第148話 王の帰還Ⅲ
「落雷の影響を先に調べろ! 火事が起こっていた場合、西風で被害が大きくなる!」
「東門決壊! オークがなだれ込んできます!」
緊張感のある声が響き動揺が走る。
「なっ!? 早すぎる!」
「モンスター軍、領地内へ侵入! 勢い止まりません!」
「くっ! 押し返すか……それとも領地を捨て守備範囲を狭くするか」
オークの進行は早く、今から守備隊を向かわせたところで間に合わない。
いや、例え間に合ったとしても並の兵では止めることができず被害が拡大するだけだ。
心情的に領地を捨てるなどしたくはない。だが、正門の邪教徒を撃退できていない今、このままいけば確実にチャリオットに大きな被害が出る。傷口は早期に切除しなければ最悪
ディーは唇を噛みながら苦渋の選択を下す。
「信号弾を放て! 全軍に通達、接敵領土を捨て撤退、防衛ラインを城まで下げる!」
「はっ!」
ディーの部下が信号弾を放つと、空に青の光が撃ち上がる。
「エーちゃん信号弾にゃ! 青玉三つ!」
「なっ!? 撤退命令!? まさか領地を見捨てるつもりなのですか!?」
「しかたねぇ、モンスターが不死身に近いんだ。それに既に門を抜けられちまってる。城まで戻って防御を固めるつもりなんだろう」
「領民たちの避難は完了してやす。最悪城さえ守れば街は造りなおせやす!」
「ありえません! ここは王が苦労して広げた領地。この地を捨てるなど言語道断です!」
「意見が合うなポンコツ。ワタシもその意見に賛成ネ。こんな毒虫ごときに簡単に引いてたまるか」
「レイランまで」
「撤退しないとディーにゃん困るにゃ」
「我らはチャリオットを背負っています。その我々が簡単に領地を捨てることなどできません」
エーリカはジャリっと音をたてて地面を踏みしめる。
「先に行くネ」
「無茶するとまた腕がもげますよ」
「言ってろよろし。梶チャリオットが一人レイラン推して参るネ!」
「同じくエーリカ! 突貫します」
エーリカとレイランはロベルトたちの制止を振り切って邪教徒を食い止めるために突撃する。
「くっそ、二人とも融機人とアンデッドのくせに熱血なんだからよ!」
「多分冷却装置とかいうのが壊れてるにゃ」
「違いねぇ。援護するぞ猫、カチャノフ!」
「了解にゃ」
「了解でやす」
撤退指示をだして既に5分以上経つというのに正門から誰かが引き上げてくる様子がない。
「なぜ誰も戻ってこない!」
信号弾が見えていない。もしくは強敵と戦っていてそれどころではない。
どちらにしても完全に指揮を無視して目の前のことしか見えなくなってしまっている。
「ディー様、我々だけでも撤退されますか……?」
統制がとれなくなった状況を憂いて部下の一人が逃走を提案する。
しかし、ディーは大きく首を振る。
「このまま続ける。我々だけ戻っても意味がない」
「しかし!」
「城東側に高魔力反応きます!!」
「なに!? まさかもう城までたどり着いたというのか!?」
「違います! この反応はオリオン様の断空剣です!」
「なっ!? ちょっと待て、なぜあいつは断空剣が打てる!?」
ディーは後ろを振り返る。するとそこには城のすぐ近くから光の柱が立ち上っていたのだ。
天を衝くかの如くほとばしる巨大な光の剣は雷雲を割り、雄々しくそびえ立つ。
「こっちの方向でいいの?」
「豚さん凄い勢いで駆け上ってきてるからこっちでいいだろ。正門側は守りが硬いから動きが遅そうな感じだし、明らかに東は警備が薄い。ありゃ正門の守りを固めた瞬間、東からも敵が来たって感じだな」
「オッケー」
少年は上げていた腕を軽く振り下ろすと、オリオンの断空剣が空を裂き、地を割り、領地を無断で闊歩していたモンスターたちを叩き切る。
