第176話 冒険者養成学園Ⅹ

 人体実験室では銀河とスザンヌが激しいつばぜり合いを繰り広げていた。


「可愛い顔をしているね。お前はきっと綺麗な脳みそをしていると思うよ」

「爆、炎、陣」


 銀河が手印を結ぶと、至近距離で爆発が巻き起こり、スザンヌは脳幹カプセルをなぎ倒しながら倒れる。


「…………」

「随分と無口な子だね。さっきの男といたときと偉い違いだ」

「自分はただの忍びです」

「そっちが本来のあんたの顔ってわけかい」


 スザンヌは再び大鎌で斬りかかるが、銀河の速度をとらえ切ることができない。


「ちぃっ!」


 大振りに振り払われた鎌を跳びあがってかわすと、銀河は電源の切れた脳幹カプセルの上にひらりと舞い降りた。


「一つだけ聞きます。あなたは聖職者でしょう。なぜこのような残酷な行為ができるのですか?」

「この子たちは私の生徒。つまり神の僕。神が僕をどうしようが勝手だろう?」

「あなたは神ではない!」


 もう一度振られた大鎌をかわしながら、銀河はクナイを放つ。

 クナイはスザンヌに何本も命中するが、まるで効いている様子がない。


「無駄だよ。私には神の加護がある。そんなもんじゃ殺せやしない」

「ヒーリング能力持ちですか……ならっ」


 銀河は消えたと思えるスピードで急接近し、スザンヌの首筋を小太刀で狙う。

 とった、そう思った瞬間彼女の目が見開かれた。

 首の皮に届くギリギリで見えない障壁が小太刀の刃を防いでいるのだ。

 殺せないと思った瞬間、銀河は飛びのく。


「あんた可愛い顔して殺し慣れしてるね。一瞬で首を狙ってきたのは驚いたよ」

「悪にかける慈悲などありません」


 チャキッっと刀をならすが、スザンヌは対照的に不気味な笑みをたたえたままだ。


「だけどまだまだだね。外法を知らない」

「どういう意味です」

「こういうことさ」


 スザンヌが大鎌の柄で床を叩くと、キンと音が鳴り響く。

 それと同時に銀河の真下に五芒星が赤く光り輝く。


「なっ!?」

「それは罪の檻さ。人間やり直したいこと、犯した過ちってのが必ずある。その呪印はそういった罪の意識を拡大し、心を押し潰す。さぁ見せてみな、あんたの心の闇を!」

「ぐっ、あああああああああっ!!」


 銀河の瞳に過去の映像が凄まじい勢いで流れていく。


[超忍西園寺銀河、舞い忍びます!]


 初めて超忍となった映像。真新しい忍び服に心をときめかせた。

 忍びの先輩たちは自分のことを時に厳しく、時に優しく一人前の忍びとして育て上げてくれた。


[西園寺銀河、そなたの働きにより超忍者戦隊頭目シノビレッドへと任命する]


 仕えていた君主による信頼と、暖かな仲間との苦しいながらも充実した戦いの日々。

 しかし、次に映った映像は紅に染まる業火だった。


[銀河、この国は、いやこの世界はもう終わる。お主だけでも逃げよ!]


 崩れ落ちる天守閣。燃え盛る大地。

 銀河の元の世界は闇将軍という悪の手によって崩壊したのだ。

 そう彼女の世界は闇へと落ち、君主は死に、仲間は敵の手に落ちた。

 最後に残った忍び頭である銀河は自身の世界を捨てたのだ。

 友を、国を、君主を、救うべき民を全て捨てて、彼女は落ちのびた。

 そしてドンフライと共に流浪の旅を続ける中、彼女の前に召喚陣が現れる。

 それと同時に頭の中に声が響く。


「この召喚陣をくぐれば、君はチャリオットとして召喚される」


 新たなる君主の元で君は戦うことになると

 受けるつもりはなかった。しかし、響いた声は最後にこう言った。

 「君が召喚を受け入れるなら、なんでも一つ願いを叶えよう」と

 相棒であるドンフライが先に願ったのは、闇将軍頼朝という悪の存在を消すこと。

 そして銀河が願ったのは、滅亡した祖国の再興だった。

 それさえ叶えば、自分はどうなっても構わない。

 そして、彼女は異世界へと召喚される。ゲームオーバーになった世界から、新たなる世界ワールドへ。



 銀河の目には燃え盛る城と、助けを求める仲間の悲痛な声が響く。


「あぁ、あぁ、あぁっ……主様! トモエ! ミツバ! ユウヒ! 燃える、燃える、全てが灰になってしまいます」


 幻覚を見せられた銀河は、頭をおさえながら子供のように泣きじゃくる。

 それを愉快気に見つめるスザンヌ。


「大きな闇を抱えていたようだね。私はこの魔法で絶望に歪む顔を見るのが大好――おべろヴぁあああ」

「おらぁっ!!」

 

