第149話 王の帰還Ⅳ
黒龍隊とレイラン、エーリカだけで貴族軍の前衛部隊を全て相手にするのは分が悪く、あまりに数が多い。
いたるところでつばぜり合いと剣戟の甲高い音が上がる。
「ゾンビに思考能力と武器を与えると、こんなに厄介になるとは思ってなかったネ」
レイランは近寄る貴族軍を斬り伏せるが、倒しても倒しても立ち上がるのでキリがない。
それはエーリカも同じで、拳銃とブレードに切り替えたエーリカは敵を圧倒しているが、それでも敵の不死身のようなタフさと数の多さ、自分たちが一歩引けばその分領土が小さくなっていくというプレッシャーが彼女達の心を圧迫する。
エーリカとレイランの二人は背中をあわせて、お互い肩で息をしながら両者を罵り合う。
「ポンコツ、お前弱くなった違うか?」
「あなたこそ、顔色がゾンビと遜色ありませんよ」
そう言いつつも、エーリカは自身のコアの活性化状態をモニタリングして苦い顔をする。
彼女のコアとして起動している雷の結晶石は、ここ最近ずっと低調であり、現在のコア起動率は約28%と目も当てられないほどの数字にまで落ち込んでいる。
それはレイランも同じで、彼女の命ともいえる魔力は闇の結晶石の力を使っても減退を続けている。
このままいけばアンデッドとして理性を失い、仲間に襲い掛かってもおかしくないレベルだった。
彼女達の戦闘能力は、全盛期の3分の1以下にまで落ち、この状態ではEXレアを返上しなければならないまでになっていた。
「いざとなれば」
「自爆してでも止めます」
ディーが空を舞い、先陣をきって流星の如く応援に向かう。俺たちはそれを追いかけながら戦いが繰り広げられている正門前へと走る。
「あのさ、お前俺が言った話聞いてた?」
「聞いてた。全軍突撃って」
「違うよね、その前だよね。お前聞いててわざと無視してるよね?」
俺の隣を走るオリオンは、わからん、お前の言ってることは何一つとしてわからんとアホの子アピールする。
「お前呪い耐性0だから、一緒に突っ込んだら呪われちゃうの、わかる? わかってる?」
「わかる」
「呪われたら、今いる邪教徒たちと同じでゾンビみたいになって皆に襲い掛かっちゃうの、それよくないよね? そのことわかるよね?」
「うん、わかる」
「じゃあどうする?」
「このまま突撃する」
「なんでだよ!!」
「咲だって危ないじゃないか」
「俺は多分大丈夫だ。不思議な力で守られる。主人公補正って奴だ」
「じゃああたしも多分守られる。ヒロイン補正ってやつだ」
「お前わからんぞ? コロッとアンデッド化して、うがーっと襲い掛かるかもしれん」
「その時はあたしを殺してくれ。あたしも咲がそんなことになったら殺してやる」
「じゃあお互いそうなったら殺し合いだな」
「ああ、あたしは遠慮なく殺すからな」
「俺だって殺すさ」
俺とオリオンは領地を駆け抜け正門へと急いでいる途中、もう一人のポンコツを見つける。
「あれソフィーとフレイアじゃない?」
「そうだな。俺の帰還を二人で祝おうと城まで上がって来たのかもしれない」
「絶対違うよね、ソフィーすんごいしんどそうだし、フレイア肩貸してるし」
「仮病だろ」
「ソフィー最近上手くなってきたんだよね。すぐ食事当番とかゴミ当番それで抜け出すんだ」
「なに、そいつは許せんな」
俺は全力ダッシュしながらソフィーの脇を通り過ぎた瞬間、彼女の体を抱え上げた。
「ちょっ、えっ? えええええええっ? なんですか一体!?」
肩に担がれたままダッシュされて、ソフィーはもがいている。
そりゃ唐突に担がれたら誰でもパニクるだろう。
「ていうかあなた誰なんです……あら、いい男」
ソフィーは俺の顔を見てぽっと顔を赤くするとジタバタするのをやめた。
「今すぐこいつを放り投げてやりたくなった」
「ちょ、オリオンさん、ほんとにこの人誰なんですか!?」
「誰って咲だよ、咲。今さっき帰って来たんだ」
「オリオンさん、いくらあなたが王様のこと大好きで昼夜問わず大声で王様の名前を叫んじゃうくらいの、ちょっと痛い子だとしても、この方が王様だなんて錯乱しすぎですよ! 王様はお世辞にもカッコイイとは言えませんし、この人とは360度逆の人です!」
「360度回ったら、一周して同じ人じゃろがい!」
俺は遠慮なくマリオのごとくジャンプして、着地の衝撃をソフィーの腹に与える。
「おごうえっ」
「お前酷いうめき声したな」
「うん、ソフィー踏みつぶされたカエルみたい」
「わたしはか弱い女性なのですよ! 守らなくてはいけない乙女で、しかも神に仕える神官なのですよ!」