剣が振り下ろされると同時にドンっと地面が揺れ、オークたちは空が降って来たかのような一撃でまとめて倒された。
「おーおー相変わらず無慈悲な一撃だな……って、あれモンスターまだ生きてるぞ」
「あいつら生き返るんだよ」
蹴散らされたはずのオークがむくりと起き上がる。
体に黒い霧のようなものを纏い、煙のような白い鼻息をフゴフゴと噴き出す。
お前たちを殺すと殺意に満ちた獰猛な目は光の剣を振り下ろした少女と、その隣にいる少年に向けられる。
「PGYYYYYYYYYYY!!」
オークたちは狂気に満ちた唸り声をあげ、目に見えるもの全て破壊してやると突き進んでくる。
「なんだあれ。あいつら俺の知らない間に自己復活機能でもついたのか?」
「だから言ってんじゃん。あの塔が出来てから邪教徒は出てくるし、モンスターは狂暴化するしで無茶苦茶なんだよ」
「雑魚がリザレク使っちゃダメだろ」
「斬っても斬っても全然死ななくてさ、すんごく困るんだ」
「あるよなぁ、RPGでも第二章入るとバランスミスってんじゃねーかって言いたくなるくらい雑魚敵強くなってること。さっきボスだった奴が普通にフィールド歩いてるときは引く」
「どうする? めっちゃこっち向かって走ってきてるけど」
「ディーさんがいたら何モンスター城に引っ張って来てんだ、バカかお前はって言われそうだな」
「いや言うよ、絶対言う。ディー咲がいなくなってからちょっと老けた気がする」
「そりゃ言うこと聞かない幼稚園児の先生みたいな役どころだからな。頭が下がるよ。まぁディーさんと再会した瞬間罵られないように豚どもを始末しよう」
少年が結晶剣に触れると、鉱石で造られた美しく透き通る刀身が光を放ち再びエネルギーを充填する。
「もっぱつ撃つの?」
「おう、もう一回だ」
「でもまた生き返るかもしんないよ?」
「大丈夫だ。その時は死ぬまで殺すだけだ」
少年はもう一度掲げた腕を下ろすと、それを合図に断空剣が再び振り下ろされる。
断空の光は三度輝き、オークは生き返っては死に、生き返っては死にを三度繰り返す頃には体がボロボロになって再生不可能となっていた。
東門から押し寄せていたオークの軍勢は、オリオン一人によりあっという間に片付けられたのだった。
「咲、なんか断空剣の調子がいい。ってか三発も打てた」
「俺がお前のエネルギータンクになってるからな」
「でも、結晶剣の光が弱くなってきた」
「結晶剣に内包してるエネルギーが空になったんだろ。ほっとけば勝手に充電される」
少年は腕を大きく広げ、倒れ動かなくなったオークたちの前に立っていた。
その様子は死した魂を全て自身の胸の中に抱くようにも見える。
「咲、腕広げて何してんの?」
「魂を吸収してる」
「そんなのできるの?」
「イケメンだからな」
「イケメンすげぇな」
少年が目をつむるとオークたちの体から白く小さな炎のようなものが浮かび上がってくる。
それが全て少年の元へと集い、まるで流星群のような神秘的な光景にも見えた。
「なんか綺麗だね」
「お前に断空剣三発分の魔力をやったら、さすがに底をつきかけた」
「ねぇ咲、後ろにいるこのガイコツみたいなの何なの?」
剣影を消していたはずなのだが、どうやらオリオンには見えているらしい。
「
「ふーん、咲、それ辛いよね」
「なにが?」
「咲、殺すの嫌いでしょ。その嫌いなことをやらないと力を発揮できないのって辛いでしょ?」
オリオンはあっさりと剣影の本質を見抜いてしまい、少年に苦笑いがこぼれる。
「別に咲は嫌なことやらなくていいんだぞ。あたしがお前の敵を殺してやる。あたしがお前の剣となって盾となって敵を倒してやる。咲はふんぞりかえって王だぞって威張ってればいいんだ」