 突如飛んできた蹴りがスザンヌの後頭部に直撃し、思いっきり蹴り飛ばす。


「なんだ!」

「なんだじゃないよなんだじゃ。心配して帰ってきたらこのザマぁだよ」

「あんたはさっきのガキ」


 オリオンは肩に担いだ結晶剣をスザンヌに突きつける。


「それ、咲のだから。勝手に壊したら怒られるから」

「生意気なこと言ってんじゃ――」


 言いかけた瞬間スザンヌから血飛沫が上がる。

 一瞬で接近したオリオンの光の剣が有無を言わさず彼女の体を貫いたのだ。


「なんであたしがあんたの喋ること待たなきゃいけないの?」


 オリオンは光の剣を引き抜くと、スザンヌの体を蹴り飛ばした。


「ぐぅっ……あんたにも呪いをかけてやるよ」


 息も絶え絶えなスザンヌが手で十字を切ると、オリオンの真下に赤い五芒星が浮かび上がる。

 だが、それを完全に無視してオリオンはとどめの一撃をスザンヌに振るう。


「なぜ罪の檻から抜け出せる!? お前に後悔はないって言うのかい!?」

「あたしの後悔は咲ともっと早くに出会わなかったこと以外にないから」


 オリオンはそのまま剣を振るい、スザンヌの体を袈裟切りにした。


「大丈夫、生きてる?」


 オリオンは倒れたスザンヌを無視して銀河の肩を揺する。

 その瞬間銀河の過去の記憶がオリオンにもなだれ込んでくる


「なに……これ」


 燃え盛る天守閣に、悲鳴をあげる民。

 銀河は何も守れず、ただ焼け野原になった城の前で膝をつき、ただひたすらに嗚咽を漏らす。

 そんな光景が浮かびあがり、オリオンは頭を振った。


「あぁ……火が、城が、燃え、燃え」

「起きろバカ! 一生モエモエ言ってるつもりか」


 オリオンはパンパンパーン! と快音を響かせて銀河の両頬をビンタした。


「はっ、自分は一体何を……」

「はっ、何をじゃないよ。凄く強そうな雰囲気だして残ったのに負けちゃってるじゃん」

「す、すみません……」

「銀河に触ったらね。燃える城と、逃げ惑う着物姿の人たちが見えたんだ」

「…………自分の記憶ですね、自分は何も守れなかった忍びです」


 銀河は小太刀を手に取ると、突然自分の首筋にその刃を当てたのだ。


「わっ、なにやってんの!?」

「自分は生きていてはいけない人間なのです! 国を、君主様を、仲間を全て見捨ててのうのうと生きているなんて!」

「バカなことするなよ。死んだ人はあたし死んだからお前も一緒に死んでくれなんて絶対思わないよ!」


 銀河は潤む瞳でオリオンを見据える。


「自分は、自分はどうしたら……この罪を償えるのでしょう」

「参ったな……」


 オリオンは小さく頬をかく。こんな時どんな風に声をかけていいかわからないのだ。


「咲ならきっとなんか言ってくれると思うんだけどさ。あたしバカだから後悔とかあんましないんだ。銀河は違う世界から来たんでしょ? その罪ってのは元の世界でつくったの?」