「調子のいいときだけ女の権利を主張する奴を俺は絶対許さないからな! あと、神に仕えるとか言うならもうちょっと神職らしくしろや! 三食昼寝しながらおやつ食って、昨日お祈りを忘れたから今日は二回分するとかわけのわからない自分ルールつくってんじゃねぇぞ!」
「最近はおかしはおさえてます! 低脂肪乳で作ったチーズケーキで我慢してます!」
「そんなこと聞いてねーんだよ! てかなんだよ低脂肪のくせにチーズも砂糖も入ってるじゃねぇか! アホのダイエットしてるんじゃねぇぞ! そんなんだから脂肪がこの乳に行くんだよ!」
俺は走りながらソフィーのガードの薄い乳を揉んだ。
「…………」
「なんで顔ちょっと赤くしてるだけなんだよ! 俺が前揉んだ時、散々セクハラだの叫んでハルバートでぶん殴ったよな!?」
「イケメンに触られちゃってちょっとラッキーかなって」
「お前もう絶対許さないからな!! 顔で態度がかわる女は俺は大嫌いだ!」
「!? その卑屈さ……まさか本当に王様なのですか!?」
「どこで気づいてんだよ! 俺こいつ嫌いだ!」
「信じてましたよ王様! あなたがご帰還されることを!」
「薄い! 薄すぎる! こいつの言うことすべてが薄すぎる!」
「王様が帰還されたことを嬉しく思いますが、わたしは既に力を使い切ってしまったのです」
「おら、これ持てや!」
俺はソフィーに白く輝く結晶石を握らせる。
「なんですかこれ?」
「お前が欲しがってた特別な結晶石だ。名前を
「へー、そうなんですか。凄いですね……あれ、この石光って……みるみるわたしの魔力が回復されていきます。わたし嫌です、もうわたし十分活躍しましたから、もういいです! 戦いません!」
「戦いませんじゃねぇ! お前には何度だって戦ってもらうからな!」
「わたしこの石いらないです! 捨てます!」
ソフィーはせっかくやった結晶石を遠くにぶん投げる。よほど働くのが嫌らしい。
「あっ、お前! せっかくの結晶石を!」
だが、結晶石はまるで動画の逆再生を見ているように、再びソフィーの手に戻って来た。
「なんですかこれ!? 呪われてるんじゃないですか!? 嫌ですいりません!」
「うるせぇ、とっとと働け!」
その様子を後ろからオリオンとフレイアが眺めていた。
「正直見た目からしたら全然信じられなかったけど、あの言動で確信したわ。中身本当にあの男なのね」
「うん、帰って来た。ソフィーと咲、あんなに楽しそうにしてる」
「そうかしら、ソフィーの方ガチ泣きしてる気がするけど」
「うん、すごく楽しそうだ。ソフィーずっと元気なかったし、ソフィーがバカやってもつっこんでくれる人いなかった。ソフィーは皆暗い雰囲気にならないように、いつもドジばっかりしてた。ソフィーはとっても優しい子だと思う」
「そう? ただ普通にドジなだけな気がするけど」
「ソフィーもフレイアも咲のこと大好きだ。皆咲が帰ってきて笑顔になってる」
「不在だった王が帰って来たんだから、誰だって嬉しいでしょ?」
「フレイアとクロエはあたしたちのチャリオットで一番身軽だった。二人でもお金を稼いで生きていけるし、このチャリオットで一番しがらみがない。でも、咲の為に残った。それは咲が好きだからだ!」
「勘違いしないで、おっきなところに守られてるのが楽なだけ。別にいつ出て行ったって良かったわよ」
「でも、クロエ赤ちゃん欲しいって言ってた」
「なっ!? あたしはあいつと赤ちゃんなんかつくらないわよ!?」
「いや、クロエが咲と赤ちゃんつくりたいって」
「余計悪いわよ!! 母親が女になってるとこなんて見たくないわよ!」
「その時あたしにも赤ちゃんの作り方教えてくれるって言ってた。楽しみだ」
「サイコパスなの!? あいつ殺すわ。今のうちに亡き者にしておかないと、いつかあいつを父と呼ぶ日が来るかもしれない」
「その時はフレイアもクロエと一緒に赤ちゃん産んだらいい」
「母子揃って同じ男に孕まされるとか完全に鬼畜貴族が主人公の演劇くらいよ」
騒がしい一団はそのまま領地を駆けおり、最前線で戦っているレイランやエーリカ達の元へと走る。
「よっしゃぁ! 王様到着!!」
ソフィーを放り投げ、大声をはり上げたのだが、誰一人として相手にしてくれない。
皆赤目をした怖い貴族兵たちと必死に戦っており、途中で乱入してきた俺のことなんて目に入っていないらしい。
「気をつけろオリオン、赤目の奴は大体強いぞ。どのゲームでも大体赤目は強い」
「任せろ、あたしが突破口開いてやるからな!」
「しまった、バカのネタ振りになってしまった!」
オリオンは「おらぁ!」と声を荒げながら突撃していく。