「バカ、俺はこの力に感謝してるんだ。ずっと俺はお前たちの背中に守られてきたんだ。その情けなさっていったらないぞ」
「あたし一度として咲がまともに守られてるとこ見たことないけどな」
「なんでだよ。常に守ってるだろ」
「何を」
「それは私の心です」
少年が胡散臭く言うとオリオンは顔を引きつらせる。
「何、イケメンになってクサイこと言うようになったの?」
「本心だっての。飛ばされた世界でそこにいた友達が敵に操られて一人になっちまったことがあるんだ。やばいとかそんなんじゃなくて心が痛くてたまらなかった」
「なんだお前、別の世界でも傷まみれにされてたのか?」
「正直一番きいたかもしれん。でも、ここに帰ってきてお前が一番に出てきて安心したよ。ここでまた一人だったら辛かった」
少年の瞳の奥に安堵と寂し気な色が見えて、オリオンはぐっと自身の拳を握りしめた。
コイツ……また一人で痛い目にあってきたのかと。
「咲……相当辛い目にあってきただろ」
「なに言ってんだ。俺は別の世界の危機を救ってきたからな。そろそろ使えない王の名を返上して---」
「お前が茶化すときは大体笑えないぐらい酷い目にあってきた時だ」
オリオンの真剣な目に少年は肩をすくめる。
「お前はアホのくせに勘だけは鋭い----ん!?」
そっと少年の唇に柔らかな何かが触れる。
彼女にとって恋愛的な意味ではなく、母親が子供を安心させるような意味合いのキス。
「あたしはお前の味方だからな。あたしだけじゃない。ここにいる皆お前の味方だ。だから泣くな」
必死にわたわたと手を振るオリオンの頭を撫でる。
「あぁ、だからお前は俺の心を救ってくれてるんだ」
少年は笑みを返し、ディーと合流する為に領地の中央へと向かう。
三度輝いた光を見てディーは一体何が起こっているかわかっていなかった。
「なぜ断空剣が三度も。いや、そもそも結晶剣のエネルギータンクは故障しているから使えないはずなのに。東門はどうなったんだ……」
「おぉディー久しぶりだな」
軽い声をかけられて振り返ると、そこには美しい容姿をした少年と、その隣にオリオンの姿があった。
「誰だ貴様は?」
「ディー、咲帰って来たよ」
「なっ? えっ?」
オリオンは嬉しそうに言うが、ディーは一体どこにと言いたい。
「はいディーお土産」
少年はディーに向かって何かを放り投げる。
それは剣の刻印がされた結晶石だった。
「これは……まさか」
「昔これほしいって言ってただろ? 剣の結晶石だ。正確にはストーンオブジャスティスとかいうすげぇかっこいい名前ついてんだけどな」
「あなたは本当に……」
「あぁ、ただいま」
そう少年が口にすると、ディーの頭に様々な思いがよぎる。
どれほどの思いで待ち続けたか、恨み言の一つでも言ってやるまではと思ったが、王を目の前にしてそれらが全て消し飛んでしまった。
ディーの胸の中は主が帰って来たことに対する喜びで満ち溢れ、その場で膝をついて頭を垂れた。
「貴方様のお帰り、心よりお待ちしていました」
「迷惑をかけた。戦況は?」
「正門に邪教徒、東門にオークを中心としたモンスターが集結。邪教徒は何度殺しても立ち上がると報告が上がっています」
「あぁ東門はさっき全部倒して来たな」
「うん、あたしがドカーンって」
「やはり先ほどの断空剣は」
「この姿になって俺のステータスが上がってるらしい。オリオンに渡せる魔力が増えてる」
「イケメンの力超凄いぞ」
ディーはあっさりとオークを倒したことに面食らってるようだった。
「しかし、最近のモンスターは塔の力でパワーアップしており倒すのが困難で」
「まぁオークさんはやっぱオークさんだったな。思考能力がない敵は大して強くない。そういやさっき青い信号弾が上がってたけど、あれどういう意味なんだ?」
