題カラ製造ガ中止サレタ物デス]

「なんか聞くだけでやばそうだな」

「咲、中見ていい?」

「いいけどグロくなかったら教えてくれ。俺も見る」

「咲、心弱いもんね」

「ああホラー映画とか見ると一晩寝られなくなるタイプだ」


 オリオンは背伸びしてカプセルの中を覗き込む。


「うわ……なにこれ」

「なんだ、魔光を浴びたソルジャーとか制御不能なバイオ生命体とか、傷だらけのZ戦士とか入ってたか?」

「これペイルライダーじゃない?」

「ほんとか?」


 俺も覗き込んでみると、中には謎の液体の中に浸けられた首なし甲冑の姿があった。

 動く様子はなく、生きているか死んでいるかもわからない。


「ペイルライダーっぽいな……ここはモンスターの研究施設なのか?」


 辺りを物色していると、銀河が書類のつまったバインダーを発見してくる。


「お館様、何か見つけました」

「なんだこれ?」


 バインダーを受け取り中を見てみると、どうやらここで研究を行っていた職員のレポートのようだ。


「えーっと、AE1183年……年号がガリア表記ってことは、ここの職員はやっぱガリア人か」


 レポートには最初、ここはモンスターの遺伝子研究施設だったらしいが、一昨年くらいから研究内容の変更を命じられ、アークエンジェルと呼ばれる天使兵装の研究を行うことになったようだ。


「アークエンジェル……確か聖十字騎士団の使う強力な兵器だって言ってたな……」

「えっ、やったじゃん。聖十字騎士団と繋がってたってことでしょ? 尻尾掴んだんじゃないの?」


 オリオンが任務完了? と小首をかしげるが、これでは学校の地下に秘密の兵器開発施設があったというだけでレッドラムを失脚させるネタにはならないし、命令したのが騎士団側か教会側かわからないから、このことを公表しても意味はない。

 更に読み進めていくと、研究が上の命令で二転三転し、研究所内が混乱している様子が書かれている。

 そしてこの研究所で最終的に開発されたものとは。


「超高性能睡眠導入機、XXT-91安眠眠る君……」


 シリアス顔をした全員に疑問符が浮かんでいる。そしてたちこめる何言ってんの? 感。


「あの、お館様ふざけている場合では……」

「ふざけてねぇよ! ほんとにそう書いてあるんだもん!」


 なんだこいつら、こんな怪しげなバイオ研究所みたいなところで安眠眠る君とかコンビニで売ってそうなもの作ってたのかよ。


「そんで、これがその試作機らしい」


 俺はバインダーの設計資料に記載されている完成図と同じ形をしたハンドベルを手に取る。

 どうやらこれが安眠眠る君のようだ。


「なにそれ?」

「これを鳴らすと寝れるらしい」

「へー面白そう」


 オリオンは俺から安眠眠る君をかすめとるとカラーンと音を立ててベルを鳴らす。

 その瞬間オリオンを含めた、周囲にいたヴィクトリアと銀河がこてんと眠りについた。


「すげぇ効き目だな。さすがガリアの技術といったところか」


 ただ効果範囲は狭く半径一メートルから二メートルもないくらいか、少し離れていただけの俺に届いていない。

 これどうやって起こすんだ? とバインダーを漁っていると、すぐに効果が切れたのかオリオンたちは起き上がった。


「うわ、びっくりした。一瞬で眠くなった」

「効果は凄いみたいだな。ただ範囲は狭くて効果時間もすぐ切れると」

「これいいね、持って帰ろう。これで寝かせたら悪戯し放題じゃない?」

「ベル鳴らすお前がまっさきに寝るけどな」


 バインダーにも使用者が眠ってしまうことが問題視されており、エーテル放射がどうたらCT原子がどうのこうのとよくわからない元素記号や学術的な記述が続き、バリアで使用者を覆うなど様々な案と実験結果が書かれているが、どれも誘眠波の中和に失敗している。


「これより先は人体実験室研究資料保管所にある、資料B項を参照と……」

「人体実験ってなんかやばそうな雰囲気だね」

「安眠眠る君の人体実験なんか寝るか寝ないかだけだろ」


 俺たちは通路を進み、バインダーに記載されている第三人体実験室とやらを目指すことにした。


 物々しい自動扉を抜け人体実験室とやらに入ると、視界に飛び込んできた光景に目を剥く。

 部屋の中に人の姿はなく、そのかわりホルマリンのような液体につけられた大量の脳幹が並んでいたのだった。

 薄暗い部屋の中、脳だけが入ったカプセルは不気味以外何物でもない。


「お、お館様……」

「作りもんだろ……安眠眠る君なんてバカみたいなもんつくってるやつらが」

[ピピピ……解析完了、コノ脳幹ハ全テ本物デアルト同時ニ――]


 俺たちはG-13の言った言葉が信じられず、戦慄が走った。


[全テ、マダ生キテイマス]

「タチの悪いジョークはやめろ。いい加減俺も怒るぞ」

[先程ワタシノ生体反応センサーニ引ッカカッタノハ、コレト思ワレマス]


 地下に落ちる前、60の生体反応があると言っていたが……。確かにカプセルの数は一致している。

 G-13は脳幹の入ったカプセルに近づくと、ボディの上に工事現場で見るような液晶ディスプレイが表示される。

 アイカメラからレーザーを照射し、むき出しの脳をスキャニングしていくと液晶ディスプレイに


[殺して]


 と、嫌なメッセージがドット文字で表示される。

 G-13がカプセルをそれぞれ順に調べていくが、どれも[苦しい、殺してくれ、死にたい]と、脳だけになった人間の悲痛なメッセージが表示されている。


「G-13この脳だけになった人間が元に戻れる可能性は?」

[アリマセン。コノ状態デハ例エ元ノ肉体ガ残ッテイタトシテモ元ニ戻スコトハ不可能デス。延命処理デ無理ヤリ生カサレテイルダケノ、実験用サンプルデショウ]