「じゃあわたしは後ろの方で、傷ついた人を癒しておきますので」
「お前はさらっと楽なポジションに逃げようとするんじゃない。お前は絶対最前線送りだからな」
「嫌です嫌です!」
「うるせぇ! お前は絶対最前線から下げないからな!」
「任せて、私の炎の魔法で燃やし尽くしてあげるわ!」
フレイアは魔術陣の書かれた手袋をはめる。
「待て、アンデッド系に炎は大体鬼門だ。燃やしたまま襲い掛かられたらたまらんぞ!」
「大丈夫、今度はうまくやるわ!」
「おい待て、一度失敗ずみかよ!?」
どいつもこいつも好き放題やらかしやがる。人の話なんてちっとも聞いていない。
というか、なんでこんなに押し込まれてるんだ。言っちゃ悪いが、この程度の敵ならレイランさんとエーリカさんの二人がいれば片付いてしまうはずなのに。
遠くの方を見やると、レイランとエーリカが背中をあわせながら肩で息をしている。
「嘘だろ。あいつらなんであんなにへばってるんだ?」
「あっ、王様にゃ!」
「おぉリリィにロベルト、それにカチャノフも。よく俺だってわかったな」
「ディーにゃが先に来て伝えてくれたにゃ。信じられないくらいのイケメンで信じたくはないが中身は王様だって」
「なんで信じたくないんだよ信じろよ。そして褒めろよカッコイイとか凄いとか」
「この小者臭間違いなく王にゃ」
「ああ、間違いない。この小者っぷりは小僧だ」
「そ、そうでやすか? 兄貴はもうちょっと凛々しかったでやすが」
カチャノフは今度いいところに配属して、この猫とロボ爺はきついとこに偵察に行かせよう。
「なんで無敵のエーリカロボと狂犬キョンシーがあんなにやられてるんだ?」
「エーちゃんもレイにゃんも王様がいなくなってからずっと不調にゃ。その不調をなんとか結晶石に補ってもらってて、それでなんとかやってられるくらいにゃ」
「言いたかねぇが、今のエーリカもレイランも恐らく戦闘力はHRクラスだろう。恐らくSRにすら届かないほど能力が減退している。あいつらが本調子なら、こんな奴ら軽く追い出せるんだが」
「どうやったらあいつらの力を取り戻せるんだ?」
「わかんにゃいにゃ。でも王様が帰って来たって聞いて、少し力が持ち直した気がするにゃ」
「あっしもそう思いやす。あの信号弾を見てから、姉さんたち自分を奮い立たせてる気がしやす」
「じゃあ俺が顔出せば、もう少し持ち直すか?」
「かもしれないにゃ」
「いや、それだけだと弱いんじゃねーか?」
「じゃあどうしたらいいんだ?」
「キスです」
最前線送りにしたはずのアホの神官に俺たちは顔をしかめる。
「キス?」
「ええ、眠ってしまった彼女達の力をもう一度呼び起こすにはキスしかありません。激しい衝撃を体内魔力の根源たるオドに与えることで、休眠に入った魔力を覚醒状態にすることができると思います!」
「おぉ、なんかわからんがオドとかよくわかんねぇ言葉使われると説得力があるな」
「彼女達は少なからず王様に想いを抱いています。それを利用するのです!」
「想いを利用するとか言うな、俺がゲス野郎みたいだろ」
「違うのですか?」
「大体あってるけどさ」
しかしキスか。大丈夫か、怒ってあの二人に顔面殴られたら、さすがのイケメンでも死ぬぞ。
「さぁ王様、彼女達に口づけをするのです!」
「よしなんかわかんねぇけどわかった! ちょっと行ってくる!」
俺は剣戟の音が響く戦闘域を一気に走り抜ける。
「ソフィーわざと王様たきつけて戦闘のど真ん中走らせたにゃ……」
「わたしを散々バカにしてくれましたから。後王様スケベですので、大義名分を得てキスをするというのがお気に召したのでしょう」
「あれが王だと思うと頭痛くなってくるにゃ」
「しかし、なんであれ戦に活気がつきやした。これで狙い通りになれば勝てるんじゃないですかい!」
「でも、王様自分の顔がかわってることに気づいてるんでしょうか? あの人たち貞操観念強いので、知らない男の人に無理やりキスされたら本気でキレますよ? ディーさん彼女達に伝えたんですか?」
「……最前線にいたから伝えれてないにゃ」
「走れ猫! あれが王だって王がたどり着く前に二人に知らせるんだ!」
「無茶言うにゃ。さすがのリリも、これだけ混戦してるとこ走りたくないにゃ」
「あっ、兄貴もう姉さんたちにたどり着きそうですぜ!」
「さすがスケベ心は邪教徒ごときでは振り払えないということですね」
「たきつけておいてよく言うにゃ」
「てか兄貴超強ぇ、剣裁きが見えねぇ」
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