「はい……」

「じゃあ多分咲だったらこういうよ。元の世界で作った罪なら、元の世界だけ有効。こっちでは無効って」

「……その、無責任すぎませんか?」

「咲の嫌いな言葉って責任感だよ?」

「あの、それで王と言うのはどうかと……」

「それはそれ、これはこれ」

「言い訳がうまくなるだけのような気が……」

「言い訳してるのは銀河でしょ? あの時守れなかった、こうすれば良かった、ああすれば良かったって。自分を責める言い訳をずっと続けてる」

「…………」

「過去はなかったことにはできないけど、過去を引きずって生きてるだけじゃ明日は見えないんだ。だってあたしたちは皆今を生きて、明日に向かってるんだから」

「…………」

「さっ、行こう。咲たちが待ってるよ」

「その、すみませんここから抜け出せなくて」


 見ると銀河の足元に赤い五芒星がまだ光り輝いており、呪いを解かない限り罪の檻から出られないのだ。


「えぇ、困ったな。その印モップとかで消せないかな」


 そう言ってオリオンが立ち上がった瞬間だった。

 突如彼女の真後ろに倒したはずのスザンヌが立ち上がる。


「!?」

「あんたたちに私は殺せないよ」


 スザンヌは鉄の棒でオリオンをぶん殴ると、彼女の体はそのまま壁際まで吹き飛ばされる。

 スザンヌは即座に追撃し、壁にめりこんだオリオンの首を掴んで締め上げる。


「残念だったねぇ、あんたに足りないモノを教えてあげるよ。それは信仰だよ!」

「離……せ、クソ婆」


 スザンヌの枯れ木のような腕の一体どこにこんな握力があるのか。

 オリオンはもがくが全く抜け出せない。


「オリオンさん!」


 銀河は五芒星の外に出ようとするが、光の壁が邪魔をして外に出られない。


「死ね! 死ね! 死ね! 死ね!」


 メリメリと嫌な音が聞こえる。

 あの時と同じだ。結局自分は何もできない。そして残されるのは友と仲間の遺体だけ。


「オリオンさん!」


 銀河の悲痛な叫びが響いた時、バッサバッサと羽音が聞こえる。


「銀河よ」

「ドンフライさん!」


 どこからともなく尻に火傷の跡があるドンフライが銀河の隣に並び立った。


「銀河、お主の力ならそのような結界簡単に破れるはずである」

「ダメです。自分にそんな力」

「なくはない!!」


 ドンフライの叱咤が響く。


「お主はもう十分苦しんだ。殿も、民も、仲間も、お主のことを許してくれるである。超忍者戦隊頭目西園寺銀河よ、お主は自分の無力を嘆いて仲間を殺すであるか! 仲間はお主を思い助けに来てくれた! その義に応えずして超忍にあらず!」

「ドンフライさん」

「人は誰しも陽の当たる場所を探している。光ある所にさす闇を振り払うが超忍者戦隊の宿命。剣を持て、刃を磨け、己が忠を尽くし悪を討て! 影より人を守る戦士シノビとなるのだ超忍銀河よ!」


 絶望の色に染まりかけた銀河の瞳に蒼い炎が灯る。

 銀河は立ち上がり、一呼吸置いた。


「超忍者刀金星ヴィーナス木星ジュピター


 銀河の持つ二本の小太刀にそれぞれ鋼の光と、大樹の光が纏われる。

 そして目を見開き、小太刀を振るう。

 五芒星の光の壁はガラスを砕いたかのように粉々に砕け散った。


「呪いを破ったか、しかしもう遅い。この女は」

「五行方陣展開」


 銀河はすさまじい勢いで印を結ぶと、彼女の足元に円形にクナイが突き刺さり結界が形成される。

 結界には干支を記した守護梵時が浮かび上がる。


「無駄だよ、私は神に愛されてるからね! 信仰の違いだよ!」

「超忍術、口寄せ、ジライヤさんの術」


 銀河が印を結び終わった瞬間、彼女の足元から巨大なガマガエルが現れる。


「なんだこいつは!?」


 スザンヌは大鎌を放り投げてガマガエルを斬りつけるが、ぬめり気を帯びた体に刃物が全く通らない。


「こいつはどうだい!」


 スザンヌが十字架を握りしめると、聖なる光が十字になってジライヤを襲う。

 しかし、魔法ですらジライヤの表面をぬめり、あらぬ方向へと飛んでいくのだ。

 ジライヤに乗った銀河は口に大きな巻物をくわえ、術を唱える。


「超忍禁術、暗黒空間転移ブラックホールの術!」


 銀河の叫びと共にジライヤは大口を開け、スザンヌの体を凄まじい吸引力で飲み込もうとする。


「私は神に愛されているんだ。この私が、あんな汚いカエルなんかに飲み込まれて――」


 必死に脳幹カプセルにしがみつくスザンヌだったが、そこに同じようにしがみついたオリオンの姿があった。オリオンは容赦なく足を振り上げる。


「ま、待ちなさい、私は神に――」

「あの世で神に伝えろ。バーカって」


 オリオンはスザンヌを蹴り飛ばすと、彼女の体はすさまじい勢いでジライヤの口の中へと吸い込まれていった。

 銀河は”滅”と最後の印を結ぶ。ジライヤはゴクンと何かを飲み下したのだった。


「討滅完了」


 銀河は小太刀を鞘に戻し、オリオンに駆け寄った。


「大丈夫ですか!?」

「ゲホッゴホッ! ……あぁ苦しかった。やるじゃん」


 オリオンはベロンと舌を出してから消えていったジライヤさんを見送る。


「はい、悪を討つのが超忍の使命ですので。銀河舞い忍ぶことができました」


 そう言って銀河は水平スリーピースを決めたのだった。


「うん、その明るいアホっぽい顔の方があってるよ」

「ひ、酷いですぅ」

「うむ、やはり銀河はやればできる子と信じてたであーる。これも我輩の教育の賜物であーる」

「コケコッコーは何にもしてないでしょ」

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