 全員が苦い表情になり、下唇を噛みしめる。


「これがガリアのやり口なのか?」

[否定、コノヨウナ旧世代的ナ人体実験ハ禁止サレテイマス]

「なら製作者の趣味か」

「ねぇ咲、これ名前かな」


 オリオンが指さしたカプセルの側面にはミルフィーユ・リルムと雑にペン書きされている。

 それを見たヴィクトリアの表情が凍る。


「それ、先日消えたって噂の特進科の生徒です……」

「…………消えた優等生は連れ去られ、ここで殺され人体実験用のサンプルにされたと」


 俺はカチャリと黒鉄を手に取る。


「な、なにするつもりなんですか?」


 ヴィクトリアはまさかと震える。


「介錯する」

「そんな、まだ生きているんですよ! 何か方法が!」

「目を覚ませ、もうこいつらは死んでるんだ。それなのに完全に死ぬこともできず、ずっとこの場で実験用モルモットとして生かされてる。お前は脳みそのまま生かされ続けたいか!?」


 あまりにも強く握りしめた拳から血が流れでる。


「くっ……」

「これは命を弄ぶ外道の行為だ。死が解放だなんて言わない。死は無だ。しかし無にすら返れず殺されたまま生き地獄を味わってるんだ」

「生命維持装置ヲ切レバ、楽ニ眠ルコトガデキルデショウ」

「チクショウ、チクショウ、チクショウ!!」


 ヴィクトリアは泣きながら壁を殴り続けた。

 その後俺達は一つずつ脳幹カプセルの電源を切って行った。

 どれも最後の言葉は[ありがとう、おやすみ]と感謝の言葉を残していた。


 久々にきたな、吐き気のする悪が。




「困りますね梶王先生。こんなところで一体何をされているのです?」


 突如かけられた声に驚いて俺達は振り返った。

 そこには、この不気味な脳幹だらけの部屋に全く動じず、いつもの聖母のような笑みを浮かべているスザンヌ教頭の姿があったのだ。


「最初からお前はなんかうさんくせぇと思ってたんだよ」

「咲先生、こいつなんですよ! 親父を宗教にはめたクソ婆は!」

「ヴィクトリアさん、今日も注意したところでしょう? その汚い言葉遣いを直せと」


 スザンヌは急激に顔を歪め、悪魔じみた表情になる。どうやら被っていた猫だか狸だかを取り払ったらしい。


「アリスをどこにやった。お前が連れて行ったってのはわかってんだよ」

「彼女ならそこにいるじゃない」


 そう言ってスザンヌは電源の切れた脳幹カプセルを指さす。


「なっ!? まさか」


 アリスは既に脳みそにされちまったってことなのか!?


「冗談よ。彼女には優れた力があるので、そんなゴミと同じ扱いにはしません」


 ぶっ殺してやろうか、この婆。


「お前が特進科の生徒を連れて人体実験をしていたのか」

「ええ、これも全て神のお導きです。皆さんも神の為ならと言って喜んで肉体を捧げてくれましたよ」

「ふざけんなよ腐れ宗教屋。ここで何をやってたんだ。ただの睡眠導入機を作るのに、こんな人体実験なんか必要ないはずだ」

「ええ、私たちが作っていたのは神ですから」

「神だと?」

「ええ、神です。人々を救う光となる神。その完成によって我ら人類は救済されるのです」


 そう言ってスザンヌは手を合わせ、空に向かって祈りを捧げる。

 ダメだ、こいつ話が通じない類の人間だ。


「哀れな人間に、魂の救済を……」


 そう言ってスザンヌは皺だらけの手に鉄の棒を持つと、棒の先端から鎌のような曲線を描く白刃が伸びる。


「もう一度聞く、アリスと学園長をどこにやった」


 スザンヌは奥の扉を顎で指す。


「もうとっくに神の依り代として使われていますがね」


 スザンヌは婆とは思えないほど機敏な動きで跳びあがると、大鎌を振りかぶる。

 俺は黒鉄を引き抜こうとするが、割って入るものの姿があった。

 それは二本の小太刀を抜いた銀河だった。


「元第十六代織田家御庭番衆、超忍者戦隊頭目レッド西園寺銀河。ここは承ります」

「銀河、お前じゃ勝て――」


 ないと言いかけて、銀河から尋常ではない魔力があふれ出ていることに気づく。

 彼女は片手で手印を結ぶと、凄まじい爆発が目の前で巻き起こる。


「超忍術陰陽爆符」


 スザンヌは爆風で壁際まで吹き飛ばされ、体を強く打ち付ける。


「お館様、今のうちに早く!」

「お前後半一気に株上げすぎだろ」

「咲、ドア開いたよ!」

「あぁ、もう仕方ねぇ絶対死ぬなよ! 死んだら一生俺の性奴隷だからな! とりあえず俺は親玉ブチ転がしてくる!」

「心得ました」


 人がかわったようにシリアスモードになった銀河を残し、俺たちは奥へと進んでいく。


「いけない子だね、お前にも信仰が必要だよ」


 スザンヌは頭から血を流しながらも、ホラー映画の殺人鬼の如くニヤリと笑って見せる。


「超忍とは悪をくじき、弱きを助ける正義の存在です。あなたの存在を悪として認定します」

「小娘が、あんたの脳みそもひきずりだしてやるよ!!」

「御庭番衆……いえ、今はトライデントチャリオットが一人、超忍西園寺銀河お相手つかまつります」

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