「撤退を指示しました。ですが、正門に回した部隊からは何も反応がなく」
「あぁ、じゃあ領地捨てたくないからねばってんだな」
「エーリカとレイランを一緒にしたら絶対そうなるよ。あの二人咲が帰って来るまでは絶対にここを死守しなければってずっと言ってたのに」
「アホだな。領土なんかとってとられてがなんぼなんだから、ダメだと思ったら諦めちまえばいいのに。あの二人反発しあってるように見えて、大体考えてること同じだからな」
「咲が帰って来た時領土がちっさくなってたらがっかりされるって」
「そんな意固地になって怪我でもされる方が俺は嫌だけどな。でもまぁウチの自慢のチャリオットたちが己のプライドを賭けて絶対に引かないって判断したんだろ。その気持ちはくんでやらないとな」
「咲」
「おう、攻めるぞ。引かないなら前に出よう」
「しかし、王よ、敵軍は半アンデッド化している邪教徒です。聖紋が転移し、次々に思考をのっとっていくのです!」
「なんだディー、お前らは半アンデッドの集団ごときに負けるのか?」
「そんなことは、決して。しかし我々に聖紋が転移すればチャリオット及び領民を危険にさらす可能性があります。それに聖紋が転移してくる条件がわかっていないのです」
「転移の条件がわかってないなら、唸ってもしょうがないだろ。それに呪い系のスキルは基本エーリカとレイランには通じない。近接隊は黒龍隊を残して後方に回し、弓と銃で援護をさせる。指揮はロベルトとリリィにとらせレイラン、エーリカ、ソフィーの三人で押し返せ」
「ソフィーはさきの戦闘で力を使い果たしています」
「ならディーお前が前に出ろ。確かお前の鎧も聖属性だったはずだ」
「よっしゃ任せろ、あたしも邪教徒なんかぶっ倒してやる」
「お前は結晶剣のエネルギー切れてる上に、呪い耐性0だから大人しくしてろ」
「なんでだよ!」
「お前はもうオーク倒しただろうが。他の奴らの見せ場をとってやるな」
「しかたない、諦めよう」
だがオリオンの顔には絶対に前に出てやると書かれている。
「邪教徒だかなんだか知らないが人の家に勝手に押し入って来る奴なんかさっさと押し返すぞ」
ディーは今までうなっていたことがバカらしくなるくらい的確に命令を出され、驚きを隠せなくなっていた。
見た目だけでなく明らかに以前の王とは違う。言葉では言い表せない度胸のようなものが身についているのだ。
そして何より少年の顔にほんの少しだけサディスティックな笑みが垣間見え、やれと命令されたディーは背筋が一瞬ゾクリとする。
それと同時に自身のふと股に熱いものを感じた。
ディーはこの時気づく、自身は指揮をとるのではなく誰かに無理難題をやれと言われた時、それをいかにして成功させるかを考える方が向いている。
いや向いているのではない、悦びを感じているのだ。唯一自身に命令することができる王。その王の命令に応えることに快感を覚えている。
「……王の御心のままに」
ディーは光剣ブリュンヒルデを抜くと、その身に白銀の甲冑を身にまとい、妖精のような透明な二枚羽を広げる。
羽から光の粒子が零れ、その美しい姿に誰もが見惚れる。ディーの戦闘形態である。
「総員、正門の邪教徒を撃滅せよ! 薄汚い足で進行してくるものを許すな。おのが力を示し、国への忠義を見せよ!」
ディーの鼓舞により、全員の指揮が向上する。
得体のしれない敵への恐怖心が和らぎ、全員が本来のポテンシャルを取り戻す。
「信号弾を打ち上げよ! 守備隊を全て正門へ!」
「了解!」
今度は夜空に真っ赤な光の玉が打ち上がる。この赤い光には全軍進行を開始せよ。これより反撃を開始するとの意味が込められていた